【#43 海上の危機】

-5107年 3月22日 2:25-


バラザード王国ホーブロー神国 国境の海



「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」

ミカは、海中から飛びかかってきたシーモンキーの体を、両手で挟むように条件反射的に受け止めた。

「イヤ~ッッ!気持ち悪い~ッッ!」

「そのまま押さえてろ!」

ガキン!ガキン!と鋭い歯でミカに食いつこうとするシーモンキーの背中に、アインはナイフを突き立てた。

ミカは絶命したシーモンキーを海へ投げ捨てる。

「今の何?!魚??魚じゃないわよね?体には毛が生えてたし、猿みたいな顔してた!」

突然襲った恐怖に、ミカは興奮冷めやらない様子だ。

「今のはシーモンキーという猿の異形種です。簡単に言えば、海で暮らすようになった猿で、集団で狩りをします。この船に獲物がいると分かった以上、必ずまた襲ってきます、一匹一匹は弱くても、集団で来ると厄介です!皆戦える準備を!!」

「どこから襲ってくるかわからねぇ!船の前後左右に分かれて、それぞれ自分の正面に集中するんだ!」

アインは剣を抜き、パルマは小刀を用意し、ククタは船にあった棒を持ち、ミカは両手に鞭を構えた。

海中の四方八方から、月明かりを反射した緑色の目が凄い勢いで迫ってくる。

「来るぞ!!」

海中から、同時に何匹ものシーモンキーが襲いかかってきた。


ウキィィィィーッッ!!


第一波、第二波、第三波、第四波…

まるで海中で戦術を練ったかのように、シーモンキーの攻撃は人間の軍隊さながらの規律が保たれていて無駄がない。

一度に何匹も飛びかかってくる攻撃を、避けたり叩き落としたり薙ぎ払ったり、全員必死で防いでいた。

「みんな無事か!?」

「私は平気よ」

「なんとか大丈夫です」

「無事だけど…激しく動くと…また吐き気が……オェ」

「それにしても、軍隊並みに隊列が構成されてましたね…」

「猿ってそこまで賢いの?」

「今の攻撃を見る限り、人並みの知能があるみてぇだな…」

「だとしたら、今の攻撃が全てかわされたとなると、次に打ってくる手は…」

「波状攻撃の回数を減らして、一度の攻撃にかける数を増やしてくるはずだ…」

再び、海中の光る目が迫ってきた。

「来るぞ!みんな気合い入れてけよ!!」


ウッキィィィィーッッ!!


