第32話 例えば


「あ、このたこ焼きタコ入ってねぇや」


 デパート内の食堂に腰を下ろすのは、俺を含めて三人。

 残り二人は、リンと雅だ。


「じゃああたしのどうぞ!」


 そう言って、自分の手元にあるたこ焼きの一つを割ってタコだけを爪楊枝に差して俺に向けるリン。


「たこ焼きからタコを抜いたらもうたこ焼きの意味無いでしょ。

 昇が食べたかったのは、たこじゃ無くてタコの入ったたこ焼きでしょ?」


 そう言って、普通にたこ焼きを差し出してくる雅。


 何なのこの人たち……


 俺は両方奪って口へ放り込んだ。


「タコもたこ焼きもうめぇわ」


「変わらないわね」


「はー」


 そう言ってそっぽを向く二人。

 どうしろっつんだよ。


「つうか雅、俺と会ってていいのかよ。

 彼氏はどうした」


「いいのよ別に。

 彼氏だからって、私の行動を決められる訳じゃないし」


 まぁ、確かにお前はそんな性格か。


「随分、有名人になったよな」


 あの事件以降、雅の名前は全国に広がった。

 テレビで、こいつの名前を聞かない日は無い位。

 アイドルとか女優とか、そんなレベル。


 実際、さっきからかなり盗撮されてる気がするし。


「鬱陶しくて悪いわね。

 別に気にしなくて良いわよ。

 後でどうとでも消せるし」


 消す……?

 あぁ、画像の事か。

 まぁ、木葉が言ってたバックが居ればそういうのも簡単なのか。


「ご主人様、買い物の続きしましょうよ」


 そう言って、肩を引くリン。

 確かに、当初の目的から逸れてるか。


「少し待ってくれないかしら?」


 雅がリンに向き直って、そう問いかける。


「は? 所詮元カノでしょ?

 勝手に振っといて、まだ何か用事がある訳?

 てか正直、そういうのキモイんだけど」


 めちゃくちゃ邪険な顔でそういうリン。

 流石ゴブリン。

 ていうか、俺の個人情報って召喚獣きみらには筒抜けなの?


