第39話 人面魔物 ※微ホラー
「あ……?」
「目ぇ覚めたか?
つか、お前何キロあんだよ」
「最後に計った時は90くらいだったか」
「はぁ……筋トレも良いけどな、スタミナもどうにかしろよ」
「お前は少しは体を鍛えろ。
……俺は、どうなったんだ?」
雷道を肩に担いで3号棟の医務室まで運ぶ。
アイを使って上から見張らせている。
人面魔物は体育場には接近していない。
ウロついてるのは悪までマスクの周囲だけ。
人面魔物の行動範囲は精々2号棟付近まで。
だったら、こいつを医務室に運んで復活させた方が都合はいい。
「戦って気絶した。
雅も、こ……忍もまだ戦ってる」
「じゃあ俺も行かねぇと。
運んでくれてありがとな」
予想とはかなり異なる返事を雷道はした。
自分が俺にした事を、まさか忘れてるのか?
「その身体で何ができんだよ。
いいから、休んどけ」
木葉も言っていたが、今戦える探索者は4人しかいない。
それにはこいつも入ってる。
けど、雷道は長期戦向きじゃない。
なら、投入するタイミングは最後。
あのマスク野郎まで手を伸ばす時だ。
外がどうにかしてくれる可能性もある。
だがそれにしても、耐える為にこいつは必要だ。
「ほら、もう医務室見えたぞ」
そのまま中までこいつを連れて行き、ベッドに寝かせる。
その頃には、俺の服は血まみれになっていた。
けれど、その殆どは拳から流れた物だった。
「悪ぃな。
だがお前、なんで避難してねぇ?」
「一応これでも探索者なんでね。
何かできないかと思って」
「レベルは?」
「38」
「使えねぇな」
「お前もな」
俺がそう言うと、雷道は俺の顔をジッと見つめる。
「なんだよ?」
「お前、どっかで会った事あるのか?」
……こいつ。
「本気で言ってんのか?」
塗り薬と包帯を頰り投げる。
雷道はそれをキャッチしながら、俺を見つめる。
「なんだよ、まさか巻いてくれとか言うなよ?」
「悪いな、東洋人の顔は憶え憎い」
「どこ出身だよテメェ」
「もう俺の国に名はねぇよ。
ダンジョンブレイクで政治体系が粉々になったからな」
「同情すればいいのか?」
「違ぇ。胸糞悪ぃ事言ってんじゃねぇよ。
お前等先進国の奴らは、援助なんて言いやがって、やってる事はただの支配だろうが」
「知るかよ。俺が選挙にでも行けばお前は喜ぶのか?」
こいつの事情を俺は知らない。
俺が知ってるのはこいつが俺にやった事だけだ。
だから。
「俺ぁこの国に居る為なら何でもするぜ。
人殺しでも、強姦紛いの事でもな」
不幸自慢なんか聞きたくもねぇ。
「旨いモン食えて、良い家に住めて、良い服を着れる。
だから、テメェにした事を後悔した事は一度もねぇ」
「憶えてんじゃねぇか」
「今、思い出した」
「自分の国に犯罪者予備軍が1人増えて悲しいね」
「何とでも言いやがれ。
別にお前に何と思われようがどうでもいい。
だが、命を救ってくれた礼だ」
「あ?」
「別にあの女と俺は何もねぇよ。
女は好きだが、俺が死んだ時に女を悲しませんのは好きじゃねぇ。
あれは、上の連中に言われてやった事だ」
意味が分からない。
理解できない。
雅と付き合ってるって俺に言って、目の前でキスして見せるのが、誰かの命令?
「本気で言ってんのか……?」
「言っただろ?
