黒い少女と召喚士 中
「失敗したの」
雅が煙草を吸いながら、そう呟いた。
なんの事かは知らない。
けど、どういう事なのかは何となく察しがつく。
毎度、こいつはそうだから。
「普通の奴は90点でも喜ぶんだよ。
100点以外全て失敗って訳じゃ無いんだから」
「それでも、私なら……」
「俺ならきっと、お前が失敗だと思う成果で喜ぶさ。
そんな俺を、お前は馬鹿だとか下だとか思うのか?」
俺がそう言うと、雅は困った様に笑う。
「……いいえ、思わない。
だって、貴方が好きだもの」
煙草の火を消して、俺の懐に彼女は倒れ込む。
その表情には笑みが戻っていた。
「そっちはどうなの?」
俺を見上げて、雅は俺に問いかける。
「義腕は結構思い通りに動くようになった。
バイトの方も順調」
「良かった、でもアルバイト1人なのよね?
大変じゃないの?」
「新しく入った子が居るから大丈夫」
「……また女?」
「いや、そういうのじゃ無……」
言い終える前に、俺は言葉を止める。
カリッ、と首に痛みが走ったから。
「……噛むなよ」
「歯形とキスマークだったらどっちがいい?」
「……歯形で」
「でしょう?
困るものね、他の子と遊ぶ時に」
「歯形も困るだろ」
「ペットって言い訳できるじゃない」
「そうだな……」
飼ってないけど。
「……会えて良かった。
貴方が元気だと、私も嬉しくなるから。
いつも、貴方に助けられてる」
雅とは色々あった。
一言で説明するのが難しいくらい色々。
それでも、俺としては昔よりも仲良くなった様に感じている。
昔の彼女は、こういう事を面と向かって言えるような性格じゃ無かったし。
「ねぇ」
「ん?」
モジモジしながら、雅は言った。
「にゃん……」
え
心臓止まるかと思った。
◆
「昇君……何か良い事でもあったのかな?」
茉莉が俺の顔を覗き込んでくる。
「んー分かるー? いやぁ、別に人に言う様な事じゃないんだけどねー?」
「うわ、気持ち悪い顔してるね」
「うるせ、本当の事は言わなくていいんだよ」
「え、冗談なのに」
真顔でそう言われてしまった。
返しに困る。
スルーしとこ。
「……ていうか、掃除できたのか?」
「流石に慣れたわ。
ていうか、今照れたの?」
そう言った茉莉の担当していた机を見る。
ぐちゃぐちゃだった。
「お前実は態とやってるだろ」
彼女がアルバイトとして働き始めて1週間程が経過。
未だに、失敗が多い。
「ごめんね……力仕事は得意じゃないんだ……」
申し訳なさそうに彼女はそう言った。
その顔は、少し狡いな。
まぁ、バイトとかした事ないみたいだし。
最初はこんな物か。
「俺が代わりにやっとくから、店長の方手伝って来てくれ」
「ありがとう、分かった。
料理は得意だから任せて」
その言葉は本当だ。
味に煩めの店長が褒めてたし。
なんというか、力を使う労働だけが不得手らしい。
まぁ女の子だし、そんなモンか。
掃除くらいなら今までも俺一人でできてた訳だし。
学校が昼からだ。
俺の場合は午前働いて、そのまま直で大学に行く。
それで大学が終わってからまた入る感じ。
茉莉は朝から昼過ぎまでだから、被るのは基本朝だけだ。
そんな生活を続けること一週間ほど。
俺には一つ、彼女の事で不思議に思っている事がある。
いや、なんで生き倒れてたのかとか。
謎の不思議キャラは何なのかとか。
色々あるけど。
見た目の話だ。
割と、似たような黒い服を毎日着て、化粧もいつも同じ。
だからこそ分かる。
こんな事を女性に思うのは失礼かもしれないが。
日に日に太ってきている様な、そんな気がする。
「つっても、本人に『デブってね?』とか聞けねぇしな……」
放置するしかない。
◆
と、思っていた翌日の事だ。
「なんか痩せた?」
彼女は、始めに視た時よりずっとスリムに見えた。
「ダイエットの成果かも」
そう、彼女ははぐらかす様に言う。
いつもなら、何か揶揄うような事を口にするのに。
この会話は、それで終わった。
深く聞かれたくは無さそうだ。
そう思った。
その瞬間。
パリィィィィンン!
聴こえて来たのはガラスの割れる音。
いや、それ以上に巨大な何かが崩れるような。
音と地面が響く。
最初は地震かと思った。
けど、これは違う。
連続的に、けれどランダムに、音が何度も響いている。
「やばいって!」
「はやく逃げようぜ!」
「こっち来てるぞ!」
店の外から悲鳴と怒声が響く。
なんだ、何が起こってる?
