第3話 借金



 スキルにもレベルが存在する。

 クラスレベルが上がれば、スキルレベルも必然的に上昇して行く。


 【召喚獣契約】のスキルで言えば、同時に使役可能な数が増えていく。


 探索者経験のほぼ無い俺のスキルレベルは当然『1』。

 契約最大数は5体だ。


 スルトが居るから後4匹。

 解約はいつでもできるので、増やす事にデメリットは存在しない。

 金がかかる事くらいか。


 だから、俺は親父に頭を下げた。


「金を貸して欲しい」


 学校の教師をしている親父。

 厳格で不公平が許せないルール人間。

 週3でジムに通い、学生時代は空手をしていたらしい。

 そんな父親には、あの間男が少し重なる。


 しかし、明確に違うのは親父は不誠実ではないと言う事だ。


「どうして、そして幾らだ?」


「15万。

 探索者になる事にしたんだ。

 俺は、自分に才能がある事を証明したい」


 親父への対抗策など何もない。

 ただ、真正面から感情をぶつけるだけ。

 借金に、論理的思考も何もないだろう。


「30万にして返せ。

 それを約束するなら貸してやる」


 親父は紙とペンを持ってきて、誓約書を書き始めた。

 印鑑と拇印を押して、俺にそれを差し出してくる。

 でも、思ったよりは普通の対応だ。


「100万でもいいけど?」


 余裕の笑みで笑って見せる。

 そのまま誓約書にサインした。

 自分の首を絞めているとは思わない。

 ただ、絶対に失敗しないという自信と気合で臨むという意思表示だ。


「いいさ、息子の頼みだ」


 親父は笑って、俺に15万の入った封筒を渡して来た。


 あの間男が、どれだけの探索者なのかなんて知らん。

 だが、レベルが40程なのは憶えてる。

 なら、最初の目標はそれを越える事だ。

 その為には、金が必要だった。



 ◆



 スルトは確かに敗北した。

 けれど、俺には魔石二つの手持ちがあった。


 Fランク魔物二匹でタッグを組ませる事ができる。

 それによって戦闘時間が減れば、Fランク迷宮でも十分に戦えるかもしれない。


 けれど、それでは同時に数匹と出くわした時点で同じ事になる。

 魔石を回収できなければ結局は赤字。

 そんな運ゲーに賭ける金は無い。



 Eランク魔石:5万。


 それを3つ購入した。


 そして、全ての魔石を消費し契約枠を全て埋める。


 Fランク。

 スケルトン(スルト)。ゴブリン。


 Eランク。

 ヴァンパイアバット。グール。ビッグアイ。


 何というか、闇の軍勢みたいなチーム構成になった。

 しかし、これは仕方ない。

 低ランクの魔石は、未鑑定で出品されている場合が多いのだ。

 鑑定には費用が掛かる。

 だから鑑定書付きは販売額が高いのだ。


 逆に未鑑定品は、俺のスキルの媒体にすると出現する魔物がランダムになる。

 どんな魔物から採取されたか何て普通の用途には不要な情報だ。

 書いて出品されている物は基本ない。


 だが、五匹の魔物なら勝てると思った。

 Fランク魔物しか出現しない悪鬼洞窟なら、突破は可能だと。


「じゃあ、行って来い」


 今度は戻って来いよ。

 そう願いながら、そいつらをダンジョンの奥へ向かわせた。

 勿論、連携しながら戦えという指示をして。



 ◆



 我が意識は闇に覆われて居た。

 ダンジョンという機能に支配されていた。

 最初、召喚された時、我はそれが移行されただけだとしか思わなかった。


 しかし、喜ばしい事もあった。


「ギャギャ!」


「キュアァ!」


「グゥ……」


「……」


 仲間と呼べる者ができた事だ。


 我が種族はお互いに殺し合い、他種族を殺戮する命令を受けていた。

 それは絶対の誓約であり、死ぬまで逆らう事などできぬ呪い。


 そんな中で、我は一度死んだ。

 けれど、我の時間はそれで終わらず。

 新たな主人の元へ召喚された。


 そこでは、同種での殺し合いは無い。

 それどころか、他種族との合同作戦まであった。


 新たな主、ノボルの元には我以外に4匹の魔物が居る。

 我は最初に召喚され契約した存在として、長を務める事となった。


 そして今、我等は主の命令により魔物狩りをしている。


