第24話 大暴走


 スルトが送還された事で、俺がダンジョン内の様子を探る方法は無くなった。


「ッチ……」


 錬金術師と名乗ったあの男。

 それが雅たちに牙を剥く可能性もある。


 人面魔獣の戦力は大した事は無かった。

 銀鎧を筆頭に対処はできていた。

 だが、錬金術師本体の戦闘能力は未知数。


 助けに行きたいのはやまやまだ。

 でも、一度敵対してるし。

 そもそも今はスルト以外召喚できない。


 Dランクは1時間。

 Cランクは3時間。

 倒されてからその間は、待機時間となる。

 それが経過しなければ、再召喚は不可だ。


「どうしたもんかね」


 そう考えていると、勢いよく部屋の扉が開かれた。


「昇! 居るか!?」


「親父?」


 勢いよく入って来た親父は、俺を確認すると急かす様に喋り始める。


「バリケードが突破されたらしい。

 避難勧告がでた。

 逃げるぞ」


 いつもより少し早い口調で、親父は簡潔に話す。


 バリケードが突破された。

 それは暗月の塔の入り口付近で組まれていた物だろう。

 だが、それは適切な探索者の数で抑え込んでいた筈だ。


 俺は急いでスマホを開いてニュース速報を確認する。


『暗月の迷宮――喪失』

『内部の魔物が一気に出現』

『近隣住民は直ちに家を放棄、指示された避難場所に向かって下さい』


 重要そうな情報をピックアップする。


「なんでこんな事に……」


「知らん。

 しかし、勧告の通りにするのが先決だ」


「待ってくれ親父、俺も探索者だ。

 魔物が街中に溢れてるなら、討伐に協力する」


 親父の目を見て、しっかりと俺はそう言い返す。


「ふざけた事を言うな!」


 けれど、返答は怒声だった。


「そんな物は一月前に始めた趣味の部類だ。

 今も街ではプロが戦っている。

 お前が余計な事をするべきではない。

 それに、俺がお前をそんな危険な場所に送りだすとでも思っているのか?」


「親父……俺は……!」


 暗月の塔の消失。

 雅はどうなった。

 木葉はどうなった。

 一番危険な場所に今も居るんじゃ無いのか。


「我儘は終わりだ昇。

 今は俺の言う事を聞け」


 そう言って、デカい手が俺の頭の上に乗せられる。


 その手は少し震えていた。


「親父……分かったよ……」


「行くぞ」


 本当に最低限の荷物だけ持って、一階のリビングに降りる。


「来たわね」


 待っていた母さんと合流。


「それじゃ行きましょうか」


 そう言って、母さんが玄関口を開けた瞬間だった。


「え……?」


 母さんの身体に影が差す。

 玄関の前に何かが立っていた。


「ブヒィ」


 それは、オークと呼ばれる猪と人間を足した様な魔物。


 それが、手に持っていた棍棒の様な物を大きく上に振りかざす。


「か……」


 俺の声を遮る様に、親父が叫びながら母さんの前に躍り出る。


「お前……!」


 あぁ、俺は馬鹿だ。

 召喚獣が強かっただけで。

 自分が強くなったわけでもない。

 戦える訳でもないのに。


 自分が強いと勝手に錯覚して……


 ……俺はヒーローなんかじゃないと思い知る。


「グッ!」


 親父は右腕で、棍棒を真正面から受ける。

 オークはCランクの魔物だ。

 その一撃は、探索者でもない普通の人間が受ければ普通に死ねる威力。


「貴方……!」


 相手が余裕をこいていたのか。

 それとも親父が鍛えてた筋肉のお陰か。

 親父の腕は、まだ付いていた。

 大量の出血と、駄目な方向に腕を曲げて。


 俺なんかより、親父の方がよっぽど探索者として正しい。

 俺がいるべき場所に、親父が居た。


「ここは俺に任せろ。

 お前達は裏から出るんだ」


 馬鹿が。

 何死亡フラグみてぇな事言ってんだよ。

 俺が居るだろうが。


 丁度いいタイミングだ。


 猪野郎。


「魔石召喚」


 親父が地面に零す血を指に付け、家の壁に円を描く。

 そこにポケットに入れていた魔石を一つ叩きつける。

 そこから現れる魔物は2匹。


 甦れ。


「了」


「はい」


 スルトとアイ。

 何も言わずとも、そいつらは召喚理由を理解する。


「ブヒィ」


 更に、親父の頭を狙った振り下ろし。

 けれど、それは右に逸れ玄関の壁に激突する。


 スルトの黒魔術。

 強化か弱体化か知らないが、オークの一撃をズラしたらしい。

 そして、既にアイは発射姿勢に入っている。


 母さんと父さんの隙間を抜けた精密射撃。

 光の線が、オークの肘を貫く。

 棍棒を取り落とした所に、スルトが迫る。


 指先の骨を鋭く尖らせ、頭を掴み眼球にそれを捻じ込む。

 黒魔術の一種。

 浮遊を覚えた事で、スルトの選択肢は大きく広がった。


「伸びよ」


 そのまま、眼球に入った骨を更に変形。

 脳髄を抉る。


「昇? これは昇の?」


「そうだよ母さん、親父。

 俺の探索者としての力だ」


「だから、街へ向かわせてくれ。

 等と言う訳じゃないだろうな?」


 膝を付いて右腕を抑えながら、俺を見る親父。


「お父様、処置を」


 何故かアイは親父を父親と認識し、傷口の石化を始める。


「出血を止める応急処置です」


「助かる、君は昇の……?」


「えぇ、召喚獣でございます。

 お見知りおきを……」


 そう言って、髪の蛇ともども頭を下げるアイ。


 スルトは外に出て、既に辺りの警戒を始めている。


 俺は、母さんが襲われかけた時突っ立ってる事しかできなかった。

 俺がこれまで成功できていたのは、召喚獣が優秀だからだ。

 それを忘れて、何を調子に乗っていたのだろう。


「行かねぇよ親父。

 ヒーロー気取ってる訳でもねぇし」


「そうか?

