第20話 邂逅
それは、都心のダンジョンで起こった。
魔物が大量に外へ溢れ出したのだ。
原因となる物は内部にある可能性が高い。
その調査。
選ばれたのは、聖典と呼ばれる探索者のチーム。
つまり、私達だ。
今日は月曜日。
折角、先輩に会える日だったのに。
何が事件の元凶か知らないけど……
預言書に記された悪魔の手下か何か知らないけど……見つけたら爆破してやる。
「暗月の塔は都内の中でも結構人気にあるダンジョンだよ。
出て来る魔物も亜人系だから、戦いやすいんだろうね。
ゴブリンみたいな姑息な敵も出てこないし。
だからこそ、ここでスタンピードが起こるのは可笑しい」
スタンピード。
ダンジョンの最奥に住まう主が、魔力を蓄え過ぎる事で起こる暴走現象。
今回の事件は、確かにそれに酷似する。
けれど、主が魔力を蓄えた形跡はない。
魔力の貯蔵には長い時間が必要だ。
その間、一度も主は倒されてはならない。
主を倒し、再びが現れる時に魔力の貯蔵が0になるからだ。
そして、暗月の塔の最近の主討伐の記録は一週間前。
条件には合致しない。
けれど、実際に災害は起こっている。
「つまり、ここで通常とは異なる何かが起こってるって事だ。
その何かを起こしているのが悪魔の手下の可能性が高い。
それが人か魔物か知らないけど、そいつを撃破するのが僕等の仕事だね」
エスラが冷静にオーダーを出す。
認めたくは無いが、この男は優秀だ。
まず顔が良い。
中性的な顔立ちで、染みの一つもない。
白髪金眼で、良くファンの女の子からプレゼントが届くらしい。
次に強い。
レベルが最も高く、この中で一人だけ英雄の異能を発現している。
二番目のレベルを保有する私でも10回戦って1度勝てるかどうかという戦力。
それと性格も良い。
仲間想いで、愛想も良く、心配してくれる。
なんでも手伝ってくれるし、他人を否定している所なんて見た事も無い。
そんな完璧という言葉が似合う男。
勇者とか王子とか、そんな感じ。
……まぁ、先輩の方がかっこいいけど。
どこがって?
全部。
「今更こんな雑魚共倒すのも退屈だぜ」
そう言ってオークの頭を殴って爆ぜさせる男。
雷道シュレン。
こいつはゴミ。以上。
そんな事を考えながら進んでいく。
一応隊列は組んでいるが、この程度のダンジョンに連携等必要ない。
一瞥した次の瞬間には、敵の頭は跳ねている。
私のクナイで。
エスラの聖剣で。
雷道の拳撃で。
余裕。
私達のチームランクはA+。
Cランクダンジョンならこの程度は当然だ。
暗月の塔は、5階層の構造となっている。
主の眠る最奥は地上5階だ。
まぁ、異次元であるこの場所に地上地下の概念があるのかは知らないけど。
雑に魔物を蹴散らしながら、魔石も回収せずに進んでいく。
Cランクの魔石なんて、私達にとってははした金だ。
「着いたね。
第五階層、迷宮の主が眠る場所だ」
丸い天幕に覆われた最上階。
そこは一階層の全てを一部屋で構築されている。
今までの回廊とは壁しか同じじゃない。
光は、壁の所々から露出しているクリスタルが確保している。
まぁ、無くても私は見えるけど。
その部屋の中央には人影が見えた。
「ボスか?」
そう、ぶっきらぼうに雷道が言った。
「違うわ」
そう言って、言葉を切ったのは天童先輩だ。
昇先輩の元カノ。
別に嫌いって訳じゃ無いけど、好きでもない。
恋敵だしね。
でも、先輩が好きだから私も好意的ってだけ。
「ここの守護者は
他の魔物に所持され、操る事で性能を発揮する寄生型モンスター。
その形状は刀よ……」
でも、と天童先輩は続けた。
「でも、あれの手には刀が握られていない」
そのシルエットは、武器を携帯していなかった。
「ッチ、お前そんな事までよく知ってんな」
私は知っている。
天童雅という人間の特性を。
その特性から派生する性格は、几帳面な物だった。
実際、天童先輩が事前に調べていた知識が生きた場面は何度かある。
この中で最低レベルの天童先輩は知識でそれを補おうとしている。
「でも、ありがとう。
天童さんのお陰で、アレが元凶の可能性に気が付けた」
そう、明るい笑顔で言うエスラ。
そこらの女子が視たらイチコロの顔面偏差値だ。
けど、私はその笑顔に興味もない。
多分、天童先輩も興味は無さそう。
「……警戒して進もうか」
炎を纏う聖剣を取り出し構えるエスラを先頭に進んでいく。
「あ、あの……」
その影が、臆病そうな声色でそう言った。
よく見れば、それは人に似ていた。
額から刃の様な角が生えている事以外は。
そして、その男の身体……正確には首から下は、結晶の様な物の内部に取り込まれていた。
「貴方は……?」
エスラがそう問う。
「私は夜宮久志と言います。
あの、一つ質問をしてもいいですか?」
「なんでしょう?」
「ここは一体、何処ですか?」
「ここは暗月の塔というダンジョン内です。
現在、このダンジョンは暴走状態にあります。
我々はその暴走を止める為に来ました。
そうすると、貴方が居た……」
エスラが睨みを利かせて、剣を煌かせる。
「説明してくれますか?」
「暴走……魔物が外に出ているという事ですか?」
「はい。正直貴方を疑っています」
「そ、そんな……!
