第52話 置き土産


 脱水症状で倒れた女の子の治療の報告を聞きながら、俺は学校の廊下を歩く。


 どうやら、少女の容態は安定したっぽい。

 目が覚め次第、ヴァンが話しを聞く予定だ。


 俺の後ろには地元ヨーロッパっぽい先生。

 シャーロット・ヨグル。

 外国人の名前でも、聞き馴染みの薄い苗字だ。


「この教室は?」


「視聴覚室っすね。

 今は何の授業も入ってないみたいですけど」


「少し、見てもいいかしら?」


「そりゃ勿論」


 そう言って、前を歩く俺が教室の戸を開く。

 鍵は掛かって居なかった。


「どうぞ?」


「えぇ、ありがとう」


 先生に先を譲り、俺は後から中へ入る。


「英語の授業で視聴覚室使うんすか?」


「いえ、ただ貴方と二人きりになりたくて」


 そう言って、彼女は俺の手を引いて位置を入れ替える。

 そのまま後ろ手で扉を閉め、鍵を掛けた。


「神谷昇君。

 いえ、先日のテロ事件や迷宮の暴走を解決した立役者。

 そして、日本有数の力を持つ召喚士である貴方にね」


「……何の事っすかね」


 惚けてみる。

 けれど、先生の表情は確信を持っていた。


「はぁ……なんで知ってんすか」


「調べただけよ。

 あの災害の日、召喚獣を使って救助活動をしたわよね?

 その時救助された人が、先日のテロ中継で映っていた召喚獣と同じだったって教えてくれたの」


 迂闊だった。

 というしかないのだろう。


 でも、あの時救助しないという選択肢は俺の頭には無かった。

 あの時、身バレを恐れてマスク野郎と戦わないという選択肢は無かった。


 だったら、仕方ない。

 俺にできる事をやった結果だ。


「でも安心して、その人は私が大学の先生だから教えてくれただけ。

 メディアに持ち込むつもりはないらしいわ」


「けど、先生が持って行けば関係ないっすよね」


 結局、この人には俺を脅す手段がある。

 それは間違いのない事実だ。


「そんな事はしないわ。

 貴方が私の言う事を聞いてくれれば」


「何すか?」


「探して欲しい人が居るの」


 嫌な予感がした。


 そして、その予感は当たる。


「私と顔の似てる小学生くらいの女の子。

 名前はシャルロット・ユグル」


「探してどうするんですか?

 そして、どういう関係です?」


 妹は居ないと彼女は言った。

 年齢的に妹以外の家族とは考えられない。


「保護するのよ」


 そう、先生が言うのと同時にヴァンから念話が届く。



 ヴァン:シャーロットという者から逃げて来たそうです。

 ヴァン:その者に、実験動物モルモットの様な扱いをされていたとも。



「そうか」


「聞いてくれるわよね。

 貴方も嫌でしょう?

 自分の力が世間にバレるのは」


 明るい表情でシャーロット先生はそう言う。


 俺の答えは決まってる。


「誰が渡すか、馬鹿野郎」


「なっ、それってどういう……」


「バラしたきゃバラしてみろ。

 悪いが、情報操作が得意な友達が居るんでね。

 アンタの思ってる様な事にはならねぇよ」


 その返事が予想外だったのか、表情が曇る。

 肘を抑えて、悔しそうに俺を睨む。


「もし貴方が彼女の居場所を知っているのなら交渉は」


「知らねぇな。

 知ってても言わねぇけど」


「どうして、そこまで私を敵視するの?」


「子供を実験に使う様な人間だからじゃねぇの?」


 ピクリと先生の眉が動く。


「ッ……!

 後悔するわよ」


「アンタに渡す方が後悔しそうだから言ってんだ」


 そう言って、俺は視聴覚室を出た。



 ◆



 普通に授業を受けたが、以降シャーロット先生が俺に何か言ってくる事は無かった。


 そのまま帰宅する。


 そして当然に、俺は自室の部屋を開ける訳なのだが。


「だれ……?」


 ヴァンに肩車された少女がこちらをジッと見ている。


「こ……こんにちわ~」


 俺は最大限の笑顔を作ってみる。


「このひと、きらい」


 と言って、プイっと横を向くクソガキ。


「こら、シャルよ。

 我が主君に無礼は止めよ」


「えぇ~きしさまはシャルのきしさまでしょ!」


「違う、某の主君はこのお方だ」


「いやー!

