第15話 デート=EX
迷宮の情報というのは、大抵ネットに転がっている。
探索者を認定する国営協会が公開しているからだ。
大蟲森林のボスの情報も調べた。
だからそいつを見た時、別に驚きは無かった。
「でかすぎんだろ!」
驚きは無かった。
しかし、流石にCランク。
今までの蟲よりも一際大きい。
今までの蟲が軽自動車サイズだとすると、コイツはバス並みだ。
Cランク迷宮守護者。
――ギガヘラクレス。
真っ黒な上下二本の大角。
硬そうな黄金の装甲。
スルトたちと比べて、像と人間位のサイズ感。
ちょっと不安になって来た。
本当に勝てるんだろうか。
「カブトムシですか。
可愛いですね」
巨体を見上げてそう言う木葉。
やっぱりこいつちょっと変だよ。
命の危険がある場所で、木葉は焦った様子が微塵もない。
でも、そのお陰で俺も冷静で居られる。
隣の女の子より狼狽える訳には行かないし。
「そ、そうだな……
かっこいいな」
そんな話をしていたら敵が動く。
スルト達の陣取る場所に滑空して飛来する。
蟲の羽特有の風切り音。
ブンブンと音を立てて、迫る。
結構ホラーな光景だ。
俺なんて押しつぶされて即死だろう。
だが、あいつは違う。
「ウゥゥゥアアアアァァァァァァ!!」
ルウの絶叫が轟く。
最前線で吠え、盾を構え。
その角を受け止める。
――ガン!
激突音と共に、少しルウの足が地面に線を引く。
けれど、はじけ飛ぶ事も無く耐えている。
その瞬間、リンが側面に回り込む。
「紫炎纏い」
短刀に紫の炎が宿る。
「照準完了」
アイの視線が真っ直ぐそれを見つめる。
「影刀」
リンと逆側の側面。
そこに回り込んだヴァンの手に、刀が出現する。
「回転斬り」
「単眼線光」
「抜刀一閃」
三つの攻撃が、左右と上から飛来する。
斬撃は側面を斬りつけ、光線は頭を穿つ。
「なるほどな……」
スルトが呟く。
冷静に、現実を見据えた声で。
ヘラクレスは無傷だった。
「やっぱり、Cランクの装甲は伊達じゃないか」
「そうですね。
相手は甲虫ですし……
殻を砕くか、装甲の薄い場所を狙わないと」
流石探索者オタク。
分析能力が高い。
魔物に関する事も詳しいんだな。
「でも……」
そう呟いて、木葉はスルトを見た。
「負けそうな目はしてないです」
目ね。
スルトの眼球の無い暗い目玉。
それに、俺は意思なんて感じない。
木葉が何を根拠に言ってるかなんて良く分からない。
でも、確かに。
俺はスルトを信用している。
そう思って顔を上げる。
すると、彼等はバラバラに動き始めた。
スルトは魔法的な要素によって飛行を始める。
アイは目に光を集中させたまま動かない。
ルウは、受け止めたヘラクレスの正面から退く。
ヴァンとリンは、側面から尻の先へ抜けて行った。
「連携が崩れたのか?」
「いえ、あれも連携の一種なのでしょう。
全員に迷いが無い」
リンとヴァンが停止する。
まるでゴールテープを握る様。
同じライン上に立った。
ルウが走る。
しかし、ルウは耐久力特化だ。
速度はそれほどでない。
「グッ!」
だから、直ぐに追い付かれて角で挟まれ吹っ飛ばされた。
しかし、盾を地面にバウンドさせる。
ノックバックの方向が変わり、ルウの身体がリンとヴァンの間に入っていく。
ぐったりと倒れるルウ。
そして、それを静観するリンとヴァン。
何がしたいんだ?
