第30話 技術模倣


 あたしは、短刀を二本構えた。

 そして、対峙する吸血鬼ヴァンに宣言する。


「行くよ」


「来い」


 赤黒い直剣を正眼に構え、吸血鬼はそう言う。


 あたしは、暗月の塔でご主人様に貰った短刀を失った。

 でも、ご主人様はあたしを責めなかった。

 それどころか、新品を与えて貰った。


 あの方は、本当に良い人で、だから……



 ――悔しい。



 それならば、罵られた方がマシだ。


 あたしは思い出す。

 あの時、あたしに絶望を教えた存在を。


 雷道シュレン。

 そんな名前の人間。

 間近で戦い、互いの矛を交えたあたしだけが分かる。



 あの男は強かった。



 あたしが1対1であれに勝る部分は無い。

 力、速度、器用さ、足捌き、見切り。

 全ての点に置いて、あたしは負けている。



 あぁ、悔しい。



 そして、それはヴァンも同じだ。


「回転紫炎斬り!」


「血影一閃!」


 交差する斬撃は、確かな手応えをもたらす。

 それは、ヴァンも同じだろう。


「でも」


「だが」


 だからこそ、あたし達は同じ感想を抱く。


「あいつの体術は」


「あの男の剣術は」



「「――もっと凄かった」」



 あいつらは、それだけを極めて来たのだろう。

 あたしたちとは違う。


 ずっと昔から。

 ずっと長い時間を掛けて。

 そうして、辿り着く極致。


 一月程度の生涯で、それを模倣するなんて夢なのかもしれない。


 でも、ご主人様の夢を叶えるのがあたしたちの役目だ。


 だから、できる事をする。

 一秒でも早く辿り着く。


 ご主人様は教えてくれた。

 あたしたちそれぞれの進化条件を。

 それには法則がある。


 あたしたち自身が、自分に一番足りないと思っていた事。


 それが、ランクアップの条件だ。


 あたしとヴァンはもっと技術が欲しかった。

 ルウは多分、守る物を欲している。

 スルトは、知識と技術の両方。


 アイは、良く分からない。

 けど、条件を聞いた時奮い立っていた。

 だから、アイも思う所があるんだと思う。


 ご主人様は、あたしたちに足りない全てをくれる。

 知恵を武器を情報を。

 何度も、武術の達人と呼ばれる人の映像を見た。


 確かに、彼等の動きは凄かった。

 でも、数度見れば再現できた。


 けれど彼らのそれは、根本的に雷道シュレンとは何か違う。


 多分、探索者である事とあたし達との戦いが実戦だった事の差だ。


 それは、ヴァンも感じていた。


「違うな、こうじゃない」


「そう、こうじゃない。

 もっと早かった。もっと鋭かった」


 あたしとヴァンは何度も打ち合う。

 この非召喚空間では、状態が常に回復する。

 どれだけ傷を負っても、修練を止める必要が無い。


 気持ちのままに、気持ちが止まぬ限り、修練に余念を挟む必要が無い。


 そんな世界すら、ご主人様は与えてくれる。


 もしこれで結果が出せなかったら。

 そんな不安に駆り立てられる。


 ここまでお膳立てされて、ここまで用意して貰って……

 それでだめなら、生きてる理由なんて何もない。


「ふむ、中々上達したな。

 2人とも」


「スルト、修練場に来るなんて珍しいね」


 この世界には幾つかのルームが存在する。

 まず7体の召喚獣のプライベートエリア。

 そして、鍛冶場、修練場、書庫。


 鍛冶場はヨミヤの施設だ。

 他の召喚獣が立ち入る事は殆ど無い。

 修練場はここ。かなりの広さがあって、暴れても問題ない。

 書庫は、ご主人様の全記憶の保管場所。

 そこであたし達は様々な事を学べる。


 あたしは書庫で知っちゃった。

 あの、雷道シュレンという男とご主人様の関係。

 どれだけご主人様があの男を嫌ってるか。

 なのに、あたしは技術で負けている。


 その事実があたしは許せない。


 悔しい。超えたい。

 あの日、暗月の塔に入って敗北した日。

 その決心は更に強まったんだ。


「お前も一戦交えて行くか?」


 ヴァンがスルトにそう問いかけ。


 スルトは確かに接近戦もできる。

 でも、基本的に支援がメインなんだよね。


 だから、ヴァンとかあたしに比べると接近戦の性能は低い。


 なのに、スルトは笑って答えた。


「あぁ、少し相手を頼む」


「うむ、良かろう。

 ハンデは……」


「要らぬ。

 代わりに、我も魔術を使うぞ」


「魔術は当然としても、いいのかハンデ無しで」


 スルトが強いのは集団戦だ。

 スルトの能力が一番力を発揮するのもそこだ。


 だから、意外だった。


「それじゃあ行くよ」


 あたしは、二人の真ん中に立って手を上げる。


