【#64 生きる生け贄】

-5107年 3月27日 23:07-


ホーブロー神国 チェチェヤ大聖堂




暗く静まり返るチェチェヤの町の中心で、ひときわ明るく輝く大聖堂は、神々しくもあり不気味でもあり、表現に難しい異様な印象をアインたちに植えつけた。

大聖堂の外壁には、壁をぐるりと囲むように等間隔で松明が灯っていた。二階部分の壁にも三階部分の壁にも同様の松明が灯り、三重構造で壁を照らす松明の明かりが、大聖堂全体を輝かせているのだ。

「それにしてもデケェ教会だな…シャロンの町の建物より遥かにデカイぞ…」

アインは驚きを通り越し、半ば呆れ気味に言った。

「この大聖堂の中にミカさんがいるんですよね?…みっちゃん、今もバイタルサインに動きはないですか?」

「はい、間違いなくこの中にいます。しかも、一ヶ所からずっと動いてません」

「一ヶ所にジッとしてるんですか?」

「まさか、スラム派の連中に殺されたりしてねぇよな?」

「それはないです。心拍数も血圧も正常値ですから。動きがないことと脳波の波形から、おそらく眠っていると思われます」

「眠ってる?…あの変態女、俺たちにこんだけ心配かけといて、のうのうと寝てやがんのか?!」

「いや、眠ってるんじゃなくて、眠らされてるのかも知れねぇ…。三男、建物の中にミカ以外の人間は確認できるか?」

そうアインに言われ、三男はサーモセンサーを使って建物の中を透視した。

「………建物の中にはミカさんと…ミカさんの近くに二人いるのは確認できます」

「二人だけなら話は早ぇ♪とっとと乗り込んで、ミカ連れて帰ろうぜ♪」

パルマは大聖堂の扉に手をかけた。

「待て、パルマ!俺たちを誘き寄せるワナかも知れねぇ…他に何人潜んでいるかも分からない状況なんだ」

「アインさんの言う通りです。現に、町の入口に武装した信者が待ち構えてたんですから。ミカさんをオトリに、アインさんを捕らえるのが目的と考えるのが妥当です」

「そりゃそうだろうけど、中に入らなきゃミカは助けらんねぇんだし…。大丈夫だって!こっちにはミッチーがいるんだぜ?さっきだって瞬く間に大勢のスラム信者を倒したんだ♪中に何人いようが関係ねぇよ♪」

「だとしても油断は禁物だ。ここはスラム信者の本拠地だ、どんなワナが仕掛けられてるか分からねぇ……パルマもククタも気ィ抜くなよ」

「もちろんだ」

「わかりました」

それぞれが武器を構え、アインは三男に入口の扉を開けるよう合図を送る。

三男は、建物の二階部分まである大きな両開きの扉をそっと開けた……。



入口の扉は、その大きさの割に音もなく静かに開いた。

大聖堂の中は三人の吐く息が白くハッキリ映るほど、外と変わらないくらい冷え込んでいることがうかがえる。

その空間は、全体が三階部分まで吹き抜けの天井のせいか、建物の外から見たイメージ以上に広く感じられた。

しかし、その広さ以上にアインたちの目を奪ったのは、天井全体に描かれた絵画と、左右の壁一面に嵌め込まれた大きなステンドグラスだ。

まるで、左右の壁全体が一枚のステンドグラスかと見間違えるほど、一枚一枚が大きく、それぞれに見事な模様が形作られいる。しかも、大聖堂の外壁に並んだ松明の明かりがステンドグラスを透して色とりどりに輝き、幻想的な空間を演出していた。