一度に海中から襲いかかる数は、先程の攻撃の倍近い。

「くっ…」

「すごい数!これじゃ凌ぎきれないわ!」

「ヤベェ!こんなに激しく動いたら…オェ」

ミカが身を翻してかわした一匹が、ククタの背中に食いついた。

「ぐわっ!!」

「ククタ君ッッ!」

一瞬、ククタの方を振り返ったミカに、防御の隙が生じた。

「ミカ!危ねぇ!!」

「キャッ!…痛~いッッ!!」

ミカの肩にも一匹食いついた。

「動くな!!」

アインの投げたナイフが、見事にミカの肩に食いついたシーモンキーの首に突き刺さる。

ククタの背中の一匹は、パルマが小刀で息の根を止めた。


ハァ…ハァ…


四人とも肩で息をしていた。

「二人とも大丈夫か?」

「私は大したことないけど、ククタ君の背中の出血が酷いわ…。早く止血しないと」

ミカは素早く止血の準備を始める。さすがは医者というだけあって、その手際は見事なものだった。

「すみません、足を引っ張ってしまって…」

「気にするな。俺の方こそ守ってやれずにスマン…」

「でも、あれほどの数の攻撃を、止血で済むくらいの被害で凌げたんだから良かったんじゃない?」

「まだ攻撃が止んだわけじゃない。今の攻撃もかわされたとなれば、最後は一斉攻撃に出てくるはずだ…」

「それに、こっちも最小限の被害で済んだってワケじゃないみたいだぜ?」

「何?パルマ、どーゆーことだ?」

「漁師のオッサンが見当たらねぇ」

「!!………」

見ると、舵を取っていた漁師の姿が消えていた。漁師の立っていた船尾には、大量の血が飛び散っていた。

「自分のことで精一杯で、誰も気付いてあげれなかったのね…」

「あのオッサン、殺られちまったのか…」

「おそらく、僕たちが戦闘に集中している隙に海中に引きずり込まれたんでしょうね…」

「漁師さんの犠牲のお陰で、攻撃が止んだのかもしれないわよ?」

「いや、そんなことはないはずだ。まだ船の上には俺たちが残ってることを奴らは知ってる…奴らにしてみれば、俺たちは単なる獲物だからな…獲物は一匹たりとも逃さねぇだろ…」


しかし、アインの予想に反して、一向にシーモンキーの最終攻撃は始まらなかった…


四人は緊張を保ったまま、臨戦態勢を解くべきか戸惑っていた。

「本当にもう攻撃して来ないんでしょうか…」

「でも、まだ船の周りを泳ぎ回ってるような気がするんだよな……船酔いで俺の目が回ってる疑いも無きにしもあらずだけど…」

「いや、何かがいるのは確かよ。周りと比べて船の周りだけ、やたら波立ってるもの…」

ミカがそう言った途端、その言葉を実証するかのように、船から少し離れた水面が盛り上がり、海中から巨大な柱のような物体が飛び出してきた。

「な、何だ!ありゃ!?」

「波が来ます!船が揺れますから皆さん落ちないようにつかまって!!」

木の葉のように揺れる小舟から振り落とされないように、全員が体勢を低くして船の縁につかまって凌ぐ。

「ククタ!馬鹿デカイあれは何だ!どう見ても生き物だぞ!」

海中から飛び出した物体の表面は、月明かりを受けてヌメヌメと光り輝き、それ自体がウネウネと動いている。

最初、柱のように見えたそれは、先端に行くほど細くなり、馬車の車輪ほどある無数の大きな吸盤が不規則に並んでいた。

よく見ると、その吸盤のほとんどに、シーモンキーが捕らえられているではないか。

「あ…あれは………おそらく四神獣のひとつ…クラーケじゃないかと…」

ククタは、ガクガク震えながらも必死に答えた。

「四神獣?クラーケ? 俺たちが相手する四神獣は、ワシの化け物じゃねーのか?!」

「そうです。ワシの特異種タロンガは四神獣のうち空の神獣……クラーケはタコの特異種で海の神獣です……まさか、こんな所で出くわすなんて…」

「ち!…てことは、どっちみち倒さなきゃならねぇってことか!」

「あんな馬鹿デカイやつ相手に戦うのか?足だけで50mはあったぞ?タコの特異種ってこたぁ、あんなのが8本もあるってことだろ?おまけに相手は海の中だ、勝ち目ねぇよ!くそ~…」

アインは剣を構え、パルマは弓に矢をつがえ、ミカは鞭を握り直した。

「待ってください…クラーケの伝説が正しければ倒す必要はないかも知れません」

「どーゆーことだ?」

「クラーケは、遭難した船を陸地に導いたり、海で溺れた人を助けたり、敵意なく救いを求める者に手を差し伸べてくれる神獣と言われてるんです。その言い伝えを信じて、いったん武器を収めてみませんか?…」

