第66話 合戦
ヴァイス・ルーン・アンルトリ。
それが、我等の名。
我等の前には、これから英雄と名を遺す武勇たちが立っている。
我等の役割は一つ。
彼等を阻む、魔王の手先。
(大丈夫だよ、スルト)
(スルト、貴方に任せるのである)
(フフフ……スルトの思うままに)
(スルト、お前は某のライバルだ。
勝利を誇れ――そして、前を向け)
あぁ、お前たちの言う通りだ。
我等は主の勝利の為に。
主の願いを叶える為に存在する。
敗北は自書に無く。
勝利だけが存在意義。
そして、我(・)が勝ち続ける限り、お前達の消失に意味は在り続ける。
「――ゆくぞ、勇者(エスラ)」
「――来なよ、悪魔(ヴァイス)」
躱す言葉は短く済ます。
問答などで、解決できる時間は過ぎ去った。
いいや、最初から我等とこの時代の人間が分かり合える筈が無い。
「聖剣展開」
「宝具解放」
「三振聖剣・アルティア」
「第七魔杖・フルエルフ」
我等の展開せし、七本の杖が我等の周りを浮遊する。
対して、剣聖の手には赤と緑と青に輪部が輝く剣が握られている。
それを見て、周りの者共も動き始める。
反逆の王。
夜の絶対者。
聖剣の勇者。
未来では、我等の隣で戦った彼等。
同じ目的の為に、孤軍奮闘した英傑。
――それを、粉々に粉砕するのが今宵の命題。
熟して見せよう。
心など、とうの昔に捨てたのだから。
我等は機械でいい。
我等は召喚獣なのだから。
我が願いは主の願い。
我が目的は主の目的。
我が命題は主の幸福。
「魔杖拡散。
属性充填。
砲門展開」
七つの杖が、上空へ飛ぶ。
七つの杖に、色が宿る。
七つの杖の先に、魔法陣が展開される。
「フフフ」
自身の顔が歪む。
思い出す様に口ずさむ。
「
七つの杖から、光が溢れる。
赤、緑、青、空、黄、白、黒……色の光。
それが、5人へ向けて射出されていく。
「……その程度ですか、最強」
転移で姿が消える。
炎と水の光線は地面を抉った。
「これくらいで俺を殺せるかよ!」
肥大化した体。
その一点、右拳から一切の魔力が消える。
それは、男の異能の発動を意味する。
風の光線は、その拳に触れた瞬間消滅した。
「ドラゴンネイル」
氷の光線は、龍の鱗に弾かれ。
「ドラゴンウィング」
光と闇の射撃は、軽やかに躱される。
「――この程度かい?」
雷が、聖剣に断ち切られる。
聖典のトップとして、我等は彼等の全ての性能を把握している。
それでも、ここまでの能力は持って居なかった。
異能の覚醒。
そして、根本的なレベルアップ。
二ヵ月前よりも、相当に強くなっている。
「大変に、修練を重ねたのだろう」
小さく、我等は呟いた。
「それでも」
そして、前を向く。
あぁ、この世に世界の危機は無い。
黒の女王の母親は既に殺した。
次元龍は、餌を巻いてこの世界に干渉しない様に誘導済み。
混沌迷宮殿は龍脈理論で潰した。
迷宮の同時暴走は錬金術師が死んだ事で起こらない。
魔術結社クラウンは聖典に取り込み済み。
この世界で、この時代に、お前達に危機は無かった。
お前達に用意された試練は、我等の厳選した最低限の物だけ。
故に、貴様たちがどれほど進化しようが。
それは、未来のお前たち程では無い。
「やぁ、柊木葉」
その転移先の目の前に高速で移動する。
収納に蓄えた召喚陣を利用しての、マークした場所への疑似転移。
そして、魔力感知による転移先の先読み。
「どうして……」
我等は、彼女よりも一歩早く、その場所へ到達していた。
「お前は、
冷酷無比、命令に背く事は無く、必要とあれば残虐行為も辞さない。
そんなお前だからこそ、SIDE=Ⅹによる非人道的な育成を乗り越えたからこそ、貴様は英雄足りえた」
「ック……」
転移が連続で発動される。
それも読んでいる。
お前の動きの先に、既に我等は召喚陣を置いて来た。
我等の転移の直後、目の前に柊木葉は現れる。
「けれど、今のお前はどうだ?
