【#7 仲間】

-5107年 3月6日 17:22-


ロシュフォール領 バルーチ村



陽も落ちかけ、山の頂に残る雪が橙色に輝くころ、二人は国境の村バルーチに到着した。

「こりゃひでぇな…」

パルマは思わず口にした。

まだ村外れに差し掛かったばかりだというのに、遠目からでも村の惨状が見てとれる。歩みを進めるにしたがって、二人の表情は険しくなっていった。

ほとんどの家が荒らされ、ある家は破壊され、またある家は焼け落ちていた。

道のそこかしこに村人の死体が転がっている。その中には、老人も女子供までも含まれていた。

「なんて酷いことしやがる…」

アインは拳を握りしめ、怒りを露にした。


しばらく進むと、少し先の路地裏から大声で叫ぶ声が聞こえてきた。

アインとパルマが駆けつけると、十字路を曲がった先に複数の人影を確認できた。

大声を出していたのは、その中の一人の若者だ。

「うちの母ちゃんに手を出すな! 母ちゃんは足が不自由なんだ!だから逃げることも隠れることも出来ない! 家の中の目欲しい物は何でも持ってっていいから、母ちゃんにだけは手を出すな!」

どうやら逃げ遅れた母親と、母親を守る若者、そして、二人を取り囲むタラモア人10名ほど、という構図のようだ。

若者はナイフを構え、必死に抵抗していた。

「おいおい、兄ちゃん、そんな危ないもん振り回すんじゃねーよ、当たったらケガするじゃねーか」

タラモア人のリーダーと思われる男は、ナイフを振り回す若者の右手首を簡単に掴んだ。

「慣れない事はするもんじゃねーよ…」

男が掴んだ手に力を込めると、若者は悲痛な声を上げて顔を歪ませた。

握力を失った若者の右手からナイフが落ちる。

「余計な事をしなけりゃ痛い思いもせずに済んだんだ、今後は自分の力量ってやつをわきまえるんだな」

右手首を掴んだまま、男は若者の横っ面を殴りつけた。

「ぐわっ!」

吹き飛ばされた若者は、あまりの強打に膝が砕け、立ち上がれずにいた。

「ああ…ククタ… お願いです!私はどうなっても構いません!ですからククタに…息子にこれ以上の暴力は!お願いします!」

母親は泣きながらタラモア人に訴えた。

「息子と違って母親の方は素直じゃねーか、でもなぁお母さん、息子は俺達に刃物を向けたんだ、それなりのお仕置きを与えなきゃ俺達の気が収まらねーんだ… お母さんにはその後でたっぷり楽しませてもらうからよ」

