第38話 巫女の召喚獣


 窓から見える男。

 ペストマスクを被る、忘れたくても忘れられない敵。


 それが、腕を払う様に小石を幾つか投げる。

 その小石は床に落ちた途端変形を始めた。


 あの時見た物と同じ。

 人面のモンスターへ。


「やばい!」


「え? 神谷君?

 授業中に大声を出すのは……止め……きゃっ!」


 女教授が言葉を言い終える前に、校舎が大きく揺れる。


 外を見れば、魔物がこの校舎に突撃して来ていた。

 ガラスの割れる音、何かが爆発する音が響く。


 同時に、空が何か半透明な白い天幕に覆われた。


「先生、緊急事態です。

 生徒を避難させて下さい」


 そう、教室を纏める様に言うのは雅だ。


「天童さん……!

 これって何が……」


 流石に有名探索者と言った所か。

 不安気に雅を見る生徒に、笑顔を浮かべ一言。



「大丈夫」



 その言葉は、慌てていた生徒を静かにさせた。


「お前等さっさと逃げろ!

 俺の居る場所に仕掛けて来るとはいい度胸だぜ」


 雷道が拳を合わせてそう言う。


「そ、そうだよな。

 こっちには日本一の探索者が居るんだし」


「皆、避難するわよ!」


 教授も落ち着きを取り戻し、生徒を誘導し始める。

 その際、雅は窓から外を見て適切な避難ルートを指示していた。


「シュレン、北側1階の階段を守るわよ。

 そこが要になるから」


「俺に命令すんじゃねぇ」


「また失敗したいの?」


「ッチ……うぜぇ女だ」


 俺は、流される様に避難する生徒に混ざる。


 人面魔物自体はそこまで強くない。

 良いとこCランクモンスターレベル。

 問題は、数が多い事。

 そして、人の言葉を喋っている事。


「先輩、体育場に向かうみたいですよ。

 まぁ、正門から一番遠いですし妥当ですね」


 俺たちの大学には10号棟まで存在する。

 俺たちが今居るのが1号棟。

 番号は正門に近い順に振り分けられてる。


 で、この前のスタンピードで壊れた7~10はまだ修理中。

 体育場は7と8号棟の間にある。

 まぁ、今は入れる場所の中では一番安全だし広い。


「木葉は行かなくていいのか?」


「私、正体不明が売りなんで。

 まぁ、上の意向ですけど」


「2人で大丈夫なのかよ?」


「雷道はまぁ微妙ですけど、天童先輩なら大丈夫だと思いますよ」


「異能って奴があるからか?」


 あれは2人で戦況を変えられる様な力じゃ無いと思うけど……


「いえ、海外から帰って来たら一緒に何か……」


 そんな話をしながら階段を下りていると、雅が居た。

 あぁ、窓から飛び降りて先回りしたのか。

 俺たちが授業を受けてた教室は3階。

 探索者の身体能力なら余裕で飛び降りれる。


 そして、雅が口紅で壁に何か模様を描いている。


 俺が書く召喚陣みたいな。

 でも、円じゃ無くて円と十字の合わさったような模様。


 そこを指で押して、雅は呟く。


「ヴァイス」


 廊下が少し光る。

 そこにそれは現れた。

 フードのついたローブを目深に纏った人型の何か。


「召喚獣なのか?」


「さぁ? でもあれ、エスラより強いですよ」


 マジかよ……


 だが、その言葉に嘘は無かった。

 召喚されたローブの何かが、手に持った杖で地面を突く。

 瞬間、そこから大量の影が廊下を走った。


 人面の魔物は、あの時みたいに「タズケデ」「ゴロジデ」と呟く。


「少し、寝て待て」


 ローブが呟いた瞬間、影が人面魔物たちに巻き付く。

 廊下を埋め尽くす程多くの魔物全てに。


 そして、巻き付いた影から紫電が湧いた。

 スタンガンも数百倍くらい強力そうな雷。

 それが、一瞬で魔物を気絶させる。


「ほら、天童先輩は多分大丈夫ですよ。

 私たちは避難しつつ、あれをどうにかする方法を考えましょう」


 そう言って木葉が指したのは空だ。

 あれが結界なんだろうって事くらいは俺にも分かる。

 一応後衛魔法職だし?