 今の行動は、俺たちにとってはヒーローみたいだったけどな」


 それに、母さんも同意する。


「そうね。ありがとう昇」


 似合わねえ事言ってんじゃねぇっての。

 少し目を逸らすと、それを見て親父も母さんも微笑む。

 まじダル。


 その後、父さんを支えて避難所まで向かう。

 途中の警護はアイとスルトだ。

 同じように避難していた人を集めて、視えた魔物は倒して進んでいく。


 避難所に着く頃には、50人を越える大所帯になっていた。

 アイじゃ無かったら全体をカバーできなかったな。


 医務室に親父を含める怪我人を向かわせて、やっと俺は休める。

 ……訳もない。


 アイを操って、街の様子を見下ろす。

 住民が魔物に襲われていれば、それを光線で撃ち抜く。

 足を撃てば、逃げられる時間くらいは稼げた。


 アイの制空権と、レンズによる超射程。

 それは、住宅街で生きる事が分かった。


 同時並行してニュースを見る。


 やはり、暗月の塔は消えている。

 それと同時に大量の魔物が出現したらしい。

 バリケードは一瞬で突破され、探索者に被害も出ている。


 報道ヘリの映像を見ていると、あの目立つ銀鎧の姿があった。


「ふっ……無事か……」


 溜息が漏れる。

 雅も黒装束も姿があった。



 それにしても錬金術師か……

 人を魔物に変える能力、技術。

 加えてダンジョンの喪失。内部の魔物の氾濫。


 クラスによる力なのか、それとも別の何かなのか。

 少なくとも俺にとっては敵だろう。


 夜宮さんが死ぬ結果も。

 親父の腕が折れたのも。

 ダンジョンの崩壊や氾濫も。


 あの口調からも分かる。

 あいつは、そういう事を故意にやっている。

 本当に、自分の工作を見せびらかす子供の様に。


「ムカつく話だ」


 遊び感覚で、どれだけの不幸を生むつもりか。


 次会ったら、確実に捕らえる。

 それまでに、もっと沢山の力が欲しい。

 聖典だとかいうチームに負けない力。

 あの錬金術師が、どれだけの魔物を従えていても勝てる力。


 空いているダンジョンが無いとか。

 そういう事を言っている余裕は無い。

 召喚獣には悪いが付き合って貰う。

 俺も、あいつ等も鍛え直す。



 ◆



 探索者被害者数121人以上。

 一般人被害者数3040人以上。

 それが、死体として発見された人間の数だった。


 報道は言う。


 この事件の首謀者、夜宮久志。

 彼は、ダンジョンの自壊システムと融合し魔物を解き放った。

 自爆テロを起こした最低の人間である……と。


「いつかやると思ってましたよ。

 会社でも結構浮いてる人だったんで」


「彼は既に弊社を退職しています。

 彼の行いに弊社は全く関係ありません」


「高校時代も、なんというか暗い雰囲気の怖い感じの人でした」


「実は、少し前まで付き合ってたんです。

 でも、自分でした借金を私に払えって言ってきたり。

 暴力とかもあって……うぅ……思い出したら気分が……」


「大丈夫か?

 俺も一度会ったが、別れた後もしつこく迫ってて殴られそうになった事もあったな」


 たった一日にして、夜宮久志は世界で初のダンジョンを用いたテロリストとして、最高位の重罪人と認定された。



 ――逆に、英雄ヒーローはより輝きを増す。



「先日はダンジョンの大暴走で事件の解明。

 主犯であった犯人の対処。

 そして、なんといっても災害時の最多討伐数を叩き出した今人気大絶頂の探索者チーム!

 聖典の皆さんを今日はスタジオにお招きしております!」



 天童雅の覚醒した異能。

 術式音楽団。

 それは、音の届く範囲であれば自由に術式効果を起動できる異能。


 街に存在するモニター。

 聖典を作った組織はその全てを遠隔操作した。

 天童雅の演奏を流したのだ。


 それを聞いた探索者は幾重にも強化される。

 それは、多くの魔物を倒す結果となった。



 ――その演奏を誰もが心に残した。



 探索者にとっても、住民にとっても勇気を与える音色。


 諦めかけていた炎が最熱し、後一歩の力を捻出した。



 その音に背中を押された。

 その音に救われた。

 その音に助けられた。

 その音があったから生きている。



 そう民衆は語る。


 天童雅、及びその所属する探索者チーム『聖典』。

 彼等は、実力だけではなく人気という面に置いても、日本最上位の探索者チームとなった。


 彼等を煽てる報道。

 それは全て聖典の上位組織の意向だ。

 そこには政界の人間も、宗教団体の人間も、ヤクザやマフィアを始めとする闇組織すら関与している。


 情報操作は容易く為された。


 錬金術師の事は伏せられ。

 夜宮久志が故意でなかった事は触れられず。

 エスラは殺人等犯しておらず、夜宮久志は自害したと報道は書き換わった。


 所詮、ダンジョンの中の事など当人にしか分からない。



 そうして、ヒーローと大悪党は誕生した。



 これが、この事件の顛末である。

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