第31話 Cクラス


 暗月の塔消失から5日。

 念話でスルトから、自分とリンを召喚して欲しいと言われた。


「感謝します主」


「ご主人様、あたしたち報告があるんだよ」


 俺の部屋のベッドの上で正座する二人。

 俺は勉強机に腰かけている。

 流石に床に座らせるのは悪いと思って。


 で。


 こいつらの報告ってのは心当たりがある。

 召喚獣の状態は、俺も把握してるからな。


「ランクアップができるようになったか」


「御意」


「はい!」


 スルトもリンも今のランクはD。

 ランクアップすればCとなってダリウスに並ぶ。

 現状、ランクの面での最上位は夜宮さんのBだ。

 でも、あの人は戦闘要員じゃない。


 やはり、単体での最強はダリウスだった。

 だが、スルトとリンがそれに並べばどうなるかは分からない。


 魔力操作。

 体術。


 その習得は、ダンジョンアタックだけでは無理だ。

 少なくとも5日程度でできる事じゃない。


 ずっと前から、試行錯誤を繰り返し努力した成果。

 つまり、2人の頑張りだ。



「――よくやったな」



 俺は2人を褒める。

 正直な話、できる事がそれくらいしかない。

 きっと、普通の召喚士は召喚獣の戦場についていく。


 そして、魔法とかスキルとかを使ってサポートするんだろう。


 でも、俺は家で様子を見てるだけ。


 不甲斐ない事この上無し。


「まずは、スルトから行くか」


「御意」


 俺は椅子から立ち上がって、スルトの前に立つ。

 スルトは正座のまま頭を下げた。


 その頭部に触れ、呟く。

 スキルの名を。



「種族進化」



 呟くと同時に、スルトの思考が伝わって来る。

 敗北の悔しさとか。

 期待に応えられない無力感とか。

 指揮官としての向上心とか。


 お前は凄いよ。


 そう思いながら、俺はスキルを意識して力を込める。



 ――竜牙兵スパルトイ



 それが、進化したスルトの種族名だった。


 竜の骨……具体的には尻尾が生えた。

 それと角の様な部位が増え、頭部が人の物から恐竜のように変化した。

 纏うローブはそのまま。


 強化されたのは近接能力だ。

 スルトは純魔法タイプじゃない。

 接近も魔法も使える。

 そういう進化を望んでいた。

 何となく頭に触れた時、そんな意識が逆流した。


「この恩恵に報いる事ができる様、粉骨砕身努めます」


 文字通り、スルトは骨を砕いて戦ってくれていた。

 それに報いるのは俺の方だ。


「スルト、これからもよろしく頼む」


「御意」


 そう言って膝を付くスルト。


「次はリンだな」


「はい、ご主人様」


 元気よく返事するリンに手を伸ばす。


「ご主人様」


 そうすると、リンは俺の手を両手で取った。


「ここがいいです」


 そう言って、俺の手を自分の頬に宛がう。

 まぁ、それでも確かに発動するけど。

 髪型とか気にしてるのかな。

 一応女の子な訳だし。


「あぁ、それじゃあ行くぞ」


「はい」


 リンの強い願い。

 それは、人に近づきたいという物だ。

 ゴブリンの姿ではなく、人間により近く。

 それは、体術を習得したからか。

 それとも、別の理由があるのか。

 そこまでは分からない。


 だが、本人が望むなら俺もそれを望もう。



 ――紫鬼姫。



 しきひめ、と読むらしい。


 紫の炎に加えて、紫の雷の能力を得た。


 見た目も大きく変化している。

 身長は160程まで伸び、白髪もボブくらいまで伸びた。

 肌の色はもう人間と遜色ない。

 隠しきれないのは額の一本角。

 けど、帽子を被れば街中をブラついてもバレない程度の大きさしかない。


「大分人に近くなったな」


「はい! その良かったら街に行ってみたいんですけど……」


 たどたどしい様子で、上目遣いで俺を見るリン。

 まぁ、服とか買って上げないとだよな。

 装備も私服も。


 ダリウスが頑張ってるお陰で金はある程度溜まってるし。

 あぁ、税金が怖ぇよ。


「分かった。

 服を買いに行くか」


「本当ですか!?

 すっごく嬉しいです!」


 また全裸で出てこられたら困るしな。

 ていうか、召喚獣は死ぬと装備もロストする。


 死ぬ前提のクエストをやらせてる訳だし、スペアの装備は充実させとかないと。


「今からでいいか?」


「はい! いつでも大丈夫です!」


 晴れやかな笑みでそういうリン。

 元気が良くて良い事だ。


「それでは、我は戻ります」


「おう、明日は探索でいいんだよな」


「はい。この力を試したいと思います」


「おっけ、期待してる」


「御意」


 そうして、スルトを送還。

 リンに帽子を被らせる。


 角の部分に穴を開けて露出させる。

 これならそういう帽子で誤魔化せるだろ。

 大分前衛的ではあるけど。


 後は、前に買っていたショートパンツとTシャツの組み合わせ。

 このTシャツって俺が昔来てた奴だな。

 胸元に「中トロ」って書いてる。

 意味わからん。


「な、なんですか……?

