【#83 当然の報い】

-5107年 4月1日 11:01-


アナムル王国 煌春 武術大会会場




「うわあぁぁぁぁぁぁ〜ッッ!」

小刀を両手でしっかり握りしめた忠栄は、腕を伸ばし刃先をクォン大将軍の背中に向けると、ギュッと目を閉じたまま突進していった。


ドスッ!……


小刀が突き刺さった確かな手応えを感じた忠栄は、恐る恐る目を開けた。

「!!…………アギュウ?!どうして……」

小刀は、クォン大将軍を守るべく二人の間に割って入り、大の字で立ちはだかった阿牛の右肩に刺さっていた。

驚いた忠栄は、阿牛に刺さったままの小刀から手を放し、その場にワナワナとへたり込み、そのまま気を失った。

あまりに突然の出来事に、クォン大将軍はもちろん、アインたちも一歩も動けないまま愕然としていた。

「大丈夫か!アギュウ!!小刀はまだ抜いてはならん!抜けば出血が酷くなる」

真っ先に阿牛に駆け寄ったのチェンロンだった。

「僕なら大丈夫……僕は最初から分かってた」

阿牛は忠栄を見つめながら静かにそう言った。

目の前で両親を殺されたショックで口がきけないと誰もが思っていた阿牛の発言に、一同は更に驚いた……。


「チッ!……しくじりおったか……役に立たん小童め。これでこの女の運命は決まった!胴体を真っ二つにしてくれるわ!」

族長ジェングは大斧を振り上げた。

それと同時にアインが叫ぶ。

「三男、パルマ、今だ!!三男は神獣の周りの兵士を!パルマは人質を抱えてるヤローの腕を狙え!」

「了解です!ボス!」

「任せとけ!ロリポリの鎧なんざブチ抜いてやるぜ!」

パルマの放ったブルージュの矢は見事にロリポリの鎧を貫き、ジェングの腕に突き刺さった。

「ぎやぁぁぁぁッッ!!」

突然の激痛に顔を歪ませたジェングは、奴隷の首に回してした手を解いてしまう。

その瞬間、ミカの鞭が唸りを上げ、奴隷の体に巻き付いた。ミカは目一杯の力で鞭を引き、ジェングから奴隷を引き離す。

「おのれェ〜ッッ!逃がすかぁぁぁッッ!!」

ジェングは大斧を振り下ろした。

「忘れたのか?お前が今戦ってる相手はこの私だ」

それまで、大斧を下段に構えたまま身動き一つしなかったエルドレッドは、一気に気を開放して再び大斧を振り上げた。

まさに電光石火の一撃によって、大斧を握ったジェングの片腕は、血しぶきとともに宙を舞った。

「ぎゃわぁぁぁぁぁぁぁ〜〜ッッ!!う、腕が……ワシの腕がぁぁぁッッ!」

族長ジェングは両膝から崩れ、失った腕の傷口を押さえながら喚き散らした。

「くそぉぉぉ〜ッ!……兵士ども!神獣を殺してしまえ!!祟りなど怖れるな!今すぐ殺すのだぁぁぁ!!」

ジェングは、エルドレッドを睨みつけたまま大声で号令を発した。

しかし、兵士たちの返答となる雄叫びは上がらない。

不思議がったジェングが後ろを振り返って確かめると、神獣の周りを取り囲んだ黒獅子団の兵士たちは、全員が腕や脚を押さえて痛みにのたうち回っていた。

「何だ……一体何が起こったというのだ……」

情況が把握できないジェングが周りを見回すと、白いカンドゥーラに身を包んだ一人が、神獣の方へ両腕を伸ばし、その10本の指先からは硝煙が立ち上っていた。

