第65話 天命


「なぁヴァイス、この世界の俺はどういう人間なんだ?」


 自分でも記憶が曖昧になっている。

 そんな事に最近気が付いた。

 忘れたくて、何度も思い出した。

 それを繰り返して、事実が何か良く分からなくなる。


「天童雅殿にお聞きした方が良いのでは?」


「聞きにくいだろ。

 つくづく、魔王みたいな事やっちまってる俺じゃ」


 女を搔っ攫って来て、抱いて。

 で、自分は先に死ぬだ?

 終わってる。


「……この世界の神谷昇、つまり貴方は。

 そう、お人好しという言葉が似合う……そんな存在かと」


「お人好しね。

 そんな人格だった記憶はねぇけどな」


「黒の女王の封印。

 次元龍の撃退。

 混沌迷宮殿の攻略。

 同時迷宮暴走事件の解決。

 魔術結社クラウンの壊滅。

 主は事実上、世界を5度救っています。

 細々とした物を合わせればもっと……」


 だとしても、そんな事は今更意味の無い。

 別世界の関係ない話だ。

 過去に戻って来た今、そんな成果は無に帰した。


「……それに、それは違うだろ」


 思い出すのは、酒に酔っていた記憶だけ。

 ヤニの味で頭を麻痺させていた記憶だけ。


 世界を救ったのは、俺じゃなくて。


「そりゃ全部、お前の功績だ」


 俺はただ、命令しただけ。

 倒せと。殺せと。砕けと。進めと。

 困難なんて、感じた事も無い。

 いやきっと、こいつは感じてたんだろう。


 けど、俺はそれに手を貸さなかった。

 俺は、命令以外の何もしなかった。


 そして、そんなヴァイスがこの世界の俺を優しいと言うのなら。


「きっと、こっちの俺はお前等にも優しいんだろうな」


「……」


 こんな力を授かった事。

 何度恨んだかも覚えてない。

 愛した女を殺した魔物の力をどれだけ極めても。


 俺は絶対に救われない。


 そう、思っていた。


 でもきっと、俺は何度も救われてたんだろうな。


「分かってんだよ。

 分かってんだけどな……」


 頭を掻く俺を、ヴァイスは静かに見る。

 俺の次の言葉を待っている。


「俺の好きになった女は、この世界には居ないし。

 俺の人生は結局、お前に依存した物だった。


 ――でも、もう一度最後にお前に頼んでもいいか?」


「仰ってください」


「この世界の俺に、お前の本気を見せてやってくれ。

 きっと、それが俺の人生の意味なんだ」


 ヴァイスが、俺の腹を貫いた時。

 相当酔って居ながら、俺は思っていた。


 ヴァイスのその感情は、俺が捨てきれなかった気持ちだ。

 と。


 今更、頼みなんて都合が良すぎるのは分かってる。

 だから、もう縛り付けるのは辞めだ。


「頼む」


 俺は、ヴァイスに頭を下げた。


「頼まれました」


 短く、しかしはっきりと。

 ヴァイスは俺にそう返す。


「俺が、あいつに手紙を送ったのは気が付いてるんだろ?」


「えぇ、こちらの住所は消しておきました。

 便箋も差し替えて、オリジナルの物を使用しています」


「……すまん」


「いえ」


「……行くか。

 雅に声を掛けて置いてくれ」


「はい」


 そのまま、ヴァイスは部屋を出ていく。


 満足、できるのだろうか。

 俺はきっと、世界最強の力を持ってる。

 そんな俺に、何処までくらいついてくれるだろうか。


 そんな疑問が頭にチラつく。


 未来でも、俺に勝てる奴は居なかった。

 現在に、それが居るとは思えない。

 でも、負けるのが目的って訳じゃない。

 ただ、教えてやりたいだけだ。


 きっとそれが、ヴァイスをこの時代に送り込んだ誰かの目的なんだろう。


 ヴァイスに、過去へ渡る力なんか無いんだから。


「にしても元仲間の英雄共に、過去の俺か。

 それと対立するなんて、ほんと魔王なんて名前が似合いの男になっちまったよな……」


「要らないなら、私が貰って上げるわよ」


 扉の開く音と共に、雅はそんな事を言って入って来る。


「悪いな、こんな悪足掻きに付き合わせて。

 なんとなく、意味のある物を残したくなったんだ」


「人生で使える文字の数が後100文字しか無かったら、きっと人の悪口なんて言えないと思うの」


「何の話だよ」


「貴方の性格がどれだけ悪くても、最後は人間そうなるのかしらね?」


「頭……ついに爆発したのか?」


「どういう意味かしら」


「睨むのやめてくんない?

