第57話 再臨
「早く起きて貰っていいかしら」
そんな声と同時に、俺の頬に強い衝撃が走った。
「いてぇって」
目の前には金髪美人。
恰好を見るにフォイたちのどれとも違う。
スーツにタイトスカートの……
「シャーロット先生?」
「そうよ。
助けてあげたんだから、今度こそ私の言う事を聞いて」
「いや、アンタだってあいつ等の仲間だろ。
生贄とか、龍王とか意味分かんねぇ事ばっか言いやがって」
「私は、それが嫌だったから……あの子を逃がしたのよ」
それでもと、彼女は言う。
「行く場所も無くて。
頼れる人も居なくて。
そんな私達に手を差し伸べてくれたのは、あの人だけだった」
「俺の勘違いだったって……事、ですか?」
「じゃなきゃ、なんで私が貴方を助けるのよ」
そう言って、パネルを触るシャーロット先生。
「この施設、あのマッドサイエンティストと私達クォーターしかいないからパスワードとか無いのよね」
そう言い終える時には、俺の首を絞めつけていた首輪は落ちていた。
ガラスがスライドして天上に吸い込まれていく。
久しぶりの自由だ。
「あぁ……ありがとうございます」
「もう、次からはちゃんと人の話を聞く様に」
先生は、俺の額を中指で弾く。
「いて……すんません……」
でもあれはタイミングが悪いだろ。
あの子供、シャルロットをヴァンが拾ったタイミングで……
何というか、偶然が過ぎた。
偶然……なんだよな……?
「それで、助けてくれたあの人って?」
「さぁ、名前は知らないの。
会話も全部電話だから見た目も。
でも、私に大学の講師としての立場や家を用意してくれた。
けど、シャルロットは私の事も信用してなくて、逃げちゃったの。
そしたら、その人が貴方に頼ればいいって」
……って事は、俺が召喚士って知ってる人物。
でも……
「近隣の人に聞いたとか言ってませんでした?」
「あぁ、自分の事は話さないでってその人が。
だから、そういう理由にして欲しいって」
誰だ。
俺が召喚士という事を知っていて。
シャーロット先生にコンタクトを取れる。
いや、その事情まで把握してる相手?
分かんねぇ。
こういうのは俺の仕事じゃねぇな。
スルトと雅とヴァイスに投げとこ。
「てか、不味いっすよね」
「そうね。ここに皆が居ないって事は、もう儀式場に向かったんでしょ?」
「分かんないですけど、多分……」
「シャルロットが居ないと、儀式はできない筈なのに……
新しい術式を開発した……?
いや、こんな短時間でそんな事……」
ブツブツと考え始めた先生を後目に、俺は念話を終える。
召喚もできる事を確認した。
それと、俺の荷物も回収した。
「先生、この施設の事詳しいんすよね」
「えぇ、5年くらい住んでたから」
「じゃあ、その儀式場に行きましょう」
「期待していいのかしら」
「ちゃんと、シャーロット先生の話聞いたっすから」
「……ありがとう。
でも貴方、前から思ってたけど年上の女性をファーストネームで呼ぶのはどうかと思うわよ」
「うっ……すいませんでした」
「もういいけど」
そんな会話をしながら、俺と先生は部屋の外へ出る。
同時に、俺は召喚を発動する。
「来い、お前等」
6体のモンスター。
スルト、リン、ルウ、アイ、ヴァン、ダリウス。
彼等を完全装備で呼び出した。
「参上いたしました」
「スルト、状況は念話で伝えた通りだ。
儀式を止める」
「御意。
聖典も数分後には到着するかと。
娘の警護はヴァイスに任せております」
走りながら、俺とスルトで報告を済ませていく。
「分かった。
シャーロット先生、儀式場は」
「あそこよ」
そう言って指し示されたのは、両開きの頑丈そうな扉だった。
「でも神谷君、貴方は待ってた方が良いんじゃ無いの?」
まぁ、俺もそれは考えてたけど。
けれど、スルトがそれを否定する。
「主を取られれば我等は負ける。
この施設内は何処に危険があるか不明な以上、合流行動が最良だ」
「確かに、そうなのかもね」
「それより貴様は戦力に数えて良いのか?」
「Bランク探索者レベルなら。
部分龍化とブレスは使えるから」
「了解した」
現状を理解し、スルトは立案された作戦を指示する。
「リン、ヴァン、扉を破壊しろ。
ルウとアイは主の護衛を最優先」
「おっけー」
「あぁ!」
「了解である」
「分かった……」
リンとヴァンの動きが加速して前に飛び出す。
マジで目で追える速度じゃねぇ。
多分、ヴァンの刀で扉がX状に斬りられる。
その上から、リンの拳が切れ目の中心を殴り飛ばした。
◆
「お父様」
白衣の男がそう口に出す。
彼の後ろにはクォーターと呼ばれる人造人間。
それを引き連れて入った儀式場と呼ばれる室内。
そこは500人はは入れそうな程広く作られている。
儀式場に、着物を着た老人が杖を突いて待っていた。
「お父様の方も上手く行ったのですね」
笑みを浮かべてそう言う男が視線を向ける。
それは老人の身長の半分程の大きさの檻だった。
魔封石で造られた檻。
白衣の男、
そして、その檻の中には眠りに着く、
「この実験が成功したら……
龍宮の悲願を成し遂げた暁には、あの約束を……」
