黒い少女と召喚士 下 ルートA


「まぁ、妥当なデートスポットだよな」


 やって来た場所は『遊園地』である。

 待ち合わせは、現地の入場口前で12時。

 俺は20分前くらいに来て、待機していた。


 10分前くらいに、待ち合わせの相手が現れる。


「またせた?」


「いいや、行くか」


「えぇ」


 チケットは予め取ってある。

 勿論2人分。


「晴れて良かった」


 いつもと同じ黒い服。

 違うのは、髪飾りが、頭に乗っている事くらいだろう。

 紫を基調に赤のラインが入った蝶の飾り。

 結構、似合ってるな。


 遊園地の中はグッズでコスプレしてる人とか、着ぐるみも居る訳でいつもよりは目立たないと思ってた。

 けど、美人だからか少し目立ってる感じもあるな。


「そうだな」


「服とか褒めてくれるんじゃないの?」


「いつもと同じ服じゃん」


「そうだけど……」


「でも、その髪飾りは似合ってると思う」


「……ありがとう」


「照れるなよ」


「照れてないし」


 なんて言いながら、入り口から中へ入る。

 フリーパスだからアトラクションは乗り放題だ。


「乗りたい奴とかあるのか?」


 貰ったパンフレットを広げながら、そう聞いてみる。


「うーん……」


 と、結構長考しそうな予感だ。


「じゃあ、先に昼食にしよう。

 食べながら悩めばいいし」


「うん、それでいい。

 けど、フードコートまでちょっとあるわ」


 そう言って、茉莉は少し空を見る。

 快晴が眩しそうで、手で少し顔を扇いでいた。


「あぁ、苦いのと甘いのどっちが好き?」


「んー、苦いの」


「じゃあドリップコーヒーね」


 そう言って差し出すと、茉莉は首を傾げる。


「いつ買ったの?」


「お前がパンフレット見てる間に、通り掛けにあった売店で」


「……やっぱり甘いの」


「じゃあ、フラペチーノな」


 そう言って差し出すと、訝し気に俺を見た。


「ありがとう」


 受け取って再度歩き始める。

 フードコートはこの遊園地の中心だから、どのアトラクションに行く事になっても移動時間は少なくて済む。


 女の子を、あんまり長い事歩かせたく無いし。


「結構混んでるわ。

 やっぱりお昼ジャストだから」


 12時に入って来たから殆ど満席だ。

 人もごった返してる。


「この裏にレストランあるからそっちに行こう」


「でも、そっちも満席なんじゃ?」


「そうなるから、予約限定の席があるんだ。

 結構頭良いよな、遊園地のシステムって」


 割高だけど、デートで相手を疲れさせるよりマシだ。


 俺はコーヒーを飲み終わったけど、フラペチーノは量も多いしまだ半分くらい残ってた。


「あっ……」


 空になった俺のピッチャーを見て、茉莉は少しだけ急ぐようにストローを口に運ぶ。


「苦いの飲むと、甘いの飲みたくなるよな」


「えっと……」


「ちょっと貰ってもいい?」


「うん……」


 受け取った中身を、少し急ぎ気味にストローで飲み干して行く。


「よく考えたら間接キスだよ」


「バレた?

 てか、ストロー噛む癖あるんだな」


 見せながらそう言うと、横腹を肘で突かれた。


「ばか」


「いって……

 もしかして嫌だったか?」


「別に、そんな事ないけど……」


 髪を耳に掛ける仕草をしている所に注目すると、耳の先が赤くなってる。

 分かり易。

 思ったより、男への耐性は無さそうだ。


 脇道にあったゴミ箱に、空になったピッチャーを捨ててレストランに入る。

 予約席に座って昼食を取りながら、アトラクションを品定めした。


 パンフレットを読むには丁度いい。

 俺は、この遊園地来た事あるし、一応下調べも少しした。

 アドバイスしながら予定を決める事で予定がちゃんと決まったし、話しもまぁまぁ弾んだ。


 コツは、相手に聞いてみて決めにくそうだったらこっちが決めるって事を徹底する事。

 誰だって、決めたい事は決めたいし、決めたくない事は決めたくないんだから。


 ただ、その間に茉莉が一度手洗いに立ったタイミングがあった。


「先輩」


 いつの間にか、茉莉が座っていた席に人が座っていた。


「びっくりしたぁ……

 木葉か?」


「他の誰に見えるんですか?」


 いつもより、少しだけ抑えられた派手さの衣服。

 木葉の好きそうな着物ってよりは、動きやすさ重視の服だ。

 私服でズボン履いてるところ初めて見た。


「お前も遊園地来てたのか?」


「えぇ、私も遊園地に参加・・してます」


 参加?

 ちょっと気になる言い回しだ。

 でも、それを聞く前に木葉の方から聞いて来る。


「それで、先輩はこれからどのような予定ですか?」


「あぁ、色々乗る予定だけど……」


 そうして、今しがた決まった予定を木葉に喋った。


「なるほど、だったら観覧車に乗る前が良い感じですかね」


「別に告白とかする予定はないぞ?」


「ははっ、分かってますよ。

 先輩は、彼女とか作る気ありませんもんね」


「そういうこと。

 ていうか、木葉も誰かと一緒に来てるのか?」


「そりゃ、聖典の皆とか先輩の元召喚獣の面々も来てますよ」


「勢揃いじゃないか。

 俺も少しなら顔出したいな」


 あ、でも茉莉は誰も知らないし。

 ちょっと気まずいだろうか。


「大丈夫ですよ先輩。

 ちゃんとこっちでセッティングしてますから」


「まぁ、それならいい……のか?」


「任せて下さい」


 俺の顔をしっかり見て、真面目な表情で木葉は言った。

 そんなに真剣にしなくても別にいいんだけど。


「まぁ、任せるよ」


「はい!」


 元気にそう言って、影に呑まれる様に木葉が消えた。

 公共の場で異能とか使っていいのか?

 てか忍者みたいだなあいつ。

 忍者だったわ。


「どうかした?」


 首を傾げながら、茉莉がお手洗いから戻って来た。


「いや、偶然知り合いにあっただけだ」


「そう。

 じゃあお会計済ませよ」


「あぁ、もう済ませたよ」


「……ふーん」


 なんだそれ。


「今度何か奢ってくれればいいよ」


「分かった」




 ◆




 それから、茉莉と一緒に遊園地を巡った。


 疑問は尽きない。

 けれど俺はこの女の事を、少し勘違いしていたらしい。

 茉莉はアトラクションの殆どを始めてみた様子だった。

 不思議な奴だと思っていたけれど、常識が欠けているという表現の方が似合っている。


 歩いて来た人生が、普通とは大きく違う。

 勝手に、こんな感想を抱く事自体が失礼だし、口に出す事は無い。

 けれど、気遣いのやり方は変わる。


「ごめんね、私と遊んでも楽しく無いよね?」


 やっぱり、彼女は寂しそうにそう言った。


「なんでそう思うんだ?」


 そんな顔は似合ってない。

 ていうか、寂しそうな顔をして欲しい奴なんて俺が出会った誰も居ない。


「だって、私初めてだから。

 男の子と遊ぶのも、こんな場所に来るのも。

 遊園地にしたのだって、それっぽいかなって思ったからってだけだし」


「俺もここが特別好きって思った事は無いけど」


「……じゃあ、私の最初のチョイスから間違ってたんだ」


「でも、お前が横に居て楽しんでくれてるなら、そりゃ俺も楽しいに決まってるだろ」


 そんなの何処でも変わらない。

 遊園地じゃ無くたって。

 公園でだべってるだけでも、相手が楽しそうにしてるなら嬉しい。

 そんなの、当たり前の話だ。


「俺さ、お前の事楽しませられてた?」


 そう聞くと、恥ずかしそうに彼女は後ろを向いた。


「照れんなよ」


「照れてないし」


 行こ、と小さく呟いて茉莉は観覧車に向かって歩き始める。

 俺はその後を着いて行った。


「ねぇ」


 前を歩く彼女が呟く。


「何だ」


「もし、私が世界の敵だとしても同じ事を言ってくれる?」


「世界の敵ってなんだよ……?」


 いつの間にか、周りには誰も居なくなっていた。

 まるで、世界中に俺と茉莉しかいないみたいだ。


「そのままの意味よ。

 この世界に生きている全ての人か、もしかしたら全ての生き物から嫌われてる存在」


「じゃあ、お前は違うじゃねぇか」


「分からないでしょ、そんな事」


「俺から嫌われてねぇんだから、全ての人に嫌われてるなんて破綻してる」


 そう言うと、彼女の足が止まった。

 背中を見ると、少しだけ震えている様な気がして。


「大丈夫か?」


「大丈夫……

 私は……」


 どうしてか、茉莉は涙声で。

 ゆっくりと俺の方を振り返り、出会って一番の笑みを浮かべて話す。


 その表情は、押せば割れてしまいそうな硝子細工の様に奇麗で、儚げだった。



「私は、君にそう言って貰えただけで幸せ」



 茉莉が倒れる。

 茉莉が、首から血を流して。

 その瞳を灰色に染めていく。


「は……?」


 その首を掻き切って、茉莉を殺した調本人が。


「先輩、お疲れさまでした」


 まるで、俺を労う様にそう言って微笑む。


「木葉……」


 その人物を名を呼べば、彼女は嬉しそうに俺の元へ駆け寄って来る。


「どうして先輩が、錬金術師などの災害級の魔物を創り出す様な怪物と一緒に居たのか知りませんが、先輩のお陰で楽に終わらせる事ができました」


 意味が分からない。

 錬金術師?

 あのマスクの男を創った?

 茉莉が?


「だけど……」


 落ち込む様に膝を付く俺を見かねて、木葉が背中を摩った。


「……少し、ショッキングでしたか?

 ずっと私たちが追っていた『世界の敵』なので、先輩の先進状態まで気遣う余裕はありませんでした」


「お前が来るって事は、筋書を書いたのは雅とヴァイスか?」


「はい。

 遊園地の監視カメラで、先輩と歩いている所を発見したそうです。

 そこから私達は招集されて、待機してました。

 遊園地の人を悟られない様に避難させるのは骨が折れました。

 準備が整ったので暗殺に優れる能力を持つ私が初撃を与え、倒せなかった場合は全員で囲んで倒す予定になっていましたよ。

 でも、犠牲が出るかもしれない訳ですし、私一人で終わらせられてよかったです」


「そうかよ……」


「なんで、怒ってるんですか」


 分からねぇのかよ。

 殺した調本人の。


「お前等が……!」


 怒声を上げると、木葉の身体がビクリと震えた。


「……先輩?」


 違う。

 怒鳴ってどうなる。

 死んだ奴は生き返らない。


 そもそも、茉莉は悪人だ。

 雅とヴァイスがそう判断した。

 なら、証拠は揃っている筈だ。

 そんな簡単に、雅は人を殺したりしない。


 分かってる。


「悪い、ちょっと一人にしてくれ」


「はい……

 雅先輩を呼んできましょうか?」


「いや、いい」


「分かりました……」


 木葉そう言って何処かへ消えた。

 俺と、茉莉の死体を残して。


「実は生きてます、とか」


 死体は動かない。


「意味分かんねぇ減らず口を、言ってくれよ……」


 死体は話さない。


 監視カメラが遊園地にある。

 そんくらい分かってただろ。


 初めて会った時、倒れてたよな。

 それって、雅から逃げてたのか?

 だったら、こんな所にくれば見つかるって分かってただろ。


 なのに、なんで……


 自分から死にに行くような事を……



『私は、君にそう言って貰えただけで幸せ』



 ふざけるな。

 たったその程度の事で。

 たったそれだけの事で。


 俺のせいで……


 雅、きっとお前はちゃんと証拠を集めて、確信していた筈だ。


 でも、動機は調べていたのだろうか。

 なんで、茉莉がそんな事をしたのか。

 ちゃんと、分かっていたのだろうか?