 俺の事大好きなのかと思っちゃうじゃん」


「そうだって、言ったじゃない」


「嘘でも嬉しいから困る」


 俺の命は後10日も残ってない。

 だから、その時間を人を不幸にするためになんて使ってられない。


 だから、こんな恋敵を助けるような選択をしちまう。

 けどさ、死ぬ間際くらい。


 かっこつけてぇってのが男の思考回路だろうが。


「準備ができてるなら行くぞ」


 俺の言葉に、二つの言葉が返って来る。


「御意」


「そうね」


「いきなりラスボス戦って訳か。

 この時代の奴らは可哀想だぜ」


「そんな口調で喋るから、魔王なんて綽名が付くんじゃ無いの?」


「……うるせぇ」




 ◆




 無限の闘技場。


 俺が、良く通っていたダンジョンの一つだ。

 このダンジョンは二つのフロアに分けられる。


 第一フロア。

 無休の闘技場。

 そこでは、モンスターが外壁から湧き出し続ける。

 それは、討伐数が増えていくほど高ランクに変化する。


 第二フロア。

 無際の闘技場。

 第一フロアから第二フロアへはいつでも行ける。

 扉が封鎖されていないからだ。

 そして、第二フロアでは、第一フロアでの討伐数よって決定されたボスモンスターが出現する。


 日本に唯一存在する、ランク未定のダンジョン。

 それが、無限の闘技場だ。


「ヴァイス、椅子」


「はっ」


 命じると、ヴァイスは収納からソファを出現させる。

 それがどかりと置かれ、俺は座る。

 すると、追加で机や飲み物が出現していく。


 そのままダリウスを召喚し、配置につかせる。


「時間は?」


「日本時間で深夜1時です。

 主の手紙に時間は指定されていませんでしたので、彼等がいつ来るかは分かりません」


「……なるほど」


「……馬鹿ね」


 人を子バカにするのは健在か。

 まぁ、俺にしかしてるところは見た事ないけど。


「でも大丈夫なの?

 ここって、無尽蔵にモンスターが湧くんでしょ?」


 雅がそう言った瞬間、魔物の生成が始まった。

 壁から、泥の様な何かが起伏し始める。

 魔物の形状を取り、地面に着地して。


「グルルルル!!」


「グレージャッカルか」


 ランクEの魔物。

 機動力が微妙に高いけど、それ以外はカス。

 そいつを筆頭にFとEの魔物がどんどん生まれ始める。


「ヴァイス、やれ」


「――紫電雷鳴」


 そう、ヴァイスが呟いた瞬間。

 ダンジョンの天幕を黒い雲が覆う。

 そこから、紫の光が漏れていた。


「消し飛ばせ」


 ヴァイスの声に呼応して、フロア全体に紫が落雷する。

 一撃で、フロア全ての魔物を灰も残らず消し飛ばす。


「これが、ヴァイスの本気……」


 阿保みたいな顔してるよ。

 あの天童雅が。

 でも、全然本気じゃ無いんだなぁこれが。


「ヴァイスのランクはSS。

 ここでの最長記録は142時間だ」


「主よ、一つ訂正があります。

 我等はこの時代で、様々なアーティファクトを集めてきました。

 未来では失われた品も含めて全て。

 収納によって、神話級の装備を切り替えて戦闘できる我等のランクは、SSSに到達しております」


「やるじゃん。

 流石、俺の召喚獣」


「お褒めに預かり光栄にございます」



 それから、1時間程が経過した頃だった。

 ダンジョンの入り口に一人の女が入って来る。

 狐の面を付けた探索者。



「仮面……」


 雅が呟き。


「幻影か」


 ヴァイスの目が捉える。


 ヴァイスの錫杖が、俺の隣を向く。


「それは、先日も見破った筈だぞ。

 柊木葉」


 錫杖から放たれた影色の勾玉が、俺の隣に居た透明な何かにぶつかる。


 瞬間、その透明は解け、忍者が姿を現す。


「えぇ、なので今回は三手目を用意しました」


 勾玉に押し飛ばされそうになっていた、木葉の姿が掻き消える。


「これで、王手でしょう」


 4人掛けのソファの中央。

 丁度、俺と雅の間に木葉が現れる。


 クナイを二本。

 俺の首と雅の首へ突き付ける。


「転移の異能を覚醒させたか。

 良く頑張ったじゃねぇか」


 俺が褒めてやると、嫌そうにクナイを近づけて来る。


「天童先輩、見損ないましたよ。

 随分、余裕そうな顔してるじゃないですか」


「余裕は無いわよ。

 でも、焦ったって問題は解決したりしないでしょ?」


「本当に昇先輩の事、私が貰ってもいいんですか?」


「できるなら、そうすればいいじゃない」


「ガッカリです。見損ないました。

 貴方はもっと、頭が良いと思ってた」


「そうね。私もそう思ってた」


 隣で、女が喧嘩してる。

 しかも、口論の内容はこの世界の俺の取り合い。

 なんか可哀想だな俺。

 まぁ、知らんけど。


「しかし、一手目から王手はルール違反だよな。

 ヴァイス」


「えぇ、確かに」


 ヴァイスの錫杖が、自身の影を打つ。

 瞬間、木葉の足元の影が蠢く。


「何を……!」


 言いながら、木葉のクナイが俺の首へ。



 ――グニャリ。



 クナイが、俺の皮膚に阻まれ曲がった。


「付与術式、影纏い。

 その武器の硬度は、既に我等の術中だ。

 そして……」


 影の幕が、木葉を包んでいく。


「まずっ」


 飛び退く様に、転移が起動し、木葉の姿が掻き消える。

 最初の分身の隣まで、後退していた。


 そして、よく見ればそこには面子が揃ってる。


「やぁ」


 エスラ。


「よぉ」


 雷道。


「こんにちわ」


「皆の仇です」


 誰だあの金髪姉妹。


「流石に、不意打ちじゃ倒せませんか」


 そして、木葉。


「5人だけか?

 俺は、どうした?」


 投げかけた質問に、白銀の鎧を纏う剣聖が答えた。


「悪いけど、彼はベンチに引いて貰った」


「はぁ? そんな事、俺が了承する訳ねぇだろ」


「あぁ、だから彼は2時間後に来るよ。

 僕等が、君を倒した後でね」


「なんで、一緒に来ねぇ?」


「昇君は独りで戦いたいらしい。

 どう説得しても、聞く耳を持ってくれ無さそうだったからね。

 だから、悪いけど彼抜きで戦う事になった」


 独りで、か。

 確かに、仲間が人間なら俺もそう考えるかもしれない。

 いや、未来でも俺は何度もエスラの言葉を無視して、一人で敵の本拠地に突っ込んだりしてた。

 その度に嫌味を言われたのを憶えてる。


 まぁ、後で来るなら別にいい。

 こいつ等も俺もギタギタにしてやるよ。


「だがよぉ。

 お前等だけで俺に勝てるとでも?」


「勝つさ、それが僕の在り方なんだから」


 あぁ、お前はそういう性格だ。

 変わらねぇ。


 でも一つ、未来のお前と俺の違いがある。


「俺の方が2つ年上だ。

 敬語使えよ、剣聖小僧」


「悪いけど敬う相手は選ぶ質でね」


「はっ、敬わせてやるよ。

 ヴァイス!」


「行こうか皆。

 ここに居る全員、神谷昇に救われた。

 だからきっと今が、彼に恩を返す時だ」


 俺の声にヴァイスが。

 エスラの声に、その仲間たちが。


 心意気を込めて応える。


 開戦だ。

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