 べつにあたしは、ご主人様に視られるのは嫌ではないですけど……

 ちょっとだけ恥ずかしいっていうか……」


「あぁ、悪い。

 それにしても結構美人になったよな」


 肌色、髪質、目の色。

 どれもかなり人間に近い。

 ていうか、殆ど人間だ。


「えぇ……?

 そ、そうですか?」


 自分の白髪を弄りながら、頬を赤らめるリン。


 それを、俺は360度回りながら見る。


 すると、彼女は俯いてしまった。


「顔も見せて欲しいんだけど」


「ひゃ、はい」


 何処か、恥ずかしそうに顔を上げるリン。

 何かあったのかな。


「うん、やっぱり人間の中でもかなり美人の部類だ」


 これでノーメイクだってんだから、人間よりビジュアル面は強いのかもな。

 ゴブリンがこんな進化を遂げるとは。


「驚きだ」


 近くで見ると、青い瞳が印象的だ。

 ロシア人っぽい外見だ。


「~~~~~ちかっ、近いです」


「あぁ、悪い。

 めちゃくちゃ美人だったから」


「絶対、態とやってますよね?」


 訝し気に俺を睨むリン。

 悪かったって。


「正直、ちょっと態とやってる」


「性格悪いです、ご主人様!」


「すまんって。

 好きな物なんでも買ってやるから許してくれ」


「別に怒ってる訳じゃないですけど……

 次からは準備してからやってください」


 準備?

 事前に言っとけって事かな。


「それじゃあ行くか」


「はい!」



 ◆



 ってな訳で、ここら辺で一番大きいデパートに来た。


「ご主人様、あたしデパコス欲しいです」


「おぉー、好きなの買って良いぞ」


「ご主人様! この服とこっちの服どっちが可愛いですか?」


「うーん、右の方が似合うんじゃないか?」


「ご主人様、皆にもプレゼント買っていいですか?」


「あぁ、他の奴らはヴァンくらいしか買い物来れないしな。

 リンが選んでやってくれ」


 なんか、パパ活女子に強請られてる気分だ。

 まぁやった事ないから、合ってるか分からんけど。

 でも、金はあるんだし使わなきゃ意味無いよな。


 とか思いつつ、色々と買っていく。


 荷物が多くなると、トイレでスルトを召喚。

 収納して貰う。

 本当に便利だよな、この能力。


「ねぇ、ご主人様……楽しいですか?」


 不安げな顔で、そんな事を聞いて来るリン。

 俺は、できる限り優しく微笑んだ。


「楽しいよ。いつも感謝してる」


「良かったです……

 ご主人様、いつも悲しそうだったから」


「悲しそうだった?

 俺が?」


「見えない何かを、追いかけてるみたいでした」


 あぁ、そうなのか。

 傍から見ると、そう見えるのか。

 きっとそれは、雷道とか雅の事だ。


 俺はあの2人を追いかけて探索者になった。

 そして、未だにいつも思ってる。



 ――まだ負けている。



 その感情は払拭されない。

 ちょっと前に負けたばっかりな訳だし。


「心配かけて悪いな」


「いえ……あたしたちに力が無いから」


「そんな事ねぇって、俺はずっとリンたちに期待してる。

 いつか必ず追い付き超えるって信じてる。

 だから、リンこそ悲しそうにしなくていいんだ」


「……確かにそうですね」


 そう言って、リンはいつもの様に明るく笑った。


「あたしは必ず、一番強くなります。

 だから、ご主人様が浸れるのは今の内ですよ」


 上目遣いで俺を見るリン。

 進化して妖艶さにも磨きがかかってる。


「そうだな。

 じゃあダンジョン用の装備も見に行くか」


「はい!」


 そう、リンが元気よく返事をした時だった。


 聞き馴染みの深い声が、俺の名前を呼んだ。



「昇……」



 どういう因果か、神の戯れか、普通に偶然なのか。

 そこには、天童雅の姿があった。


「雅……」


 少し、気まずい沈黙が続く。

 リンも空気を読んで話に入って来ない。


「また、別の女の子と一緒にいるのね」


 ぜってぇ勘違いしてる。


 でも、俺が否定する前にリンが言った。


「あたしが、ご主人様と一緒に居たら何か悪い?」


「ご主人様……?

 貴方が呼ばせてるの?

 昇、それは流石に私も少し引くわ」


 リンを一瞥した視線は、直ぐに俺に戻って来る。


「なんで、あんたにあたしが誰を何て呼ぶか文句言われないといけねぇ訳?」


「常識の話をしてるだけよ」


「自分の意志じゃ無くて常識で生きてんのね。

 人生退屈そう」


 そんな喧嘩腰の会話が始まった。

 なんでこんな事になるのか。


「召喚獣如きが、何を調子に乗ってるのかしら」


 雅は、一切表情を変えずにそう言った。

 バレてるのか。

 流石。


「人間如きが、調子に乗ってんじゃねーよ」


 そう言って睨み合う両者。


「……2人とも、たこ焼きでも食わね?」


 俺は、近くに有ったたこ焼き屋の看板を指さしてそう言った。


 頭痛が痛いぜ。

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