第41話 未来


「51、52、53、54、55……60……あぁ、無理」


 俺は、医務室にあったもう一つのベッドの上で数字を数えていた。


「何やってるの?」


 スマホを見ると朝7時5分。

 げ、充電20%しかねぇや。


「悪い、煩かったか?」


「いえ、普段よりかなり遅い起床時間よ。

 なんで、上着てないの?」


「汗で濡れると嫌だから。

 着替えも無いし。

 つーか、カーテン閉めてただろ」


「気になるわよ。

 隣で苦しそうに数字数えられたら。

 筋トレでもしていたの?」


「そ、雷道にも言われたしな。

 身体鍛えた方がいいって」


「貴方って、本当に変わってる。

 どういう神経で、あの人の言う事を聞こうと思うの?」


 ジト目で俺を見る雅。


「別に変わってないだろ」


 一晩考えて、普通に思っただけ。

 まだ何も諦めるような時間じゃないって。

 目の前の女が、まだ諦めてねぇのにって。

 男の俺が先に諦める訳にいかねぇだろ。


 それに。


『お前は強い』


『負けちゃ駄目よ』


『俺たちを助けてくれた時と同じだ』


『中継で見たわよ。

 アンタのお友達が頑張ってるところ』


『他の生徒の親御さんも凄く心配してる』


『だが、お前が居るから大丈夫だと説明した』


『アンタは探索者で強いからって』


『だから諦めちゃ駄目よ』


『諦めるな、俺たちの息子だろ』


「着信とかメッセージがめっちゃ来てて、それ見たんだよ。

 そしたら母さんも親父も酷いんだぜ。

 俺の心配なんか全然してくんねーの。

 入ってるメッセージ見たら、『頑張れ』みたいな感じの言葉ばっかでさ……」


 思い出すと泣けてくる。

 悲しいからじゃ無くて、嬉しいから。


 ツッコミどころばっかのメッセージだ。

 でも、俺はちゃんと期待されてる。

 それだけは伝わった。

 てか、それが伝えたかった事だろう。


 俺と雅しかいないんだ。

 雅は自分が解決するって言ったけど。

 だからって丸投げできるかよ。


「そう……」


「それ見たら、なよなよしてらんねーなって」


 俺がそう言うと、雅は困った様な顔で笑みを浮かべる。


「それでどうして筋トレっていう発想になる訳?」


「やれることは何でもやりたい気分だったから、かな……?