 で、多分閉じ込めるタイプ。


 あれを破壊しないと生徒を避難させられない。


「そうだな」


 アイだけ召喚するかとも思ったが、あの2人に敵視されると面倒だ。

 出すにしても、もう少し離れてからか。


「って事で先輩、抜け出しますよ」


 木葉に俺の手が引かれる。

 瞬間、何か体が薄くなった。


「隠密術式

 無味無臭と透明化、次いでに出力音の遮断効果があります」


「忍者じゃん」


「忍者ですよっと」


 軽々と俺を持ち上げ、前に抱える。


「おい、男女逆だろ」


「それは私も思ってるので突っ込まないで下さい。

 ていうか、変なとこ触ったら怒りますからね」


 お姫様抱っこされました。

 そのまま何故か2号棟の壁に向かって走りだす木葉。


「何やってんのお前」


「忍法壁走りって奴ですね!」



 ――あぁぁあああああああああ!



 俺は一切悲鳴を上げずに屋上まで辿り着いた。


「先輩ってビビりですよね」


「はっ? はー?

 まじ意味わかんね」


「はいはい。それじゃあ状況整理しますか」


「なんか、テロられてる割に落ち着いてるな」


「私が居たところのカリキュラムにありましたから、この状況」


 そう言いながら、屋上から正門前に視線を移す木葉。


「あれが親玉なんでしょうね」


 正門前に陣取る錬金術師。

 俺命名、マスク野郎。


「でも、校門の前で何をしてるんでしょうか」


 確かに、木葉の言う通りだ。

 そもそも、ここに来た目的は何だ?

 動いてる訳じゃない。

 人面魔物数十匹に守られて、校門前で何かをしてる。


「ここからじゃ良く見えませんね」


「そもそもよくこんな所から奴が見えるな」


 俺には人面モンスターがウジャウジャしてるくらいしか分からん。


「忍者ですので」


 何という説得力。


「さて、問題は結界の強度ですが……」


 そう言って空を見上げる木葉。

 その手には、多分そこら辺から千切った校舎の破片が握られていた。


「よいっしょっと!」


 剛速球が真上に放り投げられる。


「ストライクですね」


「スーパーボールだろ」


「あぁ、確かに跳ね返りました」


 しかし、その瓦礫は結界に触れた途端砕けた。


「駄目みたいですね」


「破壊は無理そうか?」


「無理っていうか……多分、暗月の塔で夜宮久志って人を閉じ込めてた結晶と同じ種類なんじゃ無いですかね」


「あ……そりゃ無理だな」


 ダリウスでもヴァンでも無理だったし。

 リンならいけるかな。


「天童先輩曰く、B級探索者が500人くらい必要みたいですよ。

 まぁ、あれと同じ強度かは分かりませんけど」


 はい、無理っと。


「って事は、やっぱやってる本人に解除法聞くしかないか?」


「ですね。でも他の棟の人たちも避難してからじゃ無いと……」


 あの人数の相手と戦うなら、周りにも被害が出る。

 それを加味すれば、木葉の言ってる事は最もだ。


 取り合えずアイだけ召喚してっと。


「偵察を頼む。

 雅たちには見つからない様にな。

 それと避難中に危なそうな生徒が居たら光線で助けてやってくれ」


「畏まりました、主様」


 自己帰還用のノートの切れ端を持たせて、アイを上空に向かわせる。


「ほんと、普通じゃあり得ない使役範囲ですよ。

 校内全体を移動可能なんて……」


 多分ブラジルとかまで行けるけど、黙ってよう。


「でも、制限時間はそんなに無いかもですね」


「どういう事だ?」


「先輩の召喚獣と天童先輩の召喚獣は大分違うんですよ」


「そりゃ、めっちゃ強ぇけど」


 そもそも、リンはエスラに負けた。

 最後の一撃の撃ち合いで、エスラに軍配が上がったのだ。

 まぁ、撃ち合う前からお互い結果は分かってたみたいだけど。


 そんなエスラ以上と評された魔物。


 確かに俺の召喚獣とは違う。


「そんな強さが、無料ただだと思いますか?」


「え?」


「先輩の召喚は、魔石消費や育てる工程が必要な分召喚コストが安いんです。

 それに召喚元は先輩の精神世界ですよね。

 でも、あのヴァイスという魔物は、現存する存在です。

 それを呼び出すなら、時給みたいに魔力吸われますし、術式の消費魔力は天童先輩持ちですよ」


 そもそも雅は召喚系のクラスじゃないしな。

 寧ろどうやって召喚してるのか疑問だ。


「そりゃキツイな」


 俺も一応召喚士だから自分の魔力量くらいは分かる。

 そして、スルトやリンの使ってる術の魔力量とかもなんとなく計算できる。


 あのヴァイスとかいうのが使ってた魔法。

 結構消費魔力多そうだぞ。


「それに、私もですけど装備が無いのが一番問題です。

 雷道とか素手だし。

 そのせいで天童先輩に回復魔法分の魔力消費が嵩んでます」


 装備か……

 一応、夜宮さんの失敗作というか、作って合わせてみたけど微妙だった装備があるんだよな……


 夜宮さんの製法が特殊すぎて売り物にもならないし。

 売ったら絶対目立つ。

 悪い方向で。


 けど、同じ理由で他の探索者に教えたくない。

 夜宮さんが生きてるという特大の爆弾もあるし。


「マズいですね……」


 苦々しい声色で木葉が呟く。


「あ……?」


「雷道が倒れてます」


 あいつマジで使えねぇなぁ!


