第68話 主人公
誰だって特別な人間に憧れる。
でも、特別な人間ってのは、誰にでもなれる物じゃない。
そんな現実を誰だって知っている。
才能に恵まれないとか。
成すべき努力が途方もないとか。
どうすればいいのか考えられないとか。
財力や権力や武力や健康やコミュ力とか。
それが入り切る器自体が足りていないと。
何れ、気が付く。
「それでもね、
だから、頑張れるんだよ」
通話口の向こうから、椎名先輩は俺にそう言った。
自分の無力を嘆き。
自分が何もできない事に絶望し。
自分の存在意義を失いかけた。
雅にフラれた日に。
そんな気分最低な俺に、それでも椎名胡桃は残酷で。
「君に才能は無いよ」
その言葉を聞いても、俺は傷付かかなかった。
――あぁ、やっぱりそうなんだ。
そう受け入れられたのは、天才と4年も一緒に居たからかな。
「君は強いよね」
「才能無いのにっすか?」
「そんなのが無くても、君は誰かの頑張る理由にはなれるんだよ」
「……俺、どうしたらいいんすか?」
「自分で考えて自分で決めるべきだと思うな」
「酷いっすよ、そういう事言って欲しい訳じゃない」
「私は、君の言って欲しい事を言いたい訳じゃ無いんだよ」
小さくクスリと笑みを聞かせて、先輩は続けた。
「でも、雅ちゃんもきっと君の為に頑張ってくれる。
妹思いの聖騎士とか、野蛮な王様や、可憐な暗殺者とかもきっと。
貴方の為に頑張りたいって、そう思われる様な、そんな君なら私は好きだよ」
「なんすかそれ。
そもそも先輩、俺のこと振ったじゃないっすか」
「そりゃあ、まだ全然タイプじゃないからね。
そう、まだまだ先は長いよ」
「別に、今更先輩にモテたいと思ってる訳じゃねぇっすけど」
「別に、今更君を好きになる事なんて無いけどね」
「うざ」
「じゃあ惚れさせてみなよ?」
「知らねぇっすよ?
俺が、超いい男になっても」
「うん、それは凄く楽しみにしておくよ」
そう言って、通話は切れた。
何度かけ直しても、先輩が出る事は無かった。
全く、最低な先輩だ。
人のどん底を更に抉りに来るんだから。
前を向けと、罵って来るのだから。
俺が、先輩の言葉を聞いてどう行動するのか。
きっと、あの人は全部分かってる。
そうやって俺を揶揄って、また遊んでいるのだろう。
それでも。
それが分かって居ても。
頑張るしか無かった。
できる事には限りがあって。
俺の力には限界があって。
俺には結論的に何も無くて。
それでも今。
雅にフラれても立ち直れた。
召喚獣たちと頑張れた。
聖典なんていう友達もできた。
色んな人を救えて、少しだけでも世界を良くできた様な気がする。
そうして漸く、俺はここまで来れた。
「やっと来たか。
待ちくたびれたぜ」
「うるせぇよクソ野郎」
目の前には俺が居る。
きっと、椎名先輩に何も言って貰えなかった俺が。
「悪かったな、そいつ等の相手をさせて。
止められそうも無かったもんでな」
俺は、寝かされたエスラたちを眺めてそう言う。
その横で、雅が結界を張っている。
湧いて来る魔物によって、そいつ等が危険に晒される事は無さそうだ。
「気が付いてたみたいに言ってんじゃねぇ。
気が付いたのはどうせスルトだろうが」
まぁ、そうだけど。
エスラ達が先に言ったって、スルトに聞いたけど。
「うるっせぇバーカ!
果たし状何つう古風なモン使ってんじゃねぇよ」
「うるせぇのはテメェだ。
メールでもすれば良かったんですかァ?