 ちょっと来てくれよ」


 上着を着ながら、俺は雅を誘う。


「何処に?」


 不思議そうな顔をする雅の手を引いて、俺は医務室を出た。

 階段を上がり二階へ向かう。

 向かった先は、調理室だ。


「昨日の内に作ってたんだ。

 何も食べてないだろ?」


 コンロの上に置いていた鍋の蓋を外して、中を見せる。


「カレー?」


「材料これくらいしかなかったし。

 そもそも料理ってあんまりした事無いし。

 でもカレーくらいはギリ俺でも作れた」


 そりゃきっと、これだって雅がやった方が手際も良いだろう。

 効率も味も良いだろう。

 でも、俺がしたかったからやった。


「食いたく無かったら別に良いけど」


 数分火を掛けて、その間に予め焚いていた白米を装う。

 火を止めて、ご飯にカレーを掛けて机に置いた。

 勿論、スプーンも添えて。


「食べるわ。

 いただきます」


 姿勢よく椅子に座り、雅は手を合わせる。


「俺も食お」


 雅の斜め前に座って、俺も自分の分に手を付ける。

 学校の食料を勝手に使ったけど、緊急事態だし許して欲しい。


「どうですかね、お味は……」


 謎に緊張しながらそう聞いてみる。


「私が作った方が美味しいわね。

 でも……嬉しい気持ちにはなったわよ」


「そりゃ返事に困る答えだ」


「私も自分がどうすればいいのか、困ってた」


 明るい表情で、雅は言う。

 って事はもう結論はでたのだろう。


 俺は昨日断られた提案をもう一度する。


「俺に何か手伝えることは……」


「無いの。

 あっても、して欲しくない」


 キッパリと雅は言い切る。

 その顔が、申し訳なさそうで少し困る。


「俺じゃ力不足か?」


 多分、雷道の同行を許した理由はそれだ。

 聖典絡みなのは間違いないだろうし。


 雅は俺と別れないといけない理由があった。

 そして、それは俺に言ってもどうしようもない事だった。


 ただ、俺の事が嫌いになって別れたくなっただけなら。

 雅なら直接俺にそう言う。

 物怖じなんてする訳もない。

 そういう女だ。


「なんで、私に良くしようとするの?」


「俺は、一度でも好きになった奴には幸せになって欲しい」


 そりゃ、できることなら世界中の全ての人間とかが幸せになってくれて何も問題無い。


 でも、自分にそんな力が無い事は流石に分かる。

 だから、最低限感謝してる相手には不幸になって欲しくない。

 俺にできることで幸せになるなら、迷わずそうする。


「どれだけの事があっても、それまでの感謝が全部消える訳ないだろ?」


 嫌悪感とか、そういうのも最初はあった。

 フラれた日は、荒れてた自覚がある。

 でも、だからって雅に地獄に落ちて欲しいなんて思考になる訳も無かった。


「裏切りたいなら好きなだけ裏切ればいい」


 そもそも、裏切るのはそれだけの理由があるからだ。


 少なくとも「楽しいから」とか。

 雅が、そんな理由で悪意を持つ人間じゃないと、俺は知っている。


「でも、どうせ事実は変わらない」


「事実……?」


「お前が俺を裏切るより、裏切らない方が最終的に得って事実」


 もし、フラれた時とか、今とか。

 裏切った方が得だと思われてたとしても、未来は絶対にそうならない。

 そういう思いで、俺は探索者になった。

 そういう男になりたかった。


「帰って来いとか、そういう話じゃ無いんだ。

 正直、お前が誰と付き合ってるとか、どこの男と遊んでるとか、どうでもいいんだよ」


「恋人にキスを見せつけても?」


「好きな奴が別の男とキスしてたから憎むって……

 中坊か俺は」


「普通、悲しいと思うけれど。

 私なら許さない……そう、絶対に許さないのが当たり前よ」


「それならそれでいいさ。

 人の意見にどうこう言う気も別に無い。

 けどだから、誰かに意見される謂れも無いだろ?」


「結局昇は、なんで私に良くするの?」


「俺がお前の事で落ち込むのは、お前が幸せじゃ無い時だから」


「貴方のそういう所だけは嫌いだわ。

 自分が、どれだけ優しくない人間なのかって思い知らされるから」


「じゃあそう言えよ」


「言っても無駄な事くらい分かるの」


「相談ぐらいしてくれてもいいだろ」


「相談したら、止めてくれるの?

 そんな事ないでしょ、昇はずっと優しいに決まってる」


 悲しそうな瞳で。

 けれど笑みを作って雅は言った。


「だったら私のお願いを聞いてくれる?

 探索者なんて早く辞めて。

 そうしてくれるなら、全部を上げる。

 私の身も心も、富も名誉も、幸福も自由も……全て」


 本当に、天童雅にはそれができそうな所が怖い。

 知名度、収入、影響力。

 それを軽々しく手に入れる能力と才能。


 それが、確かに雅の中には存在する。


「聖典を作ったヴァイスっていう……ペットを最近手に入れたの。

 だから、多分それなりの国の大統領くらいの権力もあるわ」


「何この人。

 凄すぎて引くんですけど」


「茶化さないで」


「探索者を辞めろか……

 それはごめん」


 現状、俺に自慢できる唯一と言っていい力だ。

 俺が幸せになって欲しいのは雅だけじゃない。

 両親や友人や、この先恋人や家族になるかもしれない誰かもだ。


 その為なら、俺はきっとこの力を使ってしまう。


「分かってる。

 だから、無理矢理止めるしかないわよね」


 目つきを鋭くして、雅は言う。


「貴方の力は、貴方自身が危険なの。

 魔王と呼ばれた貴方の力は……」


「何だよその中二病みたいな二つ名。

 呼ばれてるなら自慢してるって」


「これから呼ばれるのよ」


「そういや、聖典ってのは予言書なんだっけ?

 それにそう書いてたのか?」


「そんな信憑性の欠片も無い情報、私が信じる訳ないでしょ」


「じゃあ、なんで未来の事が分かる?」


 そう聞くと、雅は一瞬目を逸らした。


「本人と話した方が早いわね。

 正直、気乗りはしないけれど……」


 そう言って、食べ終えたカレーの皿の上で食べかすを集めて画を掻き始める。


 あの時見た物と同じ。

 丸と十字模様の陣。


「ヴァイス・ルーン・アンルトリ」


 雅の口から、名前が紡がれた。

 その名はどこか、口触りが良い気がした。


 全身を覆うローブ姿。

 目深にフードを被り俯いていて、顔は見えない。

 それが、カレーの皿を踏み割って現れた。


「……」


 フードの中から、それはジッと俺に視線を向ける。


 数秒してテーブルの上から降りた。

 そのまま俺を向いて、片膝を折る。


「二度と拝謁できぬと思って居りました。

 我等が主よ」


「俺……?」


「然り……

 貴方様こそ、我等の敬愛する魔王様でございます」


「いや、知り合いにアンタみたいなのが居た記憶無いんだけど……」


 困って雅に視線を送る。

 すると、溜息を一つ吐いて雅は言った。


「ヴァイス、取り合えずフードを取りなさい」


「失敬……気が早っていました」


 そう言って、フードを取ろうと手が頭の上に上がる。

 その手は、真っ白と言っていい程に白かった。

 まるで……骨のように。


 ゆっくりとフードが取られる。


 その中に居たのは異形の者だ。

 グールのようにボロボロの顔。

 骨が所々飛び出している。

 右耳は尖っていて逆に左耳は無い。

 肌がある部分は緑に変色している。

 目が真っ赤に充血していた。


 そんな、なんとも形容しがたい怪物だ。



 なのに……


 そのはずなのに……


 俺の口は、自然と動いた。



「スルト……」



 全然違う。

 見た目も声も。

 なのに、俺の口はその怪物をそう呼んだ。


「また、その名で呼んで頂けるとは……」


 怪物は、俺の言葉を聞いて涙を流し……否定した。


「しかし、我等はスルトではありません。

 我等の名は……」




 ■■▲●・★★■・▲◆●●◆

 ヴァイス・ルーン・アンルトリ




「主が最後に覚醒した力。

 その名は、召喚獣合成というスキルでございました」


「どういう事だ……?」


「我等は聖典の執筆者。

 主の運命を変える為、未来からやって来たのです。

 証拠をご覧下さい。

 主の最期の記憶。それを見て、我等の言葉が信用に値するかご判断を」

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