第49話 天才達の遊戯


 カフェに辿り着く。

 それは、かなり高級感のある場所だった。

 良く分からん絵画が飾られてる。


 そして、中へ入り目に入るのはメイド服。

 10人程が一礼している。


 ただ、それはジャパニメーション全開の物ではなく。


「いらっしゃいませ。

 本日、皆様のお世話をさせていただきます。

 執事長のリジーと申します」


 本物。


 そんな単語が思い浮かぶ佇まい。

 白い整った髭と髪を生やした老人。

 更に、彼を中心にクラシカルなメイド服に袖を通した20代から40代程の使用人たち。


「悪いけど、少し外を煩くしてしまったわ」


「ご心配には及びません。

 店の窓ガラスはマジックミラーに改築しておきましたので」


「用意が良くて助かるわ。

 それと、先に言っておくけれどここでの事は……」


「勿論、誰にも他言はいたしません」


「分かってくれているなら良いわ」


 何か、社長とか政治家とか、雅がそんな雰囲気を纏ってる様に見えて来た。

 ヴァイスが聖典を使って指示していた者達。


 政治家や起業家。

 その財力と権力を使えば簡単な事なんだろう。

 でも、貸し切りどころか本物のメイドと執事って。


「それじゃあ、座りましょうか?」


 店内にはテーブル席とカウンター席がある。

 けれど、テーブルは1つしかない。

 普段の営業どうやってんだろ。

 いや、今回の為だけに配置を変えたのか。


 丸いテーブルが、4方の開いた丸いソファで囲われている。

 それも全部高級品っぽい。


 何というか金持ちの道楽の類だ。

 けど、木葉もエスラも普通に席に着いた。


「どうしたんですか先輩?

 ここどうぞ」


 木葉が自分の横を軽く叩く。


「あ、あぁ」


 木葉の左隣に座るとエスラが正面、雅がやや左に座る。


「お飲み物はどうされますか?」


 使用人の一人が、俺にそう聞いて来る。

 因みに他の3人も別の使用人に聞かれてる。


「あ、メニューとかって」


「なんなりとお申し付けください。

 どのような物でもご用意させていただきます。

 ヴァンパイアの脳髄でも、レッドドラゴンの生き血でも」


 そんなもん、誰が飲むんだ。


「じゃあ……アイスココアで」


「畏まりました」


 お腹の辺りに両手を当てて、奇麗に彼女は一礼する。

 なんか、すげぇな。


「コーヒー、ブラックで頼めるかしら」


「僕は紅茶をお願いしても?」


「レモンティー1つお願いします」


 普通に注文してるよ。

 この3人はこういう状況に慣れているらしい。

 どういう大学生だよお前等。

 エスラは24だけど。


「それと、紙とペンを貰える?」


 雅がそう言うと、リジーと名乗った執事服の男性がポケットから万年筆とメモ帳を取り出して渡していた。

 それ、私用じゃないの?


