【#49 殺人犯】
-5107年 3月21日 18:35-
キルベガン共和国 シャロン
「女?…しかも、まだ20歳の若い女がタラモアの将軍を刺し殺しただと?どこかの組織の女か?」
エルドレッドの心中は、驚きよりも興味が支配していた。
「いや、どこの組織の者かは分からねぇ…。分からねぇが、少なくともウチのメンバーじゃねぇのは確かだ」
「一見した印象は、清楚で大人しい感じの、とても人を刺し殺すなど想像出来ない小柄な女性でしたが…」
マインツは、自分の受けた印象を二人に話した。
「しかし、その清楚で大人しそうな女が、タラモア帝国の将軍を刺し殺したのは事実なんだ。白昼堂々、大勢が見ている前でな…」
そんな話をしながら三人は階段を下り、地下へと向かった。
地下部分は、建物が建った後に作られたようで、地面を掘っただけの洞窟のような空間だった。
その洞窟のような地下部分の最奥に開けた空間があり、何本もの鉄の棒が天井と床を繋ぐように等間隔に突き立てられ、地下牢として機能していた。
その空間のこちら側に牢屋番の男が二人。
鉄の棒で仕切られた向こう側の空間には、壁にもたれかかって一人の女が膝を抱えて座り込んでいた。
その空間に足を踏み入れた三人の存在に気が付くと、うつむいていた女は少しだけ顔を上げ、疲れきった視線で三人を見つめた。
「この女がタラモアの将軍を刺した犯人です、グランツ様」
マインツは、冷静に事実だけを告げた。
「こんな華奢な女が…か」
グランツは、いまだに信じられない様子だ。
エルドレッドは、黙って事の成り行きを見守った。
「女、名前は何という?この国の者か?」
グランツに質問された女は、観念したのか、諦めたような表情で静かに話し出した。
「マリー………マリー=ストレンジ………結婚してからシャロンに住んでるけど……生まれはバラザードのサライ…」
「バラザードの出身か…なぜタラモアの将軍を刺した?何か怨みでもあったのか?」
「相手がどこの誰で、どんな身分の人か、そんなことは知らない…どうでもいい…」
「相手が誰かも知らずに刺したのか?」
「ええ…」
「何故だ?何か理由があるだろう?」
「あの男は………私が主人に贈ったペンダントを首から下げていた…世界に一つしかないデザインの、二人の名前が彫られたペンダントを…。それが何を意味するか、考えれば解るでしょ?」
「……………」
エルドレッドだけでなく、グランツも女の話を聞いてから、暫く黙り込んでしまった。
そんなグランツを見かねてか、グランツに聞かれるまでもなく、女は今日ここに至るまでの出来事を順を追って説明し始めた。
「ここ数日、シャロンの街にはタラモアの特命部隊とかいう四人組の集団が何組も集まってた…。どの四人組も一様に、ロシュフォール王国のアイン王子とエルドレッド兵長の行方を聞いてきたわ…。特にアイン王子は、このシャロンの街で目撃されたって情報が入ったらしく、執拗に何度も何度も、どの四人組にも同じ質問をされた…。もう同じことを答えるのに飽き飽きしてたとき、やって来た次の四人組のリーダー格の男の首に…」
「見覚えのあるペンダントを見付けてしまった、と…」
「最初は自分の目を疑ったけど、そのデザインは私たち夫婦にしか判らない、特別な意味をもつ形をモチーフにした物だったから…」
「しかし、何か別の理由があって、その将軍が受け継いだ可能性も…」
「そんなこと絶対ないッッ!!」
それまで静かに語っていた女は、このとき初めて激昂した。
しかし、すぐに冷静さを取り戻し、話を続けた。
「私の主人はタラモアの出身だったけど、平和を愛し、争いのない世界がくることを心から望んでいる人だった…。しかし、タラモアには徴兵制度があること、あなた方も知ってるでしょ? 20歳の誕生日から2年間、兵役が義務付けられてる…心身ともに健康な男性はタラモア人である以上、どこの国で暮らしていても兵役からは逃れられない…従わずに逃げたりしたら、どんな理由があっても捕らえられて処刑される…。だから主人もイヤイヤ出征して行った…。でも出征した翌日から主人は、毎日私に手紙を送ってくれたの。その日にあった出来事や、その時に感じたこと、私への想いを一日も欠かさず手紙に書いて送ってくれてた…あの日までは…」
