Bルート 魔物の姫と魔物の王


「もし、私が世界の敵だとしても同じ事を言ってくれる?」


 目の前で茉莉がそう言う。


 あぁ、俺は戻って来たらしい。

 後で、先輩にちゃんとお礼しないとな。


 彼女の背中が、小さく見える。

 それはきっと錯覚じゃ無いだろう。

 茉莉はこの時点で気が付いていたのだ。


 自分が、これから死ぬという事に。


「聞いてる?」


 そう言って、彼女は振り返る。

 俺に、答えを聞くために。


 足を止めた。


「行くぞ」


 俺は、足を強く踏みしめる。


「え!?」


 驚いた表情の茉莉を無視して、その手を掴んだ。

 そのまま、俺は真っ直ぐ走り抜ける。

 やっぱり、客も店員も誰も居ない。


 そろそろ、あいつが来る頃。


 でも、止めるのは簡単な事だ。


「木葉!

 止まれぇぇぇええええ!」


 大きな声で、そう叫ぶ。

 何も起こらない。


 よし。


「止まれって、誰に言ってるの。

 ていうか、放して!」


 放せばこいつは死ぬ。

 まだ、俺は何も知らないんだ。


 こいつの事を。

 こいつの事情を。

 こいつの思いを。


「じゃないと、皆が来る……」


 不安気に茉莉が呟いたその瞬間。


 俺たちの進行方向へそれは現れた。


 木葉たちじゃない。

 聖典でも、俺の元召喚獣たちでも、他の知り合いの誰とも違う。


「人間、その女をこちらへ渡せ」


 それは、異形の怪物。

 人型ではあれど、赤黒い瞳と全身の体毛。

 ヤギの様な角を頭に乗せた。


 ――悪魔だ。


「はぁ、意味わかんねぇな。

 茉莉、後で色々教えてくれよ?」


「放して……

 私は貴方に傷ついて欲しくないの」


 はっ。

 心配してんなよ。


 確かに俺にはなんもねぇけどな。


 ここに居るのは俺だけじゃねぇ。


「スルト、こいつを抑えてくれ」


「容易い事だ」


 召喚された盟友へ願う。


「行かせると思うのか!」


 悪魔が叫び、その手に火炎が灯る。

 それが球を作り、間を抜けようとする俺へ向いた。


「……貴様をな」


 だが、火球と俺の間に大剣が落ち、攻撃を防ぐ。


 しかし、それで脅威は終わらない。

 あの悪魔を歯切りに、魔物が大量に出現していく。

 遊園地のそこかしこから、モンスターが湧き出て来る。


 種族も疎ら。

 ランクも疎ら。

 話せる奴もそうじゃ無い奴もいる。


 俺たちの前に、その内の一体。

 巨人サイクロプスが立ちはだかった。


「グォォォォォォォオオオ!」


 重低音の咆哮が、風を生んで俺を撃つ。


 だが、悪いが抜けさせてもらう。


 ごめんなさい。

 夜宮さん。


 右手に力を込める。

 一撃だ。一撃だけ、許された。

 俺の攻撃手段。


 そして、お前はきっと見てるんだろ。


「雅! 助けてくれ!」


 そう、俺が叫ぶと同時に遊園地内の放送が一斉に音楽を奏で始めた。


 その音は、白い魔力となって全て俺に集約される。

 いいや、俺の右手へ集約された。


「一瞬だけ、待っててくれ」


 茉莉へそう言って、同時に俺は念話でスルトに願う。


「筋力強化」


 そんな声が、後ろから聞こえた。


 強化された脚力で、巨人の足元へ近づく。

 そして思いっきり、拳を振りかぶって。


「邪魔だ、デカブツ!」


 殴りつけた。


「ウォォォォ!!!」


 鳴き声と共に、バラバラ、バキバキと、俺の腕が崩壊を始める。

 この腕は、俺の本来の能力以上の威力を出す事ができる。

 だが、無理をすれば壊れると、夜宮さんから言われていた。


 雅の術式音楽団にスルトの筋力強化まで重ねて、耐えられる訳は無いのだ。


 だが、その巨人の足には千切れるほどのダメージが入っていた。


 巨人が膝を折っている間に、俺は茉莉の手をもう一度取って、股下から抜けていく。


 そしてやっと、俺たちは目的の場所まで辿り着いた。


「観覧車……?」


「元からそういう予定だっただろ?」


 はぁ……はぁ……

 息が結構上がった。

 でも、悪いが飲み物を買う余裕はない。


「こんなのに乗ったら、あの怪物たちに壊されるよ」


「心配すんな……そんな事にはならねぇから」


 木葉には、ここが最後に乗るアトラクションだって伝えていた。

 木葉は、自分が失敗したら、全戦力で囲むって言ってたんだ。


 なら、木葉以外の奴等が配置されている場所は。


「よぉ、お前等……」


 前を向けば、知ってる顔が勢揃いしている。


 木葉、雷道。

 ヴァイス、リン、アイ、ヴァン、ルゥ。

 シャーロット先生に、ファイたちも居る。

 

