第43話 呪怨黒化


 俺の目の前で、ヴァイスは首を垂れる。

 その両手には抜き身のロングソードがある。

 まるで、それを俺に献上する様な姿勢。


 こいつの記憶を見た。


 最低な俺の記憶。


「雅は……死んでるのか?」


 剣を取るかは一旦横に置く。

 まだ、俺には聞きたい事がある。


「はい。

 暗月の塔の暴走によって天童雅は死去。

 主を魔物から庇ったと聞いております」


「聞いてる?」


「我の知る主は、暗月の塔の暴走時点では探索者として活動しておりませんでした。

 故に、我が目覚めた時には既に天童雅は……」


 少しだけ、視線を雅に移してヴァイスは言う。


 いや、当たり前だ。

 俺が探索者を始めた切っ掛けは失恋だ。

 雅にフラれて無ければ、探索者なんてやってない。


「そして、天童雅の弔いと復讐の為、主は魔石を手に取りました」


 そして最後に気が付いた。

 いや、最初から分かって居ただろう。

 どれだけ魔物を殺しても、人は生き返ったりしないと。


「昇、この話の重要性はそこではないの」


 雅が不安気に言う。

 俺は応えた。


「分かってるよ。

 お前の言葉の意味は分かった。

 ありがとう」


 俺の首には爆弾が巻き付いている。


 呪怨黒化。

 それは、召喚獣の本能を活性化させる物だ。

 そして、その最終点は理性の完全消滅。


 契約の解除だ。


 そうなれば、契約で縛られない、本能だけになった魔物が目の前に居る事になる。


 ヴァイスがしたように。

 俺もスルトや他の召喚獣に殺される。


 そして呪怨黒化はコントロールできない。

 俺や召喚獣の感情の起伏によって勝手に発動する。

 それは、いつ爆発するかも分からない諸刃の剣。


「でもヴァイス、なんで俺が探索者になる様に誘導した?」


 ただの失恋なら、俺は探索者になろうとは思わなかった。

 浮気されていると思ったから。

 その相手が、有名な探索者だったから。

 だから、俺の努力の方向は探索者に誘導された。


 こいつが聖典を書いたというのなら、雷道に雅の彼氏役を命令したのはこいつだ。


 けど、ヴァイスの目的は……


「お前の本当の目的は何だったんだ?」


 未来の俺が命令したのは天童雅の生存。

 そこに、俺を探索者にしろなんて命令は無い。


 なのに……


「主からの命令は確かに天童雅の命を救う事でした。

 しかし、我等の願いはいつも主の幸福です。

 ただ我等にはその方法が分からなかった」


 雅を救うだけでは俺は幸せにはならない。

 当然だ。首に爆弾が巻き付いてる。


 でも、だったら探索者とは無縁の生活を送らせればいい。

 こいつのやった事は真逆だ。


「確かに、主が探索者にならなければ呪怨黒化は発動しませぬ。

 しかし、そうなれば……我等は生まれない。

 主の幸福に我等は不要……そうなのですか?」


 故に。

 と、ヴァイスは続ける。


「我等は天童雅を頼る事にしました。

 彼女なら我等の迷いを払拭してくれると……

 生前、主は何度も我等に言いました。

 雅なら、もっとうまくやる……と」


「俺、最低じゃん」


「最悪ね」


「ですが、それは真実でした。

 事実、彼女は我等にチェスで勝った」


「チェス?」


 たった、それだけの事で。


「それだけの事で、我等には十分でした。

 闇を手探る様だったのです。

 我等にとって、自分で考えるという事は」


 未来の俺の横暴っぷり。

 あれを見れば、毎度無理難題な命令をしてたって事くらい予想できる。


 そして、ヴァイスはただそれに応え続けた。


「我等の人生には、己で達成条件を考えるという機会は存在しませんでした」


 未来の俺もそうとうアホだ。

 俺が考えるより、こいつが考えた方が確実に決まってる。


 そんなことは、誰でも分かる事なのに。

 それすらも、未来の俺は認めなかった。

 魔物への憎しみがそうさせた。


「聞けて良かったよ」


「どうか……」


 そう言って、促す様に剣を上げる。


「お前は死にたいのか?