倒れるルウを追いかけ、ヘラクレスが迫る。
「やばいんじゃ……」
俺の焦った声を、木葉の声が斬り捨てる。
「上を見て下さい」
言われるまま、上に頭を上げる。
天空から、赤い雨が降り注いでいた。
「収納空間に入っていた魔物の死体。
その中から血液だけを放出して降らせている……」
それを、ルウが浴びる。
ヴァンも浴びる。
ルウは魔物の血肉を喰らう事で回復する。
ヴァンは魔物の血を吸う事で強化され、それを使った能力が解禁される。
「あぁ、力が沸き上がるのである」
ルウが、そう言って嗤う。
その表情は、どうみても異形の物だ。
「アハハハハハハハハハハハ!」
発狂するような絶叫と共に、盾にヘラクレスが激突する。
しかし、今度のルウは一歩たりとも押し負けなかった。
完全な運動の停止。
「レンズ反転。
冷静な声がそう響く。
それはヘラクレスの頭上から。
アイの声。
光が天からヘラクレスの全身に降り注ぐ。
それは、貫通する程の威力は無い。
けれど、光は装甲を焼く。
そして、身体を地面に縫い留めた。
「合わせろ」
「そっちこそ」
そしていつの間にか、ヴァンとリンの姿が無い。
いや、高速で動いている。
「紫炎回転斬り!」
「血影一閃!」
二人の斬撃が、一点で重なる。
その一点とは、ヘラクレスの立派な角。
その、上と下から斬撃が同時に同じ個所へ叩き込まれる。
――ポキン。
そんな、質素な音と共に角が斬り飛ばされた。
その痛みに身体をくねらせ、空に視線が上がる。
瞬間、光が止んだ。
しかし、天から別の物が落下して来る。
「飛剣……」
スルトが、空から落下しながらそう呟いた。
その手には、巨大な剣が握られている。
「――堕転斬り」
空中で一回転し、その極大剣を地面に叩きつけた。
それは、魔力で操る時の数倍の速度を有している。
刹那の時間に起こった一撃。
しかし、その一撃は大地を抉り装甲を粉々に破壊する。
「連携力は聖典に匹敵する。
耐久力もある。
火力も申し分ない。
手数も知性も高い。
……なにより、意識の共有量ですか。
頭が痛いですね……」
「なんだ、体調が悪いのか?」
「いえ、大丈夫です。
ただ、一つだけ彼等が持っていない物があるなと」
「持っていない物?」
「……運ですよ」
そう木葉が言った瞬間だった。
粉々になったヘラクレスの装甲が光り始める。
いや、中から光が溢れている。
「種族進化。
一体どれだけ放置されてたんですか。
……このダンジョンは」
そういや、探索者の資格を取る時の研修で言ってたな。
迷宮の守護者は時間経過によって進化する。
倒されない期間が一定を越えると、勝手に強化されるのだ。
それに伴って、迷宮内の他の魔物も活性化するとか。
けど、そんなの何年とかのスパンの筈……
いや、ここで探索者なんて一人も見てない。
スルトから報告を受けた記憶もない。
マジでそんだけの間倒されてなかった?
この都会で……?
「マジかよ」
進化したって事は、最低でもあいつのランクはB。
勝てる相手じゃない。
「逃げるか……」
「大丈夫ですよ、先輩」
そう悩んでいると、木葉が前に歩き始めた。
その手を掴んで止める。
「何やってんだ!」
「先輩をここに連れて来たのは私です。
危険に陥れる提案をしたのも私です。
私の言葉で、先輩を傷つける訳には行きません」
「何言ってんだ!?