「あぁ、分かっておる。
そうなれば、龍宮家当主の座はお前に譲ろう。
我が娘と同様にな」
「あ、ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げながら、白衣の男は儀式の準備を始める。
人造人間に指示を出し始め、配置につかせる。
必要な魔法陣と媒体は既に用意されていて。
後は、術式を実行するのみ。
「龍宮家に伝わる秘奥。
幻想召喚……適当な生贄を用意する事で、存在が確認されたあらゆる者を召喚できる。
本当に素晴らしいです」
「お前のクローン技術と錬金術師の合成術があればこそ」
「錬金術師の力が使われているのは気に入りませんが、悲願に比べれば些細な事です」
「そうだな、良くやった我が息子よ」
そう言われた瞬間、登也の心は歓喜に震えた。
「母親は、僕に金を稼ぐ事だけを期待していました。
父親は暴力的で、殺されかけた事も何度もあります」
「あぁ、知っている」
「児童相談所も警察も、僕を助けてくれなかった」
「お前の両親は嘘が上手かったからな」
「はい。
でも、それなのに僕はどうしようもなく……
幸福な家族という関係に憧れるんです。
僕を息子と言ってくれる貴方と、僕を愛してくれたあの人の為なら、僕は何でもしますよ」
「――そうか」
そんな声が背から響いた。
その瞬間、登也は熱の様な物を腹部から感じて。
そちらへ視線を向けると……真っ赤な液体が滴り落ちていた。
「え? なんで……?」
「お前はもう必要ないのだ」
禍々しい魔力を持つナイフを登也の背中に差し込む老人。
その笑みが、龍宮登也の人生最後の光景となり。
その瞬間、儀式場の扉が破壊された。
それとほぼ同時に、扉から見て右側の壁の一部が丸く切れる。
「は……?」
「どういう事だ……」
召喚士と剣聖が、老人を睨む。
老人がナイフを抜くと、登也の身体が地面に沈む。
傷でも出血でも死因とはなり得ない。
だが、魔術的な要素によって、既にその鼓動は止まっていた。
「あんた、誰だよ?
殺したのか?」
老人は召喚士を向き直り、飄々と答える。
「知る必要の無い事だ。
儂はお前を知っている。
神谷昇、貴様は最後の鍵なのだから」
そう言った老人の前に、天童雅が剣聖を押しのけて出る。
「もういい、もう芝居はいいわ。
信じたく無かった、いいえ信じていたのに……
でも、貴方の正体はもう確定した」
呼応するように、スルトが口を挟む。
「そうだな。
我等を謀れる者等、貴様しか居らぬ」
「襲って来た竜人は、私が聖典の管理者だと知っていた。
それを教えて指示できる、私を出し抜ける頭の持ち主。
そして、聖典の下部組織に居た、鈴木登也に指示できる人物」
「主の大学へ教師としてこの女を派遣可能で。
この2人が逃亡した情報を察知し、援助できる存在。
何よりも、貴様が守っていた筈のシャルロットが何故そこに居る?」
2人は同じ名前を口にする。
「「ヴァイス」」
「何故、こんな事をしたの?」
「貴様の目的はなんだ?」
敵意の様な物を向ける2人を見て、昇は声を荒げる。
「意味分かんねぇ。
ちょっと待てよお前等。
その爺さんがヴァイスだとしてもさ。
ただ、俺を守ってくれただけじゃ無いのか」
だが。
そんな願う様な可能性の提示は。
「「違う」」
2人の声で搔き消される。
老人の表情は、不思議と焦っては居なかった。
まるで、この状況が当然と言う様に。
そして、それは答える。
「そうだ、我等の目的は神谷昇、貴様を守る事はない。
我等の目的は、常に主の幸福のみ」
「それは昇の事ではない、という事かしら?」
「あぁそうだ。
大学での事件が終わって直ぐ、錬金術師と取引していた龍宮家を抹殺し、術式理論を読んだ時、この手段は思いついていた。
龍宮家の死体を主より受け継いだ【独立行動】で操り、クローン技術を持つ鈴木登也を懐柔」
「やめろヴァイス。
やめとけ。
頼むから、それ以上喋らないでくれ」
「そんな優しさを我が主は持って居ないのだよ。
我等は、シャルロットとシャーロットが脱走した知らせを受けて考えた」
ヴァイスの口から真相が語られる。
「神谷昇をこの事件に巻き込み、ここまで連れて来る方法を。
本来は天童雅を誘拐する予定だったが、神谷昇の行動はやはり読み切れんな。貴様が庇っても無意味だというのに。
しかし、結果的に上手く行ったのだから問題ない」
ヴァイスはその場を見渡して、満足そうに呟いた。
「全てはこの場所に、必要な生贄を揃える為だったのだから」
淡々と。
まるで教科書を音読する様に。
ヴァイスはただ、事実を並べていく。
「神谷昇。
真実に気が付かせてくれた事、本当に感謝している。
――確かに貴様は、我が主とは似ても似つかぬ別人だ」
故にこそと、老人は。
いや、ヴァイス・ルーン・アンルトリは語る。
「我等はこうする他に道が無い。
主に仕える事だけが、我等の生きる理由なのだから。
――我が主を復活させる。
――これは最初からその為の魔術だ」
さぁ。始めよう。
魔王の再臨を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます