その大学生、裏では戦略級召喚士

水色の山葵/ズイ

第1話 失恋


「別れて」


 人通りの少ない道端。

 黒髪の女が、そう言った。

 天童雅てんどうみやび

 彼女とは高校2年の時に付き合って、既に4年目だった。


 だから俺は、こいつと結婚するのだと柄にもなく思っていた。


「私この人と付き合うから」


 そう言って、雅は隣の男を紹介してくる。


 雅の肩に手を回し、撫でる様に髪を触っているガラの悪そうな男。


 ガタイの良い190に届きそうな身長と、筋肉質なのが分かる二の腕を持つ大柄な男だった。

 どこかの国のハーフの様な顔立ちで、高い鼻に白い肌と青い瞳。

 そんな金髪のイケメン。


 対して、俺は170にも届かないチビ。

 筋トレなんて、人生で一度もした事が無い。

 そんな男だ。


 それに、衣服や腕時計を見るに金もあるのだろう。


「この人探索者なの」


「そういう事だ、悪いが別れて貰えるか?」


 男が一歩前に出て来て、俺と顔を合わせる。

 近づくと肉厚さを強く感じる。

 殴られたら吹き飛ばされる自信がある。


 何より探索者と言った。

 それが、俺がこの男に喧嘩で勝てない明確な理由だ。


「俺のクラスは【魔纏士】。

 レベルは43……っつても一般人には分かんねぇか。

 まぁ、俺は喧嘩はあんまり好きじゃねぇ。

 潔く諦めてくれると助かるんだがな」


 そんな事を言う男に説得力はまるでない。

 拳を鳴らしているから。


 探索者は、70年程前に現れたダンジョンを探索する仕事。

 ダンジョン内の魔物を殺す仕事。

 そして、クラスの力を引き出し超人的な力を手に入れた者達。


 逆立ちしても俺じゃ勝てない。

 というか、喧嘩で問題は解決しない。

 誰でもない、彼女自身が決めたのだ。

 俺と別れて、こいつと一緒になると。


「マジで、言ってるのか……」


 そんな間抜けな言葉しか、口から出てこなかった。

 冗談でこんな事をする女じゃないと分かって居る。

 外でべたべたとする事を嫌っていたのも知っている。


 まるで別人のようだ。

 でも、雅の顔はいつもの真面目そうな物で、それが厭味ったらしく現実だと俺に自覚させる。


「あぁ、そうだ」


 男の手が俺の肩に触れる。

 そのまま簡単に押されて、俺は尻もちをつく。


「なにす……」


 それに続く言葉は止まった。

 いや、止められた。

 顔を上げたその場所で、男の唇と雅の唇が重なっていた。


 それを見て、俺は阿保みたいな事を思った。


 あぁ、俺以外の人類滅亡しねぇかな。


 その光景を見て停止した俺を嘲笑いながら、男は雅を連れてどこかへ消えていった。




 ◆




 振られた。

 その事実だけ、理解すればいい。


 なのに、面倒な事だ。

 色々な思い出が蘇る。

 告白した日。

 初めてデートした日。

 初めてホテルに行った日。

 俺が事故った時にお見舞いに来てくれた。

 彼女の応援に、ピアノのコンクールの応援に行った。


 懐かしく、そして戻らない日々が、アホみたいに蘇る。


 俺も雅も初めての恋人だった。

 だからだろうか。

 心臓に絞まる様な痛みを感じた。


 俺、神谷昇かみやのぼるは、家に帰り着く。

 その瞬間、溢れていた物が飛び出して来た。

 1時間だけ、ダサい姿で部屋を転がった。


 そして、ふと思った。


「いつ知り合ったんだろう」


 俺と付き合った後なのは明確だろう。

 雅に男の影なんて感じた事はないし。

 でも、最近知り合ったとして随分仲が良さそうだった。


 つまりだ。


「俺、浮気されてたって事か」


 そう考えると、怒りの一つも湧いて来る。

 俺は、雅の事だけを考えていたのに、彼女はそうでは無かったのかと。


 でも、それは俺があの男に負けている事が原因だ。


 なんて、答えが簡単に頭に湧く。

 だから、怒りというか悔しさがあった。


 別に、自分が世界で一番強いとか、賢いとか、偉いとか思ってる訳じゃない。

 誰かに負けるのは当たり前の事だ。

 でも、じゃあ俺はあの男に何か一つでも勝てているのだろうか。


 ビジュアル。経験。強さ。貯蓄。

 スペックとして定義可能な内容で、俺は何処であの男に勝っているか。

 何も思いつけないのなら、俺はあいつに負けて当然だと言う事になってしまう。


「ムカつく」


 そんな四文字が自然と零れた。


 そうか、俺は別に振られた事が悲しくて泣いていた訳じゃないらしい。


 負けた事が、負けていると雅に判断された事がムカついて泣いていたのだ。


「だったら簡単な話じゃねぇか」


 才能。それが、俺があの男に勝つ項目だ。

 俺の方が将来的に、あの男より強くなればいい。

 そうなれば、見る目が無かった雅の負け。

 そうなれば、俺より弱いあの男の負けだ。


 そうなれば、帰って来て……

 違う、あいつの事はもう忘れる。

 もっといい女と付き合えば良い話だ。


 そう自己完結させようとしたのに、アホな疑問が頭に浮かんだ。


 雅より、良い女なんて居るのだろうか、なんてアホな疑問が。


 だが、それを振り払って俺は決心する。



 ――俺、探索者になるよ。



 帰って来た母さんにそう宣言した。


「へぇ、いいんじゃない」


 煎餅を齧りながら、母さんは適当にそう言った。

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