お前が行ったってどうにもならないだろ!」
言ってたじゃ無いか。
記念受験だって。
そんな奴が前に出て……
俺の召喚獣でも勝てそうにない相手に勝てる訳ない。
「馬鹿な事言ってねぇで行け」
背中に庇う様に木葉を隠す。
最低限。
こいつを逃がす時間くらいは稼いでやるさ。
「ダリウス」
「ハッ! ここに居ます!」
「憑依を使う」
「仰せの通りに」
「先輩……?」
俺の身体がうつ伏せに倒れる。
その様を、俺はダリウスの視界から見た。
「木葉……先に外で待ってろ」
そう、ダリウスの身体で言う。
ダンジョンの守護者の間合い。
それは結界に囲まれている。
そこから出さえすれば安全な筈。
それ位の時間、稼いでみせるさ。
「先輩……なんですか?」
驚いた表情で、木葉が言う。
「そうだ。
俺のスキルの一つだ。
安心して逃げろ。
俺はお前が逃げた後で逃げるから」
「先輩……絶対逃げないじゃ無いですか」
「逃げるさ。
俺がどんだけ自分の命を惜しんでるか。
お前は知らないだけだ」
「それは人として当然の事です。
でも私は、先輩が私を見捨てる所を想像できない。
先輩、私に任せて下さい。
もしかしたら、私が日本有数のトップ探索者かもしれませんよ?」
「俺が、そんな言葉に縋る様に……
その言葉を信じて、お前に全部お願いして任せるような、そんな男に視えるのか?」
「……いいえ、先輩は他人に問題を丸投げするような人では無いです」
「そういう事だ」
そう言い残し、俺は飛翔する。
翼の制御を任せ、俺は意識をダリウスと共有していく。
肉体の制御は大体把握した。
そして、同時に相手も準備万端らしい。
ヘラクレスの甲殻の中から現れた存在。
蟲の様な、けれどドラゴンの様な……
蝶の羽の様な翼を広げ、四足で地面に立つ。
緑色の肌はカマキリやバッタのようにも見える。
しかし、佇まいは完全に龍種のそれだ。
蟲と龍の合成存在。
聞いた事がある。
――昆蟲龍イセクトラ。
B+の魔物。
対してこっちはDランク6匹。
差は絶望的と言っていい。
でも、後輩一人逃がす位はして見せるさ。
「スルト、俺をネットワークに入れろ」
「主……? お逃げ……
いえ、御意!」
決死の声で、スルトが言う。
「ヴァン、ルウを乗せて主の盾に。
リンは炎で敵の目を眩ませろ。
アイ、少しでも敵の攻撃を撃ち落とせ。
必ず、
腹を決めたスルトの命令が全体に行き渡る。
戦闘の最中。
相手の突然の進化。
俺の突然の参加。
そんなマニュアルに無い動き。
しかし、彼等は迷いなく頷いた。
「「「「了解」」」」
蝙蝠に変身したヴァンとその背に乗るルウ。
彼等が、俺の前を先行する。
紫の炎が俺の両サイドから上がり、迎撃態勢を整える。
その辺りで、敵の攻撃が始まった。
イセクトラ。
「VIIiiiiiiiiinnnnnnnnnnnn!」
その主な攻撃方法は、全身から生えた猛毒の針の射出。
毒々しい色の煙を吐きながら、蜂の針を数十倍したような突起物が大量に射出される。
前方のそれはルウが弾く。
サイドから角度を付けた物は炎と光線に撃ち落とされる。
「行ける」
そう思った瞬間、針の一つがヴァンの羽を撃ち抜いた。
「不覚……」
そのまま前方の針が俺に迫る。
それを炎が包み、光線が抜く。
けれど、迎撃数が足りていない。
抜けて来る針。
当たるのか?
「主様!」
アイが、俺の前に姿を現す。
その身体が針を受け止めて、後方へ吹き飛んでいった。
「アイ!」
叫ぶが返事は帰ってこない。
「クソ、ダリウス加速するぞ!」
「盟主、これで限界速度です」
ッチ、折角アイが身を挺して作ってくれた時間。
それを無駄にしていい訳がない。
「――黒速」
スルトの詠唱が響く。
それは、ルウを強化していたのと同じ状態。
黒いオーラが全身を包む。
身体が相当に軽くなった。
「死体放出――支配の魔杖」
大量の昆虫モンスター。
その死骸が、地面を這っている。
収納に入っていた死体か。
それを取り出して操っている。
けどあんなの、魔力が一瞬で持っていかれるだろう。
いや違うか。
スルトも一撃に掛けているのだ。
長期戦が不利な事を、うちの指揮官は理解している。
「ダリウス、下だ!」
「畏まりました」
低空飛行に切り替え、地面のスレスレを飛行する。
針が襲ってくるが、スルトの操る死体が盾となって防いでくれる。
行ける!