白いカンドゥーラの人物の赤く光る目が青に変わるのを、ジェングは絶望的な気持ちで見ていた。


「もうお前に残された道はない。潔く敗けを認め、国に帰ったら改心して農作業にでも励むがいい。そのために命と片腕は残したのだ」

エルドレッドはそう言い残し、ジェングに背を向け歩き出した。

「認めぬ……認めぬぞ!ワシは決して敗けなど認めぬ!!ワシはグランサム最強の戦士なのだぁぁぁッッ!!」

ジェングは腰の短刀を抜き、エルドレッドの背後から斬りかかった。

「どこまでも愚かな男のようだな……」

振り向きざまエルドレッドの大斧が一閃、ジェングは残されたもう片方の腕も失った。

「ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜ッッ!!」

「お前のような男に戦士を名乗る資格はない。両腕を失い、この先どうやって生きていくか……これまでの罪を背負い陰で生き続けるもよし、自決するもよし、残された頭でよくよく考えることだ」

エルドレッドは大斧を投げ捨て、闘技台を下りた。

「ハァ……ハァ……下りたな?闘技台を下りたな?これでワシの勝ちだ!!ブハハハハ!」

闘技台の上でジェングは高笑いをしていた。

「族長ジェングよ!」

クォン大将軍はジェングの高笑いを打ち消すように大声で言った。

「これはもはや武術大会とは呼べない。そのことは貴様が一番わかっているだろう。会場を見てみよ、観客はおろか審判もいない。みな神獣パンテラを恐れて逃げ出してしまった」

見ると、会場を埋め尽くしていた数千人の観衆は姿を消し、ガランとした会場には、黒装束の黒獅子団数人が残っているだけだった。

「観客など関係ない!規則は規則だ!最後に闘技台に立っていた者が勝者なはずだ!!」

「それを言うなら、さんざん規則を無視した卑怯な手を使った貴様はその時点で反則負けであろう!」

「わかったぞ?ワシと戦うのが恐いのだな?ワシは両腕を失っても大将軍に勝つ自信があるぞ!!ブハハハハ!!」

ジェングの物言いに、その場にいた誰もが呆れ、返す言葉を失った。

「大将軍の次は皇帝だ!!ひ弱な皇帝など、虫ケラのように踏み潰してくれるわ!ブハハハハ!!」

「族長のオッサンよぉ……」

口を開いたのはアインだ。

「根拠のない自信でイキるのは勝手だけどよ、そもそもテメェはもう戦えねぇんだ」

「もう戦えないだと?何を言っている、ワシは両腕を失っても命あるかぎり戦うのだ!戦士の根性をナメるなよ、小僧ッッ!!」

「はぁ?戦士の根性だぁ?俺はそんなこと聞いてんじゃねぇ……テメェはもうすぐ死ぬって言ってんだよ、クソジジイ」

「ワシがもうすぐ死ぬ??ワシは両腕を失ったところで自害などせんぞ?小僧こそ何を根拠に……」

「とことんめでたいジジイだな♪根拠ならあるぜ?テメェの後ろに♪」

「ワシの後ろ??」

ジェングは後ろを振り返った。


ガルルルルル…………


すぐ背後に森の神獣パンテラの姿があった。

手脚と首に固定されてた鎖は、全て途中で切られている。

「なぜだ?なぜ鎖が切れて…………!!」

鎖を繋いで固定していた鉄底の土台の周りに、数十匹のネズミの異形種ラオシュがいた。中には、パンテラが開放された今となっても、鋭い歯で鎖を噛み切ろうとしているラオシュもいた。

パルマは、その中の一匹を指差して言った。

「おい、あれ!あの時のラオシュじゃねぇか?」

群れのリーダーのような動きを見せる一匹は、明らかに周りのラオシュより毛が短かった。

「きっとそうに違いないわ!あの乾パンを盗っていったラオシュよ!」

「猪籠草に捕まって、一瞬とはいえ強酸性の消化液の中に落ちたから他のラオシュより毛が短いんですよ!」

ミカもククタも一目でそう確信した。

「だよな♪乾パンの恩返しに来てくれたのか☆……てことは、パンテラを開放できたのは、遠回しに俺のお陰じゃね?」

「パルマは乾パンを奪い返しに行ったんでしょ?なんでそれが恩返しに繋がるのよ……」

「でも、これで族長はパンテラに殺られて一巻の終わりだろ?めでたしめでたしじゃんか♪」

その会話にチェンロンが割って入る。

「そうなれば話は早いが、そうはならないのだ……神獣パンテラは、皇帝陛下の命令がないかぎり決して人を傷付けることはない。それがたとえ悪人であってもだ」

「え?!そうなの??だったら早く皇帝さん連れて来てくれよ!チェンロンのおっさん!」

「それは無理だ。仮に連れ出すことに成功しても、行き帰りで一時間近くかかる……」

「じゃあパンテラは、ただ威嚇するだけしか出来ねぇじゃんか……」

困り果てた一同の前に歩み出たのは、まだ肩に小刀が刺さったままの阿牛だった。

「阿牛??何をする気だ?……」

チェンロンの静止も聞かず、阿牛は黙ったまま闘技台に上がると、ジェングとパンテラの手前まで進んでいった。


ガルルルルル……


パンテラは牙をむき、鋭い目付きで阿牛を睨みつけた。

「森の神獣パンテラよ! 僕の願いをきいてくれ! 目の前にいるその男は、いくつもの村を襲い何人もの村人を殺した、とても悪いやつなんだ! 僕の家族もこいつに殺された! だから頼む! こいつを地獄に落としてくれ!!」

パンテラはゆっくりと阿牛に近寄り顔を近付ける。

いつ噛み殺されてもおかしくない距離まで近付いても阿牛は身じろぎ一つせず、強い眼光でパンテラの目を見つめていた。

やがて、肩から流れる血が滴る右腕を伸ばし、神獣の鼻頭にそっと手を置く。

「お願いだ、パンテラ……僕に代わって家族の仇を討ってくれ」

阿牛は静かにそう言って、目を閉じた。

それは、自らの命と引換えにしてでも果たしたい願いだという切なる思いを体現したものだった。

パンテラは、阿牛の血が付いてしまった鼻頭をペロリと舐める。その途端、パンテラの体が一度ビクン!と脈打つと、体の向きを変え、族長ジェングを睨みつけた。

その場にいた全員が、パンテラの瞳に激しい怒りが宿っていることを感じ取っていた。

低い姿勢でジリジリと躙り寄るパンテラに、口だけは威勢のよかった族長ジェングも、さすがに恐怖を感じ得ない様子だ。

「皇帝の命令しか聞かないはずのパンテラが、まさか、こんな小童の戯言に耳を貸すわけなど……」


ガルルルルル…………


「おい、お前たちからも何とか言ってくれ!!おかしいではないか、たかだか小姓の願いに神獣が従うなど!」

あまりの恐怖に見境を失くしたジェングは、こともあろうにアインたちにまで助けを求めた。

もちろんアインたちが応じるはずもなく、ただただ冷めた視線を送る。

「いいかげん諦めるのだ、ジェング。これは貴様が今までやってきたことの当然の報いだ」

クォン大将軍は冷たく言い放った。

「そんな!…………や、やめろ!皇帝の座は諦める!!だから頼む!殺さないでくれェェェ!」


ガァァァァッッ!!


森の神獣パンテラは、族長ジェングの大柄な体躯に嚙じりついた。

「ぎゃあァァァッッ!……が!……がご!……」

静かな会場に、族長ジェングの断末魔の叫び声と、ロリポリの鎧など何の意味もなさない骨の砕ける音が響き渡った。




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【ラオシュの恩返し】

数日前、ツゥハイ湖(紫海湖)の畔でたまたま出会ったネズミの異形種ラオシュを、これまた偶然にチョロウソウ(猪籠草)のワナから救い出し、おまけに自分たちの朝食だった乾パンまで差し出したことへの感謝からくる恩返しだとパルマは信じている。

が、実のところ、彼ら森に棲む動植物の頂点に立ち、森の守護神であるタロンガを救っただけに過ぎないことをパルマが知る由もなかった……

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RENEGADES 飛鴻 @kkn0107

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