「そんな…… ククタ、しっかりして! 逃げて! 逃げるんだよ!ククタ!」

男は若者が落としたナイフを拾い上げると、必死に立ち上がろうとする若者のそばに歩み寄り、ナイフを頭上に振りかぶる。

「お止めください!どうか…どうか…」

「俺達に歯向かったこと、あの世でしっかり後悔するんだな」

男は母親の懇願など聞き入れず、若者にナイフを振り下ろした。

その瞬間、足が不自由なはずの母親は、息子の上に倒れこみ、我が身を呈して若者を庇った。

グサッ!…

ナイフは母親の背中に突き刺さっていた。

「そんな……母ちゃん?……母ちゃーん!…」

「チッ!…余計なマネしやがって… 死んじまっちゃあ、せっかくのお楽しみがパーじゃねーか…」

「お前たち……許さない……許さないぞぉッ! うぉぉぉッッ!」

若者は怒りにまかせて男に殴りかかった。

しかし、簡単に弾き返される。

再び倒れこんだ若者の顔は、血と涙でグチャグチャになっていた。

「まぁだ自分の力量ってやつが分かってないみてーだな… お楽しみを台無しにされた腹いせに、お前の体をミンチみてぇに切り刻んでやるよ」

男の言葉に反応し、他のタラモア人たちも腰から剣を抜いて構えた。

若者は恐怖のあまりギュッと目を閉じ、頭を抱えて縮こまる。

「覚悟しな!」

男は剣を振りかぶった。


バシュ!…


「ぎゃ…ぎゃぁぁぁ~!…」

悲鳴を上げたのは男の方だった。

若者が恐る恐る目を開けると、目の前に、剣を握ったままの男の手首だけが落ちていた。

そして、喚き散らす男の後ろに、見知らぬ青年が立っていた。

青年は、見たこともないような美しい剣を構えていた。

そのことに気付いた他のタラモア人たちも、一斉に剣先をその青年に向ける。

「な、なんだ!貴様!」

「……てめぇら、死ぬ覚悟は出来てるか?」

青年は静かにそう言った。

「なにを!この若僧が!」

男の一人が青年に斬りかかる。

次の瞬間、男の両腕は体から切り離されていた。

「ぎゃぁぁぁッ!…」

「な…何者だ…こいつ…」

「次に死にてぇのは誰だ?」

「生意気な!一斉にかかれ!」

残りの男たちが一斉に斬りかかる。

勝負は一瞬だった。

ある者は足を斬られ、ある者は首を落とされ、ある者は腹わたを撒き散らし、襲いかかった全員がその場に倒れていた。

「た…助けてくれ…頼む…」

最初に手首を失ったリーダー格の男は、手首を押さえ、震えながら懇願した。

「これがお前の言う己の力量ってやつか?」

「そ、そうだ……あんたにゃ到底かなわねぇ… だから頼む、命だけは助けてくれ… 見逃してくれ…」

「お前さっき、コイツや母親の懇願を聞いてやったか? お前が母親を死なせたんじゃなかったか?」

「あ、ありゃあ事故だ…ホントは殺す気なんてなかったんだ…ビビらせるために少し大袈裟に脅しただけで…」


ザンッ!…


「お前もキンタマ付いてんなら、見苦しい言い訳すんじゃねーよ…」

リーダー格の男の体は、見事に左右真っ二つに切断された。


「どちら様か存じ上げませんが、助かりました。 ありがとうございます」

若者は涙を拭うと、気丈にもアインに向かって丁寧に礼を述べた。

「大丈夫か?ケガはないか?」

剣を鞘に収め、アインは若者の体を注意深く観察したが、多少の擦り傷があるくらいで大したことはなさそうだった。

「お母さんは…救えずにすまかった…」

「いえ、あなたのせいではありません… 僕がもっと強ければ助けられたんです… 僕がもっと強ければ…」

若者は悔しそうに歯を食いしばり、目には再び涙が溢れた。

そこにパルマが駆けつける。

「…何してたんだ、パルマ?」

アインは少し冷たく言い放った。

「すまん、この弓やたら強くてよ、結局一度も弦さえ引けなかった…」

その証拠に、パルマは息を切らせ汗だくになっていた。弓を引くのによほど悪戦苦闘していたようだ。

「グスン……失礼ですが、あなた方は?」

「………」

「ん?俺達は……あれだ……ただの通りすがりってやつだ。俺はパルマ、こいつはアイン」

パルマは身分を隠してテキトーに答えた。

「どちらのご出身ですか? 混乱が治まったら改めて御礼に伺いたいので」

「しゅ…出身は…えっと…ロシュフォール…そう!ロシュフォールだよ」

「それは分かります、そうじゃなくて、どちらの村の方かと」

パルマは助けを乞うようにアインに目配せした。

「俺達は俗に言う根なし草…放浪者ってやつだよ。 だから実家もないし、もちろん帰る家もない」

アインは助け船を出し、そう答えた。

「え? だったら… だったら僕も仲間に加えてもらえませんか! けっしてご迷惑はかけませんから!」

「な!…突然何を言い出しやがる!そんなこと無理に…」

慌てるパルマをアインは片手で制した。

「本気で言ってるのか?」

「もちろんです! 親を殺され、家も壊され、僕ももう帰る家がありません! それに、僕もあなたのように強くなりたい! 命を助けていただいた御恩を、あなたの役に立つことでお返ししたいのです!」

「…………」

アインは迷っていた。

「まぁ、理屈は分かるが、ナイフひとつマトモに扱えないやつが俺達の役に立つとは思えねぇしなぁ…」

パルマはあくまで反対のようだ。

「見ての通り僕はヒョロヒョロで体力には自信ないし、剣や槍や武術なんて丸で向いてないけど、その代わり僕には学問があります! 僕の知識がきっと役立つときもあるはずです!だからどうか仲間に加えてください!」

「そうは言ってもなぁ… 野宿は当たり前だし、そうなりゃ、いつ異形種に襲われるかも知れねぇ… 異形種ならまだしも、特異種なんかに出くわしたら命がいくつあっても足りねぇんだぞ? つまり放浪者ってのは…」

「わかった」

「お、おい!アイン!お前今なんて…」

「わかったと言ったんだ。 仲間に入れてやる」

「本当ですか! ありがとうございます!ありがとうございます!」

若者は大喜びだった。

「アイン!本当にいいのか?かえってコイツの身を危険に晒すことになるかも知れねぇんだぞ?」

「ガキじゃねーんだ、そのくらい覚悟は出来てんだろ…」

「はい!危険と隣り合わせなことも覚悟の上です!」

「じゃあ、まずはお母さんの御遺体を埋葬して、それから荷物まとめて出発だ」


三人は、家の裏庭に母親を埋葬し、手を合わせた。

「ありがとうございます、これで母ちゃんも成仏してくれると思います…」

「じゃあ、家の中から必要な物を持ってこい。 あんだけ荒らされた後じゃ何も残ってないかも知れないが…。 その間に俺達は馬を調達してくる。 お前、馬には乗れるのか?」

「はい、人並み程度には…。 申し遅れました、僕はククタといいます、ヨロシクお願いします! では、さっそく荷物をまとめて来ます!」

ククタは、ほとんど破壊された家の中へ走って行った。


「どんだけお人好しなんだ、アイン。 俺はどうなっても知らねぇからな?」

「大丈夫だ、パルマもあいつの勇気は見ただろ? 必ず俺達の力になってくれるはずだ」

「そうは思えねぇけどなぁ…」

アインとパルマは、村のあちこちに残された主を失った馬を引き連れて戻ってきた。

ちょうどそこへ、家の中から一抱えもある大荷物を持ってククタが現れた。

「ククタ……念のため聞くが、その抱えてるもんは何だ?」

「僕の荷物です。 ほとんど学術書なんですけど、全部僕の宝物なんです☆」

(ほ~ら、さっそくこれだ… だから止めとけって言ったのに…)

パルマはアインを一瞥した。

「パルマ、悪いが丈夫そうな馬をもう一頭、用立ててきてくれ…ククタの荷物用に」

「………(-_-)」

ブツブツ文句を言いながらパルマが馬を連れて戻ってくると、三人は馬に跨がってバルーチ村を後にした…。



※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【ククタ】

ロシュフォール陥落後、タラモア人の襲撃によって親と家を失い、たまたまアインとパルマに助けられたことをきっかけに、二人と共に旅をすることになる

武術が苦手な分、学問を得意とし、本人が宝物と呼ぶ学術書は50冊におよぶ

バルーチ村出身 17才 165cm 48kg

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