第50話 対局
「それで、お願いって?」
結晶内で青い炎の燃える駒を雅が動かす。
俺は赤く燃える駒。
先行は赤だ。
二度目の手番。
俺は駒を動かしながら答える。
「俺が勝ったら……」
「えぇ」
「俺とキスしてくれ」
雅の手が止まる。
いや、手だけじゃない。
全身硬直してる。
「どうした?」
俺は笑みを浮かべてそう問いかける。
すると、雅は俺を一瞥した。
「……」
目が泳ぐ。
止まっていた手が無理矢理に動いた。
まるで表情を隠す様に、雅は口元に手を当てる。
「昇が勝ったら?」
「そう、雅が負けたら」
「昇は私と復縁するつもりは無いんでしょ?」
「あぁ、そうだよ」
「意味が分からないわ」
木葉にも言った通りだ。
今の所、誰かと付き合う予定は無い。
「ほら、よくあるだろ?
大学生のよくやる罰ゲームみたいな奴」
まぁ、俺はやった事ねぇけど。
飲み会とか行った事ないし。
つうか、誘われないし。
1年の頃に断ったんだっけ。
したら、以降1度も誘われなくなった。
「貴方、そんな事をする性格じゃ無いでしょ」
「そうか? 結構女好きだと思うけどな」
「昇がそんなにチャラかったら、私は付き合って無いわよ」
「チェック」
雅にしては手が緩い。
それは、俺がキングに手を掛けられる程。
さっきまでなら、十数手でヤバい盤面にされてたのに。
俺のビショップの斬り込み。
対して、ルークを横に滑らせて雅はキングを守る。
「そんなに嫌だったか?」
「……」
雅は何も答えず駒を動かす。
大学生。
付き合ってなくてもキスくらいするもんだ。
事実、雅はしていた訳だし。
それを、雅自身分かってる。
だから、言い淀む。
悪気を感じる。
申し訳ない気持ちがある。
遠慮している。
配慮している。
口惜しく感じている。
そんな感情が透けて見える。
「――そんなに気にする事でもないだろ」
その答えに後悔は無い。
「どうして」
「何が?」
「要らない物は捨てたらいいじゃない」
「分かってんじゃん。
捨ててない理由」
要るとか要らないとか。
何言ってんだよ。
悪意がある訳じゃない。
嫌悪がある訳じゃない。
俺は、持ってるモンは大切にする主義だ。
人との繋がりなんて、特に。
「前にも言ったわ、底抜けに優しい貴方が嫌い。
昇には私を責める権利があるのよ」
「別れた女を責めてどうすんだよ」
「好きにすればいいじゃない。
どんな事でも。
私はそれに応えられる」
呆れる。
こいつは頭が良すぎてバグったんだ。
「今この状況がもう楽しいから、それ以上の望みは無いね」
「そう……だったら企画して良かったわ」
思う所があるとすれば。
それは、俺の不甲斐なさ。
雅には何の責任も無い。
いや、それは少し違うか。
仮に、全てが彼女の責任でも、俺にできるのは俺の事だけ。
問題は常に問題に感じている人間の問題だ。
なら、解消しなければならないのは俺。
「負けてくれ」
そう言って、俺は笑い掛ける。
天童雅は、付き合っても居ない男とキスするような人間だ。
だったら、俺もそうなればいい。
それで、雅が落ち込まないのなら。
「負けて、貴方も私と同じ事をして。
そうして、私と対等って?
落ちて来てくれるって?」
天童雅は聡明で。
その上、律儀で。
「馬鹿にしないで」
強情だ。
「貴方が落ちてこなくても、私が昇りつめればいいだけの話でしょ」
「もう、気にしてないのか?」
「し続ける。
そうしたいの」
「そうか……」
「貴方と居ると、私の在り方を強制されている様な錯覚を感じる時がある」
「実は俺、催眠術の使い手なんだ」
「何よそれ」
コーヒーに砂糖を一つ混ぜて、雅は微笑む。
「チェックメイト」
「え?」
「貴方の負けよ」
うわ、ほんとだ。
盤面を見ると詰んでいる。
「流石」
「昇が勝てるタイミングが3回あったわ。
けれど、貴方は全部見逃した」
「そうなのか、全然気が付かなかった」
「嘘吐き」
俺は、可愛い雅も好きだけど、カッコいい雅を見るのが好きだ。
「なんの事だかな」
堂々と、圧倒的に、誰にも臆さず佇む姿に憧れる。
真似る事が不可能だと知っていても、それを追ってしまう程に。
「でも、また何かあった時は俺の事も頼ってくれよ」
俺自身は聖典に席を置くわけじゃない。
だから、雅にとって俺は部外者だ。
それに、雅はできる限り俺に力を使って欲しくないと考えている。
「それは……」
でも。
「結局、お前が死ぬと俺が暴走するってのは事実な訳だし。
勝手に思うと、木葉や家族が死んでもそうなると思う。
だから、そうならない為にも」
「分かったから。
その、ありがとう……」
「良し。俺の勝ち」
「何言ってるの?」
「やっぱり、元カレとしてはあのフラれ方はムカついたりもする訳ですよ」
だから考えていた。
どうやって、雅に復讐してやろうかと。
そして、俺は俺が一番嬉しい復讐方法を考えた。
「お前が捨てた俺に、お前が感謝する。
これが、ざまぁみろって奴だ。
俺はお前に頼られて、感謝されるくらいの人間になってやったぜ?」
強くなって。
お前に頼られ、感謝される。
それが、俺にとっての復讐だ。
あと、言い忘れていた事も言おうと思う。
多分、勘違いさせてたから。
「嫌味な台詞」
「ははっ、確かに。
でも、待っててくれてありがとう」
俺の言った、待っていて欲しいという言葉。
それは、お前に頼られる様な人間になる。
その誓いの意味だった。
「……こちらこそ、待っていてくれてありがとう」
そう言ってにっこり笑う雅を見て。
してやったりと俺は思った。
「なぁ、雅……今何時くらい?」
「7時を回った所かしら」
「じゃあ、そろそろいいかな?」
「…………凄く嫌な予感がするのだけれど」
「リジーさん、お酒ってありますか?」
「えぇ、どのような銘柄でも直ぐにお持ち致します」
「じゃあ、麦焼酎ロックで」
「畏まりました」
リジーさんに注文を終える。
すると、雅が頭を抱えて居た。
「私は飲まないから」
「へぇ、付き合ってくれないんだぁ。
あぁ、めっちゃ悲しかったな……」
「…………はぁ、付き合えばいいんでしょ!」
「そうそうそうです!」
割と久々だぜ。
それに、大人数というのも楽しい。
もう召喚獣も全員呼ぶか!
