第40話 孤独


 目覚めると、そこは医務室のベッドの上。

 俺が雷道を連れて行った場所と同じだ。


「スルト」


 名の主が、ベッドの脇で膝を付いていた。


「はっ」


「嘘だ……よな?

 あぁ、悪い夢だ。

 雷道を連れて行ったあと、俺は疲れて寝た……

 そうだよな?」


 縋る様に、俺はスルトに問う。

 けれど、何処までもスルトは俺に忠誠を尽くす。


「いいえ。

 全て、現実です」


 だから、スルトは嘘を吐かない。


 忘れていた吐き気が込み上げる。

 それを我慢しようとして、目が滲む。

 鼻水が出て来た。


 3000人。

 その全員が魔物になった。

 俺が通っていた大学の学生が。


 信じられる訳がない。

 なのに、俺が一番信頼してる召喚獣が言うのだ。

 俺が今、一番言って欲しくない言葉を。


「スルト、俺はどうすればいい?」


 自分の弱さに吐き気が増す。

 俺はそんな事も考えられない。

 強くなったなんて幻想だ。

 結局、俺は人任せでここまで来た。


 いつも他人に願うだけ。


 なんで、俺はこんな人間なんだろう。


「主よ、これを」


 そう言ってスルトは俺のスマホを献上する。


 スマホを開く。

 すると大量のメッセージと着信があった。

 父さんと母さんから。


「ニュースアプリを立ち上げて頂けますか?」


「え、あぁ」


 言われるまま、俺はニュースアプリを開く。


 そこには同じ内容の記事がズラリと並んでいた。


 そのサムネに写るのは、あの忌々しいペストマスク。


「動画を見て頂きたく」


 スルトが指したのは3分程の動画だった。

 結界の内部から、外に居る報道陣に向けてマスク野郎が喋っている動画。


「私の名前はそうだな、錬金術師とでも呼んでくれ」


 そんな口上から、そいつの語りは始まった。


「今宵は、私の実験に立ち会ってくれてありがとう。

 今宵の実験内容は、人工的ダンジョン創造。

 この結界はダンジョンの次元断層と構造的に同じ物だ。

 周辺ダンジョンの位置によって発生する龍脈には、大量の魔力が集まる」


 こいつ、何言ってんだよ……


「それを利用し、この結界は製造されている。

 そして、この結界内では世界がダンジョンへと作り替えられていく。

 徐々に空間は狭まり、内部の生物は魔物へと変化していく。

 その際、既に内部に一定量の同一種を配置して置く事で、発生する魔物を指定する事も可能だ……」


 そんな風に。

 まるで、夏休みの工作を自慢する小学生みたいに。

 喜々として、最低最悪な実験内容を錬金術師は語る。


「魔力が弱い生物から順に魔物化は始まる。

 つまり、レベル順という訳だね。

 まぁ、明日の朝日が昇る頃には生物は全て魔物化。

 そして明日の昼頃には、この大学はダンジョンに成る。

 内部に居た生物の量で、発生するダンジョンのランクが決まるから、丁度龍脈の位置に大学なんて都合の良い施設があって幸運だったよ」


 ふざけんな。


「世紀の大実験の未届け人は多いに越した事はない。

 ちゃんと撮影してくれたまえ。

 暗月の塔での実験も、少し予定は狂ったが概ね成功だったから撮影して欲しかったのだが、まぁダンジョン内じゃ仕方ないか。

 今回は、こういう形で見せられてよかった」


 そう言って、動画は終わった。

 それ以降、錬金術師が外に話しかける事は無かった様だ。


「ふざけんな!」


 スマホを壁に投げつける。

 スルトがピクリと身体を震わせた。


「俺たちはお前の玩具じゃねぇんだよ!」


 罪も無い人間を。

 どれだけ巻き込めば。

 どれだけ犠牲にすれば。


「ふざけんじゃ……ねぇよ……」


 憎くて憎くて堪らない。

 別に、大学に中の良い友人が沢山居た訳じゃない。

 木葉と雅以外は、そこまで親しい間柄じゃ無かった。


 でも、教授は授業をしてくれた。

 サークルに勧誘してくれた先輩もいた。

 飲み会に誘ってくれるような気の良い奴もいた。


 明るい奴とか。

 クールな奴とか。

 キュートな奴とか。

 運動が得意な奴とか。

 勉強ができる奴とか。

 アニメとか漫画に人生捧げてるやつとか。

 ゲームの話ばっかりしてる奴とか。



 ――平和だったんだ。