でも、尋常な事態じゃないのは確か。
「店長と茉莉は避難してくれ。
俺は見て来る!」
エプロンも取らず、俺はそう叫んで玄関へ向かう。
「――待って」
けれど、腕を羽交い絞めにして茉莉が纏わりついて来た。
「なんだ! この緊急事態に!」
「行っちゃ駄目よ、殺されちゃう……」
それは、何かを知っている人間の台詞だ。
でも、今それを聞いてる時間は無い。
「放せ、茉莉」
こう、俺が口にしている時にも。
道路の奥から、誰とも知らぬ人たちの悲鳴が聞こえて来る。
「待って……行かないで……」
縋る様に彼女は言った。
俺は、その言葉を拒絶する。
「俺は行く」
けれど、心配させたい訳じゃない。
目線を合わせて茉莉を諭す。
「大丈夫。必ず何とかする。
心配してくれてありがとう。
でも、任せてくれ。
こう見えても、結構やる時はやる男だぜ」
そう言って聞かせる。
「あっ……」
彼女の手が少し緩んだ。
その間に拘束を解いて、俺は玄関から外に出る。
辺りを見渡す。
それがどの方向に居るのか。
それは、皆が逃げている方向を見れば明らかだった。
逃げる方向と反対側だ。
5m近くの体躯を持つ巨人。
人型というよりは、オークに近い。
けれど、体毛は一切無く、筋肉に筋が入り流動している。
筋肉が、動き続けているのだ。
正しく怪物。
ダンジョンで見るようなモンスター。
それがどうしてか、ダンジョン外に居た。
怪物が足を上げる。
その先に車がある。
車の中から、這い出ようと藻掻くサラリーマンが居た。
俺は、願い、呟く。
――来てくれ。
最も信頼する相棒。
家族、親友、召喚獣、関係の名前なんてどうでもいい。
俺とそいつを信頼してる。
それだけが事実だ。
「――スルト!」
行くぞ。
「あの人を助ける!」
「了解した、
杖を掲げる。
その先から放たれた赤い魔力が、巨人の足へ命中する。
「グゥゥウ……」
巨人の足が、車より一歩分前に落ちる。
「部分強化」
後付けで、スルトはそう呟いた。
その間に、既に俺は走ってる。
車がへしゃげて、外に出られなかったらしい。
割れた窓から中へ手を突っ込んで、扉へ手を掛ける。
雅やヴァイスや夜宮さんが、その知識と技術の全てを使って作ってくれた俺の腕。
義腕となって、俺は人より少しだけ強い握力と腕力を手に入れた。
「っらぁああああああ!」
探索者に比べれば大した事のないパワー。
それでも、この人一人位は救ってみせる。
扉を車から千切って、投げ捨てる。
「早く、逃げて下さい!」
「あ、ありがとう!」
そう言って、男は走り去っていった。
周りを見渡す。
人間は居ない。
既に逃げた様だ。
そう考えていた時、俺の身体に影が差す。
「グォォォォ」
巨人が足を上げていた。
あぁ、まぁ、そうなるよね。
「スルトォォォォ! 助けてぇぇえええ!」
「はぁ……」
また、スルトの杖から赤い光が放たれ、巨人の踏み潰しの位置がズレる。
その隙に、俺は一気に走って逃走した。
スルトの横まで。
「スルト……あいつに、勝てるか?」
「相手の能力が不明。故に判断はつかぬ。
が、ただのデカブツなら精々Cランク程度の魔物だ。
安心するがよい、我が負ける道理は無い」
そうスルトが言い切った。
転生してから、スルトの性格は変わった。
いや、最初は前と同じ様な感じだった。
けど俺は、対等が良いと言い続けた。
その結果の口調だ。
スルトの現在のランクはB。
種族名は、
「それに、どう見てもだ……」
スルトは、笑みを浮かべる。
「貴様、馬鹿であろう?」
「グ?」
既に、スルトの背から収納空間の入り口が開いている。
そこから溢れ出すのは頭蓋。
「
現れた頭蓋の数は、数十を越え。
全てが巨人へ群がっていく。
更に、スルトの周りを大剣が浮遊した。
念動力の様なスキルによって、自在に剣は動き始める。
「
スカルが巨人の視界を塞ぐ。
その上から、大剣の斬撃が十字を描く。
「グァァアアアアアアア!!」
傷を負い、血を吹き出し、絶叫する。
「何……?」
「なんだ、あれ」
だが。しかし。
「グァ~?」
その傷は一瞬で塞がり、更に傷の部分の肉が盛り上がっていく。
その肉は全身へ均等に行き渡り……
「更に巨大化しやがった……」
5mの体躯が、7m近くまで伸びる。
それに伴い、オークの様な体格が広がる。
像なんかよりとっくにデカい。
「そのサイズで、どうやって二足直立しているのか。
理解に苦しむ生態だ。モンスター」
Cランク。
それは、巨体と暴力だけだった場合の話だ。
傷を即座に修復する回復能力。
そして、傷を受けるほど巨大化していく特性。
「敵の脅威度を変更する。
奴は、AランクからSランクに相当する」
「グア、グア、グア、グアア……
ギギ、ゲゲゲ……ケヒャヒャヒャ」
それが、笑い声な事は、何となく俺にも分かる。
「だが、相手が悪いな。
