第23話 黒死の錬金術師
殺した……?
無意識に、俺は口元を手で押さえていた。
知り合いの頭が真っ二つに斬れて。
燃え尽きて……
砕け散った……
捕らえられていた訳じゃないのか。
いや、ダンジョンに捕らわれていたのか?
「うぅ……あっ……」
ゴミ箱を持ってきて、吐しゃ物を出しきる。
涙で視界が歪む。
鼻水が止まらない。
あいつらは、一体何をやってるんだ?
あの銀鎧は、今人を殺した。
それは完全に故意に、殺意を持って。
「殺人鬼じゃねぇか」
スルト:申し訳ありません。我に力が無いばかりに。
悲痛な声で、スルトがそう声を掛けて来た。
スルトの視界に憑依すると、既に黒化は解けていた。
目標が破壊された。殺された。
俺に、もう戦う理由は無い。
俺:お前のせいじゃない。相手が悪かった。
雅は天才だ。
俺は、どんなゲームもトランプも雅に勝てた事も無い。
そんな彼女に、指揮という項目はマッチしている。
そして、最後に見せたピアノ。
俺は高校の時、先輩の応援で行ったコンクールで一度だけ雅の演奏を聞いた事がある。
だが今のそれは、その時の比ではなく完成している様に感じた。
完璧な楽譜から、楽譜以上の演奏になった感じ。
それが、強化魔法の力量に影響している。
それは絶大な力だった事だろう。
このままスルトも負けてゲームオーバー。
だったら、その前に送還した方が収納の中身分得か。
そう考え始めた時だった。
「ハハッ、いや笑ってはいけないか。
でも、これは笑わずには居られない……クフ」
ペストマスク。
黒死病が流行った時、医師が付けていた事からそう呼ばれる物だ。
鼻が伸びた様な形状が特徴的な。
それを付けた……中性的な声の主。
男か女かも判別付かない何者か。
それが、4階からの階段を上がって現れた。
「何者だ……?」
剣聖が剣を向ける。
雅も筋肉も、黒装束すら警戒している。
そして、それはスルトも同じ事。
スルトが、一歩下がる。
溢れる
「そうだね、まぁ恰好から分かって貰える通り医者だよ。
けれど、君たちの知っている医者とは少し違うからね。
ふむ、適切な単語を選ぶと【錬金術師】と言った所だろうかね?」
「錬金術師……?」
訝し気に、雅が問う。
「そう。例えば……人間を魔物にしたり、なんて」
そう言った瞬間、階段から足音が幾つも聞こえて来る。
現れるそれは、人面を持った魔獣。
セイレーン。
ケンタウロス。
マンティコア。
ハーピー。
伝承上では、そんな風に呼ばれる怪物。
それと、酷似した外見の生物。
だが、その顔はどう見ても人間に……日本人に思えた。
人魚とハーピーは、女性の顔と黒い長髪を。
ケンタウロスとマンティコアは、短髪の男性の顔を。
それぞれ持っていた。
「それは失敗作だよ。
知能が完全に削れた獣。
全く、人間を素に作っても知性が残らなきゃ意味無いって言うのにね」
そして、魔獣は鳴くのだ。
いや、それは泣いているのかもしれない。
「ダズゲデ……」
「ゴロジデ……」
「ユルジデ……」
「ヤメデ……」
「言語能力は多少残っているようだが、知性と呼ぶには機能が落ち過ぎているんだ。
まぁそれでも、流石に元探索者。
クラスの力と魔物の特性を併せ持つ事で、
気持ちよさそうに。
自分の工作を自慢する子供のように。
喜々として話始めたマスクの声を……
「黙れ……!」
炎の聖剣が、断ち切る。
「おっと……」
けれど、その炎は医者には届かない。
人魚が立ちはだかり、水の幕を出す。
けれど、その幕は炎を完全に止める事はできず……人魚の身を焦がす。
「アヅイアヅイアヅイヨォォォォォ……!」
悲鳴と絶叫の重なる様な声を上げ、人魚は悶える。
「君は酷いね。
人間を生きたまま燃やすなんて……
あぁ、でももう人間じゃ無いからきっと法律は君の味方だよ」
煽る様に、そう言った男。
