第51話 瓜二つ
朝8時に目が覚めた。
少し頭が痛い感じがする。
流石に飲み過ぎたっぽい。
でも、ちゃんと家には帰りついてるし問題ないか。
1限目は完全に寝過ごした。
って訳で、余裕を持って大学の準備ができる。
2限は間に合うかな。
てか、何の授業だっけ。
そうだ英語だ。
朝から一番苦手な教科かよ。
面倒くさい。
そんな感情と単位という現実が思考を引っ張りあう。
「ヴァン」
呼ぶと、応える様に彼は現れる。
「はっ」
「今日はダンジョン行くって言ってたよな?
道は憶えてるか?」
「はい」
「じゃあ、着いたら念話で教えてくれ。
憑依で他の奴らも呼ぶから」
「畏まりました」
そう言ってヴァンは外に出て行った。
窓から。
玄関から行けばいいのに。
ヴァンは単身ダンジョンへ向かった。
そこで召喚陣を書けば他の面子も呼べる。
ヴァンは殆ど人間と見た目が変わらない。
だから、普通に街を歩かせられる。
お陰で人が多い迷宮にも行ける。
スルトとアイを、他3人の誰かの召喚獣という事で説明すればいいからだ。
ルウも黒髪のお姉さんに進化したし。
スルト以外は人間に近づいている感じがする。
「さて、俺も講義行くか」
いつも通り学校へ向かう。
テロがあって3日程休みになった。
スタンピードで壊れるし散々な大学だな。
校長とか可哀想。
顔覚えてねぇけど。
お陰で冬休みはほぼ無いらしい。
休みなった分年末に詰め込まれた。
まぁ、出席数足りずに単位落とすよりはマシか。
中級英語の教室へ向かう。
この講義は週2だから、テロ以降は初めてだ。
授業の開始と共に入って来た先生。
それは、見た事の無い人だった。
「ハロー、先日のテロで遠野先生が腰を痛めてしまったので臨時講師を務めるわ。
シャーロット・ヨグル。
よろしくね」
金髪の白人。
外国人にしてはかなり若そうに見える。
眼鏡とキャリアウーマンの様なスーツは、知的な印象を受ける。
ただ、短めのタイトスカートからはみ出す白い素足は少し刺激的だ。
そのせいで、男共のヒソヒソ話がそこら中から聞こえる。
シャーロット先生。
彼女は挨拶も早々に直ぐに授業を始めた。
正直、内容は前任の先生より大分良い。
てか、あの人もう60とかだったし。
英語の教授が活舌悪いってどういう事だよ。
見た目や授業の分かりやすさ。
一度目の授業が終わってすらない。
なのに、既に彼女は人気講師の風格だ。
ヴァン:主君。
授業を受けていると念話が入る。
俺:ダンジョンに到着したか?
ヴァン:はっ、不死街に到着しました。
ヴァン:ただ、少しお見せしたい物が。
俺:ん? あぁ、分かった。
最近、片目だけ憑依する技を会得した。
これで授業を見ながら召喚獣の様子も見える。
ずっとウィンクしてるみたいで傍から見るとキモイけど。
うるせぇわ。
憑依でヴァンの視界をロックする。
ヴァンは既にダンジョン内に居た。
不死街は俺の家から3駅くらい隣。
だが、ヴァンは蝙蝠に化けられる。
向かってから1時間足らずで到着してる。
俺:で、何あれ。
ヴァン:分かりません。
簡単に言うと。
金髪の女がモンスターと戦っている。
ただ、その女はどう見ても小学生くらい。
絶対に、探索者資格を取れる年齢じゃない。
そして、戦闘方法だ。
長い爪、鋭い牙、肌を覆う鱗。
獰猛な爬虫類の瞳に、尖った耳。
それに表情だ。
舌を出して浅い呼吸を繰り返している。
――モンスターみたい。
そんな感想を殆どの人間が抱くだろう少女。
ただ、魔物と敵対してるって事は人間なんだろ。
そもそも、この辺りにはスケルトンしかでないし。
「にしても強いな」
ヴァンの口でそう発する。
「あれだけの数に囲まれながら戦えているのは、優れた直観による回避能力と、全身が武器となる攻撃力故かと」
「なるほどな」
良く分からんが返事をしておく。
戦闘の事は中々難しい。
「どうしますか?」
「人目に付くのはできれば避けたい」
この前中継で皆はカメラに撮られている。
それが、このダンジョンに出没するという様な噂は無いに越した事はない。
「
そう言って、戦闘を上空から眺めていたヴァンが身を翻した。
その瞬間。
――パタリ。
と、軽い音が響いた。
それを聞いて、何となくヴァンの首がもう一度少女へ向く。
少女は倒れていた。
「何をしている……?」
少女は、浅く、そして速い呼吸を繰り返す。
目が虚ろな様にも見えた。
てかあれ……
「熱中症じゃね?」
脱水症状だ。
呼吸が早くなるのも。
口が空いてるのは喉が渇いてるからか?
