第12話 卑屈な男


 ダリウスとの訓練を始めて一週間。

 この身体にもかなり慣れて来た。


 まぁ、未だ悪鬼洞窟でゴブリンしか相手にした事は無いんだけど。

 ホブゴブリンは3度程討伐した。


 Dランクの1対1でも、スキルさえ使えれば余裕を持って戦える。

 やはり、龍種は幼龍でも破格の能力を持っている。



 俺:大分慣れて来たな。


 ダリウス:そうですね。

 ダリウス:連携する事で、処理速度が向上しています。

 ダリウス:スキルの自由度やアクロバットな動きも可能になっています。



 召喚士の力を持った召喚獣。

 その目標にかなり近づいて来た。



 ――そいつが現れたのは、そんなある日の事だった。



「ドラゴン……?」



 人間……?

 ゴブリンしか生息しない筈のダンジョン。

 ここで、それ以外が居るとすれば他の探索者だ。


 かなり人気の無いダンジョン。

 それでも偶には人が来る事もあるらしい。



 ダリウス:どうされますか、盟主。


 俺:同業者と戦闘する訳には行かない、逃げるぞ。


 ダリウス:畏まりました。



 白髪と黒髪がまばらに半々くらいの男。

 スーツを着て、仕事鞄を持った。

 けれど、何処かくたびれた印象を受ける男。


「あぁ、良かった」


 男は俺を見て、そう言った。


「ゴブリンだと、殺されるまでに時間がかかりそうで……嫌だなって思ってたんだ」


 そう、男が呟く。

 それを聞いて、理解するより速く迷宮に声が響く。


「ギャ!!」


 男の後ろから、棍棒を振り上げたゴブリンが迫っていた。


 反射的に身体が動く。

 口を開き、絞る。

 ダークブレス、極細に収束させて……


「ガラァ!」


 撃ち抜く。


「え……?」


 男の顔の横を、黒い息吹が突き抜ける。

 そして、ゴブリンへ命中した。


「俺を……助けた……?

 なんで……?」


 人が人を助けるのに理由なんて要らない。

 でも、龍が人を助けるのは確かに不自然か。


 けど、喋る訳には行かないしな。

 流石に喋る龍が出る迷宮なんて、噂が立つのは面倒だ。

 探索者の寄り付かないダンジョンって言っても、数がある訳じゃないしな。


「なんでだよ……

 俺なんて、クビにされて、女に騙されて……

 いじめられて当然の馬鹿で、パワハラされて当然の無能で……

 自分の命も粗末にするような人間なのに、なんで、そんな俺を助けてくれるんだ?」


 ボソボソと男は呟く。


「誰かに認められたくて、

 生きてて良いって、

 好きになって貰いたくて……

 でも、俺を好きな人なんて一人も居ない。

 俺みたいな馬鹿な奴を……なんで……」


 男の盲目的な瞳が俺を見る。


 どうやら、探索者という訳ではないらしい。

 放置していたら、またゴブリンに襲われるだろう。

 そうなれば、この人は多分死ぬ。



 俺:ダリウス、翼を。


 ダリウス:はっ。



 俺の背の翼が動く。

 鶏サイズでも龍は龍だ。

 その翼の浮力があれば、人一人を抱えるなんて簡単な事だ。


「わ! え? あ、あぁああああああ!」


 ジェットコースターよりマシな速度だからちょっと我慢して貰おう。

 男を抱え、ダンジョンの入り口へ高速で移動する。


 そのまま外に降ろして、俺は探索を再開した。




 次の日。

 いつもの様に、ノートの切れ端を落としに悪鬼洞窟にやって来た。

 門の中へ足を踏み入れ、景色が変わる。

 それは見慣れた光景だが、一つ昨日と違う事がある。


 一人の男が、腰を落としていたのだ。


 くたびれたスーツは健在。

 ネクタイの種類も昨日と同じだ。

 この人、帰ってないのか。


「あっ」


 何かを期待して、顔を上げる男。

 けれど、俺を見て、その目は何処か寂し気な物に変わった。


「どうも」


「……ども」


 そんな短い会話をして、俺はいつもより少し奥にノートの切れ端を置いた。


「? どうも?」


「ども」


 そのまま、何食わぬ顔で外に出ていく。


 いつもの様に召喚と憑依を起動する。


 そのまま数体ゴブリンを倒した所で、ダリウスが言った。


「後をつけられています」


 何となく予想はあった。


「昨日の男か?」


「はい」


 後ろを振り返ってみると、角から鞄が視えていた。

 全然隠しきれてない。


 流石にずっと追跡されるのは面倒だ。

 ネットに画像や情報を上げられるのも。


「僕にお任せ下さい、盟主」


 そう、ダリウスが言ってくれたので俺は了承を返す。


「分かった」


 それからしばらく身体の使用権をダリウスへ譲渡する。

 発動は、視覚共有だけ。


「――貴様、何か用か?」


 男が隠れた角に向けて、ダリウスは言う。

 俺と話すときとは全く違う。

 威圧というか、怒気の孕んだ声。


「ひ、ひい!」


 腰を抜かす様な声と共に、男は尻もちを突いた。

 分かる。俺も同じ状況だったらそうなりそう。


「用事がある訳じゃないのか?

