【#42 船出】

-5107年 3月22日 0:11-


バラザード王国 岬の船着き場



ミカは、自分が幼いころに教会の木の根元に埋めて隠した宝物のことを『ブルージュの羽衣』と言った。

パルマの持つブルージュの弓のことをアナムル王国の僧チェンロンから聞いたとき、アナムルに伝わる3つの聖なる武具の中に羽衣などなかったことを三人は記憶していた。

「ミカさん、今『ブルージュ』って言いました?」

ククタは念押しで聞いてみる。

「ええ。子供ながらにブルージュの羽衣って言葉の響きが美しくて、はっきり覚えてるの。それがどうかした?」

「その羽衣、どこで手に入れたとか聞いてたりしない?」

パルマも更に突っ込んで聞いてみる。

「そこまでは聞いた覚えがないわ…。大人になったら、それを着て、人の役に立つことをしなさいって言われたくらいよ。何かワケありなの?」

「パルマの弓は『ブルージュの弓』といって、アナムル王国に伝わる聖なる武具の一つなんだ。アナムルには、ブルージュという名の聖なる樹があって、その樹から作られた3つの武具のことをブルージュの聖武と呼んで大切に扱われてる。俺たちは、そのことをアナムルの僧チェンロンてオッサンから聞いたんだが、3つの聖武は楯と弓と棒で、羽衣は含まれて無かった。それなのに、今から取りに行くミカが隠した宝物にはブルージュという名前がついてる…。3つの聖武と何か関係があるのか…丸っきり別物なのか…たまたま偶然でブルージュの名がついたとは考えづらいと思うんだが…」

アインはミカに詳細を話した。

「それは確かに不思議ね…。10年以上前の話だけど、私の記憶にあるブルージュの羽衣は、白っぽい半透明な、とてもよく伸びる生地で出来てたわ。表面がツルツルでキラキラ輝いてて、名前と同じで美しかったことだけは覚えてる」

「もしかすると、ブルージュの樹の樹液から作られた生地なのかも知れませんね…。樹によっては、樹液を乾かすと、固まってゴムのような伸縮性の固体になるものがありますから」

ククタは、持てる知識から推論を述べた。

「とにかく、ホーブローに行って、教会の木の根元を掘ってみりゃ分かるさ」

「もう一つ、私が不思議に感じたのは、アナムル王国の聖なる武具を、どうしてパルマみたいな人が持ってるのかってこと」

「みたいな人って何だ!みたいな人って!」


再びミカとパルマの口喧嘩が勃発しそうになったとき、アインたち一行は、岬の先端にある小さな船着き場に到着した…




船着き場には、小さな小屋と小さな桟橋があるだけで、その桟橋に小さな小舟が一艘、波に揺られて停泊していた。


「まさか、あの小舟で海を渡るんでしょうか…」

ククタは不安気に言った。

「でかい交易船で…ってワケには行かねぇだろうからな」

アインは仕方ないといった様子だ。

「俺は船に乗れるってだけでワクワクしてんだ♪なんてったって船に乗るのは生まれて初めてだからな♪」

パルマだけははしゃいでいた。

「ホーブローは北方の島国だから大陸より寒いの。まだ3月だし、きっと雪も残ってる。皆、防寒着は持って行った方がいいわよ」

ミカにそう言われ、三人はシャロンの町で買った防寒着を用意した。

「人に防寒着を用意しろとか言っといて、自分はビキニ姿って…頭イカれてんじゃねーか?ビキニってのは、フツー夏の水辺で着るもんだろが…。ま、目の保養にはイイけどよ☆」

パルマはいやらしくニヤけて言った。

「これは私の戦闘服なの!寒いのは慣れっ子だから平気よ♪スケベな視線をビシビシ感じるのはムカつくけど」

ミカも負けじと言い返す。

そんなミカの肩に、アインは自分の防寒着を掛けてやった。

「アイン様☆…なんてお優しい…☆」

「勘違いするな。俺はもう一着、フード付きのコートがある。エド博士が用意してくれた、この赤髪を隠すためのコートがな…。それに…パルマの言う通り、その格好じゃ正直、目のやり場に困る。ククタなんか、マトモにミカを見れてないからな」