「あの日??」
「ロシュフォールが一夜にして陥落した日」
「!!………」
エルドレッドはその日のことを思い出し、唇を噛み締めた。
エルドレッド自身、あの時のタラモア軍に従軍していた人物を主人にもつ女に色々と聞きたいこともあったが、言葉を飲み込み、沈黙し続けた。
「それじゃあ、ロシュフォール城の爆発に巻き込まれて戦死されたのか…」
「いいえ。主人は爆発に巻き込まれず、生き延びてタラモアの王都まで戻った数少ない兵士の一人だった…。無事に王都に戻ってから書いて送った手紙が、主人から届いた最後の手紙…」
「その手紙には何と?」
女は何も言わず、大粒の涙を流しながら、懐から一通の手紙を差し出した。
「これがその手紙?読んで構わないのか?」
女は小さく頷いた…。
親愛なるマリー
今、ロシュフォールから戻ってきた。
たった一晩で城を陥落させることが出来たのは良かったが、武勇に優れたロシュフォール軍の強さが噂通りだったのと、城ごと大爆発を起こして散ったロシュフォール国王の見事な最期に、我がタラモア軍は勝利したにも関わらず甚大な被害を被った。
でも心配しないでくれ、僕は無事だ。
城内の財宝探索をしていたとき、救護班の人手が足りないから応援に行くように上官から命令された。城外に設けられた救護テントへ向かう途中に大爆発が起きて、幸運にも僕は被害を免れたんだ。これもきっと神の御加護だと感謝している。
ロシュフォール侵攻には2000人の兵士が動員されたのに、タラモアに帰還出来たのは僅か300人。しかし、そのほとんどは体のどこかを負傷していて、僕のように無傷で帰還出来たのは100人にも満たないのが現実だ。
そもそも今回のロシュフォール侵攻に納得いかない兵士が多い中、無傷で帰還したという理由だけで、そんな兵士を代表して僕はこのあと執権バジャル様のところへ行って、戦況の詳細報告をしなければならない。とても気が重いよ…
早く兵役を終えて、君の元へ帰りたい
いつも、どこにいても、心から君を愛しているよ
5107年3月5日 ジーニアス
「それまで一日も欠かさず送られてきた手紙が、この手紙を最後にパッタリ送られてこなくなったのか…」
手紙を読んだグランツは、その手紙をエルドレッドに手渡す。
「このあと、ご主人の身に何かがあったと考えるのが自然だろう…向かった先がバジャルの所なら尚更だ…」
それまで黙っていたエルドレッドも、手紙を読み終えてそう言った。
「そして、ご主人のペンダントを下げたタラモアの将軍が現れた…」
「ご主人はおそらく…皆が今考えている最悪の結果の可能性が高い…」
グランツも、マインツも、エルドレッドも、険しい表情でしばらく押し黙っていた。
女はひとしきり泣いたあと、スッキリした表情で三人に向かって言った。
「僅かな可能性を信じたい気持ちは心の中から消えることはないけど…私もあなた方の推測が正しいと思います…。事情も全て話せたし、私を早く処刑してください。事情がどうであれ私は人を殺しました…しかも相手はタラモアの将軍です…身柄をタラモアに引き渡されて拷問を受けるより、この場で早く処刑されることを望みます。それに…早くあの世で主人に逢いたい…」
女の言葉には強い覚悟と決心が感じられた。
「いかが致しますか?グランツ様」
マインツの問いかけに、グランツは深く考え込んだ。
「確か、名前はマリーと言ったな?お前の両親は健在か?」
「母は病で亡くなりましたが、父は健在でサライの町で暮らしています」
「そうか…父親はサライに…」
グランツは熟考してから告げた。
「マインツ、この女を釈放し、サライの父親の元へ届けよ」
「え?!」
マインツも驚いたが、誰より驚いたのはマリー本人だった。