「ククタ君、今回ばかりは一つ間違えれば命取りよ?それでも武器を収めた方がいい?」

「……………僕を信じてください」

ククタはキリッとした表情で言い切った。

「わかったわ☆」

「ホントに大丈夫なんだろな…あっさり殺られちまうなんて勘弁だぞ…」

「男の顔になったな☆お前を信じてみよう」

三人は武器を収めた。


多くのシーモンキーを吸盤に捕らえたクラーケの足は、ゆっくりと海中に消えていく。

代わりに海上に現れたのは、驚くほど大きなクラーケの目だった。

クラーケは片目だけを海上に出し、人間一人より遥かに大きなその目でアインたちをジッと見ていた。

四人は身動きせず静かにしていた。いや、正しく言えば、逃げ出したいのに船の上では逃げるに逃げられず、身動き出来ないといった状況だった。

「アイン…ヤバい…俺…気ィ失いそうだ…」

「ククタ君…この神獣は睨まれても魂抜かれないわよね?…」

「た…多分…大丈夫だと思います…」

三人は、声も体も震えている。

「……………」

アインだけは微動だにせず、静かにクラーケの目を見つめ返していた。

やがてクラーケは、波も立てず静かにトプン…と海中に消えていった。

「ふぅ…助かったぁ…あと少しででチビる寸前だったぜ…」

「私たちに敵意がないことが通じたみたいね♪」

「伝説は本当だったんですね☆」

「シーモンキーの最終攻撃がなかったのも、途中でクラーケの襲撃を受けたからだろう…。ま、何にせよ、助かってよかった」

四人がホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、突然、船を強い衝撃が襲う。


ドンッッ!


下から突き上げられた衝撃に、四人は危うく船から転落しそうになるのを必死に堪えた。

「今度は何だッッ!?」

「クラーケだ!船体にクラーケの足がへばりついてる!!」

パルマは縁から海中を覗き込んで叫んだ。

「こっち側もよ!吸盤で捕らえられちゃったみたい!!」

反対側から海中を覗き込んだミカも、慌てた様子で叫ぶ。

吸盤で捕らえられた足を外そうと、二人がナイフを手にした時、突如、船は猛烈なスピードで暴走を始めた。

「うわーッッ!」

四人は慣性の法則で後ろに倒れ込む。

「早く外さないと海に引きずり込まれちゃうわ!アイン様!!」

「こんな勢いじゃ、船そのものが持ちこたえらんねーよ!早く切り離さねぇと!アインそっち頼む!」

「待て!!皆よく見てみろ…この船、ホーブロー側の光に真っ直ぐ向かってやがる…」

アインに言われて、三人は船の進む方向を確認した。

船は、ホーブロー側の目印となる灯台代わりの光に向かって、一直線に進んでいた。

「これって…まさか…」

「言い伝えは本物だったってことか?」

「ほんの少しの間、私たちと目を合わせただけで、そんなことまで読み取れるなんて……私のセックステレパスなんて足元にも及ばない、まさに神の成せる能力ね…」

「……………」

アインは、クラーケの目を見て自分が訴えたことを三人には黙っていた。

「ま、でもこれでホーブローまで船を漕ぐ必要がなくなったんだから良かったぜ♪漕ぐとなりゃあ、その役はどうせ俺に決まってんだからよ…」

「ミカさん、さっきのセックステレパスって何ですか?」

「そっか…ククタは知らなかったな。それはミカの持つ特殊能力で、ミカは触れた人の考えてることが読み取れるんだ♪スゲーだろ?」

「え?本当ですか?」

「本当よ♪ククタ君がお姉さんをどう思ってるか、試しに触ってみようかしら?フフフ☆」

ミカは小悪魔的に笑った。

「や、やめてください…僕には触れないようにお願いします」

ククタは顔を真っ赤にして下を向く。

「今なら能力のない俺でもククタの心の中が読めるぜ♪」

パルマも意地悪く笑った。


そうこうしているうちに、船はホーブロー側の船着き場の直前まで到達した。

クラーケは船体を捕らえていた足を外し、最後に軽く船尾を押すと、船はゆっくり静かに船着き場へ向かって最後の僅かな距離を進み始めた。

海中にクラーケの大きな目が輝いている。

アインはその目を見つめ、心の中で深く礼を言った。


クラーケは静かに海中深くへと消えていった…




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【海の神獣 クラーケ】

タコの特異種

全体像を見た者がいないため正確な大きさは不明だが、1本の足だけで50mを越えることから全体長は100m近いと推測される

グランサム大陸における伝説の四神獣のうち、海の神獣とされるクラーケは最も知能が高く、人の心を読むと言われ、敵意なく救いを求める者に手を差し伸べるという言い伝えは、今回のアインたちの一件で実証された

広い海全体が生息域であるため、どこに出現するかを含めて、詳しい生態は謎である


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