「やぁ、昇君」


 白い髪を靡かせて、見た目以上に大人びた雰囲気と共に、彼女は現れた。


「椎名先輩……?

 なんでいるんですか?」


「それはまぁ、内緒だよ。

 それに、そんな事はどうでもいい事だよ」


「今、あんまり人と話したい気分じゃ無いんですけど」


「ねぇ」


 俺の顔を覗き込んで、無理矢理視線を合わせて。

 椎名胡桃は問いかける。



「――やり直す?」



 自分の瞳孔が開くのが分かった。


 椎名胡桃のクラス『時空術師』。

 それは過去に戻る事ができる希少なクラス。

 けれど、その代償は彼女自身の寿命だ。


「駄目っすよ。

 先輩の寿命をこれ以上減らす訳には行かない」


「でも、君が伸ばしてくれるんでしょ?」


「だからこそ、制限時間は多く残しておかなきゃいけないでしょ」


「あぁ、だから1時間だけ戻してあげる」


 少し前に先輩の能力の事は聞いた。

 先輩のタイムリープな年単位での跳躍しかできない筈だ。


「この力は私の基本的な力とは違うスキルだよ。

 だから、戻れるのは君一人。

 でもこのスキルには1年のリチャージ時間が必要なんだ。

 簡単に言えば、戻れるのは1度切り。

 それでいいなら、私は君をやり直させられる」


「本当にそんなスキルが……?」


「うん、私もレベルアップしたってことさ。

 勿論寿命は減るんだけど、1時間程度なら君とデートした方が私の寿命は減ってるよ」


 まぁ、確かにそれはそうかもしれないけど。


「けど、いいんですか?

 俺が過去に戻ってあいつを助けるって事は、また危機が来るって事でしょ?」


「そんなの、良いに決まってるよ。

 その人の為ならデメリットも受け入れられる。

 それが、好きって事なんだから。

 君だってそうでしょ?」


「まぁ……」


 でも、だからこそそんな事に甘えてはいけない。


 過去に戻るなら。

 先輩に頼るなら。

 必ず、今よりいい結果を出す。


「俺、行ってくるっす……!」


「私は君にそう言わせない為に頑張って居たのに。

 どうしてまた同じ過ちを繰り返してるのかな。

 いや、結局私はずっと前から君に負けてるって事だね……」


 そう言って、先輩は小さく笑った。


「行ってらっしゃい。

 このすけこまし!」


「なっ!?」


 先輩が強く俺の背中を叩く。

 その瞬間、俺は意思を喪失する様な感覚に陥って。


 この世界から消えた。




 ◆ルートA。




「まさか、君に頼み事をされるとは思っても無かった」


 誰も居なくなった観覧車の前の道。

 そこで、椎名胡桃は一人呟いた。


 彼女の手が耳に触れ、そこに在ったインカムに触れる。


『お礼はします。

 過去の私は、必ず気が付くので』


「要らないよ。

 私は君の為じゃ無くて、昇君の為にやったの。

 君からお礼を言われる筋合いは無いよ」


 その先から聞こえるのは。


「でも、これで良かったの?」


『……はい。

 今はもう、私の思う彼の幸せと彼の思う彼の幸せは、違うんだと理解していますから』


 それは、天童雅の声だ。


「やっぱり、私は君が嫌いだな」


『私も、椎名先輩の事が嫌いですよ』


 似た悩みを持ち。

 似た解決を試み。

 同じ人を愛して。


 そして、抱く感想まで近くては。


 それはもう、笑うしかなかった。


『この世界はどうなるんですか?

 彼が居なくなったこの世界は』


「私の力に誓って言うよ。

 パラレルワールドなんて無いんだ。

 感覚というか、触覚的に分かるんだよ。

 優先されるのは新しい方。

 この世界は消えちゃうだろうね」


『そうですか……』


「悲しくなっちゃった?」


『いえ、良かったです。

 昇が悲しまなくて済むので』


「はぁ……

 やっぱり雅ちゃんの事、嫌いだなぁ……」


『私もですよ』



 そして、世界は巻き戻る。




 ◆ルートBへ続く。

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