「それではこの国が…あなた方がタラモアから厳しいお咎めを受けることに…。私は処刑されて構いません!いえ、処刑されるべき人間なんです!私の代わりにあなた方に厳しい処分が下されるのは耐えられません!」
「案ずるなマリー。タラモアごとき、何とでも誤魔化してみせる♪タラモアには、この場で処刑したことにすればいいだけだ♪」
「しかし、それでは…」
「いいか、マリー、命は大事にするんだ。これからは親元に帰って、親孝行しながら、ご主人を弔ってあげるといい。それにまだマリーは若い、幸せになる希望も捨てないことだ。天国のご主人もきっとそう望んでいるはずだ☆」
グランツの言葉を聞いて、マリーはまた大粒の涙を流していた。
「マリーをサライまで送り届ける役目は俺が引き受けよう」
エルドレッドは自ら進言した。
「それは助かる♪あんたが警護してくれるなら、それ以上の安心はない♪ただ、くれぐれもタラモアの特命部隊に見付からないように気をつけてくれ、まだこの街には特命部隊の連中がわんさか居やがる…夜のうちに街を抜け出した方がいい」
「わかった。そうしよう」
「このままシャロンに留まってほしいことろだが…マリーをサライに送り届けて、そのままバラザードへ向かうってことだな?」
「そのつもりだ。言ったはずだ、俺が力を貸すかどうかはお前次第だと。力になりたいと思ったときに協力する、今回もそう思ったから送り届ける役目を買って出た、それだけの話だ」
「あんたにそう思わせるような事、俺何かしたか?」
「分からなくていい♪お前なら革命も成功するだろう♪」
「よく分からねぇけど…またそん時ゃ力貸してくれよな♪」
「本当に助けが必要なときは必ず駆けつける。約束しよう☆」
エルドレッドとグランツは、固い握手を交わした。
「グランツ様…今回はその…何と言えばいいか…本当にありがとうございました…」
「いやいや、俺は礼を言われるようなことはしていない。本音を言えば、よくぞタラモアの将軍を一人、始末してくれたと思ってるくらいなんだ♪だから、後のことは心配しなくていい。家に残した荷物も近いうちにサライに届けよう。どうしても届けてほしい物はあるか?」
「それでしたら…主人からの手紙が入った小箱と、二人で写したフォトグラフィーを…。どちらも寝室のベッドの脇にある棚にあるので、それだけ届けて頂ければ…」
「わかった、必ず届ける。これから暫く、ほとぼりが冷めるまでは親元で静かに暮らすといい☆」
「はい☆本当にありがとうございました☆」
マリーは深々と頭を下げた。
先にマリーを愛馬に乗せ、自らも愛馬に跨がると、エルドレッドは軽く手綱を引いて愛馬に出発の合図を送った。
「また会おう、グランツ」
「ああ、その時を楽しみにしてるぜ」
エルドレッドとマリーは、夜陰に紛れシャロンの街を後にした。
「グランツ様、結局あの男は誰だったんです?」
「ん?…信頼できる俺の友人だ☆ さあ、これから忙しくなるぞ、計画は一から練り直しだ♪」
「計画を一から練り直す?!なんでまた?」
「新しいキルベガンをより良い国にするためだ☆ま、お前は深く考えなくていい♪」
「はあ……」
二人を見送ったグランツとマインツは、反政府活動のアジトである建物の中へ戻って行った…
※※RENEGADES ひとくちメモ※※
【ジーニアスのペンダント】
妻のマリーが、夫であるジーニアスの誕生日に贈ったもの
不幸にもタラモア帝国の執権バジャルによって殺害されたジーニアスの首から外されたペンダントは、後にスタージ将軍の首に掛けられることになる
その特徴的な形をしたペンダントヘッドは、マリーが所有していた数少ない貴金属を溶かして精製された世界に一つだけのもので、それがキッカケでマリーは愛するジーニアスの死を知ることになり、スタージ将軍殺害の引き金となった
それは、あたかも天国にいるジーニアスの無念が導いた結果のようにも思える
ペンダントヘッドの裏面には、二人の名前と「Forever and Ever」の文字が刻まれていた
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