 雅は慣れた手付きで、召喚陣を書いていく。


「ヴァイス」


 それを隣に置くと、ヴァイスが現れた。

 俺も、合わせて呟く。


「スルト」


 もう、俺の召喚に陣は必要ない。

 まぁ、俺の周りに出すのならって誓約はあるけど。


「お久しぶりです。

 神谷昇……スルトも……」


「あぁ、前は助かった」


「我も、貴様の力は認めよう」


 スルトが、こんなに簡単に身内以外を認めるには珍しい。


 ヴァイスは、俺たちに挨拶を済ませるとエスラを向き直る。


「騙していた事、謝罪する」


「別にそんな風には思って無いよ。

 正体不明の命令差出人の顔が分かっただけ。

 それに、どちらかと言えば僕は君に感謝している」


「そう言って貰えると助かる。

 そちらも、悪かった」


 今度は木葉へ頭を下げるヴァイス。


「天童先輩には助けて貰いましたし。

 私もエスラと同じで、聖典に入った事がマイナスだった訳じゃないですから」


 でも。


 と、真面目な表情で木葉はヴァイスを見る。

 その意味は何となく察しがついた。


「貴方が聖典由来の全ての組織を管理しているという事は、SIDE=Xにも関わってるって事ですよね?」


 SIDE=X。

 世界中に存在する探索者育成機関であるSIDE=0の裏の顔。

 秘密裏に諜報や暗殺に秀でたクラスやスキルを有する子供を集め、暗部として育成しているらしい。

 木葉も、元はそこの出身だ。


「あぁ、我等の指示でそれは動いている」


「止めさせてください」


 その真摯な訴えを。


「それは無理だ」


 ヴァイスは真向から否定する。


「どうして」


「情報戦で他の組織や政府に遅れを取る訳には行かない。

 その為に、彼等の育成は必須だ」


 何かを思い出す様に、木葉はヴァイスを睨む。


「お互いで殺し合いをさせるのが、育成ですか?」


 殺気とも呼べる感情のまま。

 彼女は言った。


「先輩、顔を潰してしまってごめんなさい。

 でも、私は我慢できません」


 ココアを飲みながら、俺はそれを眺める。


「あぁ、言いたい事は言っとけ」


 それが、聖典という探索者チームに所属していた。

 そこで、仕事を熟していた木葉の権利だ。


「殺し合いか……」


「最後まで残った2人で殺し合いをさせて、残ったほうだけが諜報員になるなんて、馬鹿げてる」


 その言い合いを見て、エスラが少し焦ったような表情を浮かべる。

 ただ、俺と雅は無関心にそれを眺めるだけ。


「であれば、必要な情報を逃し大勢の人間が死ぬのが望みか?」


 ヴァイスは未来から来た。

 けれど、だからと言って未来の全てを知っている訳では無い。

 ヴァイスが知っているのは、己で記憶した事だけ。


 俺の為に、ヴァイスは聖典を作った。

 俺が、詰まない様にだ。


 雅の死や、俺の暴走は、その瞬間だけ回避できれば終了という単純な物ではない。


 何か、別の理由で雅が死ぬかもしれない。

 何か、別の理由で俺が暴走するかもしれない。

 その全てを考えてヴァイスは様々な事に取り組んだ。

 雅を聖典に入れたり。

 俺が探索者になる様に仕向けたり。

 権力や経済力を手に入れたり。


 その中の一つに、諜報員の育成が入っている。


「……だから納得できるとでも?」


 その辺りで、雅が口を挟む。


「ヴァイスがやって来たのは、10年程前なの」


「だからなんですか?」


「そこから準備を始めて、貴方を見つけたのは3年程前。

 3年前、木葉ちゃんは何をしていたか覚えてる?」


「確か、聖典に入る事が決まって……入学の準備を……?」


「今は、非人道的な方法での育成は行われていないわ」


 それが答えだ。

 そもそも、ヴァイスは知っている。

 知識がある。

 未来の、優秀な人材の。


 最初から原石だけを集める事ができる。

 そして、彼等が目覚める異能を知っている。


「殺し合わせる等、それ以外に方法を知らぬ愚か者のする事だ。

 反骨精神も、心意気も、忠誠心も。

 他の方法でどうとでも補填は聞く。

 才を見極める才があればな」


 それは、木葉の怒りの矛先を潰す解答。

 彼女の悲願は最初から叶っている。


 行き場の無くなった願いは後悔に変わる。


「……どうして、もっと早く見つけてくれなかったんですか」


「すまない。お前の友人は、間に合わなかった」


 残った最後の2人で殺し合いをさせる。

 それを、どうして木葉が知っているのか。


 可能性は2つ。

 最初から知らされていたか。

 実際に、それを行ったか。


 木葉の表情を見れば答えは明白だ。


「すみません、お手洗いに行ってきます」


 そう言って、木葉は席を立った。

 俺、雅、エスラ、スルト、ヴァイスが残る。


「色々と、彼女も大変だったみたいだね」


 そう言って、エスラは紅茶を口に付ける。


「なんか、あっさりした感想だな」


「僕には人を生き返す様な力は無いよ。

 ヴァイスと違ってね。

 呼び捨てでもいいよね?」


「あぁ、構わぬ」


「もう一度過去に戻ってやり直せばいいんじゃないかい?」


「それはできぬ。

