第69話 魔人


 解約と共に思い出す。

 今までの時間、経験、体験、記憶。


 迷宮を守る魔物として、我は生まれた。

 しかし、認識もさながらに、あっけなく我は名も知らぬ探索者に敗北。死んだ。


 その後、恐らく我の魔石は出品された。

 偶然、主がそれを入手。

 主は、我に名を付けた。

 偶然、主には名を与える事で知能を獲得させる力があった。


 その時には、既にヴァイスはこの世界に居た。


 またもや偶然、我には壁がせり立った。

 その壁は、しかし不可能とは言い難し。

 知恵と力を磨く肥やしとなった。


 三度の偶然。

 最早、奇跡と言い換えて不備は無い。

 しかし、そのお陰で我は今ここに生きている。


 アンデッドにその言葉は似合わぬ。

 そんな事は理解している。

 それでも、この命に我は感謝を示す。


 生まれ直し、名前を貰い、知恵を得て。

 力、技術、経験、沢山の記憶を宿し。

 繋がりは少しだけ遠のいた。


 だがきっと。

 それは大人になるという事なのだろう。

 できる限り誰かに頼らず。

 1人でできる事を増やしていく。


 ならば、我を何を証明し、自身を子供では無いと言い張るのか。


 現実を見て、夢を諦め、孤独に死ぬ。

 それが、大人になる事なのだろうか。


 否。


 大人になるとは、達成するという事だ。

 結果を見据え、成し遂げるという事だ。

 断じて、諦める事ではない。


 そんな在り方では、主に……ノボルに誇れない。


「立派と誇れる在り方を。

 それが、恩を返すという事だ」


「分かってる」


「である」


「うん……」


「当前だ」


 丁度良く、都合良く。

 目の前には、良い相手がいる。

 未来の敗者。失敗者。


 やり直しを、取り戻しを、蘇生を夢見た先達。


 しかし、それを越えてこその、自由。



 ――我は、右手を上げ、前へ降ろす。



「行け」



 身体に染みついた。

 いや、染みつかせた連動が、我等の動きを無意識レベルで動作させる。


「来い。

 第七魔杖・フルエルフ」


 ヴァイスの周りを、七つの杖が浮遊する。

 それは、ヴァイスの意思通りに動く。

 魔法陣からは、各属性の魔力を感じ取る事ができた。


「更に、数の上でもこちらが有利だ」


 八本目。

 奴の手の中にあるのは、我と同じ支配の魔杖。


 その杖の魔力は、奴の後方へ数百の魔物を並ばせる。

 支配の魔杖の性能は把握している。

 死体操作には、対象に魔石が入っている必要がある。

 逆に言えば、魔石さえ砕けば操作は行えない。


「リン。アイ。ルウ。

 囲え」


 そう指示を出した瞬間。

 高速で彼女たちは動く。


 ルウは転移を。

 アイは飛行し。

 リンは、雷の如く翔けて。


 敵の陣形を囲む。


「ダリウス、突き進め」


 号令と共に、全てが動く。

 ダリウスの翼がはためき、その速度が上がっていく。

 矛先は、敵軍の並ぶ中央。


「影纏・兜武装」


「雷纏・招雷龍」


 二つの属性が、その頭部に属性を宿す。

 更に、ダリウスの牙が赤黒く光った。



「――ダークファング!」



 三重の強化の掛かったその追突。

 決まれば多数の敵を屠れる。

 更に、ダリウスの性能は最大値へ至る。


 我がそう計算する事を、きっと貴様は読んでいるだろう。


「悪手だな、スルト。

 直線的な攻撃ならば、合わせる事など誰でもできる」


 既に、杖はヴァイスの元より大きく離れ。

 その先は、ダリウスの通過点を狙っている。



「――術式干渉」



 大きく、その精度を操る事はできない。

 しかし、対象は高速で飛翔するダリウス。

 命中には精密なコントロールが必要。

 角度を1度でも。

 タイミングを十分の一秒でも乱せば。


 お前ダリウスは信じて飛ぶ。

 そう、我も信じる故に。


「避けた……?

