第53話 誘拐
人面魔物。
それは、錬金術師と名乗る男が使役していた物だ。
口ぶりから、その素材は人間であるらしい。
ビルに着き、シャルロットという名前の少女を部屋に案内した。
今はヴァンが子守をしている。
俺と雅は別室で話していた。
雅の部屋よりかなり上の階だ。
多分、最上階なんだろう。
外を見ると下が豆粒にしか見えん。
そこで雅は、俺の話を飲み込んだ後に切り出す。
「私とヴァイスは、その死骸を持ち帰り研究した」
「何か分かったのか?」
「あれは、人の肉体に魔物の肉を纏わりつかせて同化させる物なの。
だから、同化中は停止する。
そして、脳以外の全てが同化し、人の脳と魔物の身体能力を持つモンスターになる。
けれど『脳だけ同期させない』というのが上手く行ってなかったみたい」
「だから、知能が弱かったのか」
「えぇ。
でも、錬金術師は別の方法も考えていた。
それが彼女」
――卵巣内
「妊婦を魔物化させた場合、そこから出産される子供はどうなるのか。
実験結果は、あの子を見るに成功の様ね。
大学で使わなかったのはまだ成長途中だからかしら」
「そりゃ、反吐の出る話だな」
「……でも、問題はここからなのよ」
「まだあるのかよ」
「彼女の成長を待たずに、魔物の力を人に宿らせる方法があるの。
クォーター計画、彼女の細胞を人間に注入する事で、4分の1程度の魔物の力を得る事ができる。
クラスと違って、魔物の力にレベルなんて存在しない。
即戦力を大量生産できるとなれば、欲しがる組織は山のようにあるでしょうね」
「じゃあ、シャーロット先生はその裏組織の人間って訳か?」
「恐らくわね。
なんで大学教授なんて隠れ蓑を選んだのかは分からないけれど」
学校の先生が裏の組織のスパイ。
なんて、中学生が考えた様なシナリオだ。
でも、雅の推論もそれを示している。
「てか、雅はなんでそんな事知ってんだよ」
「錬金術師があの少女を預けていた組織が、聖典の管理下にある一つだったから。
でも、彼等はもう聖典グループを抜けたわ。
力を手にしてつけ上がったって所かしら」
少し、イラつく様な顔で雅は言う。
「いや、そもそもその子の事を報告してない時点で裏切る気はあったんでしょう。
やっぱりヴァイスは緩いのよ。
事が終わったら、一度全部締め直すか。
昇もそうした方がいいと思わない?」
え。そこで俺に聞くの?
「あぁー、うん……かもな」
知らんけど。
「そうよね」
ごめん。
名前も知らない人達。
雅に意見するなんて俺には無理っ。
頭が足りない。
「でも、疑問もあるのよね」
「え?」
「あの子が、逃げた方法よ。
確かに強い力を持ってるけど、だからこそ厳重に管理されていた筈。
子供が1人で逃げられるとは思えないのよね」
確かに。
あの子は、研究所とかに監禁されてた。
その研究内容は勿論あの子の事で。
それを制御する為に必要な拘束をするのが妥当なんだろう。
自力で脱出したというには、違和感がある。
「あぁ、それと言い忘れたけど……」
「え?」
その言葉は雅に対する疑問では無い。
それは、一面ガラス張りのこの部屋の外の景色に対して。
「私って、守りに入るのは嫌いでしょ?
だから、悪いけど囮にさせて貰ったわよ」
夕暮れの中を、女が一人。
太陽を背に浮遊していた。
蝙蝠の様な、大きな翼を両の背に携えて。
「なんだよアレ……!」
「今度、釣り堀にでも行ってみようかしら」
そう言って、窓へ向けて雅は手を翳す。
まるで、虚空へ何かを呼び出す様に。
対して、窓の外の女は口に光を収束させる。
まるで、ドラゴンの息吹の様に。
「集中展開、
六角形。
対面の角までの長さは3m程。
けれど、その配置は正確無比。
窓の外に現れた結界に向けて。
既にブレスは放たれていた。
俺には分かる。
その結界術式の高度さが。
あれは本来より大幅にサイズが縮小されている。
術式をあんな簡易所作で実行する
小さくした分のエネルギーを防御力に変換し、相手の攻撃方向を先読みして的確に配置する精度。
所作一つ一つが天才のそれ。
参っちまうな、マジで。
「獲物が釣れる感覚って、クセになりそう」
ビルの外壁は無傷。
完全に結界で防ぎきっている。
こういうのを、探索者に向いていると言うのだろう。
暴虐に、敵を視認する感性。
それは強さに直結している。
そんな気がした。
「ここさ、日本だよな?」
世界で一番安全な国の筈なんだけど。
「間違って無いわよ。
けど、私たちが居るから安全は保障されてる」
「でも、相手は空中だぜ?」
「エスラの特技って何か知ってる?」
聖剣だしたり。
世界有数の剣士だったり。
イケメンだったり。
他にも色々ありそうだけど。
「何処でも剣が振るえるって所。
空中に立ち、海中でも水の抵抗を一切受けずに技を出せる。
剣神の加護……っていうスキルだったかしら」
白銀の鎧騎士が、空を翔けて女に突っ込んでいくのが見える。
「あいつもう何ができないの」
つうか、この状況をほぼ読み切ってた雅が理解できないけど。
「応援でもしておく?」
そう言って、団扇を持って来る雅。
エスラの顔がでかでかと乗っていた。
「なんそれ」
「剣聖団扇、350円」
「たっか」
「そう?