 容易に獲得できる力では無い。

 今の我等には過去へ渡る方法は、無いと言っても過言ではない」


「まぁ、そうだろうね。

 何度でもやり直せるにしては、不安の色が見て取れる」


 まるで、感情を読む様にエスラは言った。

 戦いばっかしてると、表情で感情も分かるのかね。

 雑誌で見たけど、エスラは結構有名な剣士らしい。


 免許皆伝とかしてるみたい。

 その上に、剣聖のクラススキルと聖剣召喚があるらしい。

 その力があったから一流剣士になったと思ってた。


 でも、免許皆伝したのは十代の頃。

 まだ、レベルを上げだす前らしい。

 こいつもこいつで別ベクトルの天才だよ。 


 少しすると、木葉が戻って来る。

 そして、ヴァイスに頭を下げた。


「先ほどは申し訳ありませんでした。

 あの組織を正して頂いてありがとうございます」


 木葉の家で飲んだ時の事を思い出す。


 涙を浮かべて木葉は言った。

 自由になりたい。と。

 そして、その願いは最初から叶っていた。

 聖典の仕事はある。

 けれど、それ以外の全てが木葉は既に自由だった。


 聖典の目的が無くなっても。

 聖典が崩壊しても。

 彼女が元の組織に戻される事はない。

 最初から、ヴァイスはそういうつもりだった。


「謝る必要は無い。

 説明できず、すまなかった」


「いえ、先日も助けて頂いてありがとうございます」


 そう言って、木葉は俺の隣に座り直した。


 あぁ……俺かエスラじゃん。

 この空気で声出せるの。

 エスラを見ると、譲るよみたいな顔してる。

 まぁ、雅や木葉との関係を考えると俺か。


 うーん。


「ゲームやろうぜ!」


 できるだけ明るめに俺はそう言った。


「そういう所よね」


「まぁ、先輩が言うなら」


 そう言って、雅と木葉はクスリと笑う。

 エスラは腹を抱えてる。

 この野郎……


 ヴァイスとスルトは無反応。

 つら。


「お持ち致しました」


 リジーさんが後ろから声を掛けて来る。

 その横には使用人さんが3人並んでいる。

 一人一組づつ、チェスを持ってきてくれたらしい。


 それを机の上に広げていく。

 駒までちゃんと並べてくれた。


 クリスタルの駒なんて初めて見た。

 しかも、なんか普通のクリスタルじゃない。

 中で炎の様な物が燃えている。

 何これ、ファンタジー物質?


「上位精霊の炎を、フロストドラゴンのブレスで閉じ込めて削った物です」


 リジーさんがそう説明してくれる。

 幾らすんだろ。




 ◆6時間後。




「負けました~」


 木葉が項垂れながら俺とエスラの対局に割って来る。


「誰相手だっけ?」


「スルト君です。

 なんで、あんなに強いんですか?」


「まぁ、俺の軍師なんで」


「けど、先輩が一番成績悪いですよ」


 そう言って、リジーさんたちが用意してくれた戦績ボードを指す。


 俺は2勝だ。

 エスラと木葉が4勝。

 スルトが8勝。

 ヴァイスは11勝。

 雅は15勝だ。


 上と下の開きやばすぎ。


「はい、これで僕の5勝目だね」


「うわ、視てなかった!」


「ははっ、待ったは無しだよ」


 クソォ。

 ボードのエスラの勝数が一つ増える。


「それにしても、やっぱり僕等じゃあっちの3人の相手は無理だね」


「そうですね、私全敗です」


「僕もスルト君に1回勝っただけ」


「俺はお前等に一勝づつしかしてない」


 てか、雅全勝か?

 いや、ヴァイスが2回勝ってるのか。

 あいつもやるな。

 スルトだけ一歩及んでない感じ。

 まぁ、ルール覚えたの一週間前だし。


 つか、ルール覚えて一週間でなんで俺が負けるんだ。


「どうにかして、勝ちたいよね」


「そうですね。忍者ながら、全く方法が思いつきませんけど」


「まぁ、何してもいいなら雅には勝てるかな」


 スルトは、俺が負けろっつったら負けるだろうけど。

 まぁ、言わないけど。


「え、天童先輩にですか?」


「それは興味深いね」


 多分、大学内でも俺だけしか知らない天童雅の弱点。


 雅は死ぬ程酒に弱い。


 一滴でも飲むとすぐ顔が赤くなる。

 コップ一杯も飲めば泥酔だ。


 けど、誰かにバラしたら雅に殺される。


「なぁ、別に精神的に揺さぶるのとかはアリだよな?」


「まぁ、公式戦って訳じゃないしね」


「ていうか、それくらいしないと絶対勝てませんよ」


 だったら、作戦はあるか。


「何か勝てる見込みでも?」


「天童先輩めっちゃ強いですよ?」


「あぁ、そろそろ最終戦だろうしな。

 1回、勝って来るわ」


 そう言って、俺は丁度スルトとの対局を終えた雅の隣に座った。


「俺が勝ったら、俺のお願い1個聞いてくれないか?」


「どういうお願いかしら?」


「受けてくれるなら言うよ。

 まぁ、勝つ自信が無いなら、降りてもいいけど?」


「安い挑発ね」


 そう言って、雅は笑った。


「乗って上げる」


 そして、俺と雅の対局は始まった。

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