第42話 魔王惨歌
雨が降っていた。
視線の先で、男が一人。
傘も差さず立ち尽くしている。
雑に髭の伸びた二十代後半くらいの男。
右手にはテキーラの瓶が握られていた。
男が居たのは墓地だった。
大量の墓が並ぶそこで、一つの墓石に向かって男は呟く。
「早く、お前に会いてぇな」
そう言って、瓶の中身を一気に煽る。
空になった瓶がこちらに放り投げられる。
身体はそれを予測していたように動く。
瓶が地面にぶつかる前に丁寧に受け止めた。
「俺ぁ、早死にするからよ。
もう、この世に未練もねぇしな。
だから、もうちょっと待っててくれ」
虚構に向かって、男は少し赤い顔で呟いていた。
「あ……」
男は突然地面に両膝を付いた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
俺のせいだ。俺が付き合わせたんだ。俺が、俺が、俺が、俺なんかが居なければ……
俺なんかと一緒に居なければ……。
雅……
俺の事なんか嫌いになって構わねぇから……
生き返ってくれよ」
男は涙を流しながら手を合わせる。
ずっと、その口は謝罪の言葉を繰り返す。
「スルト……」
少しして、男は急に我に返った様に名を呼んだ。
「はっ」
そう呼ばれて、この身体は返答する。
「火」
「御意」
手に傘が出現し、それを開く。
後に手にライターが現れた。
収納の力だ。
傘を男の上まで持って行く頃には、男の口には「ファイブスター」という命柄の煙草が咥えられていた。
それに丁寧に火をつける。
「ふぅ……なぁスルト、俺ってなんで生きてんのかな」
この口は、忠実に答える。
「主が居る事で、多くの人間が救われております。
ダンジョンによる被害、探索者絡みの事件の抑制。
主は正しく、現代の英雄かと」
「馬鹿か、魔物は所詮魔物だな。
恋人1人守れねぇ俺が英雄な訳ねぇだろ。
知ってんだろ、俺の異名は魔王だぜ?
我ながら似合いの二つ名だ。
この最悪な人生には……」
「その様な事は……」
「なんでだよ。
あいつを殺した魔物を操るなんざ。
なんで……こんな力、欲しく無かった!」
そう言って、男はこちらを睨みつける。
「はっ、どうだよ。
最強の
お前、リン、ルウ、アイ、ヴァン。
そいつ等にも数百匹の魔物を混ぜてた」
男は笑顔で語り続ける。
「嬉しいだろう?」と問いかける様に。
「その上位ランクの5匹を混ぜて作られたのがお前だ。
最強の
全魔物中でも最強のSSランクモンスター。
お前が、あいつの仇の頂点って訳だ」
自傷気味に男は笑う。
何処までも悲しそうに。
何処までも辛そうに。
「命令とあれば、今すぐ自害いたします」
「ッチ……俺の前から消えろ」
「御意」
白い手が翳されると、傘が空中に固定される。
そのまま、視界は後ろを向く。
言われた通り、歩き去ろうとしたのだろう。
だが、その視界の先には目立つ鎧の男が立っていた。
「やぁ、スルト。
彼は居るよね」
「エスラ様。
はい、主はこちらに」
エスラと呼ばれた鎧の男に道を譲る。
そうして、この身体は男に言われた通り遠くへ移動する。
少し離れた木陰から、2人の様子を伺った。
鎧の男は、座り込む男の隣に腰を落とした。
そして、幾つか会話を重ねている。
すると、男はエスラを殴った。
けれど、その拳の威力は些細な物で。
エスラ以上に、煙草を吸っていた男の手の方が傷ついている。
エスラは、頭を下げて謝罪している。
けれど、煙草の男が許す素振りは無い。
結局、エスラはそのまま去って行った。
「スルト!」
少し大きめの声で名前が呼ばれる。
それを聞いて、この身体はすぐさま移動した。
男の隣に控える。
「どうされたのですか?」
「俺に結婚なんか勧めてきやがったからぶん殴ってやった」
そう言って手を差し出す男。
術を使い、その怪我を治癒していく。
「あいつ等、今何やってんだ?」
「
そして、
「シュレンも木葉もエスラも、よくやるもんだ」
「主の集めた方々は、皆様優秀な力を持っています。
「木葉の奴は車の代わり位にはなるけどな。
他は大した事ねぇだろ。
四大聖剣とか魔力分散とか、大層なのは名前だけ。
結局、3人がかりでもお前1人に負ける
「全て、主の偉大なお力があればこそ」
「言われなくてもそんな事は分かってんだよ。
所詮お前は、俺のスキルから生まれた木偶人形だ」
「仰る通りかと」
「魔物だから仕方ねぇけど、お前ほんとつまんねぇよ。
酒出せ」
言われるまま、手の中にテキーラを出現させる。
それを、男へ渡した。
「これ位飲まねぇと酔えねぇってのは面倒くせぇ。
ま、その分早く死ねるからいいか」
男の身体に酔いが回る。
「スルトぉ……命令だ。
雅を生き返らせろ」
「申し訳ございません」
「俺を過去に戻せ」
「申し訳ございません」
「雅の魂を呼び戻せ」
「申し訳ございません」
「お前が過去に戻って、雅を救え」
「…………申し訳ございません」
「俺の召喚獣のクセに、ホントに使えねぇな」
男の目から、また水が溢れて来る。
「頼むよ。お願いだから。なんでもするから!
あいつを生き返らせてくれよ!」
そう言って、墓の前で涙を流す男。
それを見ても、片膝を付いて頭を下げる事しかできない。
その事実に、拳が震えていた。
「あいつに嫌われてもいい。
あいつが俺以外の奴を好きになってもいい。
俺は捨てられても、死んでも、なんでもいいから。
頼むから、俺は……雅に幸せになって欲しいんだよ」
なのに。
そう、男は独白を続ける。
「どうして、俺には何の力も無いんだ!?
魔物にヤケクソに復讐する事くらいしか……
どれだけ魔物を殺しても、お前は生き返ってくれないのに……!
なんで……なんでだよ……!」
子供が、我儘を言うみたいに。
まるで、サンタがプレゼントを間違えた様に。
泣きじゃくって、身勝手な願いを口にする。
けれど、それは確かに『俺』だった。
白い腕が黒く染まっていく。
網膜が真っ赤に染まる。
意識というか、知性が抜けていく。
そうか、お前達はこんな気持ちでこの力を使ってたのか。
――呪怨黒化。
楔が完全に消えていく。
――契約解除。
真っ赤な体液が、黒い腕を染める。
「スル……ト……?」
「何故だ……?」
己の腕が、男の腹を突き破っていた。
「俺が聞いてんだよ。
俺を、裏切ったのか……?」
「あぁ……主……我は……」
「ははっ、そりゃそうだよな。
所詮お前は……
最期に嬉しそうな顔を浮かべて、男の命は消失した。
砂利に溜まった雨に流されて、流れる血が地面の中に吸われていく。
◆
「その後も、何故か召喚獣である筈の我の肉体は残り続け……
同時に、主の権能の一部を引き継いでおりました。
我等は名を変え、主の最期の命を全うすべく方法を探しました。
そして、この時代に到達したのです。
一重に、我等の罪を罰して頂くため」
そう言って、ヴァイスは収納空間から一本のロングソードを取り出す。
俺に首を差し出す様に、ヴァイスは片膝を付いた。
「どうか、主を殺した我等に死という罰を」
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