第9話 黒龍化


「グラァアア!」


 黒いオーラの宿る腕を薙ぎ払う。

 すると、斬撃とも思える魔力が飛翔し、ゴブリンの身体を抉った。


 ダークネイル。

 闇属性の魔力を爪に纏わせ飛ばすスキルらしい。


「ヴァルルルルルルゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」


 黒い宝玉が口の中で完成する。

 それを吐き出す様に大きく口を開き、息を巻き散らす。

 ダークブレスは、数十のゴブリンを一撃で吹き飛ばした。



 ――マジ強い。



 それ以外の感想が出てこない。

 身体の制御が曖昧で、大味な戦いになっている現状。

 それでも、龍種の能力の高さが伺い知れる。


 龍を狩った探索者は、他の探索者に一目置かれる。

 なんて噂を聞いた事があるが、事実に思えて来た。


 そして、何故俺が普通に召喚するのではなく憑依という選択肢を選んだかという話だ。


 理由は簡単。

 憑依状態では『召喚士』としての力も使えるからだ。


「グルッ(来い、スルト)」


 爪で壁に召喚陣を書き小さく唸る。

 すると、スルトが膝を付いた姿勢で召喚された。


「何なりとご命令を」


「グルゥ(魔石を回収してくれ)」


「御意」


 そう言うと、散らばった魔石群をスルトが収納し始める。

 本当に便利な能力だな。


 このように、憑依状態では召喚士としての能力も使用する事ができる。

 つまり、この先俺が攻撃スキル等を覚えた場合、魔物のスキルとそれを組み合わせる事ができるという事だ。


 その事実に、俺はスキルを手に入れた時点で気が付いていた。

 けれど、魔物に乗り移って戦おうとは思わなかった。


 戦いが怖いから。

 自分よりも魔物に任せていた方が楽。

 多分、そういう理由なのだと思った。


 でも、最終的な強さは俺が戦える様になった方が上だ。

 だから、召喚獣に甘えるのは止める。

 召喚獣に頼りきるのは止める。


「集め終わりました」


「ガラァ(また呼ぶ)」


「いつでもお呼びください」


 スルトを送還し、ダンジョンの先に進む。

 今日の目標は金策だ。


 召喚獣にとって俺は社長みたいな物。

 ならば、俺の為に戦ってくれる彼等のサポートをするのが俺の仕事。


 スルトや他の召喚獣の武器、防具の購入費用を稼ぐ!