 ハズ……


 リンはもう見る影も無いけど、ゴブリンだったのだ。

 だからって訳じゃ無いけど、別に性格が言い訳じゃ無いんだよな。

 顔とか体形とかはもう別物なんだけどなぁ。


 まぁ、そんな性格が嫌いって訳じゃ無いんだけど。


 雅は、別にリンの事を前に戦った召喚獣だと思ってる訳じゃないらしい。


 見た目は大分違うしな。

 そもそもアレが召喚獣だったのか判断する材料も無いだろう。

 多分、魔力的な何かで魔物である事を理解。


 俺のクラスから逆算して召喚獣だって推定した感じだな。


 そんな事を、考えていると雅は俺の思いもよらない行動をした。


「は?」


 俺はそれを見て、アホみたいな声を出す。


 だって、あの雅が。


「お願いします」


 頭を下げて、お願いをしている。


「な……ッチ……

 ご主人様、あたしちょっと向こうで服とか見てきます」


 舌打ちして、俺の返事を聞く事も無く歩いていくリン。

 真正面から来られると弱いのかね。


 で、取り残されるのは俺と雅。


「昇……」


 不安気に俺を見る雅。

 似合わねぇ面してんじゃねぇよ。


「なんだよ?」


「私、強くなったの」


 そうだな。

 スルトを越える支援能力と指揮能力。

 音声通信を用いた大規模強化術式。


 そして、その美貌と神聖的とすら思わせる演奏によって獲得した知名度。


 総評として、今の日本でお前より影響力の高い人間は総理大臣位のものだろう。


「……そうだな」


「私は間違ってた。

 私には貴方を守り切る自信が無かった」


 はぁ。

 口から零れかけた溜息を堪える。


「でも、もう今はその自信がある」


「ウザ……」


「え……?」


「お前にとって俺は、守るべき相手かよ。

 子ども扱いも大概にしてくれ」


 やめろ馬鹿。

 言うな。


 そんな事言って何の意味がある。

 八つ当たり以外の何物でもない。


「雷道なにがしなら、お前を守れそうだからそっちを選んだんだろ?」


 俺は、雅との勝負に負けた。

 で、今やってるのはその負けにケチをつけてるだけ。

 それじゃあ本当にガキみたいだ。


 でも、止まらねぇ。


「それで、今度は自分が強くなったから……

 守ってもらう必要が無くなったからだ?」


 そんなんで解決してんのは、そっちの事情だけだろうが。

 俺の問題は何も解決してねぇ。


 俺は、お前を守ってやれる位の力が欲しかった。

 もう、あんな思いをしたくなかったからだ。


「確かにお前は天才だよ。

 俺なんかじゃお前のスピードにはついていけないのかもしれない。

 けど、無意味だとか無駄だとか、そんな諦めで……」


 俺の、探索者としての時間を。


「終わらせてたまるかよ」


「昇……!」


 雅を目を見開いて、俺を見る。


 今日、何度もお前に名前を呼ばれた気がする。

 いつ振りだろう、こんなにお前の口から俺の名前を聞くのは。

 昔は毎日、そうだったのに。


「お前が俺に何を言いたかったのか知らねぇ。

 つか、どうでもいい」


「うん……」


 待ってろと、俺は雅にそう言った。

 けれど、雅は止まる事なんて無い。

 俺の予想をはるかに超える速度で進化する。


 結局、俺は未だにレベルは30代。

 雷道を越えられていない。

 それが、現実だ。


 俺が自分の問題を解決するよりも、雅が己の問題を解決する方がずっと速かった。

 それだけの話。


 数秒の沈黙。


「昇……」


「雅……」


 同時に言葉が出て、お互いが譲る様に視線を合わせる。

 息ピッタリだな。

 嫌になる。


「先に言っていいわよ」


「そっちこそ」


「……」


「……」


「あの」


「その」


「「うっ……」」


 何じゃこりゃ。

 昭和のコントか。

 昭和のコント見た事ねぇけど!


「私が話す」


「どうぞ」


「昔の私は力が無かった。

 でも、今の私にはそれなりに力がある。

 だから、別に……」


 雷道シュレンという探索者は必要ない。

 スペックが必要無いのであれば、恋愛対象の基準は前に戻る。

 前に戻るなら、それは元カレの俺。



 馬鹿馬鹿しい希望的観測だな。



「雅にフラれて分かったんだ。

 好きな奴に幻滅されない様にならなきゃって」


 恋愛なんて、所詮は損得の上に成り立つ物だ。


 なら、俺は相手にどれほどの得を与えられている?


 少なくとも一月前の俺は、雷道シュレン以下の得しか天童雅に与えられていなかった。


 だから、フラれた。

 簡単で当然の理屈だ。


 そして、それは今も同じだ。

 俺はついこの前、こいつ等に負けたばっかだ。


「そんな事は無いだろうけど例えば今、雅が俺と復縁とか望んでも、俺はそれを断るよ。

 だって、今の俺にはお前に釣り合う器が無い。

 もうあんな経験は懲り懲りだから。

 俺が次に誰かを好きになるのは、そいつを幸せにしてやれる実力を備えた後だ」


 それは探索者としてのレベルだったり。

 財産の総量だったり。

 高い知性だったり。

 芸術性とか、身体能力とか、コミュニケーション能力とかだったりするんだろう。


 今のとこ、最低限レベルと財産は欲しい。

 でも、レベルは未だビギナーランク。

 財産なんざ、装備を買えば文無しだ。


 対して雅はどうか。


 分かり切ってる。


 圧倒的な後ろ盾。

 圧倒的な才能。

 圧倒的な知名度。


 寧ろ、どこで俺はこいつに勝てている?


 こいつが持って居ない物で、俺が持っている物がどれほどある。

 釣り合っているのか?

 そうは思えない。


「そう、分かった。

 ありがとう。じゃあね」


 そう言って、雅は席を立ちあがる。

 俺に背中を向けて、彼女は一言残して行った。


「ごめんなさい」


 その言葉の意味を、俺は読み取れない。

 どんな意図なのか分からない。


 けど……どんな理由だとしても……


「謝るなよ。

 俺はお前を好きになった。世界で一番好きだった。

 だから、お前の願いが俺にとって不都合な物でも、叶えばいいと思うよ。

 それが、俺の好きって感情だ」


 俺は恋人だったのに、お前の期待に応えられなかった。

 それが全部だ。


 だから気にするな。

 俺は雅にそう言ったつもりだ。


 その意図が伝わったのかは分からない。


 雅は「うん、知ってたわ」と小さく残して、その場を去って行った。


「泣いてる時に背中向ける癖、まだ直ってねぇんだな」


 この言葉は、もう雅には聞こえていない。


 昔に戻りたいなんて思わない。

 懐かしんだって意味もねぇ。


「俺はお前も越えてやる」


 去っていく背中に、そう放つ。

 それが俺の意思表示。


「ご主人様……」


 雅が居なくなったのを察してか、リンが戻って来た。


「あぁ、リン。

 用事は終わった」


「まだ、あの人が好きなんですか?」


「好きだから告白して付き合う……

 なんてのは高校生までだよ」


「そうですか……

 何処が、そんなに好きなんですか?」


「あいつは俺を救ってくれたんだ。

 俺が独りになった時傍にいてくれた。

 感謝してるんだ。

 だから幸せになって欲しい。

 そんな感じ」


 なんで、俺は自分の召喚獣に恋愛観なんて語ってんのか。


「なんか、ハズいな……」


「分かりました」


「ん?」


「あたしも、ご主人様に感謝される様に頑張ります」


「ん……あぁ、期待してる」


「ご主人様は、意地悪ですね」


「そうか?

 俺はただ、下に視られるのがウンザリなだけだ」


 勝手に比べて、勝手に下に見てんじゃねぇよ。


 雅は俺に期待しなかった。

 だから、俺は召喚獣に期待を込める。


「実力が欲しいんだ」


 俺がそう言うと、リンは膝を着く。


「畏まりました、敬愛する我が主よ。

 必ず、命を賭してもその願いを成就させる事を、ここに誓います」


 うん、周りの人が見てるから。

 今すぐそれやめて立ってくれる?

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