第21話 黒堕


 呼び声に応え、我が身は召喚される。

 目を開き、辺りを確認する。


 敵と思わしき人間が4人。

 こちらは主の保有する全戦力。

 そして、ダリウスの後ろに結晶に飲み込まれた男。


 構図を見れば、目標の想像は容易い。

 結晶を守り、人間の脅威を退ける。



 我:主、状況は理解しました。

 主:お、おう……

 我:この人間共を排除する。それ以外の指令オーダーはありますか?

 主:誰も殺さないで欲しい。特に雅……女と黒装束は絶対。

 我:御意。

 主:できるのか?

 我:主の命令で不可能な事などありませぬ。



 目標は二点。

 結晶の守護。

 探索者の排除。


 オプションは、殺害禁止。


 命令……いや、我が主の願いは理解した。

 後は実行するのみ。


 そう思考し、前を向く。

 銀色の鎧が反射する光が目に移った。


「え……?」


 その瞬間、光がブレる。

 そして、アイとのネットワークが切断された。

 急いで、アイの居た場所に視線を移す。


「魔物になら容赦しなくて済む」


 そう言って着地する男。

 男の両隣に肉塊が落ちる。

 それは、アイだった物の両断された姿。



 ――なるほど、実力差はその程度であるか。



 我:ヴァンとダリウスで銀色を抑えろ。

 我:ルウとリンは筋肉。

 我:我が他2名の様子を探る。

 ヴァン・リン・ダリウス・ルウ:了解。



 我にできる事は多くは無い。

 主には2つ。

 観察と命令だ。


 観察して、分かった事がある。


 既に、戦闘は開始している。

 けれど、黒装束は動く気配がない。

 そして、臨戦態勢までの速度で戦闘経験が理解できる。

 女は、経験は多くない。

 更に武器から役割を理解できる。


 主な攻撃パーツは男2人。

 なれば、そこに戦力を集める。

 それだけに、人間共と我等には差が存在する。


 だが、力に差がある等という。

 その程度の理由で、主の願いは破らせぬ。


 杖を掲げ、詠唱を紡ぐ。


「起き上がれ」


 アイの死骸から肉が削げる。

 髑髏と蛇の骨の融合体になり、飛行を始める。

 肉眼を媒体にするスキルは使えない。

 けれど、飛行能力は健在だ。


 そして、更に収納から死骸を放出。

 3匹の百足を待機させる。

 空間はある。


 だが、天上を見るに飛剣は使えそうも無い。


 自分の持ち得る手段を確認し、敵の持ち得る手札を見抜く。


 それが、戦術という物だ。


「血影武装・バックラー」


 炎の剣がヴァンを襲う。

 血液で作り出したシールドに叩きつけられた。


「その程度の防御で、どうにかなるとでも?」


 ――爆ぜろ。


 そう銀色が呟いた。

 瞬間、盾と打ち合った剣が爆炎を灯す。


「ック……!」


 けれど、ヴァンはそれに気が付いている。

 ダリウスが念話で報告しているからだ。


 飛び退く。

 けれど、それを追う様に盾を斬った炎が進む。


「ダークネイル!」


 しかし、その炎をダリウスが横から殴る。

 そうする事で、やっと炎は鎮火した。


 基本性能は相手に軍配が上がる。

 それに、何よりもあの剣だ。

 純白の聖剣。


 我が視界には禍々しく、毒々しく映る、最低最悪の武器だ。


 その神々しさは放つ炎にも宿っている。

 実際、ダリウスの腕が焦げていた。


 すかさず黒魔術を使用する。

 我の鍛えた術式系統は強化。

 それは、回復と同義だ。



 ダリウス:ありがとうスルト殿。

 我:気にするな。それよりも、あの爆発力は脅威だ。筋肉と戦っている味方を背にせぬよう戦え。

 ダリウス:なるほど、了解です。



 受けに回らせれば、耐える程度はできる。

 恐らく、銀色が現状の最大脅威だ。

 逆に言えば、切り崩せる可能性が高いのはもう一方。


「紫炎回転斬り!」


「炎拳雷脚!」


 二つの激突。

 しかし、それが発生する直前に割り込む影がある。

 盾を持ったルウだ。


「悪いのであるが、拙者を忘れて貰っては困るのである」


 ルウの盾が前に出る。

 けれど、筋肉は構わず拳を振り上げる。


「はっ!」


 飛び出して来たルウを見て、男は笑う。


「やめなさい! その位置は!」


 敵の女がそう叫ぶ。


「うるせぇよ」


 けれど、筋肉はその声を無視して拳を振り抜いた。


「ふむ」


 そのままルウの盾が殴られ、吹き飛んだ。


「ハッ、軽ぃなぁ!」


 それは違うな筋肉。

 ルウは足を態と浮かせたのだ。

 お前から離れる為に。


「何!?」


 横から飛来するは、聖なる炎。


「あっ!」


 角度を計算するだけだ。

 激突するルウと筋肉。

 その死角となる斜め後方。

 そちらではヴァンが大きめのバックラーで炎を受けていた。


 だが、盾の裏に居たヴァンは蝙蝠に化けて消えている。

