第22話 天才
天童雅は天才だ。
彼女が最初にその才能を発揮したのは、幼稚園から習い始めたピアノだったらしい。
教師の引いたそれを、楽譜も見ずに5分程で再現した。
その5分で、鍵盤の端から端までを一度ずつ引いた。
たったそれだけで、彼女は全ての音を理解した。
圧倒的な記憶力。
そして、絶対音感と呼ばれる聴力。
生み出されたのは圧倒的な再現性だ。
一度聞いた曲を、彼女は完璧に再現できる。
――天童雅は間違えない。
学生レベルでは無双の才能だった。
コンクールに出場すれば、確実に1位を取る。
それは、ピアノだけに止まらなかった。
中学までに、彼女は音楽から細分化される全ての分野で頂点を独占した。
けれど、高校1年の時だったらしい。
彼女が最後に出た大会。
それは彼女の最も得意なピアノの大会。
けれど、彼女は二位に甘んじた。
審査員は言ったらしい。
『心が籠って居なかった』
と。
俺と付き合い始めた時、雅はもう音楽を辞めていた。
「貴方で実験したいから、付き合って」
それが、あいつの告白の台詞だった。
そうかい。そうかよ。
どうやら、実験は終わったらしい。
雅は既に、音で心を操っている。
それが、スルトの視界を共有する俺には分かる。
大気を流れる音に乗った魔力。
それは、剣士と間男に命中し、的確に部位を強化する。
その強化速度は当然に音速。
絶対音感と記憶力から繰り出される命中精度は――百点以外ありえない。
スルトの思考が俺に流れて来る。
現状、指揮者としての能力に置いて……
――
だから、スルトは最後の手段を取る事を決めた。
あの時、ホブゴブリンに俺が負けた時。
その一度切りしか使わなかった力。
黒い魔力を身に纏う、強化。
結局、あの時は一瞬で決着して、その明確な性能は分からなかった。
だが、今は何となく分かる。
多分、召喚獣解析のスキル効果だろう。
人間でも、獣でも、蟲すらも。
生物には恐怖という構造がある。
命の喪失を拒む特性がある。
だが、魔物にそれは無い。
どれだけのダメージを受けても、魔物は敵を排除する為に行動する。
自分の命を守る為に殺すのではない。
殺すために殺す。
それが、魔物の本質だ。
この状態は、名付けによって与えられた知能を捨てる事で、その特性を呼び覚ます。
召喚獣を魔物に戻す力。
その発動と同時に、俺の中の召喚士としてのパスが弱くなっていく。
念話は聞こえないし、話しかけられない。
憑依は視覚と聴覚の情報がギリギリ拾える程度。
俺に、戦況を左右する手立ては無くなった。
◆
「ギャハッ! ギャハハハハハハハハハハハハ!!」
その声はリンの声。
狂気の籠った笑い声を上げ、短刀を振り上げる。
短刀の行く末は雷道シュレン。
「なんだこいつぁ、いきなり雰囲気が変わりやがった!」
紫の炎が両側面から展開。
雷道を挟み、中央からは短刀の連撃が押す。
アァ~~~~~~~~~~~~~
歌の補助を受け、雷道も加速する。
「ッチ!」
籠手を纏う拳で、短刀を弾く。
鉄のブーツを纏う足で、炎を振り払う。
「ギャギャギャガヤギャガヤギャ!!」
笑みを浮かべ。
ベロを出し、瞳孔を開かせる。
戦いを楽しんでいるとしか思えない。
――モンスター。
そうとしか表現できない豹変。
「楽ジィ! ダノジイヨォォォ!」
知能を完全に失った訳ではない。
言葉を操る事はできているし、戦闘には確かに戦術性がある。
だが、その精神はどうしようもなく怪物だ。
「気持ち悪ぃ!」
裏拳がリンの右頬を撃ち抜き、そのまま吹き飛ぶ。
「ギャハハハハハハ!」
しかし、飛び上がる様に起き上がり、その愉悦は高まっていく。
それは、リンだけではない。
「キシシ、キシャショシュキシシシシシシシ!」
ヴァンは右手に血色の刀を。
左には影色の刀を顕現させる。
それを使い、銀鎧の男へ突進していく。
「キハ……!」
そこには、いつもの冷静さは欠片も無い。
深度だ。
呪怨黒化という状態異常の深度が上がっている。
前見た時の比ではなく、彼等は暴走している。
「やっぱりモンスターは所詮モンスターだね」
そう言いながら、爆炎で反撃する銀鎧。
「でも、
そう言って、剣を握り直す銀鎧。
同時に、剣を纏っていた炎が消える。