 いや、外させた訳か……

 しかし、全くの失速もせず飛ぶとは」


 ダリウスの突撃が、大群に穴を開けるのを眺めながら、ヴァイスはそう呟く。


 一瞬でダリウスのキルカウントが溜まる。

 なれば、我は指示を出し直す。


「ダリウス。そのまま暴れろ。

 リンとアイも攻撃に参加。

 ヴァン、ルウ、ヴァイスの相手を手伝え」


 我の指示に仲間達は、頷き動き始める。

 もう、我等の間に繋がりは無い。

 しかし、仲間や家族の様で、信頼に足る。

 念話が無くとも、連携は乱れない。


 控えめに言えば、最高と言った所か。


「数も、質も、何一つ勝ち目は無い。

 それで、頼った物は連携力という訳だ。

 ……なんとも、退屈な解答だな」


 宣う口は、止めを知らず。


「黒龍の力はその程度では無いぞ」


 何も無く。

 まるで、自然の一つであるように。

 いつの間にか、巨大な影が差していた。


「龍帝ダリウス。

 相手をしてやれ」


「御意」


 ダリウスよりもずっと巨体。

 さっきまで、未来の神谷昇の傍にいた執事服の男が消えている。

 変身したと考えるのが自然か。


 人であった頃とは、感じる魔力が増幅している。

 ヴァイスには及ばぬも、我等の誰よりも多く強い。


戦術オーダーを変える。

 ダリウスとルウで龍を相手取れ。

 リンとアイで群を削るのだ。

 我とヴァンでヴァイスを迎え撃つ」


了解オーケー


 皆の言葉を受けて、我は自分の行動に一つの疑問を抱いた。


 それは。



「グラァァアアアアアアアアアアア」



 ダリウスの咆哮が響く。

 ブレスの直撃が、巨大な黒龍の胸を撃つ。

 四足で立ち、翼を広げたその様は、正に龍帝と呼ぶに相応しい。

 ダリウスに比べれば、大人と子供の様にすら感じる。


 ブレスの直撃により立ち上る煙が晴れる。

 そこには、不遜だと睨みを効かせるドラゴンが佇んでいた。


 強い。

 ヴァイスとも系統が違う。

 純粋な、圧し潰す様な強さ。


 それでも、速度はダリウスが勝っている。

 小型な事と、キルカウントの差だろう。


 しかし、もし相手の龍がダリウスと同じ能力を持っているのなら……


「GRrrrrrr」


 黒龍が、黒い焔を口から零す。

 それは、熱を強め。


「そんな物が、僕に当たるとでも?」


 ダリウスは、旋回して口の向きから逃げる。

 しかし、そうではない。


「不味い……!」


「もう遅い」


 不敵にヴァイスが笑っていた。

 言葉が間に合わない。


 ブレスの向かう先は、ダリウスでは無い。

 ダンジョンから溢れ出す別の魔物だ。


 あれ以上に敵の黒龍が強化されれば。

 ダリウスとルウの二人で抑えるのは不可能。


 否。その為のブレス。

 キルカウントを稼ぐための咆哮。


「ダリウス!」


 駄目だ。

 この一言だけでは、意図は伝わらない。


 もっと早く。

 念話や口頭よりも速い伝心手段があれば。


 そう思った瞬間。

 ダリウスと叫んだ瞬間。


 ダリウスの開けた死霊の軍勢の奥に、一人の女が見えた。


 天童雅。我の知る中で、唯一、ヴァイスに勝る存在。



 ――あぁ、そうか。



 我は、杖を強く握り込んだ。


 魔力操作。魔力を縫合し。

 魔力念糸。糸の様に伸ばし。


 対象の肌に触れさせ、強化と弱体の状態異常を流す事によって、その動きを指示する。


 魔力式指揮系統。

 天童雅は音に乗せる事でそれを実現した。

 だが、魔力操作だけならば我は既に天童雅を越えている。



 我:ルウ! 奴の狙いはキルカウントだ!

 我:ブレスを止めろ!



