【#54 空の神獣】

-5107年 3月25日 17:14-


ホーブロー神国 エルマ山 山頂



エルマ山の山頂は、以前登頂したチャカリヤ山のような外輪山は形成されておらず、想像していたより狭い周囲200mくらいのすり鉢状の地形だった。

どちらかと言えば平坦に近いすり鉢状の地形の中央部分には火口跡と思われる窪地があり、どういうわけか、その窪地は雪が積もってない代わりに、茎や葉まで真っ赤な花が咲き乱れていることが霧の中でも確認できた。


「あったわ!あれがレッドカメリアよ!」


ミカは大喜びで緩やかな下り斜面を走り出す。

「ミカさん、気をつけて下さい!クレパスだけじゃなく、積もった雪で見えないだけで、その下がどうなってるか分かりません!火口跡のようですから深い穴があったら大変です!くれぐれも慎重に…」

「大丈夫よ♪ほら、皆も早く早く♪」

ククタの忠告など気にも留めず、ミカは窪地へまっしぐらだ。

「まったく…そんな慌てなくたって誰も盗りゃしねーよ…」

「パルマは特に早く来て!その空っぽのリュックに詰めれるだけ詰めるんだから!」

「はいはい、分かりましたよ!…相変わらず人使い荒ぇんだから…」

ククタもパルマもミカを追う。

アインだけはその場から動かず、周囲を警戒していた。

この山が、リスト派の人々から『神の山』と呼ばれ畏怖されていること、そして、空の神獣タロンガの伝説をアインは忘れていなかった。

「ん?!………」

山の天気は変わりやすいと言われる通り、霧が瞬く間に晴れ渡ると、山頂全体の景色も、中央部分の赤い花の群生も、ハッキリと見えるようになった。

「!!…みんな止まれッッ!!」

アインの突然の叫びに3人は足を止め振り返った。

「どうしたんですか?アイン様」

「アインさんの立ち位置からだと何か見えるのかも知れません…」

「山のテッペンで叫ぶなら、普通はヤッホー♪だぜ?」

アインは、広げた左手の掌を3人に向け静止を促したまま、右手の人差し指を立てて唇に当て3人に沈黙も要求する。

すると今度は、中指を加えた二本の指を自らの両目の前に持ってくると、その手を前へ伸ばして群生するレッドカメリアを指差した。

意味を理解した3人は前方に注目する。

「何………あれ………」

「あれって………まさか………」

「あわわ………あわわ………」

群生するレッドカメリアの中央に、こんもりと、大きな岩か小さな丘のような『赤い』物体があった。

その物体がモゾモゾ動き出したかと思うと、目を開き、立ち上がり、大きな翼を広げた。

「キャーーーッッ!!出たぁーッッ!」

「あれが…空の神獣…タロンガ………」

「デカ過ぎだろ!こんな図体で空飛べんのかよ…」

「こないだのタコの化け物といい、コイツといい、なんで神獣って奴はこうもバカでかいんだ…」

翼を広げたタロンガの大きさは、片方の翼だけで10mを越えていた。

「みんな、ひとまず武器は構えるな!タコの時みてぇに、こっちに攻撃の意志がなければ襲われずに済むかも知れねぇ!」

四人はその場でジッとしたままタロンガの様子を伺った。しかし、四人の淡い期待はものの見事に打ち砕かれる。

しばらく四人をジッと見ていたタロンガは、


ギャァァァァァァァーッッ!!


と、威嚇の雄叫びをあげ、空高く舞い上がった。

「タロンガには通用しないみたいね…」

「ヤバい…俺、目ぇ合った…魂抜かれる…」

「この比較的平坦ですり鉢状の山頂自体がタロンガの巣なのかも知れません…僕たちは、その巣に足を踏み入れた侵入者…ってことになりますよね?アインさん」

「周りの環境考えれば、そうかも知れねぇな…てことは、間違いなく攻撃されるってことだ…アイツをどうにかしない限り、レッド何とかは採取できねぇってワケか…」

上空高く舞い上がったタロンガは、一転して急降下してくる。

「来るぞ!どんな攻撃を仕掛けてくるか分からねぇが、みんな何としても避けろ!」

「避けたいけど、膝まで雪に埋もれてて…」

「最初の一撃をかわしたら、あのレッド何とかの所に全力で走れ!あそこだけは、どーゆーワケか雪がない!」

「わかりましたわ☆アイン様☆」

「アインさん!パルマさんが魂抜かれたみたいです!立ったまま白目むいてます!」

「魂抜かれるなんてこたぁねぇ!俺もガッツリ目が合ったから睨み返してやったんだ!それはビビって気ィ失ってるだけだ!ミカもククタもパルマに構わずとにかく突っ走れ!パルマは俺が担いで行く!!」

急降下してきたタロンガの鋭い鉤爪は、レッドカメリアに一番近いミカに狙いを定めていた。

「ミカ!避けろ!!」

飛び退いて攻撃をかわそうとしたミカだが、足を滑らせ、そのまま前のめりに倒れてしまう。

タロンガの鋭い鉤爪は、もうミカの直前まで迫っていた…

「ミカさんッッ!危ないッッ!」

逃げることも飛び退くことも出来ないミカは、恐怖のあまりギュッと目を閉じ、頭を抱えてうずくまった。

「ミカーッッ!!」

鋭い鉤爪がうずくまったミカに襲いかかる。

ところが、


キンッッ!