 そして。


「やぁ、昇君」


 その中から、代表してエスラがそう返事をした。


「手伝ってくれエスラ」


「……君はいつも問題の中心に居るよね」


「俺が?

 そんな事ねぇって、俺には大した事はできやしないんだから」


「そうかな。

 まぁ、きっとそう願われるのが君の素質なんだろう」


「……?」


「それで、僕等に何をして欲しいのかな」


「ごしゅ……

 昇……君……

 なんでも言って下さい」


 エスラに加えてリンもそう言った。

 俺の願い。


 チラリと横を見る。


 茉莉は、何処か不安気で。

 居心地はやっぱり悪そうだ。


 だったら、言う事は決まってるか。


「ちょっと、デートの途中だから邪魔な奴等を寄せない様にして欲しい。

 観覧車、一周分でいいから」


 俺の言葉に反応する様に、その手に炎の聖剣が握られる。

 俺の言葉に反応する様に、その手に紫の稲妻が握られる。



 それが同時に薙ぐ。



 全く見えない速さの一撃が、俺の頭上を通り過ぎ。


「ギャワァァァァァ!!!」


 と、後方から悲鳴を上げさせた。

 見ると、焦げた魔物の死体が崩れている。


「どうせ、狙いはそっちの子みたいだし。

 君らが動かないでいてくれるのなら守りやすい」


「昇……君。

 どうぞ、乗って下さい」


 全員の身体を白い魔力が覆う。

 それが、彼等の答えだ。


「助かる、ありがとう」


 茉莉の手を引いて、皆の間を通りぬける。


 そのまま、ちょうど来ていた観覧車に飛び乗った。




「やっと、ゆっくりできそうだな」


 眼下の爆発音を無視して、そう言ってみる。


 対面に座る茉莉が、口を開いた。


「なんでこんな事をしたの?」


「それはこっちの台詞だ」


「私は別に良かったのに……」


「何が?

 どういう風に?

 言ってくれなきゃ分からねぇよ」


「言ったって、解決したりしない……」


 その、諦めきった瞳を俺は知っている。

 この時代に召喚された未来の俺と同じ眼だ。


「それでも、俺はお前の力になりたい」


 俺に無かったとしても、お前に必要な何かを持った誰かを探す手伝いくらいはできるかもしれない。


 そういう思いを込めて、じっと彼女の眼を見つめる。


 想いが伝わった、なんて訳では無いだろう。

 ただ、俺に無理な事を教える様に。

 茉莉は語る。


「見える?

 あの魔物を創り出したのは私なの」


 窓の外を見て、茉莉はそう言う。


「じゃあなんで、作ったお前があいつ等に追われてるんだよ?」


「私が死ぬと彼らは勢力を拡大できなくて困るから……」


 悩ましくもそれだけ言って。

 茉莉は俺の隣の席へ移動する。


「見せて」


 そう言って、俺の肩に触れた。

 さっき殴った衝撃と、砕けた疑椀の破片で少し出血している。


 そこに茉莉が手を触れた瞬間、その傷が一瞬で癒えていく。


「スキルか?」


「違う。多分、貴方達が異能って呼んでる力」


 出血が止まったのを確認して、茉莉はまた席を戻った。


「それが目覚めたのは私が13の時だった。

 今から11年前」


「前に21才とか言ってなかったか?」


「……11年前の事」


 誤魔化しやがったこいつ。


「その時は大変だった。

 体重が二倍になったもの」


「体重……?」


 回復系の異能じゃないのか?

 ていうか、あの魔物たちとの関係は何だ?