携帯持ってねぇよカス」
この野郎。
話すだけ時間の無駄だな。
そう判断し、俺は円の書かれたノートの切れ端を投げる。
いつも、俺の戦いは呼び声から始まった。
「来い、お前等」
「行くぞ、ヴァイス」
俺と奴の掛け声が同時に響き、彼等は同時に答えた。
「「御意」」
並ぶは6体。
スルト、リン、ルウ、アイ、ヴァン、ダリウス。
対して、相手は独り。
孤独な魔物だけ。
「結局、Bランクへの進化もできなかったみたいだな。
それで、そんなモンで、俺のヴァイスに勝てると本気で思ってんのか?」
余裕の笑みで、俺が言う。
対して、俺は言ってやる。
「勝てないだろうな」
俺の言葉に、奴は怒りを露わにする。
「は? 最初っから諦めてんのか?」
「そうだな。
俺は、俺がお前に勝つ事は諦めてる」
ずっと、考えもしなかった。
気が付く事は無かった。
いいや、気が付くのが怖かったんだ。
俺も、お前も。
こいつらを縛る呪いを解くのが。
こいつらの怨みに気が付くのが。
召喚獣で、俺の力で、仲間で、家族で。
そんなお前達を手放すのが、嫌だったんだ。
都合よく、戦いの中で俺は覚醒したりしない。
ただ調べて聞いて話し合って、そうして出た結論の話だ。
命名。
呪怨黒化。
それを、俺は別の異能だと思っていた。
聖剣契約。術式音楽団。転移者。消失。
皆、異能は一つしか持って居なかった。
でも、俺は人より少し特別で。
未来じゃ魔王なんて呼ばれてる人間で。
この物語の主人公みたいだと。
「……俺なんかが、そんな特別な訳もねぇ」
「さっきから何ごちゃごちゃ言ってんだよ!」
俺の怒声に俺は怒声を返す。
「テメェだって、気が付いてたんじゃねぇのかよ!?」
嫌です。ご主人様。お願いします。
考え直してください。拙者達には、貴方が必要です。
それが……正しいとは限らないと思います……
女性陣は優しく俺にそう言ってくれた。
某は……主君の決めた事ならば。
ヴァンは、シャルロットを思い出してそう言った。
スルトは……
『主の考えは正しいかと』
俺のやろうとしている事を受け入れた。
俺が名前を付けて。
俺の為に頑張ってくれて。
俺が一番信用してるのは、人間の誰かでも、他の召喚獣でも、家族ですらない。
悔しそうに。
それでも気丈にお前が言うなら。
スルトが、言ってくれるなら。
だから、俺は彼等と話あった。
何度も、何度も話して。
そして、分かって貰った。
納得とは程遠いかもしれないけど、受け入れて貰った。
俺たちの新しい関係を。
だってさ。
親は子に名前を付けて。
子は親の元を旅立って行く。
それは、当たり前の事なんだから。
「呪いも怨みももう要らねぇ。
縛る必要も、嘆く必要も、
大学生の俺が、何言ってんだって話だ。
実家暮らしも終わってねぇ俺が。
けど、俺もこれから頑張るからさ。
だから、お前達に頼ってばっかじゃ居られねぇよ。
「お前等と一緒に居た時間、控えめに言って最高だったよ」
俺がそう言うと、召喚された6匹の魔物は俺を向き直り膝を付く。
「「「「「「今まで、ありがとうございました」」」」」」
「あぁ、この先もお互い頑張って行こうぜ」
契約解除。白い魔力が、俺とあいつ等の繋がりを断ち切っていく。
でも、黒いそれとは違い魔物には戻らない。
知性を失う事は無い。
こいつ等は戻ったのではないからだ。
こいつ等はただ、成長しただけなんだから。
「なんだよそれ……じゃあ、俺の力は最初から
「そうだ俺。
俺の力は、育てる事だったんだ」
俺の言葉を聞いて、奴は右手で目を押さえた。
「クソ……」
けれど、隙間から涙は溢れ出して行く。
「……そうだよな、俺はずっとこいつ等を縛ってただけだ。
そんな俺が、辿り着ける正解じゃねぇ」
「主……」
そんな
「我等は、貴方と共にある時間を悔やんだ事はありません。
それは大変素晴らしく、最も幸せな時間でした。
それを続けたいと願う事が間違いだなどと、誰にも否定される謂れはない。
どうか、見ていてください。
我等の方が
強情に、ヴァイスは叫ぶ。
睨みつける視線はスルトに向いて。
「あぁ、確かにそうだ。
俺が、ここに居る意味を残すなら、ここは勝たなきゃ行けねぇよなぁ! ヴァイス!」
「勝気だけは一人前だな、俺」
「生憎、俺の人生じゃ負けた事は一度しかねぇ」
「そりゃ結構。
俺は負けまくりの人生だが、そんな俺の元から離れたこっからが、こいつ等の本領だ!」
「何をでけぇ声で情けねぇ事言ってやがるよバカ野郎!」
「テメェこそ、おんぶにだっこを実力だと思ってんじゃねぇバカ野郎!」
なんて叫んでみるが、俺の仕事はもう全部終わってる。
後は、自分が育てたこいつ等を見守るだけだ。
命令もお願いも、もう何も残ってない。
ただ、頑張れと応援するだけだ。
「行け、お前等!
お前達は子供のままの自分達と決別しなきゃいけないだろ。
少し早い気もするが、優秀過ぎるお前等は、もう俺なんかより随分大人なんだから」
「行くぞ、ヴァイス!
間違いにすら気が付かねぇ俺なんかでいいのなら。
もう一度だけ、俺の最期を一緒に戦ってくれ」
『はい!』
『御意!』
《祝謝白化》
前を向こうが、後ろを向こうが、終わりは終わり。
しかし、前向きに関係を終える事と、後ろ向きに関係を終える事には、きっと大きな差が存在する。
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