「まぁ、タイプが悪いですね。

 肉弾戦で持久戦は無理ですよ。

 って言っても、天童先輩も魔力量依存の継戦能力だから」


「あぁ、何れスタミナが切れるって事か」


「私も参加します。

 あそこで天童先輩が戦ってるから、魔物が中まで入って行かない訳ですし」


 雅はデコイ扱いかよ。

 けどまぁ、本人が選んだ事か。


「先輩は召喚獣で逃げて下さい。

 大丈夫ですよ、私結構強いんで」


 木葉が俺を安心させるように笑い掛ける。


 はぁ、馬鹿か俺は。


 後輩に気を使わせて。

 今、命の危険にある奴を見捨てるような。


 夜宮さんの為。

 秘密の為。

 言い訳は十分にできる。

 でも、それはただ日和ってるだけだ。


「夜宮さん」


 名を呼べば、それは現れる。

 俺の近くに呼ぶなら、もう召喚陣は必要ない。

 それは朝確認した。


「貴方ならそう言うと思いました」


 そう言って夜宮さんは現れる。


「どうして貴方が……!?

 まさか先輩……?」


「あぁ、あの時マスク野郎から奪った魔石で召喚獣として生き返らせた」


「そう……だったんですか……」


 何処か後ろめたそうに、夜宮さんを見る木葉。


「木葉、頼みがある」


「なんですか?」


「見なかった事にしてくれ」


「……まぁ先輩の頼みですし、理由も分かります。

 それに悪気も感じてますから……」


 そう言って、木葉は頷いてくれた。


「よし、それじゃあ夜宮さん!」


「えぇ、これをどうぞ」


 スルトの為に作ってみた杖とローブ。

 それにリンの為の籠手もある。

 ヴァン用のマントとか、アイ用の仮面。

 まぁ、レベルは全部2か3だ。

 皆が使っている物よりクオリティは一段下がる。

 レベル4にするの金掛かり過ぎるから。


「ついに生産能力まで手に入れたんですか……?」


「いやぁ、召喚獣の力なんだけどな」


「探索者の能力はやはりレベルだけで計る物じゃ無いですね……」


 木葉は俺と夜宮さんに頭を下げた。


「有難く、使わせていただきます」


「俺の召喚獣も出そうか?」


「いえ、先輩の召喚獣には避難の手伝いをお願いします。

 それと、多分雷道はもう無理なので体育場まで連れて行って上げて下さい」


 超嫌なんだけど。


「分かったよ」


「拗ねないで下さいよ。

 人員不足なんですから」


 まぁ、スルトの使い魔とか出しても人面魔物の方が強いしな。


「後、一応体育場の守護もお願いしますね」


「仕事多いな、やるけど」


「手数多い人の特権ですよ。

 いやぁ、先輩はかっこいいなぁ」


「都合良いぞお前」


「真面目な話、こういう事への対処は私達の仕事で、先輩にお願いするのはお門違いだって事は分かってます。

 でも、今は外と完全に遮断されていて恐らくこの学校内に使えるレベルの探索者は先輩を入れて私たち4人だけ」


「あーあー、そういう意味じゃねぇって」


「はい……?」


「普通に、お前の頼みを俺が断る訳ないだろ。

 煽てなくていいから、普通にお願いしとけ」


「……はい!

 お願いします!」


 自分用の装備を纏い、雅用の装備を抱えて木葉は屋上から飛び降りた。


「ルゥ、ヴァン」


 名を呼んで、召喚獣を呼び出す。

 俺のスキルも便利になった物だ。


「はっ」


「ここに」


「雷道を回収する。

 護衛を頼んだ」


「「御意」」


 俺は、蝙蝠に変化したヴァンの背に乗って1号棟へ移動を始めた。










《あとがき》

 思った以上に感想欄が荒れていて、普通に楽しんでくださっている方に申し訳ないです。

 できれば閉鎖等はしたくないので、最低限節度を持った使用をお願いいたします。


 水色の山葵。

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