 そもそも、あれはどこから湧いた魔物なのだろうか。


「ちょっとだけ、目を閉じていてくれない?」


「なんでだよ?」


「恥ずかしいから。

 お願い」


 頬を赤らめるその姿を見て、流石に無理とは言えなかった。


「……分かった」


 そうして目を瞑ると、衣擦れの音が聞こえて。


「うぅ……」


 と、彼女のうめき声が小さく聞こえた。


「大丈夫か?」


「大丈夫だから、見ないで」


 衣擦れと、呻き声。

 その観覧車の中を、俺は目を瞑って乗っている。

 どんな状況だろ、これ。


 少しして、呻き声が消え、普段の茉莉の声が聞こえた。


「いいわよ」


「開けるぞ」


「えぇ」


 確認の後、俺は目を開ける。


 茉莉の膝の上にハンカチが広げられ、その上に白い……


「卵?」


 よく見る鶏のそれよりも2周り程大きい卵があった。


 やばい。

 本気で意味が分からん。


「今、生まれたわ」


「んん?」


 瞬きを一秒で5回くらいした気がする。


「私の異能は、魔物の出産。

 周期は大体一週間くらいだけど、小さい子だとこうして直ぐ生まれてきたりもするの」


 そう茉莉が言い終えた辺りで、卵に亀裂が走る。


「その副次的な効果として、お腹の中に居る間はその子の力の一部を私が使う事もできるけどね」


 卵が割れる。

 中から、妖精の様な姿の生物が出て来た。

 小人に半透明な羽を付けた、性別不詳の全裸の何か。

 それが、観覧車の中をゆっくりと飛ぶ。


 少しだけ旋回しながら、妖精が茉莉のお腹辺りへ移動した時。

 お腹が淡く緑に光った。


「ありがとう」


 茉莉がそう言うと、妖精は膝の上で気持ちよさそうに眠り始める。


「幼体の内は私の言う事を聞いてくれるの。

 でも、2日程して成体になると狂暴化するし、言う事も聞いてくれなくなる」


 観覧車も結構上がってきている。

 窓の外で、探索者たちと魔物が戦っている。


 それを見て、茉莉が呟く。


「あの子達みたいにね」


「じゃあ、あいつ等は……」


「そう、私が生んだ魔物。

 知性を持つような上位の魔物も居るから、その魔物が中心になって組織を作ってるの。

 まぁ、ペスト君みたいに知能があるけど団体行動を好まない偏屈な子もいるけどね」


 魔物が子供か。


「生まないって選択肢は、多分無いんだよな?」


「無いよ。もしかしたら堕胎はできるかもしれないけどね」


「……」


「勘違いしないで。

 別に、魔物に愛着とかはないよ。

 私は危害を加えられる事は無いけど、あの子達は多くの人を殺すしね。

 でも、生んでるのは私。

 だから私は、殺されて当然なんだ」


 それが、こいつが死を選んだ理由。


「なんだ……そんな事か……」


「そんな事……?」


 初めて、茉莉が言葉に怒気を込めた。


「初めて生んだ魔物は、私の両親を殺したわ。

 それを知って、多くの人間が私の事を嫌悪した。

 大切な人なんて居ないし、生きてる理由なんて何も無い。

 行く宛ても無くて色んな所を点々とした。

 死んだ方がマシって、誰より自覚してる。

 それで、私は思ったの」



 ――ふざけんな。



「って。

 なんで、私が死なないといけないんだって。

 だから良かったの。

 人間なんて全て滅んで、私と魔物だけの世界になったって……」


 茉莉の眼から涙が流れた。

 悔やむ様に。


「貴方なんかと会わなければ、ずっとこのまま居られたのに。

 他の誰が死んでもいい。

 なのに、貴方にだけは死んで欲しく無かった」


「そりゃまた、なんで」


「知らないわ!