「ふむ」


「うむ」


 2人が、対峙して構える。

 ヴァンはいつもの刀を。

 スルトは杖を。


「それじゃあ、よーい」


 あたしは振り上げた手を、思い切り下げる。


「スタート!」


 先に動いたのはヴァンだ。

 何度も見た事のある動き。


 毎回思うけど、アクロバット過ぎ。

 でも、それが結構強いんだよなぁ……


 部分変化。

 翼だけを出現させたヴァンの一歩は、常人の3歩以上に値する。


 間合いの見切りを崩す、最初の一歩目。

 更に、ヴァンの使う武器は凄く軽い。

 血と影で造られてるんだから当然よね。


 あれを回避するのは結構神経を使う。

 あたしも、対応できるようになるまでに何回か負けたし。


「ふん」


 そう、スルトが笑う。


「あれ」


「何……?」


 あたしとヴァンは似た反応を示した。

 当然だ。

 ヴァンの剣は、まるでスルトを避ける様に真横を斬った。


 手元が狂った?

 いや、狂わされたって事……?


 スルトが動く。

 杖の先をヴァンの腹に突き刺し、即座に引き抜き顎を撃ち抜く。


「ぐっ!」


 顎を殴られても、ヴァンは殆ど反射的に剣を振るった。

 下から上への切り上げ。


 でも、それもやっぱり……


「どういうことだ……!」


 切り上げは、スルトを掠めただけに終わる。


 ヴァンの攻撃が当たらない。

 スルトは動いていないのに。


「これで、終わりだな」


 スルトの杖が、ヴァンの足を払う。

 尻もちを突くヴァンの首へ、杖が突きつけられる。


「某の敗北だ、認めよう。

 スルト、某に何をしたんだ?」


「結論は、強化だ。

 かなり効果は抑えているが、部位を抑える事で相手の力み方をズラすのだ」


 それって、あの探索者たちの一人が使っていた技じゃん。


 なんなんだろうこの感情。

 なんか、嫌な感じ。


「まだまだ、あの歌と演奏には及ばぬがな」


 そう言って、ヴァンの手を握って立たせるスルト。


「いや、流石我等のリーダーと言った所だ。

 某も負けては居られぬな」


 まるで、認め合う様にヴァンとスルトは握手してる。


 それが、ムカついた。


「スルト」


「なんだ、リン」


「あたしともやろうよ」


「よかろう」


 今度は、あたしとスルトが向かい合う。

 中心にはヴァンが居て、さっきのあたしみたいに宣言する。


「開始」


 そう宣言されても、スルトは動かない。

 そりゃそうね。スルトは動く意味が無い。


「知っているか、リン」


「何が?」


「主が我の魔石を手に入れたのと、お前の魔石を手に入れたのは同時らしい」


「だから、何よ?」


「別に、なんでもないがな」


 ウザいなぁ。


 分かってる。

 あたしだけが、あんたとちゃんとした意味で同期って事でしょ。


 やってやる。

 先に名前を貰っただけじゃん。

 そんなの、ただの幸運。

 実力とは関係ない。


 強化なんて、所詮相手依存の力。

 相手を崩してからじゃないと始まらない。

 それが分かってるなら、強化の力加減が分かって居るのなら。


「フッ」


 両手を広げて、前傾姿勢で走行する。

 スルトを目掛けて、大きく飛んで短刀を振り上げた。


 その瞬間、あたしに向けてスルトが杖を向ける。


 分かってる。

 強化でしょ。


 でも、それが分かってるんだったら、それ毎計算に入れて力めばいい。


「え……!」


 おかしい。

 あたしは、スルト目掛けて跳躍した。

 短刀がしっかり、届く距離で。

 ここで強化されたなら、スルトを跳び越す筈だ。


 だから、反転する用意をしていた。


 なのに……


「なんで!」


 スルトは、あたしの着地点より奥に居た。


「我の術は強化だけではない。

 弱体も含まれるのだ」


 あっそ。


「ムカつく」


 着地点が想定より前になるなら、更に前に突っ込めばいいだけでしょ!


「それに、もうその技はあたしには効かないよ」


 あたしも、魔術を使っている。

 紫の炎をある程度操って使ってる。


 だから、分かる。


「ほう、視えるか」


 そうだ。

 強化なんて言っても、いきなり身体に湧き上がる訳じゃない。


 無色透明、匂いも音も無い、そんな術式を対象の身体に触れさせること。

 それが、強化術式の発動条件。


 でも、それは魔力感知には引っかかる。

 魔力感知を目に集中させる。

 これで、強化術式の動線を知覚できる。


 それは、糸のように細い魔力の線。

 でも、触れない様に立ち回るのは簡単だ。


「行くよ!」


 糸を避けながら近づく。

 短刀をスルトの首元へ。

 この距離なら、もうあたしの体術の方が強いよ!



