第25話 7体目


「これは、千呪刀ムラマサの魔石ですか。

 幸か不幸か暗月の塔が崩壊した事で、この魔石の価値は事件前の30%以上上がってるんですよ。

 もしお売り頂けるなら200……いえ、250は出させていただきますが……」


 Cランク迷宮・暗月の塔。

 そのボスモンスターである千呪刀。

 それはBランクモンスターだ。


 それを買取所に持って来た訳だが、俺は別に魔石を売りたい訳じゃない。


「すいません。

 これの使い道はもう決まってるんで」


 そう言って、俺は買取所を後にした。


 家に帰りながら思い出す。


『右腕が満足に動く様になる事は無いでしょう』


 そう、医者に言われた。

 左手じゃ黒板に文字を書く事もできやしない。

 なのに、あの親父は仕事を辞めなかった。


 あんたの年収何て、俺の日給3、4日分だ。

 そう説明しても、怒鳴ってみても……


『俺がやりたい事だ。

 お前に口出しされる謂れは無い』


 そう、俺の家族は俺を突き放す。

 なのに、病室を出ていく俺に「悪いな」なんて声を掛けるあのおっさんは、本当に質が悪い。



 スルトが、あの錬金術師から奪った魔石。

 それは、千呪刀というあの迷宮の主の物だった。

 買取所には鑑定の為に行ったのだ。


 だが、それはおかしい。


 これは、夜宮さんが死んで残された物。

 それが、何故……


 まぁ、召喚してみれば分かる話か。


 俺の魔石召喚のスキルレベルは既に4に到達している。

 敗北したにも関わらず、暗月の塔での戦闘が何か影響を与えたのかもしれない。


 召喚獣契約の方は上がってないのは不思議だけど。

 だが、そのお陰でBランクの魔物も召喚する事ができる。


「魔石召喚」


 家に帰り着いた俺は、そのスキルを発動する。

 Bランク魔石なんて数百万がザラだ。

 流通量の多い千呪刀ムラマサの魔石ですら、購入額は300万を越える。


 正直、錬金術師の求めていた物という恐怖はある。

 しかし、俺は少しでも早く、多く――強くなりたい。


「あれ……ここは……?」


 自分の手を何度も見ながら。

 そこに現れた人影は、どう見ても。


「夜宮久志さん……」


 俺は知っている。

 この人は、ただ殺されただけ。

 巻き込まれただけなのだと。


 だが、世間は知らない。

 この人が悪人ではないという事を。


「君は……?」


 予想は合った。

 魔石召喚は、その魔石の元となった魔物を召喚する。

 そして、これは夜宮久志よみやひさしからドロップした魔石。


「俺は、ダリウスの主です」


「ダリウスさんの……盟主様ですか……?」


 俺は、驚く様に部屋を見渡すその人を真っ直ぐ見て。


「はい」


 頷いた。


 そうすると、夜宮さんは勢いよく土下座した。


「申し訳ありません!

 私は貴方様の大切な魔石の売却金を!」


「あ」


 俺は見た。

 夜宮さんの額から出た刃の様な角が、俺の床を貫通する所を。


「あっ、あぁあああああああ!

 申し訳ありません、申し訳ありません!」


 そうして謝る度に、モグラ叩きみたいに穴が増えていく。


「ちょ! ちょっと待って!