アイドルの物だと適性くらいよ」
「そうなんだ。
まぁ、じゃあ一応振っとくか」
「えぇ」
とか言って、俺と雅は並んで椅子に座る。
そこで、エスラの生バトルを観覧する。
「がんばれー」
「負けたら給料減らすわよー」
とか言ってるうちに、エスラが圧勝した。
気絶させた女を捕らえて、戻って来る。
まぁ、相手が悪かったという所か。
このビルには聖典全員が滞在している。
雷道も木葉も、今は俺も居る。
イザとなればヴァイスも呼べる。
「ってあれ……!」
さっきまでは遠すぎて見えなかったから分からなかった。
俺は、あの女を知っている。
「どうしたの?」
「シャーロット先生じゃん」
どう見ても、同一人物だ。
「……美人ね」
「何の話だよ。
てか、あの人どうするんだ?」
「話を聞くのよ。
施設の位置とか戦力とか、諸々ね」
「あんまり手荒なのは……」
「分かってるわ」
そう話していると、エスラが窓の外まで来ていた。
ノックしてる。
それを見て、雅が壁のスイッチを押す。
すると、窓の上部がスライドして開く。
少し強めの風が入って来た。
流石に最上階だしな。
「幾らするんだこれ」
「このビル100億以上かかってるらしいわよ」
「へぇ……」
もう意味が分からん。
「やぁ、昨日はどうも。
もう二度と、君とお酒は飲まない事に決めたよ。
まだ少し頭が痛い」
そう言って、頭を押さえてみせるエスラ。
「まぁ、飲ますけど」
「……それで、天童さんの命令通り捕まえて来たけど?」
「無視すんなやコラ」
「ありがとうエスラ。
取り合えず拘束しましょうか」
もういい!
飲んでやんないからな!
「これを付けて」
雅が紫っぽい黒の手錠の様な物を差し出す。
「魔封石の拘束具よ。
これが触れている間は、体外へ魔力を放出できなくなるの」
「何それ、めっちゃ便利じゃん」
「だから、警察とか特殊な権限を持った人間しか所持は許されて無いわ」
じゃあ、雅はその権限を持ってる訳か。
「私は、その権限を発行できる立場だから」
……もう驚き疲れたよ。
雅がエスラに手錠を渡し、エスラがそれをシャーロット先生に付けようと動く。
その時だった。
「対象者を捕捉」
シャーロット先生がそう発する。
「最高権限保有者……天童雅。
……捕縛行動に移ります」
そう言って、シャーロット先生の瞳は雅を捉える。
瞬間、エスラの手に有った手錠が弾かれた。
同時にエスラも動き、彼女を投げ飛ばす。
そのまま、
「どうして、私の事を知っているのかしら?」
「僕が居て、そんな事が可能だとでも?」
二つの問いのどちらにも、シャーロット先生は応えない。
真面な会話が成り立っていない。
まるで、機械の様に箇条書きに言葉を並べる。
ていうか、本当に先生なのか?
「天輪術式・エンジェルゲート」
詠唱が完了する。
彼女の手に光を放つ
その腕が、雅へ伸び突っ込んでくる。
「させるか!」
エスラが庇う様に前に立ちはだかる。
「斬るよ」
エスラの斬撃を彼女は腕で受けた。
「そのまま、左腕が跳ねる」
しかし、痛みなど一切感じていない様に彼女の突進は一切緩まない。
シャーロット先生がエスラを抜けた。
その手が、雅へ迫る。
「
雅の前に半透明な六角形の結界が出現する。
それは、先ほどのとは違いかなり大きい。
これなら、完全にあの女の突進を遮断でき……
「なっ!」
まるで、龍の様に変化した腕がその結界を殴り壊した。
今の今まで普通の腕だったのに。
まるで、シャルロットの戦い方と同じ。
やばい。
咄嗟に、俺は名前を呼ぶ。
「スル……」
言いながら、俺は隣を見て。
雅を見て理解する。
あぁ、駄目だ。
名を呼んでも。
スルトが召喚できても。
その時には、既にあの手は雅に届く。
口は紡ぐのを止め、身体は勝手に動いた。
「えっ……?」
驚くエスラの声。
「馬鹿……」
忌々しく呟く雅。
「ちょっ、たんま!」
俺は、雅を守る様に身体を挟み込んでいた。
俺の言葉は無視されて。
シャーロット先生の手が俺に届く。
俺の服を掴む。
瞬間、目が眩むほどに腕輪の光が激しく輝いた。
◆
「……お目覚めですか?」
知らない部屋で、俺は目覚めた。
首には重たい首輪が付けられ。
それは重厚な鎖で壁に繋がっている。
そして、目の前には。
「シャーロット先生……?」
「私は、シリアルナンバー072……と申します」
「同じく、シリアルナンバー055と申します」
「そして、シリアルナンバー118と申します」
「シリアルナンバー……」
「シリアルナンバー……」
「シリアルナンバー……」
「シリアルナンバー……」
「シリアルナンバー……」
「シリアルナンバー……」
「シリアルナンバー……」
大量のシャーロット先生が立っていた。
「まぁ……ギリ天国か」
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