「何だ、ここ……キレイ過ぎだろ……」

普段は美しい光景など無関心なパルマでさえ、その光景に見とれていた。

「リスト教徒もスラム教徒も、ここを聖地に選ぶ理由が分かりますね……」

ククタも、いつにも増して目を輝かせている。

「今はここの美しさに感動してる場合じゃねぇ……正面を見てみろ」

アインだけは冷静に、大聖堂の最奥にある祭壇を見つめていた。

大聖堂の入口から最奥の祭壇までは50m以上ある。周りよりも一段高くなった祭壇の上のテーブルに、ミカは横たわっていた。

「三男、もう一度聞くが、ミカは眠ってるだけなんだな?」

「はい、心拍数も血圧も脳波も正常です」

「わかった。それなら、両脇にいるヤロー共を倒すだけでいいってことだ……」

テーブルの上に横たわるミカの両脇には、黒いカンドゥーラに黒頭巾を被った人物が二人立っていた。


「我らが聖地へようこそ、アイン王子。お待ちしておりました♪」


男の声は、大聖堂の壁や天井に反響して、50m以上離れた場所に立つアインたちまで簡単に届いた。

「このホーブローの地で、名乗ってもいねぇ俺の名前を知ってるってこたぁ、てめぇ、タラモアの人間か……」

アインはごく自然に祭壇へ近付きながら、声を張り上げることなくフツーに答える。

「さよう。私はタラモアから遣わされた枢機卿のラムサールと申します。して、こちらはホーブロースラム教会の大司教にございます。お会いできて光栄です、アイン王子」

「俺を待ってた……とか言ってたな?」

「はい。まだかまだかとお待ちしておりました♪」

「てこたぁ、やっぱりてめぇらがミカを拐ったってことか」

「それは誤解でございます、アイン王子。聖女ミカ様は、自ら聖地チェチェヤ大聖堂に赴かれたのです、手土産まで持参して♪」

枢機卿ラムサールは、レッドカメリアの詰まったパルマのリュックを手にしていた。

「あっ!てめぇ、何を勝手に手土産とかぬかしてんだ!そりゃ俺のリュックだぞ!」

パルマは大声で怒鳴った。

「それは存じませぬが、聖女ミカ様がお持ちになられた物ですので♪」

「さっきから聖女聖女って、ミカさんはスラム教の聖女なんですか?スラム教における聖女って……?」

ククタは、ここでもククタらしい質問をぶつける。

「ミカの場合、『聖女』じゃなくて『性女』って方が正しいと思うけど……」

パルマもパルマらしい意見を述べた。

「皆さんご存知ないのですか?聖女ミカ様が神から授かった偉大な力を……。それこそが神から選ばれし者の証、聖女の由縁にございます」

「あのイヤラシイ特殊能力のことか?」

「セックステレパスのことですね……」

「その能力がスラム教のてめぇらに必要ってワケか……」

「いえいえ、我々が欲しているのは特殊能力ではありません♪」

「特殊能力じゃないから何だってんだ?」

「聖女の汚れなき血にございます。すなわち、神から選ばし聖女であり、なおかつ汚れを知らぬ乙女の血……処女の血でございます」


アッハッハッハ♪♪♪


パルマは今度は大声で笑った。

「そりゃあ残念だったな♪百歩譲ってミカがお前らの言う聖女だったとしても、さすがに処女じゃねぇだろ♪ミカみてぇな露出狂の両極ド変態女が処女のハズねぇよ♪」

「いいえ、処女でございます」

「なぜそう言い切れるんですか?!」

「先ほど確かめさせていただきましたので」

「確かめただと?」

「はい、体の隅々まで☆」

「体の隅々まで?……………(※・.・※)」

アインもパルマもククタも、立ち止まり、初めは赤面していたものの、次第に激しい怒りが込み上げてきた。

「ミカさんの体に何をしたんですか……」

「俺たちでさえ、まだビキニ姿しか見てねぇってのに……」

「俺は決めた、てめぇらはブッ殺す……」

三者三様の言葉選びに違いはあるが、それぞれが怒りを口にする。

すると、それまで黙っていた大司教が初めて口を開いた。

「案ずるな。お主たちが想像したような事は何もしておらん。お主たちは枢機卿にからかわれただけだ」

「チッ!……ふざけやがって」

「本当か?眠ってるのをいいことに、実はこっそり乳揉んだり、お尻スリスリしたんじゃねぇのか?俺なら絶対やってるぞ……」

「……………(-_-;)」

「なぜあなた方はミカさんの……聖女の血を欲しがるんですか?」

「ある薬をつくるためだ。その薬は既に完成しているが、その効力を今以上に上げるために、レッドカメリアと聖女の血が必要という研究結果が出た。普通の人間の血では、レッドカメリアと合わせても効力は上昇しない。聖女の血でなければならんのだ……」

「それって、どんな薬なんですか?」

「それは……」

「もうその辺でよかろう、大司教。スラム信者ではないアイン王子たちが、その薬を知る必要はない」

大司教が言葉を発する前に、枢機卿ラムサールは大司教の言葉を遮った。

「何の薬か分からないけど、その薬のために聖女の血が必要なら、僕たちが来る前にいくらでもチャンスはあったはずなのに……」


ハハハハハハ!!


