第33話 骸の王


 Aランクダンジョン【不死街】。

 その東は骸骨スケルトンの領域である。


 それを見て、彼は何を思うのだろう。

 数カ月前まで、彼もまた無差別に人を襲うだけのモンスターだった。


 彼等はダンジョンに指揮される。

 言わば木偶人形の様な存在。

 スルトの表情は哀れみか、それとも恐怖か。

 所詮骸骨でしかない男の表情は読めない。



「仕える相手を間違えぬ事だな」



 そう言って、スルトは自分の歯を一本抜いた。

 しかし、抜けた歯は直ぐに再生する。


 手に取った歯を頭蓋だけになった魔物スケルトンに押し付ける。

 歯は、徐々にその頭部に入っていく。


 一本角の生えた頭蓋が浮遊する。



 名を、スカル・フェイス。



 本来、ダンジョンが持つ魔物の主導権。

 それを、奪い取るスルトの新たな能力スキル

 更に支配の魔杖を合わせる事で、緻密な指揮系統を確立している。


 魔物の頭蓋を抜き盗り使役する。



 ――骸の王コントロール・スカル



 発動条件は、相手を戦闘不能にする必要がある事。

 そして、スルトが送還された時点で支配は終了する。


 しかし、それを差し引いてもこの不死街では。

 スケルトン系列の魔物しか存在しない東では。


「ほんと、クソ真面目だなスルトは」


 スルトの後方に浮く大量の頭蓋。



 その数、凡そ100体。



 この場に置いて、スルトは無類の強さを発揮している。


 スルトはまだEランク程度までしか出現しないエリアにいる。


 スルトが支配したスケルトンが視える敵を弄り殺す。

 そして、頭蓋だけをスルトの足元へ転がすのだ。

 その間、スルトは骨の山の上で頬杖を突いて座っているだけ。


「一人で行くとか言い出した時は何考えてんだと思ったけどなぁ……」


 実力を見せられれば黙るしかない。

 けど、今はまだ低ランク相手に準備しているだけ。


 重要なのはこの先。

 スルト達が敗北しているのはBランクが出始めるエリアだ。


「さて、そろそろ行くか。

 主もきっと見ておられる。

 退屈させる訳にも行くまい」


 そう言って、スルトは立ち上がる。

 浮遊する頭蓋も追従する様に動き始めた。


 スルトは竜牙兵スパルトイへ進化した。

 その額に角の様な骨が生えている。

 同じように、スルトが支配したスカルにも角が視て取れた。



 王宮へ向かって、スルトは歩き始める。

 Dランク、ワイト。

 スルトの一つ進化前の種族だ。

 しかし、今のスルトの骨の軍勢には無力だ。


 ワイトの放つ炎の術式。


「カッ……!」


 確かに、それは頭蓋の一つに命中し撃ち落とす。

 けれど……それは余りにも小さな変化だ。


「「「「カッカカカカカカッカ!!」」」」


 数十匹の頭蓋が、ワイトに群がっていく。


「うげ、ピラニアみてぇ……」


 噛みつかれると同時にワイトの骨が砕け、角がその白骨を貫いていく。


「ふむ、このレベルなら戦術は必要ないか」


 そう言って、転がったワイトの頭部へ触れる。

 そこに角が生え、スルトの軍勢に加わった。


 骸の王。

 魔物の頭蓋に干渉し、スカル・フェイスとして使役する。

 上限支配数は100体。

 歯を媒体にする事で魔力消費は無し。

 必要なのは、歯を再生するだけの魔力だけ。


「最大支配数100ってとこだよな……」


 一体一体は大して驚異的じゃない。

 ゴブリンの方が強いくらいだ。

 だが、浮遊能力を有する事。

 そして、頭蓋の存在しない魔物は極僅かだ。


 殆どの魔物をスカルとして使役可能。

 軍勢が減っても、直ぐに補充できる。

 それは圧倒的な戦略的意味を持つ。


 ワイトの更に先の領域に現れる魔物。

 スルトと殆ど変わらぬ見た目。

 違いがあるとすれば、その手に杖が無い事くらいか。

 相手も竜牙兵スパルトイ

 けれど、スルトとは持つ力が違い過ぎる。


 敵の使役するスカルの数は3体しか居なかった。


 その差が、何処から生まれるのかは分からない。

 けれど、スルトを相手にするには聊か数が少なすぎる。


 更に、スルトは前に進んでいく。


「さて、復讐と行こうか」


 スルトと、その後方へ控えるスカルの群れ。