「ぁ……、先輩まさかお酒飲んでるんですか?」
ゾッとした表情で、木葉が言う。
「勿論、木葉も飲むよな?」
「あぁ、トラウマが……」
口元を抑えてそんな事を言う木葉。
何言ってんだろ。
「木葉ちゃん、私は分かるわよ」
雅がそう言うと、木葉が涙ぐんで顔を合わせる。
「天童先輩……マジヤバいですよねこの人」
「マジヤバいわね。
無駄にお酒に強いし、アルハラ気質なのがもう……」
「そう! そうなんです。
全然許してくれないんですこの人」
何故か、頭を抱える2人。
意味が分からない。
ていうかいつそんな仲良くなったの君達?
「飲み会もするのかい?
勿論僕も付き合わせて貰うよ」
「おぉ、じゃあ男同士飲むか」
「そうだね、水入らずで話したい事もあったし」
「エスラ……気を付けなさい」
「助けて欲しい時は、大声で叫ぶんですよ」
「え? 何言ってるんだい君達」
「ほんと、何言ってんだよお前等」
それから、エスラは酔うと愚痴を言い出す事が分かった。
「だから、皆コミュニケーションエラー過ぎて僕に皺寄せが来るんだよ!」
「おぉおぉ、そうだよな。
いやー分かる。分かるぞー」
何も分からないけど、取り合えず言って置くのが重要だ。
「真面な人が入って欲しいってずっと思ってたんだ!
だからヴァイスが入ってくれて凄く助かりそうなんだよ!」
「分かる、本当そうだよなぁ。
そういう時は飲め、飲むんだ!
嫌な事を忘れられるからな!」
「あぁ、今日は飲むよ!
ていうか、昇君が飲んでるそれ何?」
「え?」
いつの間にか、俺の手に酒瓶が握られている。
銘柄はテキーラ。
これくらいなら、別に酔わない。
「まぁいいから、お前もこれ飲め!」
そう言って、テキーラをエスラのコップに注いでいく。
「そう言えば何であの時、スルト君たちは僕等に仕掛けて来たんだい?」
エスラの言っているのは、不死街での事だろう。
確かに。
コイツからすればあれは不可解か。
「ただ、自分の今の実力を知りたかっただけだ」
「修練って訳かい?
まぁ、君がそう言うならそうなんだろう。
他に僕等を襲う理由も分からないしね」
眠そうな表情でそう言うエスラ。
「あいつ等のリベンジマッチに付き合ってくれてありがとな。
ありゃ、寝ちまってるよ」
仕方ないので介抱を使用人の方に任せて、俺はカウンター席からテーブルに移動する。
「雅、隣座っていいか?」
「ヒッ……え、えぇ勿論……
でも昇、私あんまり強く無いから……」
「うん? まぁ、知ってるけど」
「許して……」
媚びるような表情で、雅が言う。
珍しい顔だ。
で、俺は言ってやる。
「嫌、ちょっとはやりかえさせろ」
「本当にごめんなさい。
本当に悪いと思ってるのよ?
本当よ? だから……」
ちょっと涙ぐんでるような気すらする。
「じゃあ、一緒に飲んでくれるよな?」
「……付き合います」
全てを諦めた様な表情で、雅は呟いた。
そのやり取りを見て、木葉の顔が青ざめる。
「わ、私はちょっとあっちで……」
「どこ行くんだ木葉?
一緒に飲もうぜ? な?」
「あ、あぁ……は、はい……」
木葉の笑顔がぎこちなく感じる。
なんだろ、ちょっと酔ってんのかな俺。
酒を飲むと楽しい気持ちにはなる。
俺の場合は、なんか笑えて来るのだ。
意識は全然明瞭なんだが。
まぁ、そこまで行くのに結構飲まなきゃいけないんだけど。
「おら、飲め飲め飲め飲め!
がはははははははは!」
「主、失礼します」
そう言ってスルトが、酒を口に入れる。
全部下から出て来た。
「ぎゃははははは!!」
おもろすぎだろこいつ!
「って、他の奴らは?」
気が付くと、周りにはスルトしか居なかった。
「皆、既に別室で休んでおります」
「おぉそうか!
じゃあスルト、今日はもっと飲むぞぉ!」
「お供いたします、主」
◆
「あれが、高位ランクの探索者ですか……」
「流石ですねリジーさん」
「えぇ、皆様や召喚された魔物の方々も既に潰れ居るというのに」
「もう何本目ですか?」
「既にお1人で10升は空けていますよ」
「確かにこれは、秘匿しなければならない情報ですね」
「うん、そう……なのですかね……?」
リジーは首を傾げながら、昇の誘いに付き合うハメになるのだった。
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