俺は、龍の胴へ辿り着く。
ブレスならもう命中距離だ。
しかし、まだ溜める。
Bランクの龍が、Dランクのブレス一発で倒れるなんて、甘い考えはしていない。
溜めて、溜めて、爪が届く距離でスキルを起動する。
「ダークネイル!」
その一撃は腹に傷をつける。
だがそれだけだ。
甲虫には見えないのに、くそかてぇ!
「まだだ、ダークファング!」
闇を纏った牙で傷跡に噛みつく。
プチリと皮膚から血が漏れる触感がある。
それが口の中へ入ってくる。
あぁ、クソ気持ち悪ぃ。
でも、これしか手が思いつかないから。
「行くぞ! ダークブレス!」
傷口に、闇のブレスを吹き込んでいく。
その痛みにイセクトラが暴れ回る。
しかし、俺は絶対に口を放さない。
腹の辺りにしがみ付き、ブレスを体内に流し続ける。
でも、相手はヘラクレスと同じサイズの巨体。
このままブレスで倒すなら、相当な時間が必要になる。
「浮気された俺の粘着力舐めてんじゃねぇよ!」
カッコ悪い言葉を叫びながら、根性でしがみ付く。
「VIiiiiiiiiiNnnnnnnnnnnnn!!」
声が轟く。
同時に、背中から生えていた大量の針が射出される。
ハリネズミみたいな奴だな。
でも、それを幾ら打とうが腹にしがみついてる俺に当たるかよ。
とか、思ってたが違う。
あの針、毒の煙を吐き出してカーブしてやがる!
「ッチ!」
駄目だ、使える手が思いつかない。
この一撃は当たる。
それでも、死ぬ気で耐え抜こうと目を瞑る。
しかしどれだけ待っても、痛みは来なかった。
「ご無事……です……か?
ある……じ……」
スルトが大剣を浮遊させ、針を防いでた。
でも、針の着弾点が爆発している。
スルトの身体がボロボロになって落下するのを見送った。
そして、既に次の針が発射されている。
クソ、もう結構ブレスを叩き込んでるのに!
まだ死なねぇのか!
今度こそ召喚獣たちは居ない。
ヴァンとルウは落ちた。
アイとスルトは俺を庇った。
リンの炎は既に射程圏外だ。
もう、助けてくれる召喚獣はいない。
再召喚には儀式が居る。
今すぐ、噛みつきながらは無理だ。
「――クソッ」
針が目前まで迫る。
先に起こる激痛を想像し、涙が零れた。
痛いのは嫌だな……
――炎遁・
そんな、聞き馴染みのある声が聞こえた気がした。
「VIiiNnnnnn!!」
イセクトラの巨体が、爆炎で包まれた。
同時に、接近していた針も撃ち落とされている。
なんでかなんて知る由もない。
誰がやったか何て心辺りも無い。
だが、今はそんなのに気を回してる余裕はねぇ。
「ダリウス! 全力で吐き出すぞ!」
「畏まりました!」
俺たちは、最大限の力を込めて口からブレスを吐き出す。
魔力が尽きるまで、しがみ付く力が無くなるまで。
ずっと……ずっと……!
絶対に、離さないからなぁ……!?
「VyyyyyyRrrrrrrrrrrrrr!!」
意味も分からない絶叫。
それが悲鳴か咆哮か。
そんなのは分かりっこない。
でもなんでかな。
何となく、お前の恐怖が伝わって来るよ。
……怖いのか?
……あぁ、寂しいか?
……それとも、嫌なのか?
……そうか。
……そうか。
大丈夫だ。
もう、殺してやるから。
――ダリウスの進化条件を達成。
――闇龍or毒龍or呪龍への進化可能。
――召喚獣の必要経験の貯蓄完了。
――スルトの進化条件が確定。
――リンの進化条件が確定。
――ルウの進化条件が確定。
――アイの進化条件が確定。
――ヴァンの進化条件が確定。
――レベルアップ。
――スキル獲得。
――スキルアップ。
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