試せるだけ、貴様の殺し方を試させて貰おうか。
木偶の棒かつ愚か者よ」
スルトの身体が浮かぶ。
大剣と同じ原理だ。
自分の身体を念動力で動かしている。
これも、黒魔術の一種らしい。
巨人の顔の前に立つ。
「来い」
そして、攻撃を誘発。
そのまま、引きつけつつ誘導している。
その先にあるのはさっきの車だ。
車のタンクに大剣を突き刺して穴を開けた。
その瞬間、一気に車が爆発する。
奴の片足と一緒に。
しかし、それでも焦げた肉が削げるのみ。
また、肉が傷の上に覆いかぶさっていく。
「さて、問題だ。
何故、今回貴様は巨大化しないのか」
確かに、爆発による傷は塞がってる。
燃えた足は切り離されているのに。
その再生とセットだと思っていた巨大化が起こって居ない。
「裂傷をトリガーとする細胞分裂の加速。
それが貴様の能力であり、焦げて死滅した細胞はその対象外。
故に、貴様の弱点は単純明快。
――炎である」
その声に、男が答える。
「オーケー、スルト君。
後は僕に任せて貰おう」
白銀の鎧が、カツカツと足音を立てて近寄って来る。
俺はそれに毒づく。
「おせぇ到着だぞ、ヒーローマン」
「はは、これでも君からのメールを見て全速力で来たんだよ。
シュレンや柊さんを置いて来るくらい、急いでね」
無手の騎士の拳の中が、熱く光る。
紅蓮の剣が形を成し、顕現した。
「行くよ、イグニ」
「譲ってやろう。
疾く、片付けよ」
「あぁ、それが僕の仕事だからね」
赤い剣の周りに発生した炎が巨大化する。
その熱量は、ヴァイスと戦った時以上。
こいつ、また強くなってやがる。
薙ぎ払う。
その剣先は炎を吐き、巨人の身体を焼き焦がした。
「グァァアアアアアアア!!!」
「まだだよ」
二刀三切四斬五剣。
「これで終わりだ」
この場に来て6度、剣を振るったのみ。
それだけで、巨人の身体は完全に燃え尽きた。
「余り大きくなる前で良かったよ」
「1度目である程度の推察はできた。
無駄な攻撃等加える意味もない」
「そうだね。
君が先に戦ってくれたから効率的だった」
「ではまたな、剣聖に
我は、読書に戻る」
「あぁ、昇君を助けてくれてありがとう」
「助かったよスルト」
「
そう言って、スルトは自己送還で消えた。
「にしても、なんだったんだこいつ……」
どう見ても人間じゃない。
モンスターの部類だ。
それが、急に街中に単独で現れるなんて。
「こういう事件が最近増えてるんだ。
まぁ、殆どは今のより弱い魔物で、ニュースになる前に僕等が仕留めてる。
それに、情報操作してるから公になってないだけ。
でも、天道さんやヴァイスはこういう風に考えてるみたいだよ」
「原因が分かってるのか?」
「うん、やっぱりあの2人は流石だよね」
魔物の細かい肉片を焼却し、少しだけ採取して瓶に詰める。
そんな作業をしながらエスラは言った。
「――誰かが、魔物を作ってる。
それが、彼等の出した結論だ」
◆
喫茶店に戻る。
ここにも余波が少し来ていたらしい。
ガラスが割れてる。
そして、茉莉が待っていた。
「君……探索者だったのね……」
疑う様な視線が俺を向く。
「元だよ。今はダンジョンとも無関係だ」
何処か、警戒するように。
彼女は俺をじっくりと見ている。
「きっと、君の狙いは私って事よね?」
薄く笑って、まるで黒幕みたいな顔で、彼女はそう言った。
「いや、ご、誤解だ!」
「今更、そんな事言った所で……」
「本当に、別に可愛いなとか、狙ってるとか、そういうのじゃないから!」
「んん?」
「いや、そりゃ顔は可愛いと思うけど。
スタイルもいいし、服装とかもユニークで、堂々とそういう服着れるのとか尊敬する。
化粧も合ってるし。
でも、ナンパとかで声かけた訳じゃ無いっつうか!
マジで、バイトに誘ったのもやましい奴じゃないんだよ!
信じてくれ!」
「あぁぁ――――――」
伸びた声と共に、彼女は頭を押さえる。
困った様に呟いた。
「なんで、見た目しか褒めてくれないの?」
「知り合ったばかりの奴に性格を知った気になられても嫌かなと……」
「知りたいわ。貴方に私はどう写ってる?」
そう言われても、まだ知り合って一週間だ。
そりゃ、最近は毎日会ってる訳だけど。
性格。印象か。
「そうだな。怒らないで聞いてくれよ」
「善処する努力はするかもしれないわ」
してくれなさそうな物言いだな。
「……俺にはお前が、寂しそうにしてる気がする」
「……そう」
彼女は少し俯いて、そう呟く。
「だったら、寂しくならない様に……
明日、私とデートして?」
明日……土曜か。
予定……無いな。
「分かった」
「やっぱり狙ってるよね?」
「だからちげぇって!」
俺がそう叫ぶと、彼女はカラカラと奇麗に笑っていた。
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