 無いんだったら、なんでつけた?」


 ダリウスが男に近づく。

 曲がり角に居た男と視線が合う。


「あ、あの! わ、私は昨日のお礼を言いたくて!

 助けて頂いて、ありがとうございました!」


「それは、僕の盟主の命令だ。

 貴様の礼は伝えて置く」


「盟主……?

 貴方はこのダンジョンの魔物では無いのですか?」


「僕が、ゴブリン風情と同じに見えるって事か?」


「い、いえ!

 申し訳ありません!」


 奇麗に背を折って謝罪する姿は、サラリーマンみたい。

 っていうか、サラリーマンなんだろうな。

 昨日クビになったとか言ってたけど。


 それに、女に騙されたか……

 何となく、共感のある話だ。

 でも、俺のとは大分違うのだろう。


 俺も、雅にフラれた時、部屋を転げ回って死にたくなった。

 この人は、そういうのを何回も経験して、煮詰めて混ぜて強くした、そういう最後な感じがする。


 だから、大して強くも無いのにこんな場所へ死ぬためにやって来る。


 ダンジョン自殺。

 大型ダンジョン以外は、警備員とか居ないし。

 立ち入り禁止のテーピングがされてる程度のバリケードだ。

 無断で入ろうと思えば誰でも入れる。


 だから、ダンジョン自殺なんて言葉が生まれる。

 流行るのだ。


 ボロボロの服。

 擦れた靴。

 目の下の隈。


 スーツなんて着てなければ、ホームレスと勘違いされそうだ。


「それで、何か私にできるお礼は無いでしょうか?」


 そんな提案を男はして来た。



 ダリウス:魔石を拾わせられるかと思いますが?



 確かに。

 持ち物や武具は召喚送還しても持ち越される。

 今まではそれを利用して魔石を持ち帰っていた。

 けれど、龍の身体では持ち帰れる魔石の数に限界がある。

 余りは食っていたが、正直金の方が欲しい。


 でも、バックとか持って行っても邪魔なだけだし。

 大蟲森林で戦ってるスルトを呼び出す訳にも行かない。


 だったら、このおっさんは丁度いい。



 俺:頼んでみるか。


 ダリウス:畏まりました。



「では人間」


「はい!」


「僕は魔石を欲している。

 それを集める仕事を手伝って貰えるか?」


「も、勿論です!」


 多分30か40位の男。

 おっさんが、嬉しそうに頷いた。


 おっさんと龍という奇妙なチームが、臨時ではあるが結成された。


「グラァ!」


 ブレスで倒しつくしたゴブリンが、魔石を落とす。

 おっさんはそれを拾い上げ、仕事鞄に詰めていく。

 書類とかが入っていたみたいだけど、全部捨ててた。



「集め終わりました!」



「喉乾いてませんか?」



「肩でも揉みましょうか?」



 そう言って、ことある毎に構ってくる。

 ダリウスは鬱陶しそうに断っていた。


「君は魔石を集めて居ればいいんだよ」


 貴様呼びだったのが君に変わっていた。

 ダリウスも、別に嫌悪感を持っている訳じゃ無さそうだ。


「それと、盟主からの命令。

 僕の事をネットとかに書き込むのは禁止ね」


「えぇ、そんな事絶対しません!」


「それとこれ、報酬」


 俺の探索時間は大学が終わってから、夕食までの3時間程。

 その間に得られる魔石は30個前後。

 倒せる魔物の数は100匹くらいだ。

 その内の10個。3分の1を渡す。


「いいんですか!?」


 頑張ってダリウスが口に頬張って、送還して得られる数12,3個とかだからな。


 毎回「まだ入ります! 盟主」とか言って口に詰めようとするダリウスにも悪いし。


「換金もお願いしたいんだって」


 召喚と送還を何度か使えば、集めた魔石を回収する事は可能だ。

 でも、貨幣にして一括で送還した方が話は早い。

 貨幣程度のサイズなら、百万とかでも送還一度で持ってこれる。


「任せて下さい!」


 おっさんは、喜々として仕事を熟してくれた。


 そう言って換金所に走っていくおっさん。


「横領したら駄目だからねぇー」


 後ろからそう声を掛けるダリウスは、もう最初の威嚇的な態度は消え失せていた。


 何となく、可哀想な人という印象を受けるおじさん。

 上から目線で何言ってんだって感じだけど。


 魔石10個も売れば5万くらいにはなる。

 日給で5万だ。

 装備が必要って訳でもないし、高給取りの部類だろう。


 数十分でおっさんはダンジョンに戻って来る。


「お待たせしました!」


 そう言って、18万と3000円の札が入った封筒を渡してくる。


「5万とっていいよ」


「本当にいいんですか?

 しかし、恩人にお金を貰う訳には」


「――は? 僕の盟主の言葉に従えないの?」


 覇気のある声でダリウスが言うと。


「は! い、いえ頂きます!」


 ビビりながら封筒から五万を抜いた。

 残りをダリウスが受け取る。


「僕はダリウス、明日もこの時間に頼むよ人間」


「ダリウス様……はい、私は夜宮久志よみやひさしと申します。

 勿論です、お供します!」


 食い気味にそう言ってくる男を見て、俺はダリウスを送還した。



 ◆



 夜宮久志。

 またの名を、日本史上最悪のテロリスト。

 彼が後に、そう呼ばれる事を、俺はまだ知る由も無かった。

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