第59話 最強
眩い光は、強さを増していく。
憶えている。
シャーロット先生とファイに向けて、俺は右手を伸ばした。
けれど、その後どうなったのか。
思い出せない。いや見た気がしない。
ここが何処なのか分からない。
今の自分の状況が判別できない。
微睡と焦燥の堺を、綱引きされる様に浮き沈む。
そんな俺を現実に引き戻したのは、どうしようもない程の……激痛だった。
「いっっっっでぇえええええええええええええええ!!」
必死に痛みに耐えて、俺は目を開ける。
「昇、大丈夫だから。
少しだけ、頑張って」
目を開けると、雅の顔が視界を埋める。
「何が……」
彼女に手を伸ばそうと俺は、右腕を伸ば……
「あ……?」
「今、傷口を塞いでるから……
私のクラスの名に賭けて、貴方の傷は必ず塞ぐから……」
俺の腕の肩から先が無くなっていた。
そこから流れたであろう血液が、雅の衣服を真っ赤に染めて。
「大丈夫……だから……」
悲痛な面持ちで、雅が俺の肩に手を置いている。
彼女の手から黄緑の優しい光が溢れ、俺の肩を覆っているのが見えた。
俺の右腕はあの時、魔法陣の発する円柱状の光の中に入っていた。
先生とファイを助けようとして。
その部分が、千切れたのか……?
だったら……
痛みに耐えながら、俺は頭を巡らせる。
2人は……どうなった?
首を雅から別の方向を向けて……
「昇、見ちゃ駄目よ」
そう、雅が俺の顔に手を添える。
それは、殆ど答えだ。
「雅、俺は結局何も出来なかったのか?」
俺は、また失ったのか……?
雅が目を瞑る。
何かを考える様に、眉間に皺を寄せて。
俺の顔に添えた手が退けられる。
俺は、雅とは逆側に視線を向けた。
「先生……ファイ……」
それは、動かない。
当然だ。
それには、首から下が存在しなかったのだから。
首の上と、手首の先が、パーツとして床に転がっている。
その目は閉じていて、とても生きている様には見えない。
「逃げきれなかったみたい」
「ぁあ……そうか……」
スッと、水が耳を伝って落ちた。
――その瞬間、2人の目が開いた。
「昇さん」
「神谷君」
……
…………
………………え?
「な、生首が喋ったぁあああああああああああああああ!!!」
「一応、人造人間なので。
頭さえ無事ならパーツを換装すれば、記憶は保持されます」
「そういうことよ」
「あ、あぁ……そうなんだ。
心臓口からでかけた」
「あんまり無駄に心拍数上げないで貰っていいかしら」
「しょうがないだろ、先に言っとけよ!」
「私だって知らなかったんだから仕方ないでしょ!」
そう言って、少し強めに肩を押さえられた。
雅さん痛い、痛い痛い痛い!
「ありがとうございます。
貴方が手を伸ばしてくれたから、私は外に出ようと思えました」
「私も、ありがとう。
どうしてか、貴方に名前を呼ばれた一瞬だけ身体が自由に動いたの」
「良かった……生きてて」
「ですが、動けたのは私とシャーロットお姉様だけです。
それとシャルロット様も、金髪の男性に間一髪助けられました。
「昇と同じ様に、下半身がかなり持っていかれたけどね。
でも、そっちはスルトが治療してる。
自己再生能力もあるから、多分命に別状は無いわ」
「しかし、他の皆は……」
「そうか……」
悔しくて利き手の拳を握り込もうとして、その拳が無い事を思い出す。
「つうか、結局どうなったんだ?
ヴァイスがやろうとしてた事は……」
そう、俺が言うと同時に雅の目は曇る。
それは、先生もファイも同じだ。
「――よぉ、俺」
声の主は、俺を見下ろす様に頭の上から出て来た。
靴が耳の隣を踏む。
それは、どこかで見た事のある様な人物。
でも、決して実在する筈の無い人物。
俺、だった。
「スルトから状況を聞いてやっと理解できたぜ。
どうやら、俺は過去に戻って来たらしい」
「主よ、今はヴァイスと名乗っております」
「あぁ、そうだったなヴァイス。
お前はよくやった。初めて、お前に感謝してるぜ」
「勿体なきお言葉」
ヴァイスを侍らせるその男。
名前なんて一見しただけで分かる。
こいつは、神谷昇だ。
鏡で見る俺の顔とは、少し違う。
左右が逆だから当たり前だけど。
随分と痩せている。
ゲッソリしていて、血色も悪い。
足元も覚束ない様でふらふらしている。
そいつは俺を見下ろして言う。
「お前は良いよな。羨ましいよ」
馬鹿にするように、そいつは言う。
「は……?」
「ヴァイスが居たから、お前には取り戻せる位の不幸しか舞い込まなかった。
達成できる壁みたいな物を順番に並べて貰って、それを頑張ってるみたいな顔して昇ってただけ。
恋人も家族も死なず、世界は平和で、お前の住む街は今も存在してる。
全部無くして、取り戻す術なんてどこにもなかった俺とは、幸運の度合いが違うよ」
「家族が死なず……?」
「あぁ、暗月の塔の暴走で死んだのは雅だけじゃねぇ。
母さんも親父も死んだ。
聖典なんてヒーローは居なくて、街は魔物に蹂躙された。
俺の世界には、幸運なんてどこにもなかった」
再度、俺は俺に言う。
「お前が羨ましいよ。
この馬鹿は、俺じゃ無くてお前を救った。
本当に、役に立たない召喚獣だが。
でも、こいつはやっと俺に幸運を齎したんだ。
俺は、この
この世界は、俺がヴァイスに望んだ世界だ」
変だ。
という事に、俺は今更気が付いた。
何で、俺とこいつの会話に雅は何も言わないのだろう。
いや、スルトや他の奴らの声が一切しないのは。
「お前、皆をどうした」
「あぁ……それな」
俺は、つまらなそうに澄ました顔で語った。
「まず、リンがブチ切れて俺に突っ込んで来た。
それに乗っかって、エスラの馬鹿も俺を殺そうと聖剣なんかを出してきやがった。
雅とスルト以外の
だから、俺はヴァイスに命令した。
全員倒せってな」
馬鹿な奴らだと、微笑して、俺は俺をまた見下した。
「聖剣2本しか出せねぇエスラに。
異能すら目覚めてねぇ木葉とシュレン。
残りはCランクの雑魚モンスター。
俺に勝てる訳ねぇのにアホな奴らだ。
俺との契約を結び直したヴァイスに魔力制限はねぇ。
一瞬で全員のされやがって、寝てるぞ」
「お前……!」
「なんだよご都合野郎。
テメェも所詮、ヴァイスが居なきゃこうなってんだよ」
「一緒にしてんじゃねぇ」
「テメェこそ、一緒にしてんじゃねぇ。
俺は、絶対取り戻すぜ!
無くしたモン片っ端から全部!」
もう、身体は動く。
左手の拳を握りしめて。
「退け」
「昇……」
俺は雅を退かして立ち上がる。
「ふざけんじゃねぇ。
ぶん殴って目ぇ覚まさせてやるよ!
ここはテメェの世界じゃねぇって事をな!」
思いっきり、拳を振りかぶる。
「あれ……?」
俺は尻もちをついていた。
腕が無いから、バランスが取れてない。
「今、お前の目の前にある壁は、お前が乗り越える事を前提に用意された今までの物と同じじゃねぇ。
ガキの遊びは終わり、現実ってモンを知る時間だ。
召喚士としての力量も、知ってる絶望の深さも。
お前じゃ俺には勝てねぇ、それが現実だ」
「お前、何をする気だ……」
「言っただろ、ただ取り戻すだけだ。
治し終わったなら行くぞ……雅」
「えぇ」
神谷昇の呼びかけに応え、雅が立ち上がる。
「雅……?
