第19話 スタンピード
「指令が来たよ」
そう言ったのは、エスラ・ディラン・ルーク。
この……聖典と名付けられたチームのリーダーである。
「やっとかよ、待ちくたびれたぜ」
雷道シュレン。
巨漢で色黒の男。
ソファに大股で腰かけ、机の上に足を置く。
彼は、タバコを蒸かしながら返答した。
そこは、聖典の……より正確には彼等を纏める組織の有するビルの一室。
全てが彼等の為に宛がわれたスイートルームの一つだ。
ビルには修練場、解析室、能力実験場、娯楽室を含める探索者にとって必要な全ての物が完備されている。
このビル自体が、彼等4人の為の物と言っても差支えは無いだろう。
「もうなのね……」
1月前に探索者になったばかりの少女。
天童雅は、不安げな表情を浮かべる。
それも当然だ。
彼女は見て来た。
最高峰と呼ばれる探索者達の力量を。
それと比べてしまえば、己の力量等大した戦力では無い。
一人の少年との約束。
それを違えるつもりは毛頭ない。
けれど、足掛かりすら掴めていない現状を理解できない程、馬鹿でもない。
故の不安と焦り。
そして、忍は何も言わずただ頷く。
それを確認して、エスラは話を続けた。
「聖典。
それは、未来を司る魔道具。
預言書と言っても間違いない」
淡々と語るのは呪いの歌。
彼等4人を縛り付けた鎖の言葉。
「そこに、悪魔と英雄の記述が追加されたのが5年程前だ。
英雄、クラスによって得るスキルとは別の異能を持つ、5名の存在。
今の所、発見されているのは僕等4人だけ。
今回は、悪魔その物ではなく、悪魔の手下が現れたらしい」
その、悪魔を倒すために彼等は
そして、日本に居るのも予言によって日本に悪魔が現れると知っていたからだ。
しかし、現状異能に覚醒しているのはエスラのみ。
内なる心を聖剣として顕現させる。
スキルとは別種の、類稀なる異能。
英雄と呼ばれる所以たる力。
けれど、その力を得たのはまだ一人。
「聖典は記した。
滅びの運命と、回避できる可能性を。
さぁ、行こうか皆。
聖戦って奴だ」
星霊級魔式礼装。
――聖典。
それによって選ばれた4人の英雄。
彼等には戦いからの逃亡も拒否も許されない。
それは、目にした事も無い大人が決めた、世界の決まりなのだから。
◆
昨日は夜宮さんも帰ってこないし、魔石も消えた。
まぁ、俺にとってはただの日給だ。
次からは自分で換金すればいいだけ。
今日は戻って来るかもしれないし。
だから、そんなに気にして無い。
朝、起きると母親がリビングで煎餅を齧っていた。
いつもなら、この時間には既に仕事の準備を終えている筈。
具体的にはスーツに袖を通している。
けれど、今日の母親は随分余裕なスケジュール管理だ。
「あれ、今日仕事は?」
「休みになったわ。ほれ」
そう言って、リビングのテレビを指す。
そこには、この近くが空撮で映っていた。
『Cランク迷宮――暗月の塔から魔物が大量に放出されています。
近隣住民の方は決して外に出ないで下さい。
玄関は鍵とチェーンを掛け、窓には近づかないで下さい。
依然、探索者達による掃討作戦が行われていますが、暗月の塔から溢れて来る魔物には際限がなく……』
そんな、ニュースキャスターの焦った声が聞こえて来る。
「はい?」
「ダンジョンブレイクって奴ね。
仕事行けないと困るんだけど、早く鎮圧してくんないかしら」
そう、平静な顔でいう母親。
つくづく肝の据わった母親だ。
ていうか、おかしいな。
ダンジョンブレイクってのは放置されたダンジョンに起こる現象だ。
それは、ボスの種族進化のその更に先だ。
都心部の、しかも暗月の塔ってCランクだろ。
それが暴走するとしたら、十年近くのボス未討伐が必要になる。
この都心で……いや大蟲迷宮の事例があるけど……
でも、暗月の塔は人気のある迷宮だ。
実際、ボスの討伐もしょっちゅうニュースでやってた。
バラエティ番組の企画とかで使われるレベルの人気ダンジョンだぞ。
そんな事、在り得る訳ねえ。
『あ、探索者の中から選ばれた精鋭部隊でしょうか!
