第67話 真偽の剣戟


 声が、聞こえるのだ。

 ずっと昔、お前達を喰らった日から。


 我等は、出現させていた杖を収納し直す。


「魔法は終わりかい?」


「あぁ、お前を倒すのはやはりこれだ」


 黒刀を一本。

 収納から、手へ出現させる。


「随分、嘗められた物だ」


「それは違うな」


 主は未来で、我を常にスルトと呼んだ。

 けれど、今は我等をヴァイスを呼ぶ。

 認められた、というには聊か強引だろう。


 けれど、もしも我等をヴァイス・ルーン・アンルトリと主が認めたのであれば。


 我は……某は……


 その声に身を任せても良いのでは無いだろうか。


「雰囲気が、変わった……?

 君は誰だ?」


「エスラ。某は、結局お前に一度も勝てなかった。

 この時代では、始めまして。

 いや、この時代の某とは会っているだろう」


「ヴァン……」


「その通りだ。剣聖。

 某は未来でも、一人でお前には勝てなかった。

 しかし、今は違う。

 この身で……我等として戦えば、きっとお前にも勝れるとスルトが我に譲ってくれたのだ」


 某は、剣を構える。

 ヴァイスの記憶にある最強の刀。

 名を、月光刀・天邪鬼。


「君の力量は知ってる。

 最も、この時代の、という枕詞はつくけれど。

 それにその名刀か、骨が折れそうだ」


 そう、エスラが言い終える。

 その時、後方より声が掛かった。


「ヴァンなのか?」


 我が主君の言葉。

 それは、明瞭に耳に届く。


「いいえ、我等はヴァイス。

 主君の知る某とは、大きく異なるかと」


「っ……か。

 信じてやれなくて、悪かった……」


 召喚獣合成というスキルによって、我等は一つの存在となった。

 だがそれは、決して主君の不徳などでは無い。


「いいえ、主君の決断は結果的に間違っていない。

 それをこれから、証明致す」


 某の言葉に、主君からの言葉は無かった。

 どのような表情を浮かべているのか、背中の向く主君のそれは分からない。


 けれど、明確な事もある。

 それは、某の使命。


「君たちの忠誠心には驚かされる。

 召喚獣っていうのは、皆そうなのかい?」


「知らんな。

 ただ、某がそうするべきだと、そうしたいと思うだけだ」


「洗脳染みてる」


 だとしても、今更それを辞める選択肢等無い。


「行くぞ、剣聖。

 その名、今日こそは奪い取る」


「だったら、本気で防衛しないとね。

 まだ、この名前は下せない」


 刀を正中に構える。

 エスラも、合わせるような同じ姿勢を取った。


 某の後方には支配の魔杖だけが浮遊。

 死体を制御し、このエリアに邪魔が入らぬ様に。

 スルトが戦場を制御している。


 主君の声が、某にはある。

 仲間の援護が、某にはある。

 なんと、幸せである事か。


 故に、主君の選択は間違ってなどいないのだ。


「光を吸え、影法師」


 迷宮には基本、発光する水晶が配置されている。

 しかし、某のスキルはその光を全て刀に吸収させる。

 その魔力に耐え得る刀。

 それがこの、月光刀・天邪鬼。


 この刀を中心に、周囲30m以内の全光子を吸収し続ける。

 その結果として、某の周囲30mは暗闇の覆われる。


「ここでは、聖剣も輝かん」


「目が見えない程度で、僕が止まるとでも?」


「ハッ、最初から貴様の力を奪って戦おう等と思っては居らん。

 これは、我が本領発揮の前準備」


 闇夜の中でこそ、吸血鬼は真価を発揮する。



 ――陰憑きシャドウドライブ



 この世に存在する闇。

 それは、全て某の支配下であり。

 それは、全て某の肉体である。


 某が手を翳すと、同時にエスラの足元の影が物質化する。

 それは棘となり、靴裏から……


「よっと、なるほどね」


 回避能力。

 いや、それは剣聖としての直観力。

 完全な不意打ちを、余裕の笑みで奴は躱す。


「だが、その程度は想定内」


 同時に操れる影の量が、たったそれだけな訳もない。


影爪枝樹えいそうじぎ


 連続して杭が伸びる。

 それは、枝分かれ分裂し回避に飛んだ剣聖を襲う。


 暗闇の中、それでも意味不明な感知能力でエスラは影を切っていく。


 だが、まだだ。

 影とは二次元的な物だった。

 けれど、ヴァイスとなった事でその能力は影から闇へと進化した。


 闇とは、三次元的な物。


闇爆あんばく


 某が拳を握り込むと同時に、エスラの顔の隣が爆発する。

 魔力の動線を通し、闇を爆発させる。

 顔を狙ったが、首を捻って避けられた。


「ック……!

