第2話 召喚術



 50年程前から、中学生に上がる時に一つのテストを受ける事が全ての国民に義務付けられている。


 そのテストの名を『クラス鑑定』。

 ダンジョンの発現と同時に、人に芽生えた異能。

 その指向性を測定する物だ。


 探索者としての力。

 剣士なら剣術に関する異能を獲得する。

 魔術師なら、魔術という体形術を獲得する。


 錬金術師、呪術師、陰陽師、剣豪、聖女、神官……

 クラスは千差万別、多岐に渡る。

 更に、仮に同一のクラスを持っていたとしても同じ異能が芽生えるとは限らない。

 戦士の全員が同様の能力を持つ訳では無いのだ。


 クラスの力は、ダンジョンでの戦闘によって強化される。

 その強化の段階をレベルと呼び、レベルが高くなるほど多く、力の強い異能を獲得する事ができる。


 高校の時、少しだけ探索者に興味を持ったことがあった。

 というか、興味を持たない子供の方が昨今少ない。

 気まぐれに近い感情で、探索者の試験を受けた。

 一応ではあるが、探索者資格を俺は持っているのだ。


 ダンジョンからは様々な資源が出土する。

 だから、国も探索者が増える事を望んでいる。

 探索者資格は、自動車免許より少し難しい程度の難易度で誰でも取得できる。


 死ぬ可能性のある仕事であるにも関わらず、その人気と収益の多さから探索者は現代では不動の一番人気職業である。


 そして、俺のクラス。



 ――召喚士。



 資格を取得した。

 ダンジョンへ赴いた。

 そして、自分の力を理解した。

 だから、俺は探索者を一度諦めた。


 でも、俺の全てを賭けてもあの男を否定したい。

 あの男より優れていると証明したい。

 今は、そんな想いで頭が満たされている。


 召喚士が弱い訳ではない。

 けれど、召喚士には致命的な弱点が存在する。

 それは、【召喚】の異能は【魔石】を消費するというルールだ。



 Fランク魔石 販売額25,000円。



 最低辺の魔石ですらこの値段。

 それこそが、探索者が儲かる理由だ。


 けれど、俺は貯金の全てを使ってそれを購入した。

 3個。


 ネットで頼めば、品物は3日で届いた。


 ノートにシャーペンで丸を書き、その中央に魔石を置く。


「魔石召喚……」


 呟くと光が円から発された。


 俺が紙にでも壁にでも、円を描くとスキルは発動する。

 そこから、魔物を召喚する事ができる。

 書く道具はマジックでも鉛筆でも何でもいい。

 円が視覚的に見えてさえいれば問題ない。


「スケルトンか……まぁ、そうだよな……」


 ガッカリしながら、そいつを眺める。

 身長160cmくらいの人骨。

 かなり恐怖を沸き立たせる見た目ではある。

 しかし、こいつはダンジョンに出る魔物の中でも最下級の雑魚。


 魔石は魔物の体内から採取される。

 俺のスキルは、魔石を媒体にそれが採取された魔物を召喚して使役するという物だ。


 それが魔石召喚の効果。

 そして、契約のスキルを使いスケルトンと契約する。

 契約は簡単だ。

 召喚された魔物には意識が無い。

 だから、ただ触れるだけで契約は完了する。

 これで俺の召喚枠に、このスケルトンが登録された。


 これで、送還によって特殊空間に魔物を保管して置き、任意のタイミングで再召喚する事ができる。


 魔石召喚。召喚獣契約。召喚獣送還。

 これが、俺の保有する異能スキルの全てだ。

 レベルが上がればもっと増えるのだろうが、少なくとも今のレベルではこれが俺の使える力の全てという事になる。


「よし、それじゃあいっちょやってみるか」


 何も、何の作戦も準備も無く探索者になろうなんて言ってる訳じゃない。

 俺だって死ぬのは人並みに怖い。

 安全を担保するのは、見返す為にも必要だ。


「頼むぞ、スケルトン」


「カカカカカ」


 良く分からない返事をするスケルトン。


「少し呼び難いな。

