【#1 王の決断】

-5107年 3月5日 未明-


ロシュフォール城 王の間



「国王陛下、我が城は…残念ですが、このままでは持ちこたえられそうにございません」

宰相のモスタールは険しい顔で進言した。

「そのようじゃな……それにしても卑怯よのう、人の寝込みを襲うとは……せっかくイイ夢を見とったのに……」

国王ロシュフォール3世は、まだ寝間着姿のまま、アクビをしながら呑気にそう応えた。


グランサム連邦の平和協定を一方的に破棄したタラモア帝国軍が、ロシュフォール領内に侵攻を開始してから2時間以上が経過していた。

宰相モスタールは、王の間の扉を2時間以上も叩き続け、なんとかかんとか国王ロシュフォール3世を起こすことに成功し、やっと今こうして対峙していた…


「タラモア軍の勢いは凄まじく、特に鉄兵団にはこちらの攻撃がほとんど効果なく、兵に多くの死傷者が出ているようにございます」

「う~む……兵力差はもちろんじゃが、なにより鉄兵団が厄介じゃな…あんなの出されたら我が軍の軍備では太刀打ちは不可能…ありゃ反則じゃ」

国王は、あちこちで火の手が上がる城下町を窓の外に眺め、寝グセ全開の頭をワシャワシャ掻きながら苦言を吐いた。


高い城壁に囲まれたロシュフォールの街には、東西南北それぞれに4つの門が築かれていたが、そのうち北門を除く3つの門が突破されていた。

北門が無事なのには理由があった。

ロシュフォール城壁の北面には深い森が直前まで迫り、その森の先は標高1000mを越える山々の尾根がそびえている。

進軍するには不適切な地形に加え、その山も森も、異形種が多く出没する危険地帯であった。

タラモア軍は城の北面を見切り、残り三方向に絞って侵攻してきたのだ。


バルコニーに出た国王と宰相が城下町の被害状況を確認すると、最初に門を突破された西側の被害が一番酷いようだった。

宰相モスタールは、近衛兵の一人に

「一番隊を西側に、二番隊を東側の掃討に回らせ、三番隊は城門まで撤退後、南からの中央突破に備えよ!残りの兵は城門守備隊と合流、城門を死守せよ!」

との伝令を命じた。

「ははっ!」

と近衛兵が駆け出して行く。

残ったもう一人の近衛兵には

「投石機と炎弾機は全て城門正面に展開!弾を惜しまず攻撃せよ!」

と伝えた。

「は!」

もう一人の近衛兵も駆け出して行く。

王室内には、王と宰相の二人だけとなった。

「これだけ城下町に被害が出ているということは、民にも相当な死傷者が出ておるであろうな…」

自分の城のことよりも、まず領民のことを心配するロシュフォール3世に対し

「そこは心配いりませぬ。タラモア軍侵攻の一報が届いた時点で領民には警鐘を発し、ほとんどの領民は城壁の外へ退避、残った領民も城内に避難しております」

と、門が突破された時には、町に兵士以外は残っていなかった旨をモスタールは伝えた。

「それならば良かった」

ロシュフォール3世は安堵の表情を見せる。

「されど、相手に鉄兵団がいることを考えると城門を突破されるのも時間の問題かと…」

「う~ん………エルドレッドはどこじゃ?」

「は。エルドレッド兵長は今も一番隊を率いて奮闘しておると思われます。いくら鉄兵団と言えど、そう簡単に倒されるとは考えられませぬゆえ…」

「エルドレッドが健在ならば、もうしばらく時間は稼げそうじゃな…」

「それはそうですが……事ここに至っては…」

「今しばらく時間があるなら、何か飯でも食おうかの、腹が減ったわい」

「は?」

長年にわたり王に仕えたモスタールであったが、王の常識外れの言動には度々頭を抱えてきた。

「陛下…今はそんな悠長なことは…」

「わかっておる、冗談じゃ冗談、相変わらず頭が固いのぉ、お主は…」

「それと……兵の手前、お召し物を替えられた方がよろしいかと…」

「いいよ、このままで、面倒臭い。どうせこの後ワシは死ぬんだし」

「な!何をおっしゃいますか!!」

モスタールは片膝をつき、頭を垂れて、涙ながらに訴えた。

「恐れながら陛下、今ならばまだ間に合います!どうか陛下お一人でもお逃げくだされ!そしていつの日か、ロシュフォールの再…」

「モスタールよ……」

宰相モスタールの懇願を国王ロシュフォール3世は遮った。

そして、いつもより穏やかな、低い声で続けた。