「――思ったのだ」



 スルトがそう呟いた。

 瞬間、杖があたしの右手にあった短刀を跳ね飛ばす。


「なっ……!」


「所詮、我が得意とするのは集団戦闘。

 では、何故我は集団戦が得意なのか。

 それは、情報の所得能力と解析能力、そして視野による物だ。

 だからこそ、我は魔力を視覚化しながら戦闘できる。

 それが、得意だからだ」


「何……言ってんのよ」


 飛び退いて、弾かれた短刀に手を伸ばす。

 拾い上げるまで、スルトは何もしなかった。

 ただ、スルトは語っているだけ。


「魔力を見るのは初めてか?

 さながらの戦闘……何か感想はあるか?」


「自慢してんの?

 そんな事言ってると、女の子から嫌われるよ」


「主の命を全うする以上に、重要な事等ある物か」


 そうだね。


 あたしも、そうだよ。


 だから、あたしの場所でもあんたに負ける訳に行かないの。


 あぁ、ウザい。


 分かってるんだ。


 スルトがそうしたみたいに。

 スルトが、あの探索者を真似たように。

 あたしも、きっとあれを真似できる。


 でも、ご主人様の大嫌いなあの男の技を真似るとか……

 死んでも嫌。


 でも、ご主人様の願いを叶えられないのは死ぬより嫌だ。


「分かってるよ。

 あんたが正しい、スルト」


「あぁ、お前ならできるとも。

 やって見せよ」


 雷道シュレン。

 あいつは、腰から下の両足と、肩から先の両手に属性を付与して戦っていた。

 そうする事で、技の伸び方が変わるのだ。


 突きは炎を飛ばし、蹴りは稲妻を呼ぶ。


「ごめんなさい、ご主人様。

 折角、買ってくれたのに」


「きっと、主なら理解して下さるだろうよ」


「言われなくても分かってる」


 あたしは、両手の短刀を地面に落とす。


紫炎羅刹しえんらせつ


 あたしの身体を紫の炎が包む。

 でも、術者であるあたしをその炎は傷付けない。


 あたしは多分バカだから、新しい事なんてそんなに多く覚えられない。


 でも、できる事を突き詰めるのはスルトより得意だと思う。


「魔力を燃焼させる紫炎。

 それを纏うお前は、常に魔力を見ているのだろう」


「うん、炎なら手足みたいに動かせる」


 あたしは走る。


 足が地面を蹴る度に、足元が爆ぜる。

 それは推進力だ。

 いつもより速く、あたしは走る。


「ふむ」


 スルトの杖があたしを向く。

 でも、無駄だよ。


 強化と弱体の糸が、あたしに触れる。


 でも、その糸は全部あたしの炎によって燃やし尽くされた。


「隙間は無いか……」


「うん、無いよ。

 ちゃんとあたしの身体さいぼうは全部燃えてる」



「――よかろう」



 スルトに向けて、腕を薙ぐ。

 そこから発生した紫の炎。

 それは鞭のように撓る。


 そのまま、スルトを吹き飛ばした。


「やはり、接近戦最強の名はまだ手に入らぬな」


 背中を地面に付けて、そんな事を言うスルト。


「ありがと、スルト」


「我は何もして居らぬさ、リン」


「あたしを態と煽ったクセに……」


「ふっ、どうだったかな」


「天才軍師も嘘は下手よね」


 そう言って笑ってやる。

 あたしをハメた罰だ。


「リン……」


「何よ?」


「我等召喚獣は主の命を実行する為に存在している。

 だが、お前は合理性ではなく感情で動く。

 戦術の模倣を無意識に拒んだのが証拠だ。

 それはきっと、我等の中でお前だけが主に対しての忠誠ではない何かを持っているという事なのだろう。

 それを捨てさせたこの選択が正しかったのか。

 我にも未だ、解は見えぬ」


 それは……うん、分かってる。



 もやもやしてた。

 いらいらもした。



 絶対ダメなのに。


 でも、ご主人様を見ていると。


 ご主人様が、他の女と話しているのを見ると。



 ――嫌な感じがした。



 自覚したのは、あの柊木葉という女がダンジョン探索について来た時。


 醜悪鬼ゴブリンが何言ってんだろ。


「心配しないでスルト。

 あたしのこれは、強くなれない理由にしちゃ駄目な物だから。

 だから、あんたの指揮は正しいよ。

 それに、別に捨てたって訳じゃないし」


 ただ、より強く自覚しただけ。


「ならば上々。

 それでは行くか、リン」


「うん、行こっか」


 スルトとあたしは自覚してる。


「ん? どこかへ行くのかスルト、リン」


 でもそれは、他の召喚獣には分からない事。

 だから、ヴァンがそう聞いて来る。


「主の下だ」


「先に行ってるわよ、ヴァン」


「それはまさか……!」


 ヴァンにも察しがついたみたい。

 まさか、あたしがスルトと並んで一番とはね。

 スタートは召喚獣の中で一番下だったのに。


「うん」


「そういう事だ」


 あたしとスルトはもう、ランクアップの条件を満たしてる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る