第13話 デート=約束


 フラれた日から一ヵ月。

 少し、停滞気味の毎日が続いていた。

 レベルは22まで上がった。

 しかし、それもここ3日程は止まっている。


 毎朝、大蟲森林に向かいスルト達の探索開始。

 同時に俺は大学へ向かう。


 昼は木葉と談笑する。

 実際この時が一番幸せだ。


 帰宅途中に悪鬼洞窟へ向かい、夜宮さんに挨拶して切れ端をセット。

 因みにダリウスの主人が俺という事を、彼は知らない。


 独立行動というスキルはかなりレアな物らしい。

 少なくともネットにそんな情報は無かった。

 余り人に言わない方がいいだろうという判断だ。

 上級探索者になるほど、手の内は隠す物だしな。


 そして家に帰り、ダリウスの身体に憑依。

 身体を慣らしていく。

 正直、もう悪鬼洞窟は余裕だ。

 仮に、ホブゴブリンが3匹同時に来ても勝てる気がする。


 だが、他にいいダンジョンが近くに無いのだ。

 ダリウスは召喚獣だが、召喚者が近くに居てこそ召喚獣と認識される。

 普通にダリウスがうろついてたらレアモンスターとして狩られるのがオチだろう。


 だから、探索者の寄り付かない不人気なダンジョンである必要がある。

 でも、結構都会だしそんなダンジョンは無い。


 稼いだ金はスルトが所望していた魔道具に消えた。


 スルトは進化した事で、魔力が増えたらしい。

 けれど、スルトが魔法を撃つ意味は余り無い。

 アイの光線の方が強いし、リンも魔法を覚えたのだ。

 だからこそ、ワイトはあんな魔道具を求めたのだろう。


 支配の魔杖。

 お値段540万円。

 また無一文だよ。

 一定時間内に死亡した死体を操り、一時的に使役する魔道具。

 本当に、指揮者が様になって来た。


 危険を死体に代行させる戦術。

 それによって、スルト達のロスト率は激減した。

 あれから、彼等は誰も死んで居ない。

 大蟲森林もボス以外は攻略済みだ。


 だが、Dランクダンジョン以降は結構人気がある。

 初心者チームでも、組めばこれ位が適性だからな。

 ていうか、大体ここら辺で詰まる。


 俺と同じ様に、他の探索者もレベルアップが停滞し始めるのだ。

 だから、DとCランクの迷宮は探索者が多い。


「暇だ」


「何ですか急に」


「非日常も慣れれば、日常になってしまうと言う事だよ」


「中二病は流石に卒業した方が……」


「違うわい」


「先輩、ご飯粒ついてますよ」


「あぁ、悪い」


 俺の頬から米粒を取って自分の口へ運ぶ木葉。

 なんとなく見とれてしまう。


「子供ですよね、先輩って」


 そう言って俺の顔を覗き込んでくる木葉。

 恥ずかしくなって俺は顔を逸らした。

 話題を変えよう。


「だから、探索者やり始めはやりがいみたいな物もあったんだよ」


「はい」


「でも最近はその生活が普通になって来て、別に危険も無いし挑戦してる感覚もない。

 なんか、できる事だけやってるみたいな……」


「それでいいと思いますよ。

 探索者なんて、どこまでも危険な仕事ですし。

 だからこそどれだけ危険を排除できるかが、腕なんじゃないですか?」


 マッスルポーズをしながらそう言ってくる木葉。

 ちょっとおもろい。


 でもな、俺はかなり特殊な探索者だと思う。

 そもそも、最初から俺に命の危険など全く無いのだ。

 最近こそ、憑依で戦ってる感覚はあるけど……相手ゴブだし。

 もう、友達みたいなもんだよあいつ等。

 気の良いサンドバックフレンド。


「先輩は、どういう風にダンジョン探索してるんですか?」


「俺は召喚士だから、召喚獣頼りだよ」


「それでも後衛で、魔法とか使うんでしょう?」


 いいえ、使いませんけど?

 ていうか、使えませんけど?

 あ、服とか買って上げてますね。

 うん、支援だ支援。


「大分後衛だけどな」


 自分くらい後衛。


「私は先輩が無茶しないかが心配ですよ。

 フラれたくらいで、探索者志しちゃう人ですし。

 あ!」


 何かを思いついたように、木葉が右手で左手の平を叩く。


 嫌な予感する。


「私が先輩が無理してないかチェックして上げますよ!」


「え? どういう事?」


「ダンジョンに行って先輩の戦いぶりを見てあげようかと」


「探索者じゃないとダンジョンには入れないだろ」


 まぁ、夜宮さんとか不法侵入してるけど。

 あれってバレたら普通に犯罪だよな。

 まぁ、俺関係ないからいいけど。


「私資格持ってますよ?」


 そう言って、財布の中から探索者証を取り出す木葉。


「マジ……?」


「マジですよ。

 まぁ、記念受験ですけどね」


 記念受験って多分そういう意味じゃねぇぞ。


 っていうか、それは困る。

 俺はそもそもダンジョンに何か行ってないのだ。

 着いて来るも何も無い。


 って、なんか来る気満々になってないか?


「ちょっと待とうぜ、そんな勝手に……」


「何ですか?

 何か見せられない物でもあるんですか?

 あー、やっぱり無茶な事してるんだー。

 天童先輩に言いつけちゃおっかなぁー?

 心配するだろうなぁ!