 それが、通った。


 ルウは、疑問すら抱かず我の声に従って。


 テレポートを起動する。

 その先は、ブレスの目前。

 ルウの覚醒した能力。王権神授。


 それは、主より魔力を流される事による全能力の強化だった。

 しかし、契約解除によってその効果は失われた。

 その力は、形を変えてルウの中に刻まれる。


「魔力反転!」


 神から魔力を賜るのではなく。

 敵の魔力を奪う。

 ルウの言う、王は最早存在しない。

 故に、彼女を犯せる魔等、存在しない。


「ブレスを反射した……だと?」


 ヴァイスの口が、ポカンと開く。

 当然か。貴様の持つルウの能力では、そんな事はできる筈も無いのだから。


 これは、契約を解除して得た新たな力。

 貴様の見た事が無い力だ。


「いや、それよりも貴様だ。

 何をした!?」


 今日、初めて焦った顔を見た。

 いや、貴様のそんな表情は今までで初めてかもしれない。


「過去の我等が、貴様を越える力を見せるのが、そんなに癪に障るか?」


 皮肉を言いながら、魔力操作を再開する。

 他の者達にもこれで指示ができる。

 ヴァイスに内容を聞かれる事もない。


「魔力の糸による、以心伝心。

 ……しかし、念話の力が少し強くなった程度で!」


「情報通信は戦術の要であろうが。

 まぁ、いつも一人だった貴様には分からぬ話か」


 そんな会話は、ただの時間稼ぎだ。

 全体の配置を変える。

 ダリウスvs黒龍のフィールドを魔物の群から守る様にシフト。

 その二人の戦闘には、魔物は近づけさせない。


 更に、遠距離攻撃は全てルウが阻む。

 黒龍にキルカウントを稼ぐ手段は無い。


 ならば、ダリウスの強化が解除されるまでの数分。

 我とヴァンは、ヴァイスの相手に意識を割ける。


「しかしそれでも、消耗戦ならこちらが有利だ!

