【#41 二つの宗派】

-5107年 3月21日 22:07-


バラザード王国 海沿いの小道



ミカの話に、アイン、パルマ、ククタの3人は、しばらくの間、何と返せば良いのか言葉に迷っていた。

「二つの宗派は争っていた…ってことか?」

「この話をするなら、まずホーブローの歴史を話さなければならないわ…」



ホーブローは何百年もの間、愛と平和を説くリスト教を国教とし、信仰心の厚いホーブローの民は静かで平穏な暮らしを営んでいた。

しかし20年ほど前、グランサム大陸最北端の小さな島国であるホーブローに、本来は異国の宗教であったスラム教が入ってきてから事態は一変する。

強さこそ正義、力が全てという教えのスラム教は、瞬く間にホーブローの民の穏やかな心を蝕んでいった。

争うことを良しとしないリスト教の信者達は、スラム教信者から迫害を受け、島の辺境へと追いやられて行く。

ある者は迫害を避け、またある者は暴力に屈し、次第にスラム教へと改宗する者が増えていった…

時は流れ、現在のホーブローではスラム教信者が大半を占め、国家としての要職も全てスラム派の高位神官が務めている。

僅かに残ったリスト派の人々は、辺境の村で暴力に怯えながら細々と暮らしていた。



「…というわけなの。暗い話でごめんなさい…」

「ホーブローにそんな歴史があったんですね…」

「リスト派だったミカの親父さんが殺されちまった理由は分かったが、ミカは何で無事で済んだんだ?」

「スラム派の暴徒が村を襲ったとき、当時まだ10歳だった私は、神父様に言われて祭壇の下に隠れたの。暴徒は神父様だけを連れ去って、私を探そうともしなかった…。私は捨て子だったから、神父様に家族は存在しないと思ったんでしょうね…。それから何日も神父様の帰りを待ったけど、結局帰って来なかった…。だから仕方なく家を出て、国も棄てて、海を渡ったの…」

悲しい過去の感覚がよみがえったのか、ミカの表情は暗かった。

「なかなか凄まじい過去ですね…」

「10歳から独りで生き抜いてきたのか…だからそんなドSキャラになったんだな?」

パルマらしいツッコミに、本来ならドぎつく返すミカだが、今はドぎつい返しも影をひそめた。

「確かにそうかも知れないわね…まだ幼かったとは言え、女は女…。優しく手を差し伸べてくる男達のほとんどが下心を抱いていたわ…。相手の心を読む特殊な力に気付いたのも、ちょうどその頃…。私、その能力は、自分を守れるように神様が授けてくれたプレゼントだと思ったわ。その能力のお陰で、10歳の少女は生き抜くことができたのよ…」

「凄まじいを通り越してますね…」

「幼い頃からそんな経験してりゃあ、世の男を恨むのも納得いくけどよ…世の中そんな男ばかりとは限らないんだぜ♪俺やアインやククタみたいな純粋な連中だっているんだ☆」

「アイン様とククタ君は分かるけど、パルマはねぇ…」

「何で俺ばっか目の敵なんだ!それに何で俺だけ呼び捨てなんだよ!」

「あら、だって年下じゃない♪」

「それならアインもククタも年下じゃねぇか!」

「じゃあ、格の違いかしら?……」

「てンめぇ………」

「二人ともいい加減にしろ!」

アインに窘められて、パルマとミカは子供じみた口論を中断した。

気が利くククタは、すかさず話題を変えて二人を援護する。

「ホーブローは、別名『魔術の国』って言われてますけど、ミカさんも何か魔法が使えるんですか?僕も何か一つくらい魔法使えるようになれますかね?魔法の杖は持ってませんけど…」

「あ!それなら俺も魔法覚えたい!!こう…かっこよく構えてさ…呪文唱えたら、火の玉がボン!みたいなやつ♪」

パルマは、馬上で身振り手振りを交えて熱く表現した。

「あなたたちの想像力が豊かなのは分かったけど、それは、いかにもこの世に魔法が実在するかのように脚色された物語や絵本の影響で、実際には魔法なんて存在しないわ…」

「え?存在しないんですか?」

「な~んだ…ガッカリ…」

ククタもパルマも落胆の色を隠せなかった。

「ククタ君、そんなガッカリしないで☆」

「俺はよ!俺だってガッカリしてんだぞ!」

「じゃあ、そんなククタ君を少しだけ元気づけることを教えてあげる☆」

「だから俺は?ねぇ、俺は?」

ミカはお構い無しに話を続けた。

「魔法なんて存在しないって言ったけど、実は皆が意識してないだけで、皆もう魔法を使ってるのよ☆」

「どういうことですか?」

「痛いところに手を当てると痛みが和らいだり、悲しいときに抱きしめられると悲しみが紛れたり、それを『癒し』とか『治癒能力』とか呼ぶんだけど、そういった効果って魔法みたいだと思わない?」