 自分のせいだって気に病んじゃうかもー?」


「お、お前! 汚ねぇぞ!」


「なんと、私のクラスは『忍者』。

 汚くて当然なのです」


 何故だろう。

 なんか、凄く『ぽい』と思ってしまった。


「じゃあ、丁度週末ですし、明日先輩の家にお伺いしますね。

 私だって、先輩が心配なんですよ」


 そう言って、澄まし顔で彼女は頭を下げる。


「我儘って事は分かってます。

 でも一度だけで構いません。

 私を安心させて下さい」


 真面目な顔でそう言う木葉を前に、俺は頷く以外に選択肢が無かった。



 ◆



 朝9時。

 スマホがメッセージを受信した。


『着きました』


 そして、チャイムが鳴った。


 玄関を開けると木葉が居た。


「なんか、ふわふわしてるな」


 大学も私服だが、今日の木葉は一層気合の入った女の子の服を着ていた。

 メイクやアクセサリーも普段より強めだ。


「お前、ダンジョンに行くんじゃ無いのか?」


「はい。そうですけど……?」


「もうちょっと格好ってモンがあるだろ」


「先輩こそ、そのパジャマ亜種みたいな恰好で行く気ですか?」


「今起きたんですー。

 着替えるから上がって待っててくれ」


「はい。お邪魔します」


 大きめの声でそう言う木葉。


「どうぞ」


 それに返答するのは俺の声だけだ。


「ご両親とか、ご兄弟は居ないんですか?」


「あぁ、親は共働き。

 兄弟は居ないよ」


「そうですか」


「リビングで待ってて、着替えて来る」


 取り合えず麦茶を出して、俺は二階へ上がった。

 着替えは数分で済んだ。


「よし、行くか」


 着替えを済ませた俺を見た、木葉。

 その顔が死んだ。


「……………………え?」


 数秒の沈黙。

 その後に木葉はそう言った。


「なんですか、その恰好」


「ふふふふふふ、驚いたか?

 対魔物用フルフェイスヘルメット!

 そして、対魔物魔導式全身鎧!

 そして、対魔物用大亀甲羅オーバーバックシールドだ!」


 フルフェイスの黒いヘルメット。

 軍隊でも使われる魔物の素材で作られた全身鎧フルアーマー


 そして、なんといっても背中という生物の死角からの攻撃を完全にガードするオーバーシールド。

 シールドの重さは20kgを越え、龍のブレス攻撃すらも一度なら耐えられる!


 全身コーデでお値段25万と200円!


「木葉の分もあるぞ」


 そう言って、もうワンセットを彼女に差し出す。

 流石に魔道具を購入したのが一昨日だったから、昨日だけの稼ぎだとこれが限界だった。

 スルトにちょっと延長して稼いでもらったんだぞ。


 俺はその完全防御装甲アブソリュートコーデを、にこやかな表情で手渡す。


「着ませんよ!」


「あぁ! 俺の完全防御装甲アブソリュートコーデが!」


 床に叩きつけられた。


「何ですかその舐めた名前は!

 ていうか、こんなの着てたら視界も呼吸も最悪だし、動きトロすぎるでしょうが!

 即刻、急いで、早く!

 保証がある間に早く返品して下さい!」


「そ、そんな……!」


「今まで、その恰好でダンジョンに行ってたんですか?」


「い、いやそういう訳じゃないけど」


「私が居るからって変なギャグ仕込まなくていいんですよ」


 ギャグ……?

 この完全武装が?

 そんな……


「分かりましたか先輩?

 返品して下さいね?」


 ダリウスすら越えそうな威圧を込めて、木葉が俺を睨んでくる。


「……はい」


 俺は、そう頷くしか無かった。


 それから、また着替えさせられ、俺は普段着に戻っていたのだ。


「探索者用の装備それしか無いってどういう事なんですか」


「いや、普段は召喚獣しか戦わないから。

 実際、俺見てるだけだし……」


「そうですか」


 呆れた様な表情で、木葉はそう言う。


「これじゃあ、まだまだ初心者探索者って感じでしょうね」


 まあ、まだ一ヵ月しか経ってないしな。

 あの間男の半分のレベルも無い。

 俺なんてまだまだだ。


「一応、レベルを聞いてもいいですか?」


 なんか、少し恥ずかしい気がする。


「昨日23になったけど」


「はい? だから、そういう冗談は良いですって。

 まだ一月でそんな……」


「いや、本当だって」


 写メを取っていた魔力紙を見せる。


 スマホを受け取った木葉の肩が震え始めた。

 わなわなと、揺らぐ視線で俺を見る。


「本当に……?」


「まだまだ低いよ。

 雅の今彼は40以上だったし」


「そりゃ、年数が違うから……

 っていうか、レベル20なんて中級じゃん。

 普通3年はかかるのに……どうやって……

 大学に通いながら? あり得ない……」


 なにか、小声でぶつぶつ言い始めた木葉に俺は声を掛ける。


「木葉?」


「先輩、別の意味で先輩の探索術に興味が湧きました。

 ちゃんと、見せて下さいね」


 正直億劫だ。

 ダンジョンは危険が一杯。

 そんな場所に生身で赴くなんて。

 世の探索者は馬鹿なんじゃ無いだろうか。


 けど、独立行動のスキルはバレたくない。

 予備の魔石は持った。

 即時召喚が可能な様に、全ページに召喚陣を書いたノートもある。

 それに、ダリウスを護衛にする予定だ。


 安全確保ができる限りやったと思う。


「それじゃあ行くか」


「はい。楽しみです」


 俺と木葉は、ダンジョンへ向かう事にした。

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