自由を手にし、恋愛などに現を抜かし。
夢を見て、願いを口にして、普通という物を理解し始めた。
同じ境遇の者達への同情を口にする程。
まこと、歯の抜けた狼の様で、可愛い事だ」
「なんで、私が何処に転移するのか分かって……!」
あぁ、そうだ。
分かるのだ。
お前は、危機管理能力に秀でる。
だから、何度も転移先を読まれた貴様は次に一時の安心を欲しがる。
お前は自分を一番安全な場所へ逃がす。
それは。
「そこだろう」
この場における最強戦力。
剣聖の後方。
だが、如何に剣聖が強くとも。
七つの光線を全て斬り捨てるには無理がある。
「避けろ!」
6つの光線を撃ち落とし。
けれど、焦った顔でエスラは叫ぶ。
しかし、転移の連続使用には、厳密には0・1秒程のラグがある。
「ガッ、ぁぁああああああああ!」
雷が、柊木葉を撃ち抜いた。
「テメェ!」
それを見て、雷道シュレンが拳を振りかぶる。
地面を蹴れば、その一歩は10mを越える。
それだけの筋力。
圧倒的な身体強化。
けれど、お前の本領はそんな物ではない。
「消失拳」
力む事による、部分的な魔力消失。
それは、外へ伝播し、全ての魔力を霧散させる。
雷道シュレンの拳は、何者でも阻めない。
「けれど……それはお前が、自国の子供の為に立ち上がって手に入れた力だ。
あらゆる不幸をその身に宿し、あらゆる絶望を経験し、国家復興の為、お前は軍を率いて先進国の支配に反逆の狼煙を上げた」
「何をごちゃごちゃ言ってやがる!」
跳躍から、強引な拳の叩きつけ。
もしも触れれば、召喚獣であり魔物である我等は一撃で消滅する。
それほどの圧倒的な力。
それでも、未来の貴様に比べれば。
その拳には、重さが足りない。
質量ではなく、込めた感情の重みが。
「影結び」
我等の声に呼応し、雷道の足元の影が動く。
それは、輪っかを作り、雷道の足を絡める。
「何!?」
前転した雷道シュレンへ更に追い打ちをかける。
「影縛り」
増殖する影が、雷道シュレンを縛り上げていく。
「クソ、なんだこりゃ!」
「お前の力は、局所的で瞬間的だ。
だからこそ、貴様はその拳の、一撃の重みを理解しなければならない。
お前の拳が外れれば、国が亡ぶ、家族が死ぬ。
そう理解していたからこそ、貴様の拳は天下布武なのだから」
「放しやがれぇええええええええええええええええ!」
「紫電雷鳴」
紫の輝きが、天から降り注ぐ。
それは、悲鳴すら上げさせず。
雷道シュレンを沈黙させた。
「さて、残り3人か」
龍と人の娘が二匹。
そして、怒りに手を震わせる剣聖が一人。
「やっぱり、あれを使うしか無さそうですね。
シャーロットお姉様」
「えぇ、そうみたい。
皆、あいつには言いたい事があるでしょうしね」
竜人の巫女。
神谷昇より、ファイと名付けられた個体が口を開く。
そこから、ビー玉の様な何かが吐き出されていく。
それは一つではなく、100以上あるように見えた。
「魂か……」
「貴方の負けよ。
ヴァイスだったかしら、良くも私を騙してくれたわね」
「術式入力開始」
あ奴らの製造には、魔術が絡んでいる。
その体内には、魔術式を代行処理する為の幾つかの術式が組み込まれている。
そして、その際たる物。
あの軍団を最強と呼ばすに至る術式。
それが。
「「龍印魔法……ドラゴンソウル」」
そう、ファイとシャーロットが同時に唱える。
その瞬間、ビー玉が全て同時に砕け散った。
「レニ」「レサ」「レシ」……
「ワイ」「ワニ」「ワサ」……
「ツイ」「ツニ」「ツサ」……
「スイ」「スニ」「スサ」……
「フォイ」「フォニ」……
砕けたビー玉の中から、光が溢れ肉体を形成し始める。
そのモデル理論は人魔融合と複製技術だ。
そして、龍宮登也の目標は不死身の軍団だった。
記憶を電子的に補完。
それを、魔術刻印の刻まれた小水晶に転写。
小水晶を媒体とする事で、記憶は保管できる。
更に、クローン技術によるフィジックスレプリケート。
肉体の加速分裂。
