【#14 敵か味方か】

-5107年 3月12日 5:14-


キルベガン領 ソミュール 町外れの寺院



「まったく!こんな朝っぱらから呼び出すなんて、何考えてんだあのオッサン!」

パルマの文句を聞きながら、三人は町外れにある寺院の参道を歩いていた。

「僕は結局一睡も出来ませんでした…昨日のあの出来事が不思議で…あれは何だったんでしょう…」

パルマは自分の弓を奪われた怒りで…

アインは自ら味わった現象が理解不能で…

一睡も出来なかったのは、この二人も同じだった。

「あれじゃねーか、ホーブロー神国で研究されてる魔術ってやつ? でもあのオッサン、アナムル王国の人間だって言ってたよな?」

パルマはパルマなりの考えを述べた。

「僕もそう思って色々調べたんですけど、人の動きを止める魔術なんてどこにも…」

ククタは昨夜のうちに魔術についての学術書を読み返していたらしい。

「そんなもん、あのオッサンに直接聞けば分かる…」

アインは上手く説明出来なかった。

「そうだな。俺の弓を取り返して、縛り付けて、その後でたっぷり聞いてやらぁ!」



ほどなくして、参道の突き当たりにある本堂が見えてきた。

本堂の前は石畳が理路整然と並べられた広場のようになっており、周りは高い木々に囲まれ、なぜか神妙な心持ちにさせられる不思議な空間が広がっていた。

三人はその空間に足を踏み入れる。

「なんか…こーゆー場所ってよ…なんつーか…騒いじゃいけねぇっつーか…おごそかな気分になっちまうよな…」

パルマもこの場所では少し大人しくなった。

「そうですね…なんかこう…神や仏の存在を近くに感じるというか…」

ククタはいつにも増して清らかな目で辺りを見回した。

「……………」

アインは黙って前を見据えていた。


アインの見つめる先、本堂に上がる石段の中程に、昨日の男が立っていた。

昨日と同じ苔色のローブを纏い、相変わらずフードで顔は見えない。

三人は石段の前で立ち止まり、男と対峙した。

「よく来たな。てっきり恐れをなして現れないかと思っていた…」

男は静かにそう言った。

「ふん!俺の弓をかっぱらっといて、何を偉そうに!そんなに欲しいなら500万グラン置いて行きやがれ!」

パルマはいきなり喧嘩腰でそう言った。

「この弓が欲しいわけではない。私でも今の状態ではこの弓を引くことは出来ん。しかしそれ以前に、お前達にはこの弓を扱う資格がないと言っているのだ」

「ほ~ら見ろ、その弓の価値を見込んで、どっかに売り飛ばすつもりだろうが、そうはさせねぇぞ!」

「資格がない、とはどーゆーことだ?」

アインは鋭い視線を向けたまま言った。

「これは『ブルージュの弓』だろう」

「そんなことは知ってら!俺の弓なんだからよ!」

「パルマ、少し落ち着け。 それがブルージュの弓なら何だと言うんだ?」

「お前達はそもそも、ブルージュの弓がどういった物か、何もわかってない」

「お前はわかってるとでも言いたいのか?」

「当然だ。私の国で作られた神聖な弓だからな」

「あなた確か昨日、アナムルの僧だと言ってましたよね?じゃあその弓は、修羅の国アナムルで作られた物だと…」

ククタは、話の要点を手に持った手帳に書き込みながら男に尋ねた。

「さよう。アナムル建国より昔、聖木ブルージュから作られた3つの武具『聖武』の一つだ。建国前の混乱で、そのうち2つが行方知れずになった。私はその2つの武具を探して世界中を旅している」