「その勝負なら僕は多分、この国で一番強いよ」
そう言って、ヴァンの刀に自分の直剣を滑らせる。
流して、受けて、弾いて。
全ての攻撃が、両手で刀を振るっているヴァンの全ての斬撃が、流される。
これは雅の補助じゃない。
こいつ自身の剣術だ。
「確かに攻撃力も、スピードも、防御力も。
反射も手数も、全部、強くなってる。
でも、さっきまでの方が強かったわよ」
そう、
だが、その状態でも尚。
この男だけは、酷く冷静な思考を有していた。
「制御不能か……
ならば、その行動の全てを読み切り、利用するだけ。
カカ……簡単な事よ」
そう、小さな声で
「グルルルルルルルルルルルルル!!!」
ルウが、盾を捨てて突進していく。
守るという思考が放棄され、ただ殺すためだけに動く。
それが、今のルウだ。
「死体放出……支配の魔杖。
キサマは我に答えをくれた。
魔力操作の神髄、コタエ……!」
黒魔術は強化と弱体を司る。
ルウの拳を強化し、足が弱体化される。
「グルゥウウウウウ!」
それを受けて、ルウは地面を殴りつける。
動けず本能で動くルウに可能な、唯一の攻撃。
スルトはそれを誘発した。
前方の地面に亀裂が走る。
「この迷宮は塔。
下へオチロ」
亀裂は広がり、銀鎧と雷道の居る地面が落ちた。
ヴァンは危機察知によって蝙蝠に変身。
リンは、並み外れた動体視力と軽やかさで空中の瓦礫を伝っている。
「甘いわよ。
多重展開……水流結界」
雅の術式は強化だけではない。
歌を中断し、水の結界を足場として展開する。
「感謝します天童さん」
「助かったぜ」
それを渡る形で彼等は生還した。
「ダガ、その到達点に択は無い」
結界を伝うという事は、そのルートはスルトにも視覚的に予測できる。
「イケ、我が軍勢よ」
収納された死体から20体近くの蟲を操り、突撃させる。
ボーンセンチピード。
それをメインとした、死骸昆虫群の突撃。
「何だと!?」
「マズいか……?」
それを見て、銀鎧と雷道は絶句の表情。
けれど、雅だけはその光景を酷く冷淡な瞳で観察していた。
◆
「嫌だけど」
それが、私の告白に対する
「付き合わなくてもできるだろ。
んな事は」
正直、断られるとは思っていなかった。
顔は良い方だと思う。
行儀や性格も人よりは立派だと思う。
能力や勉学に関しても人より自信がある。
客観的に、悪いと呼べる部分は思い当たらない。
「どんだけ自信過剰なんだよ。
だから心籠ってないとか言われるんじゃねぇの」
彼を選んだ理由は単純な物だった。
私は高校で初めて一位を逃した。
その時、私に代わってその座に居たのは同じ学校の生徒だった。
3年の先輩だった。
それで、その人が校内で一番仲の良かった男の子。
それが、昇だっただけ。
「それに、俺好きな人居るし」
それは、私から一位を奪った先輩の事だった。
私は思う。
そうか、あの人は彼の心も掌握しているのだ。
そして、私達が二年に上がる時。
先輩が卒業する時、昇はその先輩に告白した。
「……彼氏、居るんだってさ」
正直、私は彼の告白が成功すると思っていた。
凄く仲が良さそうだったし、距離も近かった。
凡そ、好きな相手にしかしないような行動もしていたように思う。
「じゃあ、なんでキスとかすんだよ……」
そう言って、昇は机に突っ伏して泣いていた。
先輩は、昇で遊んでいた。
いや、自分の能力を確かめていた。
人の心を動かし、操るという力を。
正直、コンクールで負けた時、私は負けを認めて居なかった。
私の演奏の方が完璧で、狂いは無かったとそう自負していた。
でも、昇を見て私は負けを受け入れた。
私が負けたのは、演奏じゃない。
そもそも演奏は、人を感動させる為に存在する。
先輩は私以上にそれが上手かった。
理屈を理解して、やっと敗北を悟る事ができた。
「勝ちたい」
負けてから、そう願うまでは一瞬だった。
失恋した昇を慰めて、甘やかした。
面倒と思われない程度に付き纏って。
その願いに答える努力をした。
好みを理解して、実戦する事を務めた。
昇も徐々に私に心を開いてくれる様になった。
いつの間にか、私は昇に全部話していた。
私がなんで昇に告白したのかとか。
なんで、一緒に居るのかとか。