仮初の肉体の製造。
記憶と身体の複製。
二つの機能を同時発動する事による、蘇生召喚術式。
それが、龍印魔法ドラゴンソウル。
総勢144体。
クォーターの軍勢が立ち並んだ。
「我等が主が、どうしてこの場所を戦場に選んだか分かるか?」
「もう、負け惜しみですか?」
きょとんと、ファイが小首を傾げた。
それを見て、我等に少し笑みが零れる。
「ここでは、魔物が無尽蔵に湧き続ける。
先ほどから、我等はお前達の相手の片手間に杖でその魔物共を屠っていた。
この場は今、死体で溢れている」
「待って、確かにスルトさんの杖って……」
「今更気が付いても、もう遅い」
我は、八本目の杖を収納から出現させる。
支配の魔杖。
この時代のスルトが持つ物と全く同じ物。
そして、
「――起き上がれ。我が軍勢よ」
その声は、魔物の魂に響く。
いや、その魂を征服していく。
「さぁ、時間が経てば経つほどに貴様たちは不利になっていくぞ?」
「ファイ、行くわよ!」
「了解。
零から五十番台前衛。
六十から百番台まで後衛。
以降、遊撃班としてネットワークを再構築。
作戦、実行開始」
「
我等の操る魔物と、竜人の女共が同時に突進を開始。
激突し始めた。
その激突の中で、男は独り光の宿る瞳を我等に向ける。
まるで、こちらの心を見透かす様に。
まるで、己の力を証明する様に。
堂々と、冷静に、思慮深く。
「貴様は変わらぬ、エスラ・ディラン・ルーク。
貴様は常に一貫している。
貴様だけが、未来の貴様と同じ目をしている」
「それは、褒められているのかな?」
「ただ、事実を言ったまでの事」
「そうかい、じゃあ未来でも今でも僕の事を知る君なら分かるだろう。
僕が今、何を感じ、何を考え、どうしたいのか」
「あぁ、貴様の思考は常に一筋。
考えずともそれは把握できてしまう」
最強であり。
最優であり。
常なる未熟者。
だからこそ、貴様は常に斬り捨てて来た。
「良い妹を持った物だな」
「そこまで、知ってるんだね」
「イグニは右目の視力。
シルフは左足の筋力。
ウィンディーネは右耳の聴力」
それが、この男が聖剣と契約する為に、この男の妹が捨てた感覚だ。
「悪魔の剣だよ、本当に。
でも、僕はこれを聖剣と呼ぶ。
そう、アリアが望んだから」
貴様の願いでは無いからこそ、貴様はブレる事が無い。
恐ろしい事だ。
そしてそれは、我等と同じ。
「お前ずっと数字を気にしている。
小を犠牲に大を救う。それが貴様の常在だ。
勇者よ、救った人数がそんなに大事か?」
「アリアが捨てた物より多くの物を救う。
僕にとってアリアの身体は、数億人救っても釣り合わない」
多くの人間を救いたい。
そう願ったのはエスラでは無い。
そう願ったのは、アリア・ディラン・マーリンという少女だった。
兄は妹の願いを叶えようと必死になった。
「覚悟も実力も、足りない物は補うさ。
あの子が身を賭して僕にくれた力。
無駄にする事なんて、できる訳がない」
だがそれでも、貴様はここで終わる。
教えてやろう英雄よ。
「我等が貴様を打倒した回数を知っているか」
気持ちで実力は変わる。
けれど、お前の気持ちは未来のお前と全く同じだ。
「興味が無いな。今から勝つんだから」
「0敗58勝。それが未来での我等の戦績だった」
「君は、そんなに喋る人間だったんだね。
驚いたよ。もしかして、僕に諦めて欲しいのかな?
でも悪いね、それはできない」
「何処を見て、我等を人間と宣うか」
「え、なんでって……
昇君は、召喚獣を対等に扱ってたから」
あぁ、確かにそうだ。
この時代の神谷昇は、自身の召喚獣をまるで……家族の様に……
――羨ましい。
違う。
そんな事は思っていない。
考えていない。
我等の幸福は……主の幸福。
それだけだ。
「黙れ」
思考を掻き消す様に。
我等は呟いて、杖を構えた。
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