そう指摘されて、ククタは顔を真っ赤にして照れた。

「ふふふ…☆ ククタ君、可愛い☆」


そんな4人の会話を聞きつけて、船着き場の小屋から二人の男が出てきた。

「お待ちしておりました、アイン王子」

ジャラー三兄弟の手の者だろう、一見してそれと分かる格好をしていた。

「私がホーブローまでお連れいたします」

「お戻りになるまで、馬と馬車はこちらで私が責任待ってお預かりいたしますので、ご安心ください」

二人の男は、それぞれ自分に託された役割を述べた。

「ホーブローまでお連れするって、あんたが水先案内人なの?そんな格好で?」

パルマは、パルマらしい質問をする。

「左様でございます。こう見えて私、漁師ですので…」

「黒いスーツ着た漁師?夜なのにサングラスまでかけて、そんなんじゃ暗くて何も見えなくない?」

「普段は漁師ですが、マフィアの一員ですので、この服装が正装でございます」

「まぁ、服装なんてどうでもイイじゃねーか、パルマ。じゃあ漁師さん、ホーブローまでヨロシク頼む☆」

「かしこまりました。ではまず荷物を船に乗せますので、こちらへ」

4人は、桟橋に停泊していた小舟に案内される。

「やっぱりこの小舟だ…不安だなぁ…」

心配そうなククタをヨソに、

「やったぁ♪初めての船旅だぜぃ♪」

パルマはご機嫌だった。


馬車の番をしてくれる男の方は、手に持った大きめのランプに明かりを灯すと、桟橋の先端で手を回し、ランプで大きな円を描く。すると、海の向こうに見えるホーブローでも、小さな光が円を描いた。


「ホーブロー側でも準備が出来ているようなので、出航いたします」

「今の光は?」

「光を使った合図です。ご覧ください、ホーブロー側の小さな光は、ずっとついたままなのが分かりますか?」

「ホントだ、さっき円を描いた光が、消えずにずっと光ってますね♪」

「あの光に向かって船を進める、いわば灯台の代わりです」

「なるほど♪風や潮の流れで船が流されても、あの光に向かって行けばイイわけですね♪」

「そうです。今夜は風も穏やかですし、潮の流れはホーブローに向かって流れてるので、夜明け前には到着できると思います」

漁師の男は、小舟の一番後ろに立ち、右に左に櫓を漕いだ。

小舟は、アインたちの想像以上の速さで穏やかな海を進んだ。

「申し訳ないのですが、この棒を舳先の穴に立て、こちらの二本の棒に巻き付いた布を広げて、片側の棒を舳先に立てた棒の上端に、もう片方は棒の下の方にセットしていただけますか?取り付け金具が付いてるので分かりやすいと思いますので」

「いいっスよ♪」

パルマはそれを受けとると、舳先に行って、言われたようにセットした。

「なるほど!簡易的な帆だ♪」

「今は追い風ですので、風を利用すれば更に早く進みますから」

帆に風を受け、小舟はさらに速度を上げた。

「いや~ッ、海って気持ちイイなぁ!」

パルマは舳先に立ち、両手を広げて人生初の船旅を喜んでいた。

しかし、パルマの喜びは一時間ともたなかった。

「ウゲェェェ~ッッ!……」

舳先にいたはずのパルマは、いつの間にか船尾に移動し、小舟から身を乗り出して海に嘔吐していた。

まだ道のり半ばという所で、パルマは完全に船酔いグロッキー状態だった。

「舳先で跳び跳ねてはしゃいでるからよ…まったくだらしないわね…」

ミカは船酔いの薬をパルマに飲ませた。

「二度と船には乗りたくねぇ……オェ」

「こんなに気持ちいい船旅なのに、情けない男…。ほら、あそこ見てみなさいよ♪船の進行に合わせてイルカ達が跳び跳ねてるわ☆」

見ると、小舟から少し距離を開けて、ときおり何かが水面からジャンプしている。ミカの言う通り、船の進行方向と平行に、スピードも合わせて泳いでいるようだ。

「こんな北の海にもイルカって泳いでるのか…」

「イルカにしては少し小さいような…」

「ああ、あの魚だったら、船のすぐ近くでも泳いでたぜ、さっき吐くとき目の前にもいたぞ?思いっきりゲロ浴びせてやったら離れていったけど…」

ミカは身を乗り出して、月明かりの反射する海面を眺めた。

「暗いからよく分からないけど、確かに船の周りでも泳いでるわ♪何か…小動物みたいな顔した魚ね…猿みたい」

「猿みたいな顔した魚?……」

ククタは何かを思い出そうと学術書を開いた。

海中を泳ぐ魚の目が、月明かりを受けて緑色に輝く。

ミカはそいつと目が合った。

「そいつはシーモンキーだ!!危ない!ミカさんッッ!」


ウキィィィィーッッ!!


海中から飛び出したそいつは、牙をむいてミカに襲いかかった…




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【シーモンキー】

猿の異形種

水中での活動に順応し、四肢の指の間には水掻きが、尻尾には魚の尾ビレのような器官が発達し、体全体をくねらせて水中を泳ぐ

食料の豊富な海に生息し、淡水では見掛けられない

猿の異形ということもあって知能が高く、集団で狩りをすることが知られている


【エジピウス】

ハゲタカの異形種

翼を広げると両翼3mを越える大型の鳥

グランサム大陸の山岳地帯に広く分布し、上空を滑空しながら地上の獲物を探す姿が頻繁に目撃される

よほど空腹でないかぎり生きた獲物を襲うことは少なく、むしろ動物の死体を食すことが多いが、春の繁殖期だけは縄張り意識が高く、巣に近付くものには容赦なく襲いかかる



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