「そう言われると、子供の頃、頭やお腹が痛いとき、お母さんが手を当てるだけで痛みが引いてた気がします…確かに不思議で、お母さんの手は魔法の手だと思ってました☆」

「でしょ?☆ 例えば、トカゲの尻尾やカニのハサミは、失ってもまた再生するって誰もが知ってるから当たり前だけど、あれだって、その事実を初めて知った人には魔法のように映ってたはず。私たち人間に癒しの力があるように、生き物には神様から授かった不思議な力、すなわち、魔法が生まれた時から備わっているのよ☆」

「そっか☆そう考えればいいんだ☆」

「俺、そんな不思議な力なんて感じたことねぇけど…俺にも備わってんの?」

「神様を信じて、神様に感謝することを忘れず、授かった力を最大限に発揮する努力を続ければ、その力を失わないどころかどんどん強くなる。しかし、信じることも感謝することも忘れ、授かった力すら当たり前のように思ってしまう人は、その力を失うわ…パルマのように…」

「なんかイチイチ癪にさわる言い方だなぁ」

「私たちリスト教の信者達は、昔から人々の痛みや苦しみを和らげる癒しの力を強化してきた。でも、スラム教の信者達は私たちとは正反対で、人々に痛みや苦しみを与える恐怖の力を追及してる…。でも、そのどちらも魔法ではないの…物語や絵本で見るような魔法なんて、この世には存在しないのよ」

「魔法が存在しないなら、なぜホーブローは魔術の国なんて呼ばれるんだ?話が噛み合わないじゃねーか?」

アインはミカに疑問をぶつけた。

「他の国からは魔術とか呼ばれていても、その実体は、薬や化学物質を使ったものなの。トカゲの尻尾やカニのハサミと同じで、その薬品や化学物質を知らない人から見れば、まさに魔法のように見えてしまう…私がマジャン城で皆を気絶させたのも、見方によっては魔法のように見えるでしょ?」

「なるほどな…」

「つまりホーブローは、魔術ではなく、薬品や化学物質の研究が盛んに行われてるってことですか?」

「そう。だから医療技術は、他のどの国も追い付けないほど進歩しているわ。言い方を変えれば、魔術の国じゃなく医療の国なの♪でも、その医療技術の進歩も、スラム派が大半を占めるようになってからは足踏み状態らしいけど…」

「なんか…ミカの話を聞けば聞くほど、そのスラム教ってのが諸悪の根元みたく思えてくるな。強さこそ正義とか、力が全てとか、恐怖の力の追及とかよ…とんでもねぇ宗教だ」

パルマは、イライラの矛先をスラム教に向けた。

「スラム教は異国の宗教だって言ってたが、元々はどこの国の宗教なんだ?」

アインの問いに対し、ミカは静かに答えた。

「………タラモアよ」

「何?!」

「ここでもタラモアかよ!!」

「まぁ、らしいと言えばらしいですけど…」

アイン、パルマ、ククタの三人の心の中には、怒りの炎がメラメラと燃え上がった。

「ホーブローと違って、タラモア帝国内では、過激派と言われるスラム派の割合はほんの少しらしいけど、タラモアの権力者の多くはスラム派なんだとか…。確か、スラム教の教祖は、タラモア権力者の一人だったはずよ…」

「ますます叩き潰したくなってきた!!」

「教祖がタラモアの権力者ってことは、見方を変えれば、スラム派が大勢を占めるホーブローは、もはやタラモアの同盟国みたいなものですね…」

「その通りよ。その分かりやすい例が黒火薬ね」

「あの黒火薬か?」

「そう。タラモアの専売特許になってる黒火薬も、開発されたのは実はホーブローなの。攻撃的な化学物質の研究を進めていたスラム派の研究者が、発見した黒火薬の製造方法をタラモアに伝えたってわけ」