いえ、ですが確かに私はこうしてここにいる。
こんな場所に入った記憶もない。
案外、私を殺せば止まる話なのかもしれませんね」
自信の無さそうな男。
活力とか、精力とか、そういう物を全く感じない。
「取り合えず、敵意は無いようですので……」
そう言って、エスラは剣を振るった。
結晶を砕こうとしたのだろう。
――ガキン。
確かに、剣と結晶は接触した。
けれど……
「何だって……?」
エスラの剣は結晶に傷一つ付けられなかった。
「何やってんだよ」
と、雷道も結晶を蹴るがやはり傷もつかない。
「なんだこりゃ、クソ硬ぇぞ」
それを見て、天童先輩が結晶に触れた。
調べているみたい。
「魔力結晶みたいね。
込められた魔力以上の力を使わないと傷一つ付かないわよ。
そして、込められた魔力量はこの迷宮に蓄積された全魔力」
「どういうことだ……?」
「どういうことかな?」
「はぁ……」
溜息を一つ吐いて、天童先輩は分かりやすく説明した。
「これを壊すなら、B級レベルの探索者が500人くらい必要って事よ」
それは、暗に破壊不能と告げているのと同義だ。
「じゃあ、しょうがねぇよな」
そう言って、雷道が男に近づく。
「うっ……なに……」
そのまま首を掴んだ。
「このおっさんが何かの装置なら、殺しちまえば話は早ぇ」
「あがッ……!」
そう言って、雷道が首を絞めていく。
その腕を、天童先輩が掴んだ。
「止めなさい」
「あぁ?」
「止めないのなら……」
そう言って、杖を出す天童先輩。
「だからよぉ、お前は誰に命令してんだぁ!?」
そう言って、力を強める雷道。
「
奇麗な声で、詠唱を終えた瞬間。
雷道と男の間に、水の結界が展開された。
「っめぇ! やりやがったな!」
弾かれた雷道が、形相を浮かべて天童先輩に近づく。
いつもの流れだ。
それを止めるのも、いつも同じ人物。
「やめるんだ」
天童先輩を庇う様に、エスラが立つ。
「はぁ!?
じゃあどうすんだよ?
なぁエスラ、リーダー様よぉ?」
「分かってる。
直ぐに争いで解決しようとするのは止めてくれ」
そう言って、振り返るエスラ。
その目は真っ直ぐ天童先輩を見ていた。
「何か私に言いたい事があるの?」
「外では今も多くの探索者がバリケードを作って戦っている」
「そうね」
「今、僕たちに彼を助ける方法は無い」
「探せばいい」
「探しているだけの時間、期間、外の探索者はどうなる?
何時間も、何日も耐えさせるのか?
その間に死人がでたらどうする。
その間に、民間人に被害が出たらどうする?」
「それは……でもだからって、この人を殺すの?」
諭す様に、エスラは天童先輩の肩に手を置いた。
「僕は、より多くの人を助けたい」
その性格が、私は嫌いだ。
他人の命に価値を見出す。
それは酷く無謀な願いだと思うから。
私は私の大切な人が無事ならそれでいい。
でも今回は、計算すれば解答は単純。
今、ここでこの人の首を斬れば死人は1人。
逆に生かせば、犠牲者は何人でるか分からない。
既に、多くの民間人に被害が出ている。
探索者たちが撃ち漏らせば……民間人が危険。
探索者の中から被害が出る可能性もある。
「勝手に触らないで……」
そう言われて、自分の手を見るエスラ。
「悪かったね」
放して、エスラは私に目くばせした。
私は頷いて、天童先輩の後ろに回り込む。
そのまま、両手を拘束した。
「何で……
なんで?