という金属音が聞こえただけで、ミカが鉤爪に捕らえられるという最悪の事態は免れ、タロンガは再び上空へ舞い上がった。

事なきを得たミカは、まだ状況を把握できず頭を抱えたままその場にうずくまっていた。

「大丈夫か!ミカ!」

「…え?…どうなったの?」

「とにかく今のうちに突っ走れ!!」

ミカは状況を理解出来ないまま、アインに言われた通り走り出す。

ククタも赤い花が咲き誇る窪地に走り出す。

アインはパルマを担いで窪地にたどり着いた。

「ミカ、ケガはないか?」

「うん…何ともない…何が起こったの?」

「タロンガの鉤爪が、ミカさんのうずくまって丸くなった背中を捕らえたとき、金属音と共に火花が散って………タロンガはミカさんを捕らえきれずに、そのまま上空へ…」

「え?どういうこと??」

「ミカ…背中に何も仕込んでないよな?」

「もちろん!見ての通り、何も入れてないわ」

ミカは背中を二人の方へ向けるが、ブルージュの羽衣を通してピンクのビキニが透けて見えるだけだった。

「アインさん…見てください…あんな勢いで鋭い鉤爪の攻撃を受けたはずなのに、ほころび一つ見当たりません…」

「……これもブルージュの神秘の力なのか?」

「とにかくミカさんが無事で良かったです☆」

「まだ安心するのは早ぇ。アイツを倒したわけじゃねぇんだ。次の攻撃に備えろ。ここなら足も踏ん張れる」

アインは剣を抜き、ミカは両手に鞭を持ち、ククタは気を失ってるパルマを起こすのに必死だった。

「パルマさん!パルマさん!起きてください!またタロンガが襲ってきます!!」

ククタはパルマの頬をペチペチ叩きながら呼び掛けるが、一向に目を覚ます気配はない。

「ククタ君、あなたの優しさは分かるけど、時には荒療治も必要なのよ♪」

ミカはククタにそう言うと、バチ~ンッッ!とパルマの横っ面をフルパワーでひっぱたいた。

「……ん?…ここは天国か?…綺麗な赤い花が咲き乱れて…目の前にはビキニ姿の超イイ女………間違いねぇ、ここは天国だ☆」

「なに言ってんの?超イイ女ってところだけ正解だけど、ここは天国じゃなくてエルマ山の山頂よ!」

「大丈夫ですか?パルマさん」

「あれ?…な~んだ、超イイ女かと思ったのにミカじゃねぇか…それにククタまで…お前らもタロンガと目が合って魂抜かれたのか?」

「魂なんて抜かれちゃいねぇよ!お前は気ィ失ってただけだ!ヤツの次の攻撃が来るぞ!しっかりしろ!!パルマ!」

「え?…次の攻撃って??」

「神獣が襲いかかって来んだよ!早くブルージュの弓を構えろ!!」

やっと現状を把握出来たパルマは、慌てて弓を構え、矢をつがえる。

「死んでねぇのは良かったけど、そもそも神獣と戦っていいのか?なんかバチ当たりな気がしなくもないけど…」

「襲ってくんだから仕方ねぇだろ!つべこべ言ってねぇで、思いっきりブルージュをお見舞いしてやれ!!」

「わかったよ!あんなデケェ図体してんだ、外す方が難しいってもんだ!行くぜぇ~…これでも喰らいやがれッッ!」

パルマは渾身の力でブルージュの弓を引き絞り、矢を放った。


ギリギリギリギリ…… ビンッッ!


目で追うのも困難なほどの高速で放たれた矢は、四人に急降下してくるタロンガに一直線に飛んで行く。

「よっしゃ!眉間に一直線だ♪いくら神獣でも、急所を射抜かれりゃオダブツだろ♪」


パルマのドヤ顔をよそに、空の神獣タロンガは、その矢をいとも簡単にクチバシでキャッチした…




※※RENEGADES ひとくちメモ※※


【レッドカメリア】

ホーブロー神国、リスト派の人々に神の山と呼ばれるエルマ山にだけ咲く幻の花

古代文明の文献にも散見でき、太古の昔は高木常緑樹として登場するが、環境変化か遺伝子変異が原因で、今は葉や茎まで赤い低木多年草に生態が変化したと考えられている

その花や、花を絞って抽出される油は、太古から様々な薬効があることで知られている

特にレッドカメリアの花においては、乾燥させたその粉末を混ぜることであらゆる薬の効能を増強する効果が確認されて以来、乱獲が進み、今ではエルマ山の山頂にしか自生していない

レッドカメリアの粉末を直接飲用する臨床実験が行われた記録も残っているが、結果についての報告記録は発見されておらず、その効果は不明のままになっている

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