 いつの間にか、そうなってたの……」


 膝を抱えて、涙を拭う。

 妖精が膝から落ちて頭をぶつけた。

 涙目になってる。



「――貴方が好き。だから、私を殺してよ」



 茉莉は顔を隠して、小さく呟いた。


「なぁ」


 まぁ、この状況は流石に雅でも分からなかったんだろう。

 そりゃ、本人に異能の内容を聞いてみなきゃ分かる事じゃない。


 そもそも、茉莉まで辿り着けた時点で、雅やヴァイスは賢者だ。


「俺は、お前を殺したくないよ」


 妖精の頭を撫でて、俺は彼か彼女を拾い上げる。


「茉莉、この子に名前を付けるとしたら、どんな名前にする?」


「そんなの要らないわよ。

 どうせ、直ぐに成体になって居なくなるんだから」


「いいから、考えてくれよ。

 俺は、妖精だからフェアとかが良いと思うんだ」


「なんでもいい……」


 そう、茉莉が言った瞬間。

 妖精が、俺に応える様に手を広げた。



 命名・フェア。



「お父様、お母様。

 初めまして……」


 フェアは俺と茉莉に向かってそう言った。


「俺と契約してくれるか?」


「はい、当然です」


 驚いているのは、今度は茉莉の方だ。

 フェアが話した事。

 そして、俺の契約という単語について。


「俺の異能は、育成。

 魔物を強く賢く育てる事ができる。

 正直、茉莉の異能自体をどうにかする事は俺にはできない。

 でも、問題となっている魔物が暴れる原因になっているのは、彼等がまだ生まれたばかりの魔物だからだ。

 ちゃんと見て、ちゃんと育てて、ちゃんとした魔物にすればいい」


 スルトやリンたちの様に。

 ヴァイスの様に。

 人間の味方をする魔物は、確かに存在している。


「そんな事……できるわけ……」


「できるよ。

 だから、俺を信じてくれ。

 俺は、お前を助けたい」


 俺の今の同時契約数は、20体。

 一週間に一匹出産するなら、20週。

 つまり、約5カ月。

 その間に教育すればいい。


「子沢山だよ?

 死ぬ程……」


「まぁ、俺とお前の2人じゃ無理だから、色んな人に手伝って貰おう」


「私、知り合いなんていない」


「増やせばいいだろ。

 俺とは仲良くできたんだ。

 他の奴とだって、仲良くできるよ」


「でも……」


「俺はお前が死ぬなんて嫌だ。

 折角、仲良くなれたのに。

 折角、お前の事が知れたのに」


「でも、迷惑でしょ。

 貴方に良い事なんて一つもない」


「あるよ」


「何があるって言うの……?」


「お前と一緒に居られる」


 そう言うと、赤面させて茉莉は指の隙間から俺を見る。


「……なんか、プロポーズみたい」


「いや、結婚とかは無理だ。

 恋人も多分無理だと思う」


「はぁ?」


「だって、浮気になるし」


「彼女でもいるの?」


「居ないけど。

 でも、浮気はする……」


「さいてーだね」


 俺にも言い分はある。

 別に魔物を育てるからって結婚なんてしなくていいだろとか。

 そもそも俺は里親で父親じゃないとか。


 けど、そんなのは茉莉にとっては言い訳にしか聞こえ無いだろう。


 だったら誠心誠意言ってみるしかない。


「はい。最低です。ごめんなさい」


 俺の生活に人の意見が介在する事はあんまりない。

 だから、相手の考えを否定するような事もない。


 俺が相当な我儘を言ってるって、自覚してる。


 我儘を聞いてもらうんだから、頼み込む以外の選択肢はないよな。


「はぁ……

 そういう人だったんだ……」


 合わせる顔も無い。

 ので膝を見ると、妖精さんから顔を蹴り上げられた。


「いてっ」


 強制的に茉莉の方を向かせられる。


「私の本名は、黒蝕茉莉亜こくしょくまりあ


「え?」


「だって、名前も知らないと困るでしょ。

 これから、長い付き合いになりそうなのに……」


「じゃあいいのか、俺の言った内容で」


「えぇ。

 付き合わないし、結婚もしないけど。

 貴方と一緒に子供を育てる」


 その表情は穏やかで、だからこそ俺は疑問を覚えた。


「愛着無いとか、本当は嘘なんじゃないのか?」


「さぁ、良く分からない。

 だからこれから、分かるのかしら?」


「……だといいな」



 子供が魔物。

 そんなのは異常な事だ。

 でも、普通な事しか認められないなんて、そんな現実は無い。


 観覧車が一周を終える。


 その頃には、地上の魔物は殆どが殲滅されていた。


 だが、ここに現れた魔物がその勢力の全てであるとも思えない。


 まだ、敵は残っているし、世界が必ず平和になるかなんて分からない。


 それでも一歩、前には進めたのではないだろうか。


 そんな風に思って、俺たちは観覧車から外に出た。


「という事で私、この人の妻です」


 そんな発言を隣の人がして、雅と椎名先輩と木葉とリンと、皆がなんか。


「はぁ?」


 みたいな顔してて。


 凄く怖かったです。





  ◆Bルート〜終〜











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【異世界のB級魔術師、現代に転生する~幼少から魔術研究に没頭してたら人外に囲まれていた~】


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その大学生、裏では戦略級召喚士 水色の山葵/ズイ @mizuironowasabi

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