 よし、お前はこれからスルトだ」


「カカ」


 同意なのか拒否なのかも分からない。

 というか、そんな事を判断する知能があるのかも不明。

 けど、言う事を聞くならそれでいいだろう。


 これで、準備は整った。


 一度スルトを送還し、俺はダンジョンへ向かう。

 今ではサラリーマンが副業でダンジョンに潜る時代だ。

 高校生や大学生がバイト感覚で入る事もザラ。

 確かにダンジョンでは命の危険がある。

 しかし、低階層での死亡率など1%程だ。



 ――悪鬼洞窟。



 そう呼ばれるダンジョンへ向かう。

 ダンジョンは基本的に異空間だ。

 その外観は、異空間へ繋がる門のみ存在。

 日本にあるダンジョンは鳥居を模している事が多い。


 この悪鬼洞窟も、その例に乗っ取って黒い鳥居が門となっている。

 鳥居の奥には何もないように見えるが、一度それを潜ればその先はダンジョン。

 一瞬で景色は洞窟に切り替わる。


 発光水晶によって中は明るい。

 けれど、日差しに比べれば僅かな視界だ。


「来い」


 持って来たノートのページを破り捨てる。

 円の中から、スルトが召喚された。

 そして、命令する。


「俺、ここで待ってるから魔石取って来て」


「カ……?」


 骸骨でも分かる。

 は? みたいな顔をスルトは浮かべた。


「いや、だって俺死にたくないし。

 お前だけで行けば、お前が死ぬだけだし」


 いや、非道とか下劣とか、まぁ言いたい事は分かるぞスルト。


「お前は魔石があれば復活できるだろ?」


 そう、一度契約によって登録された魔物は、同ランクの魔石を使用する事で蘇生コンテニューが可能だ。

 だから、俺が出向くなんて自殺行為をする必要は全くない。


 ニュースになる様な有名探索者が言った。


『自分は信念を持ってやっている』


 世界一の探索者は言った。


『俺の全ては今までの並々ならぬ努力の成果だ』


 けれど、俺は先達の言葉に興味はない。

 そもそも、武人も戦士も武士も兵士も……歴史は無力と証明している。

 銃に勝てる剣客は居ない。

 爆弾を耐える人間は居ない。

 核爆弾が使われれば、全ての人間は確実に死ぬ。


 それが、純然たる事実だ。


「行け」


 俺は命じる。

 俺は、戦士とか武人とか、探索者になりたいわけじゃない。

 ただ、元カノと間男に見せつけたいだけだ。


「カッ」


 吐き捨てる様な返事と共に、スルトは行進を始めた。

 俺はダンジョンの入り口、いつでも外に出られる場所からそれを見送った。


「よし、これが上手く行けば俺は何もせずにダンジョン探索ができる!

 本当に、自分の天才的発想、才能が恐ろしい!

 ガハハハハ!」



 ――スルト:ロスト。



「え?」


 俺のスキルが感覚的にそれを伝える。

 俺の召喚していた魔物が、死んだ事を。


「あれ……?」


 ネット記事で調べたんだ。

 ここは一番奥以外は、Fランクのゴブリンしか出ないって。

 なのに、なんで負けるんだ?


「あ……相手は、一匹じゃ無いのか……?」


 こっちは孤立した召喚獣一匹。

 けれど、相手はこのダンジョン内に無数に存在する。

 Fランク同士で泥沼の戦いをしていれば……

 戦いが長引けば他の魔物が寄って来る。

 そして、数の不利を強いられスルトは敗北。

 単純な話だ。

 それを俺は見落としていたというのか……


 俺は膝を付いて、手で顔を覆った。


「俺は……なんて馬鹿で才能が無いんだ……」


 けれど、俺は直ぐに立ち上がる。

 今更、一度や二度の失敗など構うものか。

 反省し、次に活かす情報とするだけだ。


 成功は100点。

 失敗は50点。

 挑戦しないのは0点だ。


 挑戦が失敗から始まるなんて当たり前の事だ。

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