それを受けて、剣聖は怒りを露わにする。
「貴様……人の命を何だと思っている!?」
「それはこっちの台詞だ、人殺し。
私は医者。その実験は未来に意義を持つ。
それに、私は命を奪ってはいない。
けれど、君のさっきの行いはただの殺しだ。
何の意味もない。
無駄で、無意味な、寧ろマイナスな行い」
「真面に会話する気は無いらしいな」
そう言って、剣を構え直す銀鎧。
「あぁそれはそうだね。
それに、君たちと真面に相対する予定も理由も微塵と無いよ」
その声を引き金に、魔物が動き始める。
セイレーンが、涙を流しながら悲痛な表情で銀鎧に襲い掛かる。
それは、他の魔物も同じ。
4人の探索者に、4体の人面魔獣が襲い掛かる。
「あぁ、それは元人間だがもう知性も無い。
殺してくれても何も問題無いよ、人殺しの勇者殿」
「貴様ぁぁああああああああああああああああああああ!!」
「何を怒っているのか理解に苦しむね。
君だって、外の被害と天秤に掛けて男を殺したじゃないか。
私も同じだ。
未来の発展と天秤にかけ、彼等を魔物とした。
そこに、どれだけの差が存在する?」
そう言いながら、真っ直ぐと前に進んでいく。
ペストマスクが向かう先は夜宮さんが居た場所だ。
そこに転がる魔石を目掛けている。
「回収回収っと……
ふむ、解放率74%。
もう少し時間が欲しかった所ではあるが……
まぁ問題ないか、最低限の規模は確保されている」
魔石を拾い上げ、そんな事を呟いている。
4人の探索者は、人面魔獣と戦っている。
「やめてくれ……! 僕は君たちを殺したくないんだ……!」
「おい、こいつ等殺しちまっていいよなリーダー!」
「ま、待てシュレン!
きっと、この人たちは何も悪くない」
「ッチ、お人好し野郎が」
しかし、銀鎧を筆頭にどうしていいのか分からないらしい。
傷をつけない様に、慎重に戦っている。
「これで仕事完了だね」
そう、ペストマスクが呟いた瞬間。
――グラリ。
と、迷宮全体が揺れた。
異世界で在る筈のダンジョンで地震?
そんな事、在り得ない。
「おっと……」
急な地震で体勢を崩し、ペストマスクは魔石を転がした。
「もう始まったか。
想定より少し早いな」
なんだこいつ。
何やってんだよ。
意味が分かんねぇ。
急に現れて、人間を魔物にしたとか。
夜宮さんの額にあった角。
そして、魔石を零した事実。
もし、あのマスクが人を魔物にできるなら。
いいや、ここに現れた時点で確定だ。
夜宮さんを、魔物に変えたのはコイツだ。
「――ふむ」
そう、呟いたのはスルトだった。
「つまり、貴様が黒幕という訳か」
魔石を拾おうと手を伸ばしたペストマスクの横から、魔石を横取りする影がある。
それは、スルトが操るアイの死体だ。
「何、君……?」
アイの死体は、スルトの指示に従い魔石をスルトの元まで運ぶ。
「収納」
そう、小さく呟くと魔石は消える。
「言語を発している……?
明確な意思を持って……?
そこまで高位な魔物には見えないんだけど」
「貴様が、この件の黒幕。
そして、貴様が魔石を求めている。
それは、我が貴様から魔石を奪う理由として十分な物だ」
「話通じてないのかな?」
「なんだ、先の会話から推測し、言語能力が著しく低下した個体の人間かと思っていたのだが会話等できるのか?」
「馬鹿にしてるの?
魔石を返せ、たかがDランクモンスターが」
「悪いが、貴様と真面に相対する予定も理由も微塵とないのである」
そう言ったスルトの指の間には、俺が渡したノートの切れ端が握られていた。
「自己送還」
そう呟くスルトの視界からペストマスクが視える。
忌々しくこちらを睨んでいるのが、マスク越しにも伝わって来た。
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