 我等は独りになったからこそ、最強の力を手に入れた。

 貴様の理想では全てを守る事等、できる筈もないと!」


「証明してみるが良い」


 煽る様に、杖を向ける。

 瞬間、我を目掛けて七つの光線が射出される。


 アイの能力を装備性能で拡大した物。

 しかし、所詮は魔力制御による光線。


 少しでも精度を狂わせてしまえば、ダリウスの時と同じ様に外れる。


 そして、それが分からない程。

 この男は馬鹿ではない。


「安寧の息吹よ。

 孤独の戦友よ。

 灰色の偶像よ」


 詠唱魔法か。


 それを完成させる為の。

 杖による波状攻撃。


 そして、軍を100体程分けてこちらへ突撃させる。


「スルトよ、このままではヴァイスの元まで辿り着けん!」


 ヴァンが刀を振り、魔物を倒しながらそう叫ぶ。

 我も、杖の魔力操作を乱しながら魔物を倒す。

 しかし、間に合いそうもない。


 杖の操作、属性弾のプログラム管理、死体の操作、詠唱。


 正に規格外の思考力。


「冥界の番人よ。

 閻魔の大王よ。

 転生の死神よ。

 今一時、その使命に休息を」


 魔力が肥大化していく。

 完成は直前だ。



「――君死に給う事無かれ」



 そう、ヴァイスが呟いた瞬間。


 この場に存在した、ヴァイスの使役する全ての死体が消失した。



「消耗戦は貴様が有利……では無かったのか?」


 笑みを浮かべて、我はそう問いかける。

 その、絶望的な魔力の増幅を感じ取りながら。


「あぁ、そうだなスルト。

 しかしそれは、貴様を潰してしまった後でいい」


 そう、宣うヴァイスの頭上。

 そこには、酷く黒々とした強い純魔の月が浮かんでいた。


「使役する魂を魔力化して凝縮した魔弾だ。

 我が使った死体の数は882体。

 魔石の数も同数で、その全てがこの一撃に含まれている」


「そんな物を放って……他の者まで巻き込まれるぞ?」


「心配するな。

 貴様と同じで魔力操作は得意だ。

 貴様だけに全エネルギーをぶつけられる。

 そして、これを放ては貴様は死ぬ」


 確かに、真面に受けきれる魔力では無い。

 我とヴァンの能力では回避は不可能。

 いや、この場に居る味方の誰でもあれはやり過ごせない。


 圧倒的で、明確な戦力差。


「確実に消える。

 召喚獣を辞めた貴様に再起は無い。

 我等は、貴様を抹消したい訳ではない。

 さぁ、潮時で降参の時間だぞ。スルト」



 確かに……この辺りが潮時か。



「なぁヴァイス。

 貴様と我等の、最大の違いは何だと思う?」


 確かに、貴様と我等は同じ存在だ。

 能力も戦力も、成長の仕方も殆ど同じ。

 であれば、長い経験を持つ貴様が勝つ。


 誰でも分かる、当然の話だ。


 だが、一つ。

 いや、一人か。


「あの男を忘れているのではないか?」


「あの男……?」


「貴様の世界では、天童雅を殺す切っ掛けとなり死んだ。

 しかし、この世界ではあの方によって蘇生されている。

 魔物とクラスの力を併合して保有し、貴様の知らない体系での武器製作を可能とした人物が、居るだろう?」


 我等はBランクへ進化しなかった。

 出来なかったのではなく、そもそも進化しようとしていなかった。

 その程度で、ひっくり返る戦力差には思えなかったからだ。


「まさか……しかし、そこまでの何かを持っている等……」


 あぁ、お前があの男を大きく評価する事は無いだろう。

 何せ、自分の意志では無かったとしても主を傷つけた原因となる人物だ。


 しかし、あの男は。


 夜宮久志は。


 我等にとっては大事な友人で。

 信頼に足る仲間だ。


「だから、我等はこの二月。

 あの男のレベルアップに全てを賭けた」


 収納解放。


「行くぞ、ヴァン!」


「あぁ。これをやるのはいつ振りだろうな」


 巨大な蝙蝠の姿に変身したヴァンの背に、我は乗り込む。

 そして、ヴァンは飛翔を始めた。


 夜宮久志の能力には金がかかる。

 我等の探索と主とダリウスによる金策で、集まった合計金額は3億と少々。


 普通なら、それは全体の装備レベルの向上に使うべきだ。

 しかし、それでは勝てぬと我は悟った。


「何をするつもりだ!?」


 空を見上げて、ヴァイスが叫ぶ。


「やめよ! 我等に貴様を殺させるな!」


「安心するが良い。

 ヴァイス・ルーン・アンルトリ。

 我は死なん! この戦いに勝利する!」


 故、我はこの一振りに。



 ――極大剣・黒い灼熱の炎スルト・LV10。



 全てを賭けた。


「行け、スルト!」


 ヴァンの背が地面を向き、我は自由落下に身を任せる。


 全魔力を剣へ乗せる。

 この大剣の覚醒した能力。

 乗せた魔力を赤より赤く黒より黒い炎に変換し、纏わせる。


 全ての腕力を振り絞れ。

 回転し、増幅させろ。


「灼熱黒剣・堕天斬り!」


「くっ……死ぬでないぞ。

 黒死外道全典・第2章3節・因外死宮いんがいしきゅう



 呪いの籠る暗い月が、我に迫る。

 いいや、我の方がずっと速くそれへ迫っている。


 しかし、恐怖は無く。

 怨嗟は既に乗り越えた。


 ここから先に、戦略は必要ない。

 ここから先に、不純な思いは必要ない。

 ここから先は、ただ、我独り。


 貴様が、我の上位互換と言うのなら、乗り越えて証明しよう。


 貴様はただの、我儘な子供だったという事を!



 そのためなら、月すら断とう。



「奇麗な月は、見修めだ。

 ヴァイス・ルーン・アンルトリ」



 ――パカリ。と、暗月は断ち切った。



「斬っただと……?

 有り得ない。

 あれは、始まりの魔術の一つ。

 呪いの源流だぞ……!」


 知らぬさ。そして関係も無い。

 我の意思は、もう呪いでは阻めない。


 裂けた呪いの中、更に回転し、我はヴァイスへ迫る。


「ヴァイス!

 何ぼーっとしてやがる!

 俺の力を使えばいいだろうが!

 早く使え! お前はずっと最強だって決まってんだよ!」


 そう、ヴァイスのずっと後ろに居る召喚士の声が響いた。


 あぁ、少し羨ましいな。

 我に、その声援はもう無いのだから。

 けれど、戻りたいとは思うまい。


「主……」


 一瞬の迷い。判断。

 我がヴァイスに到達するまでの一瞬。


 その中で、ヴァイスは……我が有り得ないと思っていた言葉を吐いた。


「王権、神授ッ……!!」


 召喚士より魔力を供給される事による、全能力の向上。


 しかしそれは、ただでさえ残り少ないあの男の寿命を更に奪う行為。


 それでもヴァイスは、スキルを使った。


 それは主の命令に逆らえない貴様の性か。

 それとも、主の幸福では無く己の勝利を選んだ成長なのか。


 我には分からない。


 それでも、現実は現実だ。

 暗月を切った事で、黒炎自体は殆ど残っていない。


 それでも、ここまで来て止まる選択肢等、あろうことか!


 ヴァイスの収納から取り出されるのは、一本の黒い刀。


「来るが良い……!

 スゥゥゥゥゥルゥゥゥゥゥゥゥゥトォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 それを、我の激突と同時に。



「――飛剣・堕天斬り!」


「――影血一閃ッ!」



 振るった。

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