 対峙するは、リッチと呼ばれる異形。

 魔術の名手としても知られるBランクモンスター。


 そして、恐らくスルトの……

 スパルトイの進化系。


 順当に戦えば勝ち目は無い。

 ランク差は明確だ。

 だが、何故なのだろうか。



「お前が負ける訳無いよな」



 そう、信じて居られる。

 リッチに無く、スルトに有る物。

 その、どれだけ多い事か。


「カカカ」


 リッチの手に火炎が浮かぶ。

 それは、スルトに向けて放たれる。

 けれど、スルトは微動だにしない。


 反応できていない訳じゃない。

 ただ、余裕というか動く必要もないみたいに。



 ――火球はスルトの頬を掠め後方へ消えた。



 術式歪曲。

 スルトは既に、強化と弱体だけではなく、相手の術の軌道に魔力の糸を設置して置く事で、その射角をズラす技術を会得していた。


 これはスキルではない。

 スルトが憧れ、学び、模倣し、手に入れた。

 努力の成果だ。


「戦力とは何か……貴様に分かるか?

 我より高位と自称するなら答えて見せよ」


「カカ……」


 リッチは、骨の鳴る様な声を出すのみ。


「所詮、それが貴様の限界よな。

 良いか、戦力とは数である。

 味方の数。手数。行動の種類。戦術のパターン。

 貴様はどれも一つしかない。

 己が持つ最強の一撃をただ放つのみ。

 それが、思考停止ではなく何だと言うのか」


 嘆く様に言葉を放り。

 空へ掲げた右手が、勢いよくリッチへ向けて降ろされる。


「我は全てに複数の選択肢を持つ。

 故に、貴様は負けるのだ。

 個では群に勝れぬと知れ、木偶の棒」


 瞬間、浮遊するスカル・フェイスの軍勢が一斉に群がった。

 それはまるで鳥葬だ。

 死骸に群がる鳥が肉を啄み、飛び去る様に。

 骨の残骸だけがその場には残される。


「選ばれぬ者とは、斯くも哀れな者なのだな」


 それを見ながら、音の消えた世界でスルトは小さく呟いた。



 魔物としてのランクはCの筈なのに。

 単体性能でBランクを圧倒かよ。

 すげぇなこいつ。


 そのままスルトは進んでいく。

 不死街はAランクダンジョンだ。


 ダンジョンランクは、ボスを抜いたそのダンジョンに出現する魔物の最大ランクで決定される。

 つまり、このまま進めばAランクの魔物が出て来る。


 そして、その法則に従ってスルトの目の前には死神が現れた。



 ――スケルトン・リーパー。



 骸骨の身体。

 漆黒のローブ。

 浮遊し大鎌を携える。


 それは、不死街の中央付近。

 破壊された噴水広間を守る様に停止していた。


「これが……」


 焦ったような声がスルトから漏れた。


 スルトが広間へ踏み入れようと足を上げる。

 その瞬間、リーパーの視線がスルトを向く。


「なるほどな、それが貴様の行動範囲か」


 スルトが右手を上げる。

 そこに追従する様にスカルの一匹が、頭上に移動した。


「行け」


 手を振り下ろすと同時にスカルが、リーパーへ突進する。


「は?」


「なんだと……?」


 俺とスルトが同時に疑問符を浮かべた。


 スカルが斬られたのだ。


 まだ、リーパーとは50m以上の距離があったにも関わらず。

 スルトの視界を共有していた俺が何も見えなかった。

 って事は、スルトにも見えてない。



 スルト:主よ……どうやらこの相手に、我では現状対抗し得る手段を持っておりませぬ。

 俺:そうだな。そいつはもっと準備を整えてから行けばいい。

 スルト:御意。そして、であれば提案を一つ。

 スルト:聖典に挑んでも宜しいでしょうか?



 俺にはスルトが勝てるビジョンは見えない。

 でも、スルトは何の勝算も無く、そんな事を言う男じゃない。


 スルト自身、作戦をバラすだけなら挑むメリットは無いって言ってたし。


 けど、スルトは俺の事情を多分知ってる。

 俺が一番勝ちたい相手だと理解してる。


 だからだろう。


 その一番の願いを叶えようとしてくれている。

 それが何となく分かる。


 だから、俺はスルトの提案に頷いた。

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