 きしさまはシャルのきしさまじゃないと嫌なの!」


 なんだ、これは。

 なんでこんなヴァンに懐いてんだ。


「一応、行くとこあるのか聞きたいんだけど?」


 そう聞くと、シャルと呼ばれた子供は一瞬俺を見て。


「ぶさいく」


 そう吐き捨てやがった。


「きしさまは、いけめん!」


 そう言って、ヴァンの顔にしがみつくガキ。


「よしチビ、テメェは俺に言っちゃいけねぇ事をいいやがりましたんだわさ」


「なに言ってるの?」


 あぁ、落ち着け俺。

 相手はガキ、相手はガキ、相手は子供、相手は小学生。


「ヴァン」


「はっ」


「ちょっと相手しててくれ。

 こいつの住める部屋が無いか、雅に連絡してみる」


「感謝いたします。

 ほら、シャルも感謝するんだ」


「うー、顔はカッコ良く無いけどありがとう」


 絶対に、前の一言要らないよな!

 という思いで、俺は少し強めにドアを閉める。

 家の廊下から雅の連絡先に通話をかける。



『どうしたの?』


「なんか子供拾ったんだけど、空いてる部屋とか無いかな」


『…………今ならまだ間に合うわ。

 私も着いて行って上げるから自首しましょう』


「ちげぇよ!」



 俺は雅に事情を説明する。

 ダンジョンで拾った事。

 この少女の有する能力の事。

 そして、シャーロット先生の事。

 この少女が何等かの実験施設から逃走中で、狙われている事。


『なるほどね。

 そういう事か……』


「なんだ? なんか知ってるのか?」


『いえ、今の情報だけだとまだ浅瀬って所かしら。

 いいわ、こっちで部屋は手配する。

 日本で一番安全な部屋をね』


「それって……」


『えぇ、聖典が使ってるビルの一部屋を使っていいわ』


「そりゃ助かる。

 流石に、俺の家に住まわせる訳に行かないから」


 つーか、親にも自首を促される気がする。

 いや、大学生が子供拾って来たら当然の反応か。


『そう? 昇のご両親なら許してくれそうだけれど。

 でもそうね、万一ご両親に危険があっても行けないから』


「あぁ、マジで助かる」


『それじゃあ、車を向かわせるから』


「あぁ、今度なんかお礼するよ」


『それは楽しみにしておくわ』


 そう言って通話が切れる。


 なんか、雅って官僚みたいだな。

 いや、大企業の社長とかに命令できる立場だった。


 数十分で黒塗りの高級車が家の前に止まっていた。


「逆に目立つな」


 そう言いながら、肩にガキを乗せたヴァンと一緒に外に出る。


 車の前に行くと、勝手にドアが開いた。

 助手席に雅の姿が見える。


「乗って」


「失礼する」


「どこいくのー?」


「悪いな雅、態々来てもらって」


「いいのよ。

 それに、頼ってくれて嬉しいわ」


 俺たち3人が後部座席に乗り込むと車は走り始めた。

 運転手の人は何も言わない。


「色々、こっちで分かった事もあるから着いてから話すわ。

 その子を保護したのが、貴方で幸運だったかも」


「どういう意味だ?」


「その子の力はクラスの力ではないわ。

 というか、その年齢でレベルを上げるのは法律上無理よ」


「けど実際に……」


「えぇ、だからその子の力はクラススキルじゃない。

 その子の力の正体は、魔物の力よ」


 嫌でも、あの時の光景を思い出す。

 あのトラウマ染みた記憶を。


 雅の言う通りなら、それはまるであの。


「その子を作ったのは。

 いえ、その子をそんな身体にした犯人は。


 ――あの錬金術師よ」


 少し苛立ちの籠った声色で、雅はそう言った。


 それを聞いて、俺もヴァンも息を呑んだ。


「きしさまー、どこ行くのー?」


 社内には、そんな拍子抜けした声だけが響く。

 ヴァンは優しく、その子の頭を撫でていた。

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