ミカが連邦各地で盗賊として生き抜いていた時に得た情報は、自分の目と耳で得た確かな情報であり、内容も多岐にわたっていた。

「じゃあ、ホーブローはタラモアの支配下にあると考えてた方がいいですね…」

「そう思って間違いねぇだろうな…」

「てことはよ…今回俺たちを連れてそんな危険な場所に向かう目的は、タラモアを叩き潰す前に、手始めにホーブローのスラム派を壊滅させるのが狙いだな?俺たちのズバ抜けた強さに期待して♪」

「アイン様の強さは分かるけど、パルマはねぇ……」

「ンにゃろう…そのうちビビらせてやっからな!俺様の強さを知って小便チビるなよ!」

「仮にあなたたちが驚くほどの強さを秘めているとしても、今回ホーブローに向かうのはスラム派を壊滅させるためじゃないわ…」

「じゃあ何のために?父親代わりの神父さんの仇討ちか?」

「神父様の仇討ちは、いつか果たしたいけど、そうじゃない…。目的は二つあるの」

「二つ?…何だ?」

「ひとつは、幻の花と呼ばれるレッドカメリアを採取すること。ある薬を作るのに、どうしても必要なの。その花は、今の時期、ホーブローのある山の山頂付近にしか咲かない。リスト教信者たちの間で『神の山』と呼ばれるその山は、エジピウスが多く生息していて、なかなか山頂にはたどり着けない…」

「エジピウス?…どっかで聞いたことある名前だな…」

「ハゲタカの異形種ですよ、できれば出くわしたくない鳥です」

「ああ、思い出した♪エド博士と出会った時に、あの爺さんが言ってたんだ♪……て、空から見られてたら間違いなく見付かっちまうじゃねぇか!」

「そう。だから山頂にたどり着くのが難しいのよ」

「そのエジ何とかが多く生息してるんじゃ、難しいっつーか不可能なんじゃね?」

「一人じゃ難しいから、俺たちの力を借りたいってことか?」

「いいえ、エジピウスだけなら私だけでも何とかなると思うの、薬の力を使って。問題はその後。神の山の山頂付近にいる神獣タロンガ…」

「タロンガ!!…ワシの特異種で、幻の鳥って言われてるやつですよね?本当にいるんですか?」

ククタは驚くと同時に、ワナワナと震えだした。

「なんだ?ククタがそんなに怯えるなんて、エジ何とかよりヤバい鳥なの?」

「だって四神獣のひとつですよ?この世に4体しかいない神獣の中でも、タロンガは、睨まれただけで魂を吸いとられるって…」

「( ̄△ ̄;)……アイン、やめよう!引き返そう!」

「その山の山頂にそいつがいることが知られてるってことは、そいつを見たやつがいるってことだろ?しかも見たやつは魂を吸いとられずに事実を伝えた。たまたまそいつに睨まれずに済んだだけかも知れねぇが…いずれにせよ、魂を吸いとられるのか、そいつを神格化するための作り話か、実際に行ってみりゃ分かる。そこに行かなきゃ手に入らないんだろ…レッドカメリアって花は…」

「やっぱりそうくるよな…まだ死にたくねぇなぁ俺…」

「ありがとう☆アイン様……最悪、レッドカメリアを採取出来なかったとしても、もう一つの目的は諦めたくないの」

「もう一つの目的って何だ?」

「忘れ物を取りに行きたいの」

「忘れ物??」

「子供の頃、教会の庭の木の根元に埋めて隠した私の宝物…神父様から貰った宝物…『ブルージュの羽衣』を取りに行きたいの」


「ブルージュだって!?」


アイン、パルマ、ククタが声を揃えて驚いたとき、前方に、船着き場の小屋の灯りが見えてきた…。




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【四神獣】

グランサム連邦に古くから伝わる伝説の生き物

人から人へと伝えられた内容は、大袈裟に脚色され、神格化され、実際の生き物を正しく描写しているか定かではないものの、伝説になるほどの稀少な特異種であることは間違いない


タロンガ………ワシの特異種(空の神獣)

デサーク………サソリの特異種(大地の神獣)

パンテラ………トラの特異種(森の神獣)

クラーケ………タコの特異種(海の神獣)

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