 何も無い場所を破裂させるって、もう原理も何もあった物じゃ無いね」


「それはこちらの台詞だ。

 何を感知して避けている」


「恐怖かな」


 戯言に付き合う暇は無い。

 剣聖であり、最強である。

 そんな貴様が恐怖を語るか。


「それにしても君は、いつから魔法使いに転職したんだい?」


「ならば、剣術としゃれこもう」


「来なよ」


 挑発的な視線。

 暗視の力など無くとも、貴様の性格を考えればそれは明白だ。


 某は地面を蹴った。

 同時に、背より翼を広げる。

 あらゆる魔物のそれが混ざった歪な翼。

 けれど、往々にして性能は高い。


 突きの構えが、猛突する。


「流れろ」


 短く呟くその詠唱。

 同時に、エスラの剣から液体が漏れる。



 キィィィンンンン。



 某の一迅いちじんは、聖剣の上で統べる。

 そのまま、某の身体はエスラの後ろへ抜けていく。


 だが、まだだ。


影爪枝樹えいそうじぎ


 地面から影の柱を形成。

 そこから、更に某の通過部分に棘を伸ばす。

 それを掴み、柱を回す。


 半回転による、体勢の逆転。


 我の前に、エスラの背中が映る。

 エスラは未だ、身体を回転させるには至っていない。

 完全に裏を取っている。



 ――獲った。



 そう、思った瞬間。


「爆ぜろ!」


 焔の光は、全て我が刀が吸収し。

 残ったのは、強い衝撃のみ。

 その衝撃は、エスラの身体を跳ね飛ばし。

 空中に投げ出されたエスラは、某を見る。


「吹き荒れろ!」


 風の聖剣の力が刀身へ纏わりつく。

 奴の背中が、まるで風に押される様に。

 追い風が、奴の味方をするように。


「闇爆!」


 剣聖がそうしたように。

 某の、自分の側面を爆破して体勢を曲げる。

 物真似の様で、劣等感を覚える。


 けれど、プライドよりも勝利だ。


 某の居た場所に、上空から爆炎が叩きつけられる。

 最も、炎の光は全て吸っているが。

 しかし、流石聖剣と言った所か。

 一瞬だけ、ピカリと空間が輝いた。


 某の吸収量を一時的に超える発光量。

 それを、奴の聖剣が見せたという事だ。


「強いね」


「貴様もな」


「消耗戦は分が悪そうだね」


「元の魔力量が、違い過ぎるからな」


 端的に言ってしまえばレベル差だ。

 SSSランクとされるこの肉体と、精々レベル100程度のエスラでは、身体性能はこちらの方が遥かに上。


 そのリソースの吐合いで、エスラに勝ち目は無い。

 いや、そもそも力量差として話になる筈がない差がある筈なのだ。

 それでも、ここまで食らいつけるのは……


「お前は、全てをやって来た。

 剣術を鍛え、聖剣を得て、レベルを上げて、そして心を研磨した」


 冷酷な程の最優。


 その矛盾を抱えられる力量を持つ。


「褒められる為にやってる訳じゃないんだけどね」


「知っているさ。

 故に某は、きっと貴様に憧れていた」


「君は敵だ。

 それでも、嬉しく思うよ。

 だから、次の次はもう要らない」


こうぞ」


「あぁ」



 一定以上の光の吸収。

 それが、この刀の力を発揮する条件。


 月の光は、暗闇の中でこそ輝くのだから。


「月光刀天邪鬼、解放」


「第四聖剣・ライト


 4本目の聖剣。

 しかし、未来の貴様が扱った剣にそれは無い。

 未来のエスラが保有する聖剣は。


 火のイグニ。

 風のシルフ。

 水のウィンディーネ。

 土のガイア。

 木のジュピテル。


 お前は、某の知るエスラとは別の道を歩むか。

 であればきっと、某との戦いには意味があったのだろう。


 ならばここで、某は貴様に勝ち切る。

 そして、この使命を完璧に果たして見せようぞ。



「――神判の剣」


「――月光一閃」



 神の光と、月の輝き。


 互いの奔流は幻想的に交じり合う。


 それは、結果がどうあれ決着の輝きでありけりと。




「僕も、まだまだだね……」


「いいや、きっと貴様はもっと強くなる。

 未来も現世も貴様は世界を背負っているのだから」


「ははっ……精進しなきゃな……」



 そう言って、エスラは聖剣を取りこぼし、意識を喪失させてゆく。


「お疲れさまでした、ヴァン殿」


 そう、執事服の男が労いの言葉を掛けて来る。

 気さくに、某は返答する。


「ヴァイスで良いさ、ダリウスよ。

 そちらは?」


「龍としては、僕の方が圧倒的に格上です。

 どれだけ数を揃えようが、負けようがありません」


 ダリウスは、敵を倒せば倒す程強くなる。

 そして、某たちには及ばぬがダリウスのランクはS。

 龍王の上、龍帝と呼ばれる最上位種だ。

 確かに、あの半妖たちでは勝ちようがあるまい。


 最初から居た姉妹だけを残し、それ以外は既に消滅している。


「悪かったな、某があの男と1対1で戦いたいという我儘を聞き入れさせて」


「いえ、素晴らしい戦いでした。

 それに、魔物の支援はありましたので」


「感謝するぞダリウス。

 最後に良い思い出ができた。

 もう某が出て来る事は無いだろう。

 しかしこの先も、できればスルトを……ヴァイスを支えてやって欲しい」


「当然、畏まりました。

 皆様に比べれば力不足な身の上ではありますが、全身全霊でお役に立とうと思います」


「それではな、ダリウス」


「この様な言葉が適切かは分かりませんが……

 ――お元気で」


「貴様もな」

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