高笑いをしたのは枢機卿だった。

「もう既に少量の血は頂きましたよ♪皆さんもご存知のように、一度に大量の血を抜いてしまっては人は死んでしまいます。聖女ミカ様は今後『生きる生け贄』として、長きに渡り汚れなき聖女の血を提供してもらわねばなりませぬゆえ♪それに……」

「それに…何だ?」

「アイン王子をここに誘き寄せるには、これ以上ないエサではございませぬか♪」

「なめんなよ?てめぇら二人だけで俺を捕らえられるとでも思ってんのか?」

「我々があなたを捕らえると?アイン王子は何か勘違いをされてるようですな♪あなたを捕らえるのは我々ではなく、あの者たちですよ♪」

枢機卿は、アインたちを通り越して大聖堂の入口を顎で指し示した。

振り向くと、入口から次々と黒いカンドゥーラと黒頭巾の連中が静かに大聖堂に入ってくる。そればかりか、同じ格好をした連中が両側の壁際にビッシリ並んでいた。

「壁際の連中いつからあそこにいたんだ…」

「おそらく初めから並んでいたのかも……。薄暗い大聖堂の中でも壁際は特に暗いですし、僕たちは巨大なステンドグラスに気を取られて気付かなかっただけかも知れません……」

「でもよ、ミッチーは、大聖堂の中にはミカ以外に二人だけだって言ってたぞ?センサーが狂ったのか?」

「いえ、センサーは正常に機能しています。今でも大聖堂の中には、私たちとミカさん以外、二人しかいません」

三男の言葉に、三人は耳を疑った。

「は?どこをどう見りゃ俺たち以外に二人だけなんだよ?黒装束の連中、少なく見積もっても100人はいるじゃねぇか!やっぱセンサー狂ってんだよ、ミッチー」

「いいえ、『人間は』私たち以外に二人だけです」

三人は更に耳を疑った。

「どーゆーことだ、三男…」

「周りにいる連中の体温は、この大聖堂の中と同じなので、私のサーモセンサーが反応しないのです。おまけにノイズセンサーを最大にしても、連中の拍動はもちろん、呼吸音も聞こえません」

「それってつまり……」

「周りにいる連中は、全員『死んでいる』ということです」


!!………( ̄△ ̄;)


「全員死んでるだと??」

アインは剣を構えた。

死者の群れは、四方八方から静かにジリジリとにじり寄ってくる。

「こいつら……ゾ、ゾ、ゾ、ゾ……ゾンビってこと??」

「まさか……それって架空の話なのでは……」

「架空なもんかッ!現に目の前にウジャウジャいるじゃねぇか!!」

「まあまあ、ここは私にお任せください♪相手が何人だろうと私には関係ありません♪」

三男は、多少胸を張ってそう言った。

「そうだ!俺たちにはミッチーがついてんだ!」

「みっちゃん、さっきみたいに一網打尽にしちゃってください!」

「わかりました♪命を大切に、殺さない程度に一網打尽にしちゃいます♪ボス、マスター、ククタさん、危ないですから私の傍でしゃがんでいてください♪」

三人は三男の近くでしゃがんだ。

「三男、今回はそもそも死んでる連中だ、手加減なんかしねぇで、全力でブチかましてやれ!」

「了解しました、ボス♪では、遠慮なく♪」

三男は、まるで天を指すように右手を突き上げ人差し指を立てた。


パンッッ!!……


人差し指の先端から、金や銀や赤や黄色の紙テープと色とりどりの紙吹雪が飛び出した。

「………(-_-)」

静まりかえった大聖堂に、オメデトウ♪オメデトウ♪という祝福の声と拍手喝采が鳴り響いていた…




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【リスト教とスラム教】

ホーブローにある二つの宗派、リスト教とスラム教

皆さんお気づきの通り、キリスト教とイスラム教から取った安易なネーミングですが、執筆にあたって二つの宗教を色々と調べてみると、今まで知らなかったことをたくさん知ることが出来ました

で、どこまで忠実に作品の中に反映させるべきか考えさせられるわけです…

例えば、今回の話に出てきた役職についても、枢機卿とか司祭とか司教ってゆーのはキリスト教の役職名で、イスラム教では丸っきり違う呼び名なんですよね…

まぁ、結果的に、架空の物語なんだからその辺もテキトーでいいんじゃね?とゆー私の人間性全開の構成になるわけです


皆さんの作品を読んでいると、ほんとに詳しく史実に忠実だったり、古い言い回しもよくご存知なことに驚かされます


私はきっとこの先もテキトー精神全開で書き進めていくと思われますが、どうぞ最後までお付き合い頂けますようヨロシクお願いします☆m(._.)m

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