何やってんだ」
「私、この人の彼女になる事にしたから。
……だから、さよなら」
神谷昇は、その肩を抱き寄せて。
「は? 何言ってんだよ!」
「もう、貴方とは別れてる。
とやかく言われる筋合いは無いわ」
「そういう事だ。じゃあな。
ヴァイス、飛ばせ」
「御意。逆式召喚」
ヴァイスがそう唱える。
すると、俺の目の前から3人の姿は消え去った。
ドロドロとした何かが、俺の心を満たして行く。
この感覚は4度目だ。
俺の力が暴走しかけている。
それを自覚しているのに、感情の波が収まらない。
「主よ、どうかお聞きください」
「スルト……
あの子はどうなった」
「問題ありません。
治癒は完了しています。
それよりも、今は主の方が重症かと愚考します」
「悪い、止められそうもない。
自分で、どうにもならないんだ」
結局、俺は間違っていた。
雅は最初から俺に言ってくれていたのに。
俺に探索者を辞める様に助言してくれていたのに。
俺は、自分の欲望でそれを否定した。
雅には、きっと俺が何れこうなる事が分かって居たのだろう。
それでも、あいつは許してくれた。
俺の願いを聞き入れ、理解しようとしてくれた。
それなのに、結局俺は何もできない。
こんな俺じゃ、あいつの隣には居られないと分かって居た。
だから、頑張っているつもりだった。
でも、未来の俺が言った通りだ。
俺が言える『頑張った』なんてのは、所詮達成できる様に調整された努力でしか無くて。
「なぁ、スルト……
俺はあいつの偽物なのか?」
「いいえ、と、我は主の言葉を否定します。
ですが、ヴァイスは決してあの男の言葉を否定しない。
我もヴァイスも、主もあの男も認識している。
それは、同じ名を持つ存在でも別人であるという事実です。
主とあの男は違う。そこに本物や偽物という分別はありません」
「でも、あいつは俺より強いじゃないか」
「個人の間には確かに優劣が存在します。
知性で、主は天童雅にどう足掻いても勝てない。
武力で、主はどう足掻いてもエスラに勝てない。
召喚士としての力量では、主はあの男に勝てないかもしれない。
ですが、それが何だと言うのですか?」
「……」
「我は、主があの男より優れる部分を知っています」
「何処に、そんなモンがあるんだよ」
「あの男はヴァイスに命令しかしない。
けれど、主は我等を信頼して下さる。
それは、天才を懐柔し、召喚獣に矛盾する程の心を宿した。
貴方の両親と、経験と、失恋が培った天性の才能です。
けれど、あの男は遠き過去にその才能を捨てて来た」
「だから何だよ。
そんなモンがあっても、どうしようもねぇだろ」
「それがあるからこそ、主にはまだ先がある。
主にはまだ次がある!
我も、皆も、聖典も。きっと主に協力する。
協力させたいと思わせる力が貴方には存在する」
「全員負けただろうが!
願ったって無意味なんだよ!」
自棄になって俺は怒鳴る。
けれど、その怒気は一瞬で冷めて消えた。
「願いが叶わぬからと諦める等、言語道断!
我が主として、恥を知れ!」
スルトへ抱く恐怖が勝ったからだ。
その迫力に俺は気圧される。
足をばたつかせて、腰が引けた。
「立ち上がらず絶望するだけならば、そうすればいい。
身勝手に願うだけ願い、責任も取らず敗走するなら勝手にすればいい!
その時は、その命、我が責任を持って跳ね飛ばさせて頂く!」
ズン、とスルトの手から大剣が現れ地面を撃った。
久しぶりに見たな、その剣。
「スルト……けど仕方ないだろ。
俺は召喚士で所詮人任せの人間なんだ……それ以上なんか」
「それを否定はいたしませぬ。
しかし、願いには報酬が必要です。
それが願う者の責任です。
主はいつも、そう思って来たのではないのですか?」
そうだ。
その通りだよ。
俺は、お前たちに報いたかった。
お前達の必要を用意してやりたかった。
雅にも、感謝を返済できるくらいになりたかった。
だから。
「俺とあいつの最大の違いはお前だな」
「それはどういう……」
「ヴァイスじゃ絶対に言わない様な事をお前は言ってる。
だから、俺も信じてみたくなる。
もしかしたら、負けて無いかもってな」
黒い魔力が消えていく。
俺の心にあったドロドロとした物が融けていく。
魔王への絶望は、希望で掻き消せる。
「頼んでみるよ、またアイツらに。
俺一人じゃ逆立ちしても勝てないし。
お前等だけでも多分キツイだろ」
「それができれば、戦術の幅も大きく広がるかと」
そう言って、俺は彼等の方へ視線をくべる。
ヴァイスに潰され、倒れた……
「いいや、そんな必要は無いよ」
「エスラ……大丈夫なのか?」
「いいや、結構ボロボロだよ。
本当に強かった。
でも、このままじゃ居られない。
僕はこれでも、最強を背負ってるから」
「私もですよ先輩。
天童先輩には、恩があります。
色々迷惑もかけました。
なので、協力させて下さい」
「テメェに礼の礼をされたままなんでな。
それと、テメェと同じ顔面の奴を殴れる機会なんざ中々ねぇからな」
「うるせぇ筋肉ダルマ」
「はっ、俺は授業では眼鏡を掛けてる」
「…………だからなんだよ?」
「あはは」
「はぁ……雷道ってほんとバカですよね。
けど、それと真面に喧嘩する先輩も結構……」
「取り合えず、奴らの居場所を特定する所からだな」
スルトがそう言うと、全員が頷く。
「あぁ」
「そうだね」
「そうしますか」
「俺はやらん、やり方が分からんからな」
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