「王が民と城を棄て生き長らえたとしても終生の笑い者、そこから国の再興など出来ようか…お主はワシを歴史に名を遺す恥晒しにするつもりか?」

「陛下…」

モスタールは頭を垂れたまま大粒の涙を流した。

「こんな老いぼれ一人の命で大勢の民の命が救われるなら、それで良いではないか」

「…感服いたしました!」

「それになモスタール、ワシが死んだとて、再興の夢が失われるわけではない」

国王ロシュフォール3世は、明け始めた空を見上げそう言った。

「?」

宰相モスタールは、最初何を言ってるのか見当がつかなかった。

「ワシ…いや、このロシュフォールにはアインがおる!」

(何を言い出すかと思えば……それはちょっと無理があるんじゃ…)

という思いが一瞬頭を過ったが、そこは口にせず、

「ア、アイン様でございますか?」

とモスタールは返した。

「そうじゃ!アインがいる限り、必ずやロシュフォールを再興してくれるであろう!」

王の瞳は希望に満ち溢れていた。

「さ、さようでございますな…」

モスタールは、意見したい気持ちを抑え、王の言葉に従った。

「モスタールよ、お主は長い間、本当によくロシュフォール家に仕えてくれた。これよりロシュフォール国王としてワシから最後の命令を伝える」

「ははっ!」

ロシュフォール3世は、テーブルの引出しから一通の書簡をモスタールに手渡した。

羊皮紙に書かれた書簡には、朱色の蜜蝋で封印が施され、その上にロシュフォールの紋章がしっかり刻印されている。いわゆる公文書というやつだ。

書簡を受け取ったモスタールは王に尋ねた。

「この書簡は?」

「よく聞けモスタール、直ちに城内にいる兵と残った領民を引き連れ、その書簡と共に隣国イグナリナへ向かうのじゃ!」

「な、何と?!しかしながら…」

「これは王命じゃ!背くことは許さんぞ!」

「は……ははっ!」

王はいつになく厳しい表情と口調でそう命じると、すぐに普段の明るくひょうきんな表情と口調に戻って、さらに続けた。

「その書簡はの、兵と領民を受け入れてもらえるよう、イグナリナ国王に宛てた書簡じゃ。タラモアが例の『古代遺跡』を発見した時から、いつか今日のような事が起こるのではないか…と予め用意しておいた物じゃ。さすがワシじゃろ?ワッハッハッv( ̄∇ ̄)v」

「畏れながら陛下……我がモスタール家は先祖代々ロシュフォール国王にお仕えし、生死を共にすることこそ家訓なれば、国王の窮地に自分だけが逃げて生き長らえるのは…」

「ま~たぁ、先祖だの家訓だの何を小難しいことを言うておる……こんな事はワシが最も信頼するお主にしか頼めんのじゃ……死ぬのはワシ一人で十分!この国と…この城と…運命を共にするのもまた、国王としての宿命…」

「…………陛下……」

「城内に避難した大勢の領民たちの命も懸かっておる!お主は何としても生きて書簡を届けよ!よいな?」

「……か……かしこまりました…」

モスタールの顔は、もはや涙か鼻水かヨダレが区別がつかないくらいグチャグチャになっていた。

モスタールは、後ろ髪を引かれる思いを断ち切って、王の間をあとにした。



それから暫くして、ロシュフォール3世は北側の城壁が見通せるバルコニーに立っていた。

やがて、城内にいた領民一行を引き連れたモスタールが、タラモア兵に発見されることなく無事に北の門から脱出するのを見届けた。

「最後の務め、しかと頼んだぞ!」

モスタールに届かぬ声を掛けたのち、ロシュフォール3世は行動を開始した…。





※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【鉄兵団】

タラモア帝国だけが所有する軍事兵器

古代遺跡で発見された技術を活用した、身長3mを越える巨大機械兵

胴体部分に操縦席があり、操縦士が鉄の体を操作するが、最高軍事機密のためその仕組みについての詳細は明かされていない


【投石機、炎弾機】

テコの原理と遠心力を利用した大型の遠距離攻撃兵器

投石機は人の頭ほどの大きさの石を、炎弾機は木や石の芯に油を染み込ませた布を巻き付け火をつけた炎弾を、200mも飛ばすことが可能

攻撃力は高いが、正確性と一連の操作に複数の人員を要することが難点

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