 それとも罰を与えて欲しいのか?」


 雅に全てを任せる。

 託す。

 それはまるで、死期を悟った老人の様だ。


 だから、死にたいから罰を望んだのなら。


 俺は剣を取る。


「ちょっと昇……!?」


「黙っててくれ、俺はヴァイスに聞いてる」


「……我等は、主の力になりたかった。

 けれど、既に主には別の召喚獣が居る。

 我等はもう必要なく、失敗した我等は罰されるべきと考えます」


「そうかよ」


 俺は剣を振り上げる。

 西洋風のロングソード。


「こんなもん」


 その剣を振り下ろす……



「使った事ないねん!」



 様に地面に叩きつけた。


「なんで関西弁なの……」


 うるさいですよ、雅さん。

 呆れた顔しないで下さい。


「主よ……それは……」


「俺、お前の主じゃねぇから」


 そもそも、未来の俺と今の俺は全然違う。

 辿った記憶も歴史も違う。

 雅も死んでないし、魔物にそこまで憎悪もない。


「死にたいなら勝手にしてくれ。

 でも、お前に罰を与える権利は俺にはねぇ」


 お前はヴァイス・ルーン・アンルトリだ。


「お前は、俺の召喚獣じゃない」


 そもそも、俺はお前に何も被害を受けてない。

 寧ろ、話を聞くほど救われた側だ。

 そして、見せられた記憶には信憑性がある。


 俺が誰にも話していない能力。

 ステータスにすら記載されていない力。

 呪怨黒化という概念を知っていたのだから。


「恩人を殺したくはない」


「そういう事よ、ヴァイス。

 結局、今の昇はこういう人間。

 そしてそれは、貴方がした事よ」


「そうだな……そうか……

 天童雅、感謝する。

 我等のこれは、そう……悪くない気分という物だ」


「私は何もしてないわよ。

 全部、貴方が自分で考えて自分の力でやった事」


「それでも、我等は感謝する。

 この結果は、貴殿の生存によって変わった時間の流れ」


「だったら手伝いなさい。

 まだ、何も解決してないんだから」


 そう言って、雅は窓の外を見る。

 まだ、この学校は結界に包まれている。


「あぁ、貴様の知恵は我が力を使うに相応しい」


 結局、ヴァイスは雅のパーティーメンバーになるっぽい。

 聖典の5人目みたいな感じか。

 なんか、地味に面子やばくね?

 未来の俺も、何か不穏な事言ってたし。

 雷道や木葉の異能がどうとか。


「つーか、なんで未来の俺の口からエスラとかシュレンの名前がでるんだ?」


「あぁ、それは彼等が主の仲間だったからです。

 全員が異能を保有し、世界の為に戦った英雄であり。

 そして、貴方が認めた人間。

 聖典という探索者チームは、天童雅の揺り籠として最硬の居場所を想定し、作りました。

 まさか、彼女自身が異能に覚醒するとは思ってもみませんでしたが」


「異能ね。結局何なんだよそれ」


「クラスの力とは別種の能力。

 ですが、その中にも強弱は存在します。

 未来の世界で、最強と呼ばれた異能者は貴方ですよ」


「俺……?

 もしかして呪怨黒化の事か?」


「いえ、貴方の異能の名は【命名ネームド】。

 我等に知性を与えた力です」


 命名。

 確かにそうだ。

 名前を付けたら喋るなんて普通じゃない。

 最初は驚いてたけど、日常に浸透し過ぎてて忘れてた。


 けど、それが最強の異能……?

 ちょっと疑問だけど。


「俺って才能あったんだな」


 まぁ、褒められて悪い気はしない。


「はぁ……」


 雅が深く溜息を吐く。


「下手したら死ぬ異能も一緒に持ってるけどね」


「あぁ……はい、ごめんなさい」


 俺の適当な返しに少しムッとして。

 けれど、雅は俺の目をしっかりと見て、言った。


「昇の敵になっても、私は昇を止める。

 貴方に死んで欲しく無いから、そう決めた。

 だから、探索者を辞めて欲しい。

 ……そういう思いだった」


「雅……」


 なんでもできる奴だった。

 雅に頼られた事なんて殆ど無い。

 こいつは自分で勝手に解決するから。


 でも、俺は雅に頼ってばっかりだった。

 言いもしていない俺の悩みを理解し、それを解消してくれる。

 そんな超人みたいな人間なんだ。


 そして雅は、恋人で無くなったこれからも、それを続けてくれると言う。

 こんなに都合の良い話は無い。

 だからこそ。


「別れて正解だった」


「……そう、ね」


「俺はこれ以上にお前に甘えられない。

 お前に頼り切ってたから、人に頼るのが当たり前になってたんだ」


「自分の能力では達成できない結果を欲するなら、方法は2つよ。

 自分の能力を向上させるか、結果をもたらす誰かに頼る事」


「俺には人頼みが合ってるって?」


「私なら、貴方に最良を上げられる」



 ――ふざけるな。



 そう言えたら、恰好も良かっただろうか。



 自分の力に自信を持ち、強さに自負を持つ。

 そんな人間だったら、良かったのに。


 でも、違うんだよな。


 俺は雅とは違う。

 ヴァイスやスルトとも違う。

 召喚獣たちや探索者たちとも違う。


 俺のクラスは召喚士。


「雅、俺は……」


「えぇ、言って」


「俺は強くなりたかった。

 けど、俺はいつも1人で戦ってなかった。

 1人でやろうとしたけど、錬金術師あいつは倒せなかった。

 だから、手伝ってくれ」


 所詮、召喚士は人頼みのクラスだ。


「馬鹿ね……。

 他人を貴方に協力させたくする。

 それが、強さじゃ無くて何なのよ」


 諦めたみたいに雅は笑う。


「馬鹿なのは自分で知ってる」


 俺もつられて笑みを浮かべた。


「貴方はどうせ止めない。

 ヴァイスの話を聞けば尚更。

 だから、できれば聞かせたく無かった。

 でも、ヴァイスが話したいって言うから。

 仕方ないじゃない」


 そう言って、雅は顔を背けた。


「これ、拾ってたの」


 横を向きながら、雅が石を転がす。

 雅が、机の上に転がしたのは6つの魔石。

 Cランク3つとDランク3つ。


「これで、召喚獣を生き返らせて」


「いいのかよ、俺に力を使わせて」


 俺は笑みを浮かべて、そう質問する。


「まぁ、昇が私に隠れて力を使うよりはマシだわ」


「それじゃあ、これでやっと本戦の話ができる訳だ」


「微力ながら、尽力いたします」


 3人寄れば文殊の知恵、なんて言うが。

 仮に、その3人が全員天才だとどうなんのかな。


 なんて思いながら、俺はスルト達の復活を始めた。

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