俺はこの国に居られるならなんでもする。
それが、俺をこの国に連れて来た連中の命令なら、人殺しでも強姦紛いの事でも……何でもだ……」
まるで、猛獣を目の前にしている様な気分になる。
その圧力は、体が大きいからなんて理由だけでじゃねぇ。
狂気的で猟奇的な目。
それはまるで、地獄を見て来た後のようで……
「じゃあ、なんで俺に言うんだ。
お前の上司が俺に言っていいって?」
「いいや、誰にも言うなって命令だ。
だが、命の恩人に吐く嘘は持ち合わせてねぇ」
「なんでそんな事……」
「俺が知るかよ」
そう言って、雷道は包帯で拳をしっかりと縛り終える。
そのままベッドから立った。
「ちょっと待て、何する気だ!?」
「治った」
「ガキみてぇな嘘吐いてんじゃねぇ」
「この国の、探索者が解決する様な事件で活躍する事。
それが、俺がこの国に居られる条件だ」
ヒーロー気取りの探索者チーム。
俺はニュースで流れる聖典を見ながら、そんな印象を抱いていた。
だが、エスラの思いを聞いて。
木葉の事情を理解して。
こいつの背負う物を知って。
「どけ」
雷道は、医務室の扉を塞ぐ俺を、上から睨みつける。
死ぬ事が怖くない。
そんな、俺には絶対に抱けない意志を、男は見せる。
「ちょっと待て」
「お前じゃ俺は止められねぇぞ」
止める気何かあるかよ。
「持ってけ、礼の礼だ」
俺がポケットから取り出したのはポーションと呼ばれる薬品だ。
とは言え、一つで全身の傷を治す様な効果は無い。
それに、雷道の失った魔力も別に戻らない。
そんな品でも、一つ100万くらいした。
アンデッドには効かないから、リンやダリウスの為に夜宮さんの倉庫に置いて貰っていた物だ。
一応、保険の為に俺が持ってた。
それを、俺は雷道に差し出す。
「お前は何れ殴るが後にする。
だから、無理して死んだら、殺すからな」
「礼に礼されちゃ、こっちとしちゃ溜まったモンじゃねぇ。
けど、貰ってやる」
ポーションを受け取って、雷道は医務室を出て行った。
向かう方向は校門。
どちらにしても、クソウザい男だ。
強欲だし、傲慢だし、無謀だ。
多分、もう俺の方が強いし。
俺の方が賢い戦い方をしてる。
それは分かってる。
なのに、ムカつく。
こいつは自分の拳一つで生きているから。
俺は避難所となっている体育場に向かった。
木葉から護衛を頼まれてたからだ。
アイで見張ってるが、アイ一人に任せるよりスルトの死体操作とかを使った方が効果的だ。
俺:体育場はまだ問題ないか?
アイ:はい。上空から視界に入れていますが静かな物です。
そうか、体育場には数分で移動できる。
魔物も一体も出会わなかった。
本当にマスク野郎の周囲にしか居ない様だ。
俺は、中に入るべく扉に手を掛ける。
――何か、おかしい気がした。
何で、こんなに静かなんだろう。
体育場にはこの大学の全ての生徒が集まっている。
3000人とかだ。
それで……静か?
何か嫌な予感がする。
でも、俺にはその扉を開ける事しかできなかった。
「あ……あぁ……」
声が震えた。
その声に反応して、一斉にギョロリとした目玉が俺を向いた。
「カミヤクン……ドコ……イッテタ……」
人の顔をした魔獣が。
さっきまで俺に講義をしてくれていた教授の顔で。
「ノ……?」
そう言った。
その横には幻獣種の身体に人の顔を持つ、様々な魔物が並んでいた。
なんで、俺はアイに中を確認させなかったんだろう。
なんで、俺はもっと早くここに来なかったんだろう。
なんで、俺はこんなに無力なんだ……
そんな、後悔で頭が一杯になった。
「ダメ……デショ……?」
コカトリスの様な身体の女教授。
彼女が、口を大きく開く。
その喉の奥に、光が収束した。
収束された光は光線となって、俺に向かって飛来する。
「王……!」
目の前に、盾を構えたルゥが召喚される。
光が盾に弾かれて、散った。
でも、俺はそれどころじゃない。
「あぁ、あぁ! あぁぁああ!
なっ……なっ、なんでっ……!」
腰を抜かして尻もちを突く。
嗚咽が漏れて、吐き気が喉まで押し上がって来る。
「ご主人様、後で沢山謝ります」
リンが目の前に現れる。
その手、親指と人差し指の間に電流が走る。
リンは俺の身体に抱き着く様に、その手を俺の首元に当てた。
チカッと頭の中が光った気がする。
その瞬間……俺の意識は吹き飛んだ。
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