【#21 もたらされた情報】
-5107年 3月15日 14:52-
タラモア帝国 タラモア城 帝王の間
執権バジャルは、帝王ケチャム=ブリンストンの前で片膝をつき、頭を下げて帝国内の近況を報告していた。
「帝王陛下、お喜びください!鉄騎兵の量産が軌道に乗りましたので、あと半月もすれば進軍が可能になりますぞ!」
「鉄騎兵って、あの鉄の兵隊さんのことだよね? 量産てどーゆー意味? 進軍て何だっけ?」
まだ10歳と幼いケチャムには、難しい言葉を理解するほどの学力がないのも致し方ない。
(あ~ッ!面倒臭い! これだからガキは嫌いなんじゃ!)
バジャルは内心イライラしながらも、丁寧に説明を続けた。
「量産というのは同じ物を一度にたくさん作れるようになること、進軍というのは兵隊さんを敵地に推し進めること、にございます」
「じゃあ、この前のロシュフォールみたいに、またどこかの国とケンカするの? 僕、あまり進軍て好きじゃないなぁ…」
「何をおっしゃいますか!帝王たる者、もっと野心を持っていただかないと、そのうち我が国が敵国から侵略されてしまいますぞ!」
「う~ん……僕あまりヨソの国とケンカしない方がイイと思うんだけど… だって、たくさんの人がケガしたり、死んじゃったりするでしょ?」
「それが国と国のケンカ…戦争というものでございます」
ケチャムはバジャルの方は見ず、手の平の上で、飼っているリスにクルミを食べさせながら言った。
「戦争なんかしないで、どこの国とも仲良くすることは出来ないの?まだ小さい頃、父上と母上にお友達とは仲良くしなさいって言われたよ?ケンカはしちゃダメだって」
(小さい頃?まだまだ小さいではないか!!こんな弱腰だから帝国を任せられんのだ!なぜ今リスと戯れる?先帝は帝王学のテの字も教えなかったのか…)
「良いですか、ケチャム様… もう仲良しの時代は終わりを迎え、これからは国と国がしのぎを削る群雄割拠の時代が…」
「しのぎ? ぐんゆう?」
「あぁ、えぇとぉ…つまり、国と国とがケンカして、互いの領土やお金や宝物を奪い合う時代が来るのです。もしケンカに負けてしまったら、美味しい物も食べられなくなるし、大切なオモチャも取られてしまうし、かわいいリスとも遊べなくなってしまうのです」
「え~っ、そんなのイヤだなぁ… じゃあ、バジャルが進軍?して、負けないようにしてよ」
「それには、この前のロシュフォールの時のように、ケチャム様から兵隊さん達に『○○とケンカして勝ってこい!』と命令してもらわないといけません…」
「この前は、バジャルが『ロシュフォールは悪い事ばかりする悪い国だ』って言うから仕方なく命令したけど、他にもそんな悪い国があるの?」
「それは、来月に行われるグランサム連邦会議で明らかになると思われるので、悪い国がどこか判明したら、ケチャム様から命令を出してください。いいですね?」
「わかった、バジャルの言う通りにするよ」
「ヨロシク頼みましたぞ、ケチャム様…」
(まったく… 無知というか世間知らずというか… お陰で手玉には取りやすいが、子供の相手はホトホト疲れるわい… 大人になって一丁前の口をきくようになる前に、早いことグランサムを統一しなければ……)
執務室に戻ったバジャルの元に、近衛兵から気になる情報がもたらされた。
「バジャル閣下、お耳に入れておきたいことが…」
「うむ、何じゃ?」
「バルーチ村を調査していた特命班からの情報なのですが、先日、その村を強襲したタラモア人10人が、たった一人の若者に瞬殺されるところを目撃した村人がいたそうで…」
「何?それは真か?」
「はい、その村人が言うには、その若者が手にしていた剣は、見たこともないほど美しい剣だったとか…そのような剣を持てるのは、それなりに高貴な人物の可能性が高いのではないかと…」
「う~ん、アイン王子の可能性が高いな…」
「念のため、その村人に聞いた特長を元に描いた人相書きもこちらに…」
バジャルは手渡された人相書きを見た。
しかし、その人相書きは、絵師5人に描かせた手配書とはだいぶ掛け離れたものだった。
「連邦各地に配布した手配書とはまるで違うではないか!」
「はい、まるで別人でございます…なので、その人物の足取りを追うべきか迷った特命班が指示を仰いで参ったのです…」
「丸っきりの別人なのか、手配書が間違っておるのか、これでは判断に迷うのも無理はないのぉ…」
「それともうひとつ、見ていただきたいものが…」
「何じゃ?」
「こちらでございます」
近衛兵は、もう一枚、別の人相書きを渡す。
「この二枚の人相書きは、銀色の髪色といい左目の下にある傷痕といい、紛れもなく同じ人物を描いた物じゃな…」
「実はそちらは、キルベガン領のソミュールからなのです… その町に現れた旅人らしき3人組の若者が、力自慢の男達でも引くことの出来ない弓を持って、詐欺まがいの金儲けをしていたと…」
「別の町だと?」
「さようにございます。しかも、バルーチで目撃されたのがロシュフォール陥落翌日3月6日の夕刻、さらにソミュールでの騒ぎがあったのが3月10日から11日にかけて…距離的な移動日数もピタリと合う計算です」
バジャルは、机上に羊皮紙で出来た大きな地図を広げた。
グランサム大陸が描かれたその地図には、各国の境界線や山脈や川、町や村、街道などがほぼ正確に記されていた。
「我が国との国境にあるバルーチ村、そこからカルサバの町を越えればロシュフォールの王都…そのルートを延長すれば、キルベガン領に入りソミュールにたどり着く……」
「いかがいたしますか?バジャル閣下」
近衛兵は指示を仰ぐ。
「そのルートのまま進めば、次はシャロンの町か… まずは直ちに手配書の人相書きを描き直し、各地に配布せよ! シャロンに近い場所にいる特命班は、全班シャロンに集結させるのじゃ!」
「かしこまりました」
「それと、シャロンに居る反政府軍のリーダー、グランツにも急ぎこの旨を伝えよ! アイン王子がシャロンの町に現れる可能性は高い、もしも見付けた場合は殺しても構わん! 見事仕留めた場合は、決起の際に鉄騎兵の派遣を約束する、とな…」
「了解いたしました!!」
駆け出す近衛兵をバジャルは呼び止めた。
「最後に一つ、言い忘れておった。 最初に手配書の人相書きを描いた絵師5人を捕らえ公開処刑せよ… 首をはねるのだ…」
「は……ははッ!」
即日、絵師5人の公開処刑が行われた…
※※RENEGADES ひとくちメモ※※
【グランツ=ルシュリッヒ】
キルベガン国内における反政府運動のリーダーと目される人物
キルベガン政府の捕縛対象の筆頭にも関わらず、未だ捕縛されないばかりか居所すら掴ませないのは、決まった家を持たず、アジトを作らず、変装の名人であることが大きい
キルベガン政府転覆を目論むタラモア帝国は反政府活動を陰で後押しし、政府転覆の際の無血開城を企てているが、実のところ、反政府側はタラモアの軍事力を利用しているだけに過ぎない
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