 全然全く本当に誠心誠意気にしてないんで!」


 だから。


「もう床に穴開けるの止めて下さいぃぃぃ!!」


「申し訳ありません!」


 計15個。

 俺の部屋の床に穴が増えた。



「取り合えず、事情を聞かせて下さい」


 謝罪と遠慮の押収が一段落し、俺はそう切り出した。


「はい」


 俺は現代での彼の知名度を放した。

 そうして、彼からは夜宮久志という人間の生涯を聞いた。


 それは、踏んだり蹴ったりで散々な物だった。


 女性に騙されて、一億近い借金がある。

 失恋してただけで落ち込んでいた俺は阿保かな。


 会社に借金がバレてクビ。

 家は借金取りに押さえられている。

 ホームレスになって自殺を考えてダンジョンへ。


 そして、あのマスク野郎。

 錬金術師に何か丸薬の様な物を呑まされ魔物化。

 現在は、人類の敵として顔も晒されている。


「なんか、涙出てきたッス」


「いえいえ、自業自得の結果ですから」


 くたびれた顔でそう言う夜宮さん。


「その、もしよかったらなんですけど……」


 そうして俺は提案する。


「俺の召喚獣として、探索者活動を手伝ってくれませんか?」


 しかし、俺の提案を夜宮さんは柔らかく否定する。


「申し訳ありませんが、お断りさせて頂きます」


 俺の力の事。

 それを全て話しても尚、彼は断った。


「正直、未練はあります。

 でも、それを解消しようとする活力が無いんです。

 叶うなら楽に、頑張らなくて済む方が良い。

 私は多くの人間から恨まれている。

 私を必要としてくれる人はこの世界には誰もいない。

 ご提案は、有難く嬉しい物です。

 ですが、申し訳ありません」


 深々と、今度は刃が床に着かない様に気を使いながら彼はお辞儀する。


「……そうですか」


 所々破れたスーツ姿。

 それを見て、俺は勧誘を続けようとは思えなかった。


「ダリウスが会いたがってました。

 逝ってしまう前に、一度お話されては?」


「そうですね。

 というか、生きているんですか?」


「えぇ、言った通り俺のスキルで召喚された魔物は魔石を消費する事で復活する事ができるので」


「それは良かった」


 そう言って、目尻を拭く彼は善人なのだろう。

 そう思いながら、俺は召喚陣をノートに書く。


「来い、ダリウス」


 そう呼ぶと、黒い龍が姿を現した。


「感謝いたします盟主。

 僕に久志と話す機会をくれて」


「あぁ」


 結構デカくなったなこいつ。

 俺の部屋でギリギリだ。


「ダリウスさん、ご無事で何よりです」


「うん。

 でも、君は全然無事じゃ無さそうだね」


「いえ、これで良かったんです。

 私には似合いの結末だと思いますから」


 全てを諦めた様な顔で、夜宮さんは言う。


「残念だよ。

 やっと君と友達になれると、思ってたのに」


「え……友達……?」


「盟主に仕える召喚獣は6体。

 先輩たちは皆僕に優しくしてくれるよ。

 仲間とか、家族みたいに扱ってくれる」


 へぇ、そうなんだ。

 まぁ、非召喚空間なんて物もあるみたいだしな。

 どんな会話してるか気になる所ではある。


「盟主に仕える僕は、それ以外の存在とそんな関係にはなれない。

 でも、君も盟主に仕えるなら問題は何もない。

 折角、僕が色々教えてあげようって思ってたのに」


「うっ」


 と、夜宮さんは腕を目に当てる。

 大分年上の、おっさんのガチ泣き。

 でも、同情を禁じ得ない。


「……本当に、残念だよ」


「お、俺だって! そうしたいですよ!」


「何言ってるのさ、君が自分で断ったんでしょ」


「駄目なんです。

 夜宮久志という人間の使役者。

 それがバレた時、貴方の主人は人類の敵になってしまうんです!」


 あぁ、そういう事を気にしていたのか。

 でも、それは最もな話だ。


 夜宮久志は人類史上最高峰のテロリストだ。

 それを使役する召喚士。

 それも、例に漏れず人類の敵だ。


 もしも、俺が彼を使役している事が世間にバレれば……

 言い訳の余地も無く、俺は逮捕されるだろう。

 極刑なんて言い渡されても、何ら不思議はない。


「だったら、僕や君が人類より強くなればいいだろ。

 簡単な事じゃないか」


 強い魔眼でそう言い放つ黒龍。

 まだ、馬程度のサイズでしかない子供のそれは。

 けれど、放つ威圧は本物の龍の様だった。


「少なくとも僕や、他の召喚獣はそう思ってる。

 今僕等は、全員一致で強くなろうとしてる。

 魔物にも人間にも負けたくないから」


「本気で言ってるんですか……?」


 本気で言ってんですか、ダリウスさん。

 と、俺も思いました。

 けど、そう言う事だよな。

 日本最高峰の探索者に勝てる実力を手に入れるって事は。


 雅にも随分先に行かれた。

 約束ドヤガオを達成する為にも勝ちてぇ。


 DランクとかCランクを従えて、余裕かましてる場合じゃないのは確かだ。


「当たり前でしょ。

 それとも、できないとでも思うの?」


 ダリウスは他の召喚獣に比べて真っ直ぐというか、子供っぽい所がある。

 負けず嫌いの気質も一番強い。


 だからだろう。


 子供が夢を語る様な視線に、夜宮さんはたじろぐ。


「でもちょっと戦力が足りないかもしれない。

 だから、手伝ってくれないかい?

 僕の夢を果たすためにさ」


 そう言って、前足を出すダリウス。


「私なんかに期待してくれるんですか?」


「仲間なら当たり前でしょ。

 あと俺でいいよ。

 それに敬語ももう要らない。

 僕等は対等な召喚獣だからね」


「ダリウスさん……」


「さんも、もういいよ」


「ダリウス君……」


「まぁ、それでもいいけど」


「俺は、生まれてこの方夢という物を持ったことがありま……無かった。

 持とうとも思った事も無い。

 でも……初めて……」


「うん」


「ダリウスさ……の夢を叶えたいっていう、夢ができた」


 そう言って、夜宮さんの右手がダリウスの前足の上に置かれる。


「死んでからってのも、面白いね。

 でも、皆の好きそうな展開だ」


「ダリウス……盟主様も……」


「あぁ、俺は昇でいいですよ。

 年下っすから」


「では、昇さん」


 年上に敬称で呼ばれるのは慣れないな。

 なんて思いながら、俺もダリウスとは逆の手を出す。

 その手を、夜宮さんは握ってくれた。



「――よろしくお願いします!」



 そう言って、夜宮さんは勢いよく頭を下げた。


「あぁ!!」


「あぁ!!」


「あぁ!!」


 床に16個目の穴が開きましたとさ。

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