それはこっちの台詞だ。
天童先輩は頭が良い。
これくらいの事が理解できない訳もない。
何が疑問なのだろう。
「悪いけど……」
「待ちなさい!」
「待ってる時間は無いんだ」
そう言って、エスラは男に剣を振り上げた。
◆
ヴァン、アイに加えてダリウスを召喚した。
俺の召喚獣の中で飛行可能な3匹だ。
基本的にはアイの閃光で逃走。
それが不発した奴にはダリウスを当てる。
ダリウスのランクはC。
出て来る魔物と同じだ。
閃光が利かない奴はダリウスのスキルで吹き飛ばして、そのまま逃げる。
その作戦で多少探索していると、魔物の死体を見つけた。
死骸は一定時間放置されれば勝手にダンジョンに吸収される。
それが残ってるって事は、最近倒された魔物ってことだ。
それを辿って行けば……
「ビンゴ」
上に上がる階段を見つけた。
それから先も死骸を追って進ませる。
最上階、主の部屋まで到達するのに1時間程しかかからなかった。
階段を上っていくアイの視界に憑依する。
そうすると、何人かの人影が見えた。
アイの視界は人より優れている。
多少暗いが良く見えた。
ニュースで見た雅を含める探索者4人。
それと、あれは……
「夜宮さん……何やってのよ……?」
部屋で一人、そんな間抜けな声が出た。
よく見ると、銀鎧の探索者が夜宮さんに向かって剣を振り上げている。
それを、俺が認識した瞬間だった。
「あの人、何やってんの……!」
そう言って、ダリウスが飛び出していた。
――ダークネイル。
闇色の爪が、銀鎧の剣を弾く。
「何……?」
「ダリウスさん……?」
あいつ……
けどまぁ、気持ちは分からなくもない。
割と、あの2人は仲よくやっていたし。
俺:あの男を回収して逃げるぞ。
ヴァン:了解。
アイ:はい。
正直、ここへ来た目的はそれじゃない。
けど、こうなったら仕方ない。
既にダリウスと探索者は敵対している。
聞きたい事は山ほどある。
夜宮さんが何でここに居るのかとか。
なんで拘束されてんだとか。
なに殺そうとしてんねんとか。
だが、魔物の口で何を言っても聞いて貰える訳もない。
だったら、夜宮さんを連れて逃げるしかない。
「君、なんで戻らなかったの?
まぁ、でも怒るのは後でいいか。
盟主に謝る時、君も一緒に謝ってよね」
「申し訳ありません。
私は……私は……本当に役立たずで……
預かった大切なお金すら……守れない様な……」
そう、嗚咽を漏らす夜宮さん。
やっぱり、逃げた訳じゃ無さそうだ。
何かあったのだろう。
つか、何も無くこんな状況になる訳ないか。
「いいから、さっさとそこから出てきなよ」
そう言って、結晶をダークネイルで殴るダリウス。
しかし、結晶には一切傷がつかない。
「何これ……?」
驚いていると、銀鎧の剣がダリウスに迫る。
ダリウスもそれに気が付いている。
翼を翻し飛び退いた。
「喋る魔物……どういう事かな……?」
「取り合えず、こいつ等もやっとけば問題ねぇだろ」
「エスラ、魔物相手には私も戦うわ。
けど、後でちゃんと相談させて」
「……分かったよ、君の話を聞く」
銀鎧、間男、元カノ。
その順番で話す彼等。
けれど、黒装束に身を包んだ者だけが唖然としている。
「……んで……せん……が……」
そう、ヴァンの聴覚じゃ無ければ聞こえない様な小さな声で、呟いている。
やっぱり、あれは木葉なのか?
ヴァン:駄目です。どんな攻撃でもビクともしません。
アイ:申し訳ありません、私の光線でも……
ダリウス:盟主、勝手な行動をしてしまって申し訳ありませんでした。この罰は幾らでも。しかし今だけはどうか……
俺:あぁ、気にするなダリウス。俺も、見知った人間が死ぬのは気に入らない。
俺:ヴァン、召喚陣を書け。壊せないなら相手に引いて貰うしかないだろ。
ヴァン:了解!
まだ俺は雷道のレベルにも達してない。
木葉なんて倍以上差がある。
あの銀鎧はリーダーっぽいし、木葉より強い可能性もある。
それに、雅とも木葉とも戦いたくない。
それに、夜宮さんは動かせない。
マジで、どうする?
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