 それを、たった数時間でぶち壊した。


 壊した本人は画面の前で、笑い声を上げている。


「ぶっ殺してやる」


 憎悪が心を満たす。


「スルト、俺に力を貸せ」


「……御意」


 スルトの身体が黒く染まっていく。

 白骨が純黒に染まっていく。



 ――呪怨黒化。




 ◆




 俺は思う。

 どうして、何の罪も無い学生が魔物になって。

 どうして、お前が笑っているのだろう。


「お前の体もグチャグチャにしてやるよ」


 ダリウスの身体に憑依した俺は、錬金術師の前に姿を現す。


 瞳を真っ赤に染めた、召喚獣たちを引き連れて。


「あの時の……喋る魔物……だね?

 進化する機能もあるのか、興味深い」


 マスク越しの声は、性別の判断すら許さない。

 だが、そんな事はどうでもいい。

 男だろうが女だろうが、やる事は変わらない。


「魔物化した人を元に戻せ!

 この結界を解除する方法を教えろ!」


「知性に掛ける会話内容だ」


 そう言って、錬金術師は手を振るう。

 まるで、指揮者のように。


 その瞬間、門の前に待機していた人面魔物が一斉にこちらを見た。


 夜風の強い夜だった。

 月光と星の光が戦場を照らす。

 雲は無く、影は伸びきっていた。


「ごめん」


 誰に求めるのだろう。

 誰に願っているのだろう。

 誰に許しを乞うているのか。

 そんな矮小な言葉で、俺の行いが許される筈無いのに。


「ダークネイル」


 スキルの発動と同時に、キルカウントが発動を始めた。

 元は人であったであろうその魔物を俺は殺した。


「アリガトウ」


 爪に切り裂かれ、そう言って魔物は崩れ落ちる。

 息が絶える。


「アァ、アァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 獰猛に吠える。

 龍の口だからだろうか。

 それとも憎悪が限界に達すると人の声はこうなるのか。

 まるで、慣れたように俺は咆哮を上げる。


 スルトの黒魔術が黒炎を発射する。

 リンの雷と炎が魔物を焼き焦がす。

 ルウの剛力が魔物の身体を弾け飛ばす。

 アイの光線が魔物の身体を貫いていく。

 ヴァンの剣戟と影が魔物を斬り裂く。


 もう、彼等の意識と呼べる物は残って居ない。

 聡明なスルトでさえも、ただ魔術を発射する機械のよう。


 呪怨黒化が深くなっている。

 それは暗月の塔で2度目に使った時も感じていた。

 強化の幅が増している。


 この力があれば、行ける!


「ぶっ殺してやる!」


「凄まじい戦力だ。

 まさか、CランクとDランクの魔物でこれだけの性能を得る強化があるとは。

 素晴らしい」


 なんだよその言葉は!


 なんだよその解答は!


 お前に褒められる筋合いなんかねぇんだよ!


 お前に、お前なんかに!


「死ねぁああああああああああああああ!」


「欠点があるとすれば、少し騒がしい所かね」


 そう言って、錬金術師は指をパチンと鳴らした。


「何……?」


 キルカウントを稼いでいたダリウスの爪が、一匹の人面魔物に受け止められる。


人面魔物キメラには強さにバラツキがある。

 それはね、元となった人間の力が違うからだ。

 より強い肉体を持つ探索者を素材にするほど、魔物化した彼等の能力は向上する。

 単純な話だろう?」


「なにやってんだよ……」


「不思議に思う事は無いさ。

 体内の魔力が減れば、それだけ抵抗力は減る。

 その事象は必然だ」


 目の前の魔物の顔。

 それは数時間前まで俺に減らず口を言っていた、雷道シュレンの物だった。


 大蛇の様なそれの、口元が動く。


「ワリィ」


 死んじまったら、意味ねぇだろうがよ。

 お前の目的も何も、叶わねぇだろうがよ。


「何やってんだよ」


 影が月光を遮った。

 上から、大蜘蛛の様な魔物が降って来る。

 それは非常に軽やかな動きを見せて。

 それはまるで、印でも結ぶように前足を交差していて。

 今まで全く気が付かない位、隠密能力に優れている。


 その顔が、目に映った。


 もう嫌だ。

 なんでだ。


 視界が滲む。

 堪える事なんてできる筈もない。

 なんで、こんな事になるんだ。


「木葉…………ッ!」


「ヒヒッ……!

 ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」


 ペストマスクを月へ向けて、腹を抱えて大笑いする錬金術師。


 サクッと。

 音が聞こえた気がした。

 その瞬間、ダリウスの首が大蜘蛛の発生させた風の刃で切り落とされる。


「スルト!」


 大蛇シュレンが巻き付き、骨をバラバラに砕く。


「リン!」


 蜘蛛の前足で首が掻き切られる。


「ルウ!」


 大量の魔物に群がられ、啄まれた。


「アイ!」


 飛行する魔物に頭を掴まれ、地面に叩きつけられた。


「ヴァン!」


 巨人の様な魔物に棍棒を叩きつけられて、潰れた。



 憑依先が無くなり、俺の視界は医務室に戻って来る。



 終わった……



 ここに魔石は無い。

 召喚獣を復活させる方法は無い。


 何よりも、もう誰も居ない。

 キャンパスの全員が。

 雷道も木葉も、多分雅も。

 全員魔物になった。


 この閉じられた世界で、人間は俺一人。


 結局、俺は何も変わってない。

 俺自身は臆病に部屋で一人。

 誰かに全てを託す事しかしてこなかった。


 俺には考える頭も無く、動かせる身体も無い。


 足掻く力が、何も残って居ない。


 召喚獣を、自分の力だと勘違いした罰だろうか。


 そして俺は、また自分勝手に願う。

 それしかできない。


「あぁ、頼む。

 誰でもいいから、誰か助けてくれ」



 そんな泣き言が口から漏れた。



 そんな時、医務室の扉が開く。



「昇、何してるの?」



 扉の前に居たのは、天童雅だった。



「どうして……魔物になったんじゃないのか?」


「生憎、聖女っていうクラスは不浄な力を弾くのよ。

 そんな事より輸血液とか無い?」


 そう言って、棚を漁り始める雅。

 どこか、いつもより顔が青い気がする。


「流石に、大学の医務室に都合よくそんな物置いてる訳無いわよね。

 魔力も限界来てるし……

 一度寝て、血液増強のスキルでどうにかするしか無いか」


 雅が、俺の座っていたベッドに近づいて来る。


「はいこれ」


 懐から瓶を取り出し、俺に差し出す。

 赤い液体の入った瓶。


「一応持っておいて、魔物化した人間を元に戻す薬。

 まぁ、一週間以内に魔物化した人限定だけれどね。

 魔物化しそうになったら自分の身体に掛けてね」


「はぁ?

 なんでそんなモン持ってんだ」


「最初の戦闘で魔物を捕らえて、ヴァイスに連れ帰って貰って研究したの。

 それで薬を生成。

 私のスキルに、一度でも口にした薬品と同質の物に血液を変化させる物があるからそれで複製してる最中なのよ。

 3000人分となると流石に大変ね」


 言いながらベッドに入って毛布を被る。


「もう質問は無いかしら?

 じゃあ寝かせて、疲れてるの」


「いや、聞きたい事なんて山ほどあるって」


「それじゃあ今必要な情報だけ言っておくわ。

 錬金術師は正門前から動かない。

 あそこが一番結界の強度が薄いから。

 多分、正門っていうのは魔術的な意味があるんでしょうね。

 あいつの目的は時間稼ぎで動く必要もないし。

 魔物化しても、自立行動を始めるまで七日程掛かるからね。

 だから、体育場の元生徒はすし詰め状態で動かないの。

 まぁ、自己防衛程度な昆虫並みの思考回路は動いてるみたいだけど。

 結論、貴方は何もしなければ安全。

 明日、私が全部終わらせるから」


「俺も何か……」


「要らない。

 おやすみ」


 雅は直ぐに寝息を立て始める。

 疲れているというのは本当なのだろう。


 その寝顔は、俺がずっと見ていた物と何ら変わって居なかった。

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