 盾を貫通した炎は、盾の裏へ飛ぶ。

 その直線状にいるのが、筋肉だ。


 そうなる様に、我が全員に命令し誘導した。


「何やってんだエスラ!」


 そう叫びながら炎を避ける為に大げさに飛ぶ筋肉。



 我:リン。

 リン:おっけー。



 紫の炎が、跳んだ筋肉を追尾する。

 そのまま追えば……


「あぁ、めんどくせぇ!」


 男は雷を纏った蹴りで、それを蹴散らす。

 そのまま着地地点に、百足を体当たりさせる。


水流結界セイラ


 百足の突撃と、水属性の結界が阻む。

 女の術式か。


 ふむ、アイの収束光線チャージレイなら腕の一本は奪えただろうに。

 まぁ、居ない者は仕方あるまい。


 今の攻防で、大体の性能は把握した。



 ――戦略性は皆無。

 ――連携力は並み以下。

 ――娘以外の全員の視野が狭い。

 ――我と同じ役割を熟す娘は信頼が無い。

 ――和を乱し、味方の言葉を聞かぬ前衛。

 ――単体性能では勝るが、他人を信頼しない剣士。

 ――黒装束に至っては、自衛以外の行動停止。



「ふむ、貴様等は主と同じ種族であろう?」


 我は、女へ向かってそう声を発した。


「主? 人間に操られているとでも言うつもり?」


「あぁ、いやそういう事ではない。

 個体差という奴か。

 貴様らはそう、知能の低い個体なのだな」


 総じてこの者らは頭が悪い。

 主と同じ脳力を保有しているとは思えない。

 我にも及ばぬその知略。


「馬鹿にしてるの?」


「現状の把握に努めているだけなのだがな。

 貴様等の性能は大方把握した。

 確かにあの剣は強力だが、所詮個の力。

 悪いがそうだな……その聖剣並みの切り札が後3種は無ければ勝ち目は無いぞ?」


 我等の目的は、こやつ等を生かして敗北させる事。

 つまり、敗走させる事。

 ここまで言えば、単体性能以外の全てで負けている事を理解して貰えただろうか。



 主:スルト、あいつをあんまり煽るな。

 我:どうされましたか? 彼等の戦力は把握しました。

 我:現状、負ける要素はありません。

 主:それはそうかもっていうか、マジで驚いてるけど。

 主:雅はキレると……



「魔物風情が……」


 ふむ、どうやら相手の娘と主は知り合いらしい。


 だが、主の言葉を疑う訳では無いが……

 そんな事が有り得るだろうか。


「人骨風情が……」


 形相で、娘は我を睨んでいる。


「最初からふざけてるのよ……

 あの人とは別れる事になるし……

 仲間は、優男馬鹿、自己中馬鹿、無言馬鹿……

 私は、あの人を大差で追い抜いて、守れる力があると証明しなければいけないのに……

 あぁ、本当に……


 ――全部、自業自得ね」


 ぶつぶつと、娘は呟く。


「全部私が決めて、私がした事。

 それを後悔してみたり、別の手段を探してみたり、謝ってみたり。

 本当に、何がしたかったのかしらね」


 薄い笑みを浮かべる娘。


「どうせ昇は、全部知っても受け入れてくれるに決まってる。

 そんな事は分かってたのに。

 私は、自分よりあの人の事を想ってるって自分に酔いたかっただけ。

 そんな自分の事も分からずに……

 これじゃあ本当にバカみたいじゃない」


 娘の唇から血が流れる。

 自分で、唇を噛み切ったらしい。



 主:雅……いや、今はそれより……マズいぞスルト!

 我:お言葉ですが主、怒り程度の強化で戦況は……

 主:違うんだスルト。キレたあいつは……



 ――天才なんだ。



「なぬ?」



 我が、自身の間抜けな声に気が付いた時。

 それは既に始まっていた。


「もうお願いは止めるわ。

 最初から命令こうしておけばよかった」


 そう言って、娘は胸の上に両手を乗せる。



 ルールールー


 アーアーアー


 ハーハーハー



 高音を上げるのは娘の口。

 その唄の意味を理解できた者が、この場にどれほどいるだろう。

 恐らくは、我だけだ。


 それほどまでに、その唄は高等な物だ。


「身体が軽い……?」


「なんだこりゃ」



 ウゥーーーーーーーーーー



 響く声と共に、2人の前衛の動きが良くなる。

 いいや、変わっているのだ。



 主:カラオケ行った時も思ってたんだけどやっぱ歌上手ぇ……

 主:流石元吹奏楽部……



 吹奏楽は楽器なのでは。

 歌唱の得手不得手は関係無いのでは。


 等と言う事は無い。


 主が、その程度の事を分かって居ない筈もない。


 それに主が、言葉通りな意味の無い暇つぶしの様な会話をする訳もなし。


 この伝令には意味があるのだ。

 そして、態々主から言われずとも分かって居た。


 本当に、歌が上手い。


 あの歌には、魔力が乗っている。


 どれほど緻密に……

 どれほど精密に……

 どれほど計算して……


 どうすれば、あんな事ができる……?