 一度は単独で突入したダンジョン。

 囲まれ、嬲り殺しにされた憎き敵。

 悪鬼ゴブリン


 しかし、今は味方のゴブリンも存在する。


 しかし、今は仲間が4体もいる。


 同じ轍は踏まない。


 ――キュイン。


 そんな音が響く。

 それは、彼女の声。

 目玉の魔物。ビッグアイ。

 その炎属性のレーザーの音。


 その発砲が、開戦の合図となる。

 我は、仲間へ指示を飛ばす。


「カカカカカ!」


 ビッグアイは後方から援護と見張り。

 ゴブリンとグールは前線で壁役。

 ヴァンパイアバットは遊撃。


 そして、我は全体の指揮だ。


 情報戦闘の重要性。

 それを、我は先の戦いで学んだ。

 1対1をしているつもりで回りを囲まれていた。

 あんな経験は二度と御免である。


「キュア!」


 鶏程の大きさのヴァンパイアバットが、ゴブリンの周囲を飛び回る。

 そのまま攪乱。


 そして、ゴブリンは群れる種族。

 目に見える他のゴブリンを味方と思う習性がある。

 それを付いて、こちら側のゴブリンに背中から襲わせる。


 何故かは分からぬ。

 けれど、スルトという名を授かってから、頭がスッキリしている。

 清々しい感覚がある。


 知らなかった言葉や概念が頭に流入した。

 恐らくは、主の知識の一部を共有されたのではないか。

 そう思っている。


 そうとしか説明できない。

 スルトという人格の形成。

 戦術の立案と指揮が可能な知性。

 そんな高度な事ができている事実に気が付ける事。

 全ては、この名の力だ。



 ――我が名はスルト。



 主から最初に名を頂いた、最初の近衛。

 故、二度同じ相手に負ける訳には行かぬ。


 組みついたゴブリンの頭部をグールが殴る。

 それを見て、ヴァンパイアバットが噛みついた。


 辺りから他のゴブリンが集まって来る。

 しかし、ビッグアイの牽制が足を止めた。

 牽制と、我の対応との連携ができている。

 召喚獣同士での意思疎通。

 これも、名と同時に主の召喚士としての権能の一部を譲り受けたという事なのだろう。


「カカカ(楽しい)」


 戦闘を楽しいと感じたのは、前世を合わせても初めてである。

 楽しめるだけの知能。

 そして、勝利という圧倒的な快楽。

 その二つが、我に戦術と戦闘の愉悦を齎す。


 そしてその興奮は、相手の動きをいつもより鮮明に見せる。


 同じFランクモンスターに分類されるゴブリンとスケルトン

 1対1の戦いで負ける訳には行かぬ。

 召喚獣のリーダーとして。

 いいや、一人の戦士としてのプライドが。


 そんな生まれて初めて感じる熱い何かが、我の体を突き動かす。


「ギャギャギャァ!」


 下品な笑い声を上げているゴブリン。

 それが我に接近してくる。


 その手には、どこで拾ったのか太い木の枝を持ちやすくした物――棍棒が握られていた。


 それが大きく振るわれる。

 その動きは、以前の対峙と変わらない筈。

 だがしかし、我はそれを容易く避ける。


 経験だ。

 敗北の経験だ。

 されど、負けたくないという矜持。


 それだけではない。

 背中を守る味方の存在。

 主という信じるべき対象。


 あぁ、我は幸運だ。

 我には求める全てが存在する。

 故に最後の一つを手に入れよう。

 我は、ここで更なる経験チカラを手に入れる。



 ――勝利という経験を。



 ギリギリ、頬骨に掠る形で棍棒を避ける。


 ギョッと、ゴブリンの瞳が開いた気がした。


 それを見て、我は嗤いが込み上げる。


 ――そうか、怖いか。


 分かるぞ、その気持ち。


「カカカ」


 故に不運なゴブリンよ。

 我が主の供物と成り果てよ。

 さすれば、貴様の魔石イノチは主が最適に消費してくれるであろう。


 我は、棍棒を振り抜いたゴブリンへ近づく。

 二本指を、眼球へ突き立てた。

 そのまま、握りの緩くなった棍棒を奪いとり、頭を殴る。


 何度も。


「ギャッ!」


 何度も。


「ギャ……」


 何度も。


「ギ……」


 その悲鳴が鳴り止むまで。

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