 もうそれは、湧き潰しと言っていいかもしれない。

 現れた傍から、魔物ゴブリンを蹴散らして行く。

 スキルを使えば、数体が同時に吹き飛ぶ。


 スキルなど使わなくとも、この身体は並みの打撃を物ともしない。

 スキルなど無くとも、薙ぎ払うだけで相手を吹き飛ばせる。


 翼はまだ使えない。

 四足歩行は移動しにくい。

 スキルのオンオフに正確性は余りない。


 それでも、基本的な性能が違い過ぎる。



 一薙ぎで悪鬼の命が吹き飛ぶ。


 一吹きで数十の命が消え失せる。



 本当にゲーム感覚だ。

 自分の身体で。命の危機は何も無く。

 そして、自分の操るキャラクターは最高。

 このステージの敵では相手にならない無双ぶり。


 戦いとは、こんなに楽しい物なんだな。

 そりゃ、あの間男も調子に乗るだろう。

 強いってのは、それだけで自信に繋がる。



 そして俺は、最奥にまで辿り着いた。



 スルト達の探索を何度か見ていたので、大まかな道順は憶えていた。

 もし負ければ、闇幼龍の蘇生の為に、Dランクの魔石をまた買う必要がある。

 けれど、それでもこの身体でどこまでやれるのか確かめて置く必要はある。


 俺は、その部屋の中へ立ち入った。



「ギャギャギャギャギャ!!」



 通常のゴブリンよりも二回りほど大きい。

 190cm程の体躯に、筋肉質の身体。

 あの間男には及ばないが、圧迫感を感じる。

 こっちは、普段より小さい身体だしな。


 だが、スルト達Eランクの5匹でも倒せたのだ。

 Dランクの中でも、かなり上位の魔物である龍種。

 その性能を発揮できれば、負ける筈がない。



 ――そう、甘く考えていた。



「グラァ!」


 吐き出した黒い魔力が、ホブゴブリンの脇腹を抉る。

 黒い爪を伸縮させ、頭部を狙う。

 しかし、敵も然ること、俺の爪を鉈で弾く。


 間髪入れずに、俺は近づく。

 そのままスキルを起動。

 牙を黒く尖らせる。


 ダークファング。

 それは、牙に魔力を宿しどんな物でも噛み砕くスキル。


 スルトが収納によって相手の武器を無効化したように。


 ホブゴブリンの鉈へ食らいつき、スキルを起動しての武器破壊。



 ――そう、なる予定だった。



「ガッ!」


 けれど、スキルは発動しなかった。

 どれだけ、感覚を研ぎ澄ませても。

 どれだけ願っても。どれだけ祈っても。

 黒い魔力は、もう尽きていた。


 自身の肉体の残存魔力も分からない。


 これが、今の俺の限界だった。


 鉈に斬りつけられ、吹き飛ばされる。

 今までのゴブリンの攻撃力とはまるで違う。

 斬撃の切味も、膂力その物が。


 なめていた。

 あいつ等だって、EランクだけでDランクに勝ったのに。


 自分の弱さに目もくれず。

 自分は強いと驕って。

 召喚獣たちの強さで調子に乗って。


 あいつ等は、数の優位があってもしっかりと戦っていた。

 戦術と作戦を講じ、己の役割を理解し、全霊で戦った。


 それが、ただ後ろから見ていた俺に真似できる訳もない。



 ――結局、そうなるのかよ。



 俺は、結局戦士でも騎士でも斥候でも魔術師でも……何でもない。



 最後まで、きっと俺は召喚士だ。

 でも、それを不幸とは思わない。


 別に、俺が負けてもいいじゃ無いか。


 問題は、俺たちが負けない事なんだから。


 床に頬を着けて、爪を地面に突き立てる。

 そのまま、円を描いていく。


 単独での俺の限界。

 今は、それはここだった。

 それだけの事だ。


「グゥ……(来てくれ)」


 円が眩く光る。


「――許さない」


 リンが、赤い瞳で敵を睨む。


「――後はお任せを」


 ルウが、身体を大きく広げる。


「――殺す」


 アイが、憎悪の籠る目玉をホブゴブリンへ向ける。


「――主君は敗北しない」


 そんな、頼れる4匹が俺の前に立つ。

 背中を向ける。

 憑依で見ていた時とは違う。


 圧倒的な迫力リアリティ


 その背中は、俺に一生敵わないと諦めさせるほどに強固だった。


 そして、俺の最初の召喚獣が。



 ――スルトが俺の傍で言う。



「どうか、見ていて頂きたく。

 主が無理をせずとも、我等が必ず全ての障害を薙ぎ払うと。

 そう、証明する所を……」


 俺は、それが嫌だったんだ。

 俺は、お前達に頼り切りになりたくなかったんだ。

 俺も、お前達の役に立ちたかった。


 なのに、全く逆の感想も持ってしまう。

 見てみたいとも思ってしまう。


「タノム」


 声が出た。

 吠える事しかできなかった龍の身で。

 最後の最後に、彼等に願うその言葉を吐き出す瞬間に、俺は言語を操る方法を会得した。


 それが、召喚士の本質なのでは無いかと。

 嫌でも考えてしまう。

 俺は一生、誰かに頼るしか無いのかも。

 そう、不安になる。


 だから、いつかその不安を拭い去れるように。


 ちゃんと俺の中に、その光景を刻み付けよう。



 ――お前たちの勝利と……俺の敗北を。



 次は勝てる様に心に刻む。


「御意」


 スルトが、俺の身体へ触れる。

 触れた部位は、爪と牙。

 そこから、黒い魔力が吸い上げられていく。

 スルトの純白の身体が、黒く変色した。



 ――呪怨黒化。



 レベルアップの時のように頭に響く、その概念を俺は知らない。



 何故か、黒い魔力が他の魔物にも伝播していく。


 その拳が黒く染まり。

 その肉が黒く蠢き始め。

 その瞳が黒い光を放ち。

 身体の周りを黒い液体が浮遊する。


 スルト、リン、ルウ、アイ、ヴァン。


 俺の召喚獣。

 俺の最大の戦力。

 俺の最高の仲間。


 その背中が一層大きくなった気がした。


「――我等は弱者。

 ――我等は至らぬ。

 ――我等は足りぬ。

 ならば、もっと強くなろう。

 失望させぬ程に、期待される程に」


「うん」


「無論」


「そうだね」


「当然だ」


 目的に対する想いの強さ。

 その一途でさえ、及ばない。


 本当に、怪物モンスターだ。

 俺なんかとは比べ物にならない位、お前たちは強いのだから。



 だから、憧れる。



 ――リンの黒い拳が、ホブゴブリンの腹を穿つ。


 ――アイの黒い光が、その手足を貫く。


 ――ルウはどれだけの攻撃を受けても、即座に立ち上がり構える。


 ――ヴァンは浮遊する黒い血を、ホブゴブリンの身体の周りに飛ばし、攪乱する。



 何が起こっているのか分からない。

 どうして、急にそんな力が芽生えたのか。

 理解できない。


 それでも分かる。

 ただ、彼等は強い。



 ――圧倒的に。



 昨日とは訳が違う。

 昨日の半分の時間も掛かって居ない。


 スルトの腕が、剣のように尖る。


 軽やかな動きで、その剣はホブゴブリンの首を跳ね飛ばした。


「…………ツヨイナァ…………」


 その勇ましさはかっこよすぎる。

 その堂々とした雰囲気はズル過ぎる。


 俺はきっと実感が欲しかったのだ。

 自分が矢面に立ち、前線で、魔物を退治し、己の力で越えていると。

 召喚士の力は、その実感を得にくい物だ。


 だから、このままじゃ間男に勝てないのではないか、なんて思ったりもした。


 でも俺は、召喚獣たちのその姿に感動していた。

 間男の事なんて些細な問題なのでは無いかと、思うほどに。



 でも、俺も諦めないよ。



 いつか必ず、憑依と龍の力でお前達を越えてやる。


 そう決心し、俺は全召喚獣を送還した。

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