私の人生とか。
最低な理由だと自覚していたけれど、それでも彼に嘘を吐きたくないと思ってしまったから。
でも、それでも彼は笑って言った。
「それでも俺はお前に感謝してっから。
一緒に居てくれてありがとな」
そうして、2年に上がってから半年ほど経って……私は昇に告白された。
私の目的は達成された。
昇に対して、先輩と同じ事ができる様になった。
そうなれば、もう昇は必要無かった。
彼はただの実験台。
私が負けた理由を探り、もう負けない為のパーツでしかない。
それを理解して尚、それでも私は昇に「はい」と返事をした。
多分、その時にはもう、私は昇を失いたくないと思い始めていた。
結局、音楽は辞めたままだ。
昇が先輩の事を思いだしたら嫌だから。
「馬鹿ね」
目的を見失うなんて、馬鹿の専売特許だ。
私には程遠い事だと思っていた。
なのに……今は音楽を、彼との距離を縮める為に使っている。
アァーーーーーーーーーーーーー
聲を響かせる。
その対象は、仲間だけじゃない。
私の音は、心骨両方を震わせる。
「奪われた……ダト……?」
「崩れなさい。気持ち悪いのよ」
私の声に従って、死骨がバラバラに砕け散る。
部位強化、骨は力を支える為に存在する。
それなら一部に過剰な強化を注ぎ込めば、力に耐えきれず……関節部分が悲鳴を上げるという訳だ。
だが、死骸を倒しても敵はまだ残っている。
「カカカカカカ……」
「ギャギャギャ……」
「グルルルルゥ……」
「キシィィィィ……」
獰猛な瞳を見せ、声を上げて、彼等は私達と相対する。
負けたくない。死にたくない。強くなりたい。
だって、それだけが私の願いが叶う方法だから。
「あぁ、そういう事なのね」
私はやっと、私の異能を理解した。
「来て……」
【――術式音楽団】
それが私の力の名前。
瞬間、私の目の前に純白のピアノが現れる。
私は、鍵盤の前に腰を下ろして、思い出す様に指を掛けた。
音に魔力を乗せ、耳を貸す者を強化する。
それが、私の異能力。
手に入れて、失って、悔しくて。
やっとだ。
やっと、私の演奏は……
「人を感動させる力を手に入れた」
声は1つ。
けれど指は10本ある。
私のコントロールできる音種は増加する。
それは、強化の種類と精密性に影響する。
「はぁ!」
「っらぁ!」
いつもより大きな炎の剣。
それが、庇いに来たゾンビの様な魔物ごと、ヴァンパイアの様な魔物に直撃する。
いつもより速く、力強い拳。
それが、薄緑の肌を持った白髪の魔物に直撃する。
そして、その黒く染まった骨の魔物は、私の演奏をジッと見ていた。
諦めている?
いいや、実力差を感じ取っているのだ。
その目は全く死んで居ない。
獰猛に、食らいつく様に……
思い出す。
その時の私と同じ目だ。
だが、後はあのスケルトンだけ。
それを倒せば私達の勝利だ。
もう演奏すら必要ないだろう。
エスラとシュレンでどうにでもなる。
あのスケルトンは、単体ではそれほど驚異ではない。
だからだろう。
戦いが終わる前に、彼は動いた。
「悪いね、天童さん。
でも、これが僕等の使命だ」
そう言って、聖剣に炎を宿す。
その矛先は……
「待ってエスラ!」
伸ばした手は届かない。
演奏で感覚を狂わせても、あの剣聖は剣を振り抜くだろう。
そんな、簡単な鍛え方はしていない。
私は何も出来なかった。
「嘘吐き……」
そう、毒づくのが精々だった。
「え?」
と、口に出しながら夜宮久志と名乗った男の顔が両断された。
炎が彼の身を包み、結晶ごと彼の身体は砕け散る。
その場には、魔石が1つ残っただけ。
《情報解禁》
【呪怨黒化】
一時的に、全ての能力を直観的に使い熟し、殺傷力が増加する。
名付けによって得た知性を返上する事で、魔性を取り戻す。
魔物とは、生きる為ではなく殺すため動くのだ。
この力は、使用の度に強化される。
この力を使えば、彼等は魔物に近づいていく。
その使用は、契約破棄と同等の意味を持つ。
それでも彼等は力を使った。
繋がりも加護も不死性も、全てを捨てても主の願いを叶える為に。
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