顔も少し赤いし、頭を押さえている。
それに、あの少女の周りにはまだスケルトンが残ってる。
あのままだと、確実に死ぬ。
「主君。
主君の命は、ここから立ち去る事でした。
ただもし叶うなら今回だけ、その命令に背かせてい頂けませんか?」
「あの子を助けるって事か?」
「……そうするべきだと考えます」
ヴァンは吸血鬼だ。
魔物だ。
モンスターだ。
それが、人を助けたいと考える。
そんな思考を持つ。
それが、俺には嬉しい。
「俺も丁度、そう命令しようと思ってた所だ」
「感謝いたします!」
言い終えるより速く翼がはためく。
加速して倒れる少女に突っ込んで。
変身。
ヴァンの手に刀が握られる。
敵はスケルトン種。
ランクはF~Dの混合。
正直、今のヴァンには遊びの範疇の相手だ。
ヴァンの刀が振るわれる。
その度に頭蓋が一つ切り裂かれて。
影の茨が飛んでいく。
茨はスケルトンの影に刺さる。
その身体を縫い留められた次の瞬間。
骨はバラバラに砕け散る。
刀に血を纏わせ、長さを拡張する。
更に攻撃範囲を拡大し、一気にスケルトンを薙ぎ払っていく。
一掃。
それにかかった時間はほんの数十秒。
これなら、召喚陣を書くだけ時間の無駄だな。
「大丈夫か貴様」
少女を抱きかかえ、ヴァンがそう声を掛ける。
少女は一言だけ……
「きしさま……」
と呟いて、意識を失った。
それと同時に、少女の身体が人間に戻っていく。
獰猛な姿は可憐な物に様変わりした。
俺:取り合えずスルトを召喚して回復させよう。
俺:収納に水とかも入ってるから。
ヴァン:そうだ……そうします。
そう言ってヴァンは召喚陣を書き始めた。
スルトに任せて問題は無いだろう。
最悪、アイに石化させれば症状の進行を遅らせるくらいはできる。
しかしこの子、どっかで見た事あるような顔してるな。
そんな事を考えながら、憑依を解除する。
授業終わりだ。
「どこで見たんだっけな」
小さくそう呟く。
そうして、顔を上げると目の前に。
「少しお願いしてもいいかしら」
あの少女と瓜二つ。
あの少女が15年くらい経てばこうなる。
そんな、金髪美人が立っていた。
「シャーロット先生……
なんですか?」
「憶えてくれて嬉しいわ。
それで、私この学校にはまだ慣れてなくて。
できれば、少し案内をお願いしたいの。
だから頼めるかしら、神谷昇君?」
俺からしたら外国人、ヨーロッパの人なんて似た顔に見える。
髪色も同じだし。
でも、それだけじゃ説明できないレベルで似てる。
何の繋がりも無いと思う方が不自然な程。
それに、どうして俺の名前を知っている。
名簿で覚えた?
生徒一人一人の名前を?
それにこれだけ学生が居て、態々俺を選ぶ意味。
別に先頭に座ってた訳でもないのに。
少し怪しく思ってしまう。
「先生、妹とかいたりします?」
「いいえ、居ないわ。
どうして?」
そう言って、先生は三日月の様に口を緩める。
「少し着いて来て貰ってもいいかしら?」
断るのも不自然か。
それに俺の勘違いって事もある。
ただ真面目な先生ってだけかもしれない。
「いいっすよ」
だから、俺はそう言った。
「ありがとう」
先生は、俺にニッコリと微笑んだ。
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