 リン:スルト、マズいよ!

 ヴァン:あぁ、崩されかけている。

 ルウ:どうすれば……



 悲鳴に近い報告が上がる。

 我もそれは把握している。

 まるで、未来でも見ている様な位置取り。

 今まででは考えられない戦術性。


「なんだこりゃぁ!」


「あぁ、気分が高揚する感じがあるね」


 その正体は、歌に乗せた強化術式。


 リズム、強弱、呼吸のタイミング。

 それによって、常に強化係数と部位強化の箇所を変える。


 普通なら、強化係数や強化部位を変更されれば切替が必要だ。

 だが、あの娘の強化はそんな事を問題としない。


 普通、自分の身体の制御をする上で無意識に生物は力を強め、弱める。

 しかしあの娘は、その調整を……しかも他人のそれを自己で調整している。


 強化する足の左右、箇所によって、回避方向や跳躍距離を指定。

 腕や手、指に細かく強化を施す事で斬撃の角度や強さする指定している。


 恐るべき点はもう一つ。

 彼等、前衛にその自覚は無い。


 彼等は直観で動いている。


 だが、それは娘の強化によって直観までもコントロールされているのだ。


 この手法での戦術伝達速度は、我々の念話より速い。

 情報通信速度、指揮系統の機敏性。

 そこで負け始めた事が、押されている原因。


「はは、こりゃいいぜ!」


「今までで一番、身体が思い通りに動く」


 それは違う。

 動かしているのは貴様等ではない。

 自分の身体を上手く動かせていると、錯覚しているだけだ。


 コントローラーは常に娘が握っている。



 ハァーーーーーーーーーーーーーー



 音の波長が変わった。



 ルウ・ヴァン・リン:ダリウス!

 ダリウス:そういう事ですか……!



 前衛2名が急に動きを変え、ダリウスを同時に狙う。

 ダリウスが孤立しているタイミングを狙われた。

 現状、こちらの最大戦力はダリウス。

 それが落ちれば、勝ち目は薄くなる。


 歌いながら、娘の瞳が我を向く。

 まるで「どうする?」と問いかける様に。


「ク……」


 自覚している。

 この状態で、我にできる事は無い。

 既に、その攻撃を止める手段は尽きている。

 いいや、娘の戦術によって尽きさせられている。


「ダーク……ッ!」


 言い終えるより速く、斬撃と拳戟が貫く。


「爆ぜろ、イグニ!」


「行くぜ、雷拳!」


 スパークを纏った爆炎が、ダリウスを吹き飛ばす。


 魔力を精密に操作し。

 足りない部分を音階で補強する。

 そうしてやっと行う事ができる超精密強化。


 故にこそ、その戦術の密度は我等を越えている。


「ぐっ……」


「ダリウスさん!」


 結晶に閉じ込められていた男が叫ぶ。


「大丈夫……盟主が、兄様たちが助けてくれるから。

 だから安心しな……」


 爆炎を突き抜け、地面に激突し、血を流す。


 満身創痍。

 指すら動かぬ身体でダリウスは無理矢理笑った、


「そんな!

 嫌です、嫌だ!

 お、俺なんかの為に、なんで……!」



 ――あぁ、そうだったな。



 お前は、我等の弟分。

 いいや、本当の弟だ。

 それを、ここまで良い様にされて……



 リン:もういいよね、我慢しなくて……

 ルウ:許す事などできようはずもないのである。

 ヴァン:お前の仇もアイの仇も必ず取る。

 ダリウス:ありがとうございます……


 我:あれを使う。



 まだ未知の部分は多い。

 だが、分かっている事もある。

 あれは、我等と主の境界を一時的に崩す力。


 主より賜りし知性。

 その一部を一時的に返上し、代わりに魔物の性を取り戻す。

 憎しみや呪いや怒りを増幅し、魔力を変色させる。


 倒れ伏し、強制送還が始まったダリウスに近づく。

 触れるのは、爪と牙。

 骨に近いそこから、我等に必要な力を取り出す。


「なんだ……?」


「体が黒くなっていきやがる」


 不敬極まる大罪だ。

 主より賜った物を自ら捨てる、罪過の力。


 だがしかし。

 堕ちると知っていても……

 それでも、成さねばならぬ真意もある。


「何をしたの?」



 ――呪怨黒化。



「何、少し昔に戻るだけ……カカ……」

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