ダンジョンの中へ入っていきます』
そう言って、カメラに映る4人の男女。
「あいつ……」
その中の2人は見知った顔だった。
雷道シュレンとか言ったか、性格悪そうな男。
多分頭も悪い。おそらく酒癖と煙草癖も悪いだろう。
女癖も悪くても何ら違和感はない。
気遣いとかできなさそうだし、命令口調とかで喋ってそう。
後、靴の裏にうんこ着いてそう。
いや、ついてろ馬鹿。
それと。
「雅がなんで……」
残りは良く分からない。
銀鎧の騎士風の男。
変わった所と言えば、武器に相当する物を一切所持していない事か。
最後は黒づくめで良く分からない。
忍者かよ……いや……忍者っつったって……。
「あんた、さっきから何してんの?」
「え……?」
「頭抱えてうろうろしてっし。
心配しなくてもこんなの地震みたいなもんでしょ?
私等にはニュースの言う事聞くくらいしかできる事ないわよ。
それとも他に、なんか気になる事でもあんの?」
ぶっきらぼうにそう聞いて来る母親。
煎餅齧りながら。
でも、視線は真っ直ぐ俺を見ている。
あの時と、俺が探索者になると言った時と同じ。
「ま、自分のやる事は自分で決めればいいわ」
そう言って、この人はいつも俺を突き放す。
想像してみる。
俺が何もしなかったとする。
もしかしたら、雅や……忍者が木葉だとすれば彼女たちが死体になって見つかるかもしれない。
俺の元に、葬式の案内が届く。
俺は黒い服を着て、式場へ向かって。
そして、死体を見て思うだろう。
何で、何もしなかったのだろうか。
と。
いや、普通に元気に帰って来る可能性もある。
それならそれで何も問題ない。
けど、ダンジョンってのは普通に死ぬ場所だ。
俺の召喚獣も何回も死んでる。
でも、召喚獣と違ってあいつ等は生き返ったりしない。
「決めたよ母さん」
「何を?」
「世界一嫌いな奴と世界一好きな奴が居るから、殴り守って来ていいですかい?」
「あっは! 何それいいじゃない。
面白そう、いけいけー!」
そう言って、拳を上げる母親。
「けど、戻ってこなかったら、私の子育てはただの放任主義の間違いだったって事になるんでしょうね」
「……間違ってないよ。ありがとう」
そう言って、俺は自室に戻った。
雷道は、レベル40を越える探索者だ。
あの黒いのがもし木葉なら、トップのチームなのだろう。
そんな2人が同行させる雅。
俺なんかが何かしたところで、意味は無いのかもしれない。
俺なんかには何もできないのかもしれない。
「それでも、来てくれ」
――ヴァン。
「ここに」
現れるのは金髪イケメン。
吸血鬼という見た目が相応する召喚獣。
こいつなら見た目は殆ど人間と同じだ。
日本人感は全く無いけど。
マスクとサングラスを付ければ行けるだろ。
耳が尖ってるが、その程度で非人間扱いされる事も無さそう。
それに、ヴァンは蝙蝠に変身できる。
蝙蝠はサイズも変更可能だ。
これなら、探索者の目を盗んでダンジョンに入れる。
「頼めるか?」
作戦を説明すると、ヴァンは二つ返事で頷いた。
「お任せを」
蝙蝠に変身し、窓からダンジョンへ向かうヴァン。
場所は伝えてある。
不測の事態が起きても憑依でどうとでもなる。
視界を官制しながら、ヴァンは迷宮に入って行った。
けど、暗月の塔はC級ダンジョンだ。
そこらの魔物がギガヘラクレスに相当する戦力って事になる。
普通に戦いながら先に行くのは無謀ってもんだ。
だが、進むだけなら……
俺:……ヴァン、召喚陣を!
ヴァン:了解しました。
暗月の塔は、名前の通り塔の形状のダンジョンだ。
基本的には高さ5m幅7、8m程の回廊が続く。
そして、現れる魔物はオーク、オーガ、コボルト、トロル。
そんな、亜人系の魔物だ。
だったら簡単だ。
ヴァンに憑依し、スキル起動。
アイを召喚する。
アイ:何なりと命令して下さい。
俺:アイ、光線を拡散させて目に当てろ。
俺:その隙に逃げながら先に進め。
目的はダンジョン攻略じゃない。
雅がどんな状況にあるのか。
もしあれが木葉なら何か知っているのか。
それを知る為に来た。
こんな事件で、先頭に立つ。
それが、普通じゃない事くらい分かる。
少なくとも、俺より少し早いくらいに探索者になったような雅に任される仕事じゃない事は確かだ。
だから、それを確かめる。
もし、それが別れた理由だって言うなら。
――全然全く、納得いかねぇ。
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