「そんな重要なこと、俺達にベラベラ喋っちまっていいのか?そんな大層な弓なら、ますます返してもらわなきゃなんねーな!」

パルマは駆け出し、男に掴みかかろうとした。

男は咄嗟に掌をパルマに向けた。

「むんッッ!!」

「うわっ!… な、なんだこれ…」

その途端、昨夜のアイン同様、パルマはその場から一歩も動けなくなった。

「止めておけ、お前達は私に指一本触れることは出来ん」

「よぉ、オッサン。 昨日の俺といい今のパルマといい、魔術で相手の動きを封じるなんて、てめぇ卑怯だぞ」

「これは魔術などではない」

「魔術じゃないんですか?だから学術書にも載ってなかったんだ… 魔術じゃないなら、これは一体…?」

ククタの脳は、身の危険より興味が支配していた。

「これは『気』だ。別に特別なものではない。気は万物に存在する。私にも、お前達にも、周りの木々にも、この大地にも…」

「何をワケ分かんねぇこと言ってんだ!」

パルマは身動きが取れないまま怒鳴った。

「その『気』とやらで相手の動きを封じてると言うのか?」

「そうだ。修行によって気を極めれば、相手の動きを封じることなど簡単なことだ」

「なるほど、動きを封じるカラクリは分かった。でもな、俺達はオッサンの講釈を聞きにここに来たんじゃねぇ、その弓を取り戻しに来ただけだ、さっさと返してもらおうか…」

「返したところでお前達には扱えぬ。この弓の、ブルージュの聖武の秘密を知らぬかぎり、永遠にな…」

「だったら力ずくで取り返すまでだ」

アインは剣を抜いて構えた。

「ほう…私に闘いを挑もうと? 良かろう、ただし私と闘いたいなら条件がある」

「命懸けの闘いに条件出すなんて聞いたことねぇけどな… 何だよ、その条件て」

「武器はナシ、素手で来い、ただそれだけだ」

「はぁ?」

アインもパルマもククタまでも、その条件に呆気にとられた。

「勘違いするな、武器を使わせないのは『お前自身を守るため』…攻撃を弾き返されたとき、剣でお前自身を傷付けないためだ。その代わりと言うのも何だが、私は一切の攻撃をしない。それでもし、私の体に指一本でも触れることが出来たなら、潔く敗けを認めて弓は返してやろう。制限時間は5分、この砂時計が時を知らせてくれる」

「攻撃をしないだと? てめぇ、相当な自信家だな… そーゆーの、あまり人から好かれねぇぞ」

「私は人から好かれるために生きているのではない」

「てめぇが人から好かれようが嫌われようが知ったこっちゃねぇけどよ。いいだろう、その条件、のんでやるよ」

アインは剣を鞘に収め、ベルトから抜いて投げ捨てた。

「その前に、パルマの呪縛を解いてやってくれ。もちろん手出しは一切させない」

「……わかった」

男はパルマに掌を向け、何かを掴むようにその手を払うと、パルマは呪縛から解放された。

「パルマ、ククタ、分かってるな?俺がどんだけヤバくなっても、絶対に手ぇ出すんじゃねーぞ」

「わかったよ…」

「気をつけてください、アインさん」


アインと男は、本堂前の空間の中央に場所を移し、10mほどの距離をとって向き合った。

男は、勝負の見届け人となるパルマに砂時計を渡す。

「てめぇの体に指一本でも触れれば俺の勝ちだな?」

アインは身体中の間接をほぐし、戦闘態勢を整える。

「そうだ」

男は胸の前に手を合わせ精神を集中させる。

「俺からも一つ条件がある。俺が勝ったら弓を返してもらうのはもちろん、聖武の秘密とやらを教えろ」

「………良かろう、お前が私に勝てたら…な」

男は纏っていたローブの帯をほどいた。

「そろそろ行くぜ?準備はいいか?」

「いつでもかかってこい」

「それじゃあ、試合開始ッ!」

その掛け声と同時に、パルマは砂時計をひっくり返す。

男はフードを外しローブを脱いだ。

男は背中に、弓と、両端を紐で括った棒を背負っていた。

「んじゃ…………覚悟しろよ、オッサン!!」

アインは一直線に突進した。


「………!!」


ザザッ!っと足を踏ん張り、男との間合いを半分まで詰めたところで、急遽、アインは突進を中断した。

初めて見た男の顔の、両目が瞑られていたからだ…。




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【ブルージュの聖武】

ブルージュの弓、ブルージュの棒、ブルージュの楯

アナムルの聖木ブルージュから造られた3つの聖なる武具

アナムル建国前の混乱期に弓と楯の所在が分からなくなったが、現在、ブルージュの弓はアインたちの手元にある

ブルージュの楯は、未だ所在